―― 大門圭介 ――
『西部警察』
「お、ここか」
A4用紙に印刷された部屋の場所はわりあいすぐに見つかった。なにせ俺の荷物入りダンボールが詰まれ、さらにその上に一夏の荷物がちょこんと乗っていたのだから、簡単に分かった。
一夏がカギを開けると、そこは今朝まで過ごした某高級ホテルのスイート程ではないにせよ、高校生の身分ではちょっと考えられない豪華な部屋だった。驚嘆もそこそこに一夏に手伝ってもらって荷物を運び込むと、俺は息が上がってしまった。日頃の運動不足がかなり響いたようだ。
「そんなんで大丈夫か? IS動かすのもけっこう体力使うだろ」
「IS学園は帰宅部出身に甘くないよなぁ」
俺が息を整えダンボールを開封しようとすると、一夏がポンと肩を叩いた。
「心配すんなって! おれが鍛えてやるよ。とりあえず明日から筋トレとランニングだな」
意気軒昂な一夏に俺はひきつった笑顔を向けるしかなかった。これでも体力の無さには定評があるのだ。
「とりあえず片付けは後にして、箒の部屋は知ってるからあいさつにいこうぜ」
俺は一夏の臆しない態度に驚いた。彼女がいた事も無いというこいつの女子への遠慮の無さはどこから来るんだ? やっぱ姉がいると違うのか? 俺も妹いるけどめちゃくちゃ苦手だぞ。
「い、いや俺は織斑先生に話があるから」
「千冬姉はまだ仕事中だろ? さっ行こうぜ」
結局強引に一夏に連れ出されてしまった。ほどなく部屋の前に着くと、一夏はノックもせず平然とドアを開けた。
「箒ー、入るぞー」
俺は慌てて一夏の腕を引っ張った。
「おっおい! 篠ノ之さんやルームメイトが着替え中だったらどうすんだ!?」
えっ? という一夏の表情に俺はハッとした。こいつは本当に無自覚にこういう事をしている!
その時奥から誰かが出てくる気配がして、俺はドアから廊下に飛びのいた。一夏は奥にずんずん入り、俺をおかしな奴だと笑っている。すぐに部屋の主の声が聞こえてきた。
「同室の人か? こんな格好で済まないな。さっきまでシャワーを浴びていたもので」
それが聞こえた途端俺はその場を立ち去ろうとした。次の瞬間女子の悲鳴や怒号が聞こえ、振り返ると一夏が凄い勢いで部屋から飛び出してドアを閉めた所だった。すぐに樫の木で出来た頑丈なドアをぶち抜いて木刀が何度も突き出され、俺たちは全速力で自分たちの部屋まで駆け戻った。
ゼイゼイ言いながらへたり込むと、俺は一夏に詰め寄った。
「何したんだよお前は! あのゴツいドアから木刀が突き出すとか軽くホラーだぞ!?」
「おれは何にもしてねえよ! ただ――」
「ただ何だよ!?」
俺はダンボールから紙コップを取り出すと水道水を注いで一気に飲み干し、もう一つ出して水を注ぎ一夏に手渡した。
「出てきた箒がシャワー上がりでバスタオル巻いた格好だったんだよ。それで見るなって怒って木刀で殴りかかってきたから、俺も箒のカバンにあった竹刀で受けようとしたらブラジャーが引っ掛かってさ。〝箒もブラジャーするようになったんだな〟って言ったら、竹刀はね飛ばして凄い勢いで向かってきたんだ」
返す言葉もなかった。これじゃ女子と問題が起きない方がおかしい。はからずも俺の予想通り篠ノ之さんと一夏の間に諍いは起きたわけだ。
「なぁ、なんで箒はあんなに怒ったんだろうな?」
「その前にドアぐらい閉めようぜ」
俺は荒い息をつきながら立ち上が――ろうとして足元のダンボールにつまずいた。
「おいおい大丈夫か?」
一夏が笑いながら手を貸そうと立ち上がり、そのまま固まった。
「どうした?」
俺が身を起こすと、開けっ放しのドアの向こうに剣道着を着て木刀を構えた篠ノ之さんの、眼に見えて怒気をはらんだ姿があった。
俺はこの時ようやく、一夏が女子がらみのトラブルメーカーなのだと思い知った。
「それで、何か申し開きはあるか」
注文のコーヒーに口もつけず、篠ノ之さんはしかめっ面のままだった。
「だから悪かったって。まさかあんなに怒るとは思わなかったんだよ」
一夏は篠ノ之さんに許してもらおうと必死に詫びている……つもりらしい。
俺はオレンジジュースをちびちびやりながら、扇形の座席で向かい合う二人の横で黙って二人を見守っていた。
ここ食堂のカフェに二人を来させたのは俺だ。とにかくいったん矛を収めて、一夏が篠ノ之さんへきちんと謝罪する場を作ってはどうかと言い、俺の提案に飛びついた一夏と不満げな篠ノ之さんを説得してここで話し合うよう決めさせたのだ。
が、一人では不安だからついて来てくれと一夏に引っ張られ、結局二人の話し合いに俺まで同席する事になった。結局しぶしぶやってきた篠ノ之さんは一夏を許す気配は見られず木刀も手放さないし、一夏は拝み倒して許してもらう事しか考えてないようだ。このまま見ていたら結局夕食の時間までダラダラしている事になりかねない。それでは俺が困る。
荷物の片付けも終わってないし、織斑先生に一夏の事で話がある。それに、できればこの事は一夏の幼馴染である篠ノ之さんにも知っておいて欲しい。
このままではらちが明かないので、取り敢えず少し口を挟むことにした。
「ごめん、ちょっといいかな? 結局、篠ノ之さんが納得するには一夏はどうすればいいのかな? こんなことを何日も引きずると篠ノ之さんも疲れるだろうし」
〝それに、その隙に他の女子が一夏と距離を縮めるかも〟
篠ノ之さんに辛うじて聞こえる程度の声でささやくと、篠ノ之さんはビクッとしてすぐにこちらを向いた。
「な、な、なぜ貴様がそんなことを!?」
「ほ、箒、どうしたんだ急に大声で?」
「なな、何でもない!」
やはりか。一夏の奴、何がただの幼馴染だ。……ああ、一夏にとっては、か。篠ノ之さんも気の毒に。
俺の勘では、篠ノ之さんは一夏を好きか、男として意識している。だから一夏が女友達として扱うのが不満なのだという考えだったが、今の本人の反応ではっきりした。
気になってはいた。篠ノ之さんが一夏と一緒に教室を出て、戻ってきたときに不満げだったのも、昼休みに不機嫌だったのも、やはり一夏が原因だったんだ。それまでさんざん篠ノ之さんが視線を送っているのに全く気づかず俺や他の女子とばかり話して、俺が促すまで食堂に誘おうともしない。それ以前に篠ノ之さんの事をただの幼馴染だと言い、俺が尋ねても特別な関係はないと言い切った。あれもきっと篠ノ之さんには聞こえていたんだ。
もっとも当の一夏にはまるで分かっていないようだが。
篠ノ之さんは怒っているが、一夏が何かしらの誠意を示し、その後篠ノ之さんをある程度特別な女子として扱えば、機嫌が直ってこの場が収まる可能性はある。しかしどう言ったものか。
篠ノ之さんが耳を貸せとぐいぐい袖を引っ張るので言われた通りにすると、小声で話しかけてきた。
〝なぜ知ってるんだ、だっ誰にも言ってないのに!?〟
〝今日一日の態度を見てればだいたい分かるよ。鈍感な一夏が分かってないだけなんじゃない?〟
〝なっ!!〟
〝どうだろ? この場を丸く収めてくれりゃ、一夏とデート出来るよう話を通してもいい。もちろん本人に気取られないようにな。どうせあいつ篠ノ之さんが誘ってもろくな反応しないだろ?〟
〝むう……〟
ちょっとした賭けだが、篠ノ之さんが乗ってくる確率は高いと踏んでいた。教室や食堂での様子を見る限り、器用なタイプではないからだ。何より一夏に素直になれないから、いまいち踏み込めないのだろう。
「なあ、さっきからなにをボソボソ話してるんだ?」
「一夏、ちょっと黙っててくれ。篠ノ之さんが機嫌を直すかどうかの瀬戸際だ」
またも篠ノ之さんにぐいと引っ張られた。
〝おい、確かなのだろうな!? 昼食のときも、一夏に誘われたと思って来てみれば、三治に言われたから誘ったと抜かす始末だし、あの唐変木は――〟
〝じゃあ報酬を先にしよう〟
急にそわそわしだした篠ノ之さんをおいて、俺は一夏に向き直った。出来るだけ神妙な顔をつくる。
「……あのな、一夏。口で謝って済む事なら、篠ノ之さんもここまで怒らないぞ? ちゃんと行動で誠意を示すべきじゃないか?」
「うっ、わ、わかったよ、やりゃいいんだろう?」
いきなり一夏は席から離れると、篠ノ之さんに向かって土下座の格好になった。
「すまん! 箒、このとーりだっ!」
とたんに周囲がこちらを見てざわつきだした。またこれだ。
「落ち着け一夏。取り敢えず席に戻れ、な?」
俺は焦りを感じながらも落ち着いた風を装い、ゆっくりと喋った。
「つまりだな一夏、仮にも乙女に恥をかかせて何もしないでは済まされない。かと言って金品を渡すのもおかしな話だよな?」
ちらりと篠ノ之さんを見る。うつむき加減の顔がほんのり赤くなり、両手をぎゅっと握り締めている。
「だからさ、篠ノ之さんも害した気分をリフレッシュしたいだろうし、お詫びも兼ねて今度の週末どこか遊びに連れてってあげたらどうだ。勿論一夏のおごりだぞ?」
「そ、それはまあ」
「嫌ならここで存分に篠ノ之さんにどつかれていけ。俺は先に帰るからな」
「ま、まってくれ三治! いくよ、遊びに連れてくから箒! もう木刀だけは勘弁してくれ!」
「ようし、よく言った一夏。これでいいかな?」
俺はちらりと篠ノ之さんの方を見やると、すごい勢いで何度も必死にうなずいている。
「ああそうだ一夏! 篠ノ之さんへのお詫びなんだから、他に誰も連れて行くなよ? ひどく失礼だからな」
「わっわかった!」
大慌てで承諾した一夏と真っ赤な顔でうつむいた篠ノ之さんの間で、どうにか事は収まった。
話が済むと、一夏に先に帰るよう言って篠ノ之さんを呼びとめ、一夏のことで大事な話があると伝えた。
「こんな所へ呼び出して、妙な考えを抱いているなら容赦はせんぞ」
人に聞かれては困ると、俺は寮の建物の裏まで篠ノ之さんを連れ出していた。当然警戒している篠ノ之さんに、俺は寮へ向かう途中の出来事をかいつまんで話した。篠ノ之さんが驚き大声を出しそうになるのを、俺は何度も制止しなければならなかった。
「し、しかしそんな事がありえ……なくもない……か、一夏なら」
「やっぱり付き合いの古い篠ノ之さんでもそう思うか?」
「ま、まあ私ほど一夏の事を知る人間はいないからな!」
急に得意げになる篠ノ之さん。
「それで、この話を織斑先生にも伝えるつもりなんだ。出来れば一緒に来てくれないか?」
「えっ千冬さんにか……」
いきなり篠ノ之さんは気落ちしてしまった。正直怖いが伝えるべき事だし、噂が広まって一夏が知ったときどうするべきかも話したい。
俺はスマホで職員室に連絡を取ると、急にしぼんでしまった篠ノ之さんを連れ、織斑先生が指定した生徒指導室へ向かった。
狭い部屋で向かい合う織斑先生の迫力はひとしおだった。篠ノ之さんが萎縮している横で、俺は事の次第を一人で巌のような鉄面皮に話さなくてはならなかった。話が進むごとに織斑先生の表情が厳しくなり、先程見た篠ノ之さんのしかめ面などお祭りのお面くらいに思える形相になった。
「……話はわかった。お前たちが言いたいのはそれだけか?」
もうダッシュで逃げ帰りたいが、まだ言うべきことがあった。
「その……今度のことは俺の責任です。俺が余計な事を一夏に尋ねなければ――」
「何を言ってる。貴様が責任を感じるべき事が今の話のどこにあった?」
意外な言葉に俺は返答に困った。いずれは分かった事でも俺が余計な詮索をしなければこんな事にはならなかったはずだ。なのに……。
「しかし、今度のことは――」
織斑先生は俺の言葉をさえぎった。
「それともなにか? 貴様は織斑の人生の落ち度は全て自分の落ち度だとでも言うのか? ずいぶんだな?」
「そういうわけでは――」
片手で俺を制し、
「確かに音羽と織斑の会話が織斑の過去を知られる切っ掛けにはなっただろう。しかしそれはあくまで知られる原因であって、過去に誤解で多くの女子を傷つけたのは織斑自身だ」
俺は黙ってうつむくしかなかった。
「いずれ周囲に知られる事になったとしても、それは織斑自身が責めを負うべき問題だ。たとえ悪評として広まり、それで苦しむ事になったとしても、織斑が自分で決着をつけなければならない。自分がしでかした事の結果なのだからな。しかし」
そこでいったん言葉を切り、織斑先生は俺と篠ノ之さんを交互に見つめた。
「それでもお前たちがあいつの支えになってくれれば、私は嬉しい。これは担任教師としてでなく、愚弟の姉としての言葉だ」
「はい!」
俺と篠ノ之さんは迷いなく答えた。慣れない場所で不安と息苦しさにさいなまれていた俺に、誰はばかることなく最初に友達になってくれた奴だ。今の俺には気の置けない付き合いの出来る唯一の男友達でもある。
それに、そんなこまかい事を差し引いても一夏はいいやつだ。過去に何かあったからなんて理由でむげになど出来やしない。
むろん、篠ノ之さんにとってはそれ以上の存在だろう。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、珍しく柔和な表情を見せた織斑先生はすっと立ち上がった。
「さて、もうかなりいい時間だ。お前達夕食はまだだろう? 今日は私が奢ってやる」
「あ、一夏も誘っていいですか?」
「無論だ。本日のメインゲストだからな」
「わっ、私が連絡す……します!」
わたわたとスマホを取り出してかける篠ノ之さんとそれを見てニヤニヤする織斑先生と俺。これだけ支える人がいれば、きっと一夏は大丈夫だと確信した。
「あっちふ……じゃなかった織斑先生!」
食堂前で俺たちを見つけた一夏はすぐに駆け寄ってきた。
「廊下を走るな馬鹿者」
織斑先生と一夏の来訪で、周りはにわかに騒がしくなった。俺ももうこういう展開には慣れてきた。始終こんな調子じゃ、織斑先生もさすがに疲れるだろう。
「ごめん、実は相談があってさ」
俺はなぜか背筋が冷たくなるのを感じた。
「じつは迷惑かけたおわびに箒を遊びに連れてけって三治に言われてさ、どこかいいとこないかな? ほら、おれIS学園きたばかりでよく分からなくてさ」
ゆっくりと織斑先生が振り向き、篠ノ之さんをじっと見つめると、今度は俺に視線を移した。
「ほう……話は食事をしながらゆっくり聞こう。篠ノ之と音羽にも聞くべき事ができたようだしな」
俺は本日最大の苦難はこれから始まるのだと知った。
その日の晩は何を食ったか覚えていない。ただ味がしなかった事だけは思い出せる。
5話かけてようやく長い一日が終わりました。