―― 城野安弘 ――
『高校大パニック』
「ちょっといいか」
そう声を掛けられたのは、一夏と机のコンソールやタッチパネルをいじって遊んでいるときだった。
声の主である侍のような印象を持つポニーテールの女子に連れられ一夏が姿を消すと、クラス中の視線が俺一人に集中したように感じた。実際白い制服の女子しかいない場所に学ランのように黒い制服の俺が一人。ハトの群れに放り込まれたカラスよりも周りから浮いてしょうがない。
きっと気のせいだ、自意識過剰だ、みんな一夏と織斑先生に夢中だから俺など眼中に無いはずだ。むりやり自分にそう言い聞かせて、苦し紛れにIS参考書など開いてみるが、まったく内容が入ってこない。
……くそ、トイレでも行って時間潰すか。
立ち上がろうとすると、トコトコと小さいのが目の前にやってきた。
「ねーねー、さっきは大変だったねゲ――」
「ゲンドウ言うなよ」
思わず言葉を先回りしてしまった。もうグダグダは繰り返したくないんだ。それに色々疲れた。
「むー。せっかくわかりやすい呼び名なのにー」
相手は山田先生よりさらに小柄で、幼児が大人の服を着たように長く余った袖を垂らした女の子だった。たれ目で眠たげな顔が不思議と警戒心を無くさせる。頭の両側についている動物の髪留めが可愛らしい。
「言っとくけどすぐに髪メチャ短くするから。もうゲンドウとは呼ばせん」
けさ教室に入ってSHRまでのことはしばらく忘れたい。イメチェン以前の問題だ。
「いいもーん、じゃあ~新しい呼び方考えるから~」
「えっ」
「おとわ、さんじだから~おとわん、んーおとさ……そうだ!」
なんかろくでもない予感がする。
「おとーさん!!」
「おいっ!」
とたんに周囲がざわつきだした。おかしな奴を見る目で見られている気がする。俺はまだこんなでかい娘いらねえよ!
「これからはおとーさんって呼ぶね~」
「やめろ!」
「だめ~おとーさんゲンドウ禁止したからおとーさんって呼ぶ」
むきになって反発したものの、えへへーと笑う彼女の顔を見ていると、なんだかこれ以上必死になるのも馬鹿らしくなり、もういいやと思った。
「私は布仏本音だよー。本音でいいからね~」
「はぁ、わかったよ本音」
言ってから、自分が自然に彼女を呼び捨てにしたことに驚いた。
女子を名前で呼び捨てにするなんて初めてだった。なんだか今日はここへ来て驚くような事ばかりだ。
「でも今まで大変だったねー。ツイッター見たよ~お母さん元気になってよかったねー」
「えっ?」
俺はこの教室にいる誰にも自分の家庭事情について喋っちゃいない。一夏にさえもだ。ということは?
「ツイッターってまさか、誰かが俺んちの事情つぶやいた訳?」
本音は不思議そうな顔で驚く俺を見つめた。
「あれ~知らないの? 妹さんだよー? 結構大勢の人が反応してたみたいだけど」
「はぁ!?」
あのバカ! とんでもない事しやがって!!
背中が冷たくなるのを感じた。うかつだった。自分に関する報道を見たくなくて、IS起動以来ネットもTVも全然見てなかった!
「大変だったよね~。でも大勢の人が応援してくれたみたいでよかったね」
もう本音の声など聞こえちゃいなかった。あたふたとスマホを取り出し確認すると、妹のアカウントは既に削除されていたものの、少しググっただけで膨大な数のネット掲示板のスレッドや情報まとめサイト、ニュースサイトで騒ぎになっているのが分かった。
「どぅわっ!?」
えらいこっちゃ……しかし不幸中の幸いか、妹や家族に対する批判はたいして見られず、多くが行過ぎたマスコミの取材や報道を批判する内容だった。
「私が着いたときクラスでも話題にしてたんだよ~。マスコミの暴走で家族が大変なことになった、って怒りのつぶやきの反響がすごくて、最初は報道機関も無視してたんだけど、新聞社のツイッターやサイトの掲示板が批判であふれたり、おとーさんの家族が取材させないって文句つぶやいたTV局の人が住所まで晒されて騒ぎになったりとか」
マスコミ連中には恨み骨髄だったから、手の平返してざまあみろ妹グッジョブ、と言いたい所だったが、よく見るとネット界隈での展開は日頃のマスコミへの不満をぶちまけ攻撃する方へ向かっているように見えた。
「まあいろいろやりすぎとは思うけど、妹さんが最後のつぶやきでお母さんが体調が戻ったって書いてあってよかったーって思ったよ」
「何にも知らなかった」
政府の方針で家族の安全が確認できるまで連絡手段は持たないようにと、電話番号もメールアドレスも住所も知らされていない。もちろん以前のは既に停止されている。今使っているスマホも所属不明で名刺もよこさない官僚が寄越したものだ。基本的に電話とメールとネットブラウザしか出来ない。SNSなどもってのほかで、新たなアプリのインストールも入ってるアプリのアンインストールも出来ない。いっそガラケーを渡したらどうだ。
「ほんとに知らなかったんだね……大丈夫?」
本音が少し心配そうな表情で見つめてきた。俺の方は少し難しい顔をしていたようだ。
「なんか、知ったときには終わってたって感じか」
ハァと息をつく。
「SHRの時もそうだったけど、ため息ばっかりついてると、幸せ逃げちゃうよ~?」
ほら笑顔笑顔と言って本音がにっこりして見せた。
「幸せ、か」
逃げるほど幸せなんて残ってるのか、と頭の片隅で誰かが言った。
「む~、えいっ」
いきなり本音は余った袖をブラブラさせた腕を俺の両脇につっこんだ。
「こしょこしょこしょ~」
「ひぃははは! やめろ! 分かったからくすぐったははは!」
急に脇をくすぐられて思わず笑ってしまった。そうすると何だか胸のつかえが取れて、少しほっとした。
「やっと笑ったね」
本音が穏やかな表情を見せるのと同時に予鈴が鳴り、周りの女子たちが席につき始めた。
「じゃあまたね~」
くるりと背中を向ける本音に、俺はうわずった声で話しかけた。
「本音! あ……ありがとな」
立ち止まると、本音は振り向いて笑顔を見せた。
「えへへ、どういたしまして!」
そのままトテトテ歩いて自分の席へ戻っていったが途中で数人の女子に捕まり、顔を寄せ合いボソボソ何か言い合っていた。
「なんだありゃ?」
「よう三治、どうしたんだ?」
一夏が教室に戻ってきていた。後から来たポニーテールの女子もどこか不満げな顔で席に戻っていった。
「あ、いや、ちょっとな」
すぐに先生が来るし話すのも照れくさいので適当にごまかすと、すぐにSHRと同じように山田先生と織斑先生がやってきた。
「はい、ここまでで何か分からない所はありますか?」
初めての授業はISの基礎座学だった。基礎内容が一区切りついた所で、山田先生が生徒たちを見回して聞いた。さすがにみんなISの専門家を目指す者たちだけあって、誰も手を上げない。
「織斑くんと音羽くん、何かありますか?」
ありがたくも質問しやすいよう気にかけてくれる。俺と一夏がそもそもISに縁の無い生活を送っていた故の配慮だろう。何を教えるでもなく突っ立って囚人を見張る看守のように構えている黒いのとは大違いだ。
よく考えたら俺も『黒いの』だった。
「あっ、基礎なんで今のところは何とか」
「そうですかー、織斑くんはどうですかー?」
「えっ三治わかんのか!? あっあの山田先生!」
「はぁい何でも聞いて下さいねー♪ 何せ私は先生ですから♪」
「ほとんど全部分かりませぇん!」
驚いた。いやお前姉がISのトップ極めて今はその教師だろ!? 何も教えてくれなかったのか?
「ええっ全部ですかぁ!?」
そりゃ驚くだろう。姉がISのプロなのに、分からない所があるんじゃなく、分かる所が無いんだから。
「今のところ分からない人はどれぐらいいますか?」
山田先生は手を上げる生徒を探してきょろきょろしている。肩越しに後ろを見ると、一夏が立ち上がって周囲を見回していた。
「ウソだろ? 三治も分かるのかよ!?」
「そりゃまあ、まだ参考書の最初のほうだし」
「参考書ぉ?」
この先は俺も自信ない。そういえば一夏は参考書をもらわなかったのか? 考える俺の横で織斑先生は一夏に早足で歩み寄った。
「織斑、入学前の参考書は読んだか? 必読と書いてあっただろう」
「えーっと、あの分厚い奴ですか? 古い電話帳と間違えて捨てました」
……あっ
一瞬織斑先生の表情がひきつったように見えた瞬間、文字通り目にも留まらぬ速さで出席簿を一夏の脳天に見舞った。
またやった! この人の暴力癖は治らない病気なのか?
「音羽、今なにか失礼なことを考えなかったか?」
気がついたときには織斑先生は顔だけこちらを向いていた。
「むしろ軽蔑されるのが普通でしょ。さっきの問答から1時間も経ってませんよ?」
俺は今きっと呆れ顔になっているのだろう。織斑先生は舌打ちせんばかりの表情だ。
「私の指導をいちいち掣肘して楽しいか?」
相変わらず低く冷たい声だ。
「指導じゃなく暴行でしょうが。せめて罰を与えるなら本人の為になるものにしたらいいじゃないですか」
ふんと鼻を鳴らすと、織斑先生は一夏に向き直った。
「いいか、後で再発行してやるから一週間で覚えろ! いいな?」
「いやっ、一週間であの厚さを!?」
「やれと言っている」
一夏を睨みつけるとすぐに俺の方を向き、これで満足かと視線で問うた。
まず殴るなよ。
「……一夏、俺も協力するから出来るだけやってみろよ」
余計なこと言って面倒を増やした気もするけど、まぁ仕方ねえか。
俺と一夏は同時にため息をついたが、一夏のほうがはるかに深いようだった。
さっきまで心配そうな表情だった山田先生が授業を再開し、俺は自分まで殴られないよう授業に集中した。
よく考えると一夏は今日の午前中だけで4回も殴られている。それも頭をだ。平気な顔をしているようだが、ほんとに大丈夫なのか?
休み時間に入ると俺は一夏に聞いてみた。
「なあ、あんだけ出席簿ブチかまされて平気なのか? 今日一日で4回も一夏の頭で凄い音がしたぞ」
俺なら病院送りどころか脳挫傷で死んで……いやむしろ叩かれた部分がぺしゃんこだな。
「あはは、怒ったときの千冬姉はいつもあんな感じだよ。それよりこれから大変なんだよなあ」
「あんだって!?」
いつもあれかよ!? 普通なら毎日救急車だぞ!
「はははは、三治もけっこう大声出すんだな」
「〝ははは〟で済ますのかよ……」
保健室にも行こうとしない一夏の殴られたであろう頭の辺りをまじまじと見つめ、ついでに触ってみたが、たんこぶがあるかないか程度しか分からなかった。
「三治は大げさだな! まぁ心配してくれるのはありがたいけどさ」
織斑家はあれか、修羅の一族か何かか? それともこいつサイボーグとか……。
「……もういいや、それよりこれ」
考えるのもバカバカしくなった俺は持つのも嫌になるゴツイ参考書を一夏の机に乗せて開いた。
「とりあえず今日の授業で進んだのここまでな、付箋貼っといた」
ページを見て一夏の目が見開かれた。
「今日だけでこんなに進んだのかよ!? 1ページこんなデカいのに?」
一夏の笑顔が絶望の表情に変わるのは一瞬だった。
「コピーしてよく目にするとこに貼るとか、レジュメにして暇なとき見たら?」
「そんなんですぐ覚えられるのか!? もっと簡単に覚える方法ないか?」
まぁ無理か。でも急にそんな事いわれてもなぁ。
「まぁあれだ、放課後図書館とか資料室みたいなとこ行ってみよう。基礎学習のDVDとか借りられるかも。映像とかだったら分かりやすいんじゃないか」
俺も前から調べたかったことがあるし、ついでだからなと言うと一夏は一も二もなく賛成した。
「いやあさすが三治だな! マジ助かるよ!」
どうにかなりそうと思った途端緩んだ一夏の顔はほとんど険が取れた織斑先生だ。顔はこんなに似てるのに、中身はこんなに正反対になるもんかなと考えると、それこそ自分とは正反対の、要領が良く勉強も出来て友達も多かった自分の妹を思い出した。が、わずか数週間会っていないだけなのに、妹が自分に向けていた冷淡な表情も突き放すような憎まれ口もあまり思い出せなくなっていた。
「そういや、さっき一緒に教室を出てた女子って知り合いか?」
「箒か? あいつとは剣道の道場で知り合った幼馴染でさ、6年振りに会ったんだ。全然変わってなかったぜ」
「それって何かこう、恋愛的な要素とかあるアレか? それか何か大事な話があったとか?」
「ははは、そんなんじゃねえって! 箒は単なる幼馴染だよ。思い出話をしただけさ」
「ふーん、何か言いたい事があるように見えたけどなぁ」
考えすぎだって、と一夏が笑うと、窓際でシャーペンがへし折られるような嫌な音がした。
会話ばかりになってしまいます。
あとサブタイトルと前書きがかみ合わないですね。