さらばIS学園   作:さと~きはち

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 ヤクザだって国だって、舐められたらおしめえだ!!

 ―― 花井 ――

   『特攻任侠自衛隊』





怒りもて報いよ

 早朝から一夏に叩き起こされると驚く間もなくランニングに引っ張り出されてIS学園の島を一周し、発破をかけられながらヒーコラと学園のジムでさらに汗を流すとシャワーを浴びて制服に着替え、食堂に向かう頃には俺はくたくたでまた眠くなっていた。

「あ、おとーさんとおりむーだ!」

 ゆるい声の方を見ると、本音と谷本さんたちが食券の列に並んでいるのが見えた。みんな制服姿だが、なんか一人着ぐるみみたいなのがいた。

「おりむーって一夏の事か」

「そ、それは言わないでくれよ」

「おはよー」

 ゆるい声と着ぐるみは本音だった。顔以外全部隠れたキツネみたいな格好だ。似合っちゃいるがなぜ着ぐるみ?

「おはよーって、なんだその服? もしかしてIS学園のゆるキャラか?」

「にしし、違うよーこれは私服なのだ!」

「えぇ……」

 他の女子たちはここぞとばかり一夏に話しかけている。朝からテンション全開の女子の勢いに、さっきまで俺を急かして元気の良かった一夏はすっかりタジタジだ。

「おっおい、三治助けてくれよ」

 もう少し本音と話をしたかったのに……まぁ食事のときに話せばいいか。

「わかったよ、みんな一夏の何が聞きたいんだ?」

 その後に飛び出した言葉は俺の眠気をたちどころに吹っ飛ばした。

「ねえねえ音羽くん! 織斑くんって音羽くんが本命だったから中学時代女子の告白をみんな断ったってホント!?」

「はぁ!?」

「私が聞いた話だと、織斑くんが音羽くんと付き合いたくて篠ノ之さんに音羽くんと別れてくれって土下座したって!」

「おい」

「違うってば! 織斑くんと出会いたい音羽くんの愛の力がISを動かしたのよ!」

「ちょっと」

「ねえどれが本当なの!? 私は織斑先生が二人の仲を引き裂く為に織斑くんをIS学園に入れたって聞いたんだけど!?」

 

 一夏に関して悪い噂が広まることは覚悟していたし、事実そうなった。しかし……。

 

 想定外すぎるわい!!

 

 いつの間にか集まった数十人もの女子たちの皆が皆ホモホモしい内容を期待して大騒ぎし、俺の答えを待ってわくわくしている。

 いい加減にしろよお前ら!

 人がどれだけ真面目に悩んだと思ってやがる!?

 ブチ切れた俺は自制なぞ忘却の彼方へと消し去った。

「全員聞けえ! 俺と一夏はどノーマルで男にゃ興味ねーんだ! そもそもここに来るまでお互い会った事ねえよ! この腐女子どもがあ!!」

 大声で怒鳴りつけると集まっていた女子たちがサーッと散らばってゆき、暴れ出しそうな俺を後ろから一夏が羽交い絞めにした。

「さ、三治! もうその辺で」

 心配した俺が馬鹿みたいじゃねーか! もう知るか畜生!

 静かになった食堂で肩で息をしていた俺はようやく腕を放した一夏を離れ、うんざりしながらもすっかり空いた券売機に向かった。

 ポケットからコインケースを出した所で、余り袖をぷらぷらさせた黄色い腕が横からひょいと伸び、あっけにとられている内に小銭を入れトーストセットのボタンを押して、食券を拾うとまた視界からひょいと消えた。

 小銭を入れつつ腕が消えた方を見ると、テーブルやイスの陰に隠れるようにちまちま進むキツネがいた。

「……」

「お、おい三治」

 後ろから一夏がおっかなびっくり近づいてきた。

「さっきは凄かったな。でもそんな怒るようなことだったのか?」

 一夏は自分が周りに何を言われてるかの自覚もないらしい。もう俺は驚くことも呆れることもなかった。

「ようするにあいつら俺たちがゲイなんじゃないかって噂で大騒ぎしてんだよ」

「ええっ? マジかよ!?」

「しかもそういうの期待して大喜びしてんだ、やってられるかよ」

「うわぁ……女子ってコワいなぁ」

 俺はさっさと食えるサンドイッチにして列に並んだ。一夏も慌ててついてくる。

「でもさ、なんでそんなウワサになったんだ?」

「さあな、一夏が彼女を作らないからじゃないか?」

 もうこの話題は嫌だった。前に並んだ連中からはチラチラ見られ、何かひそひそ囁きあっている。これももう慣れてしまった。列の何人か向こうにはさっきのキツネがいる。

「フジョシってなんだ?」

「ホモの漫画とかラノベが好きな女だよ」

「えっ? 女がなんでそんなもん読むんだ!?」

 一夏がびっくりした顔になり、同時に前に並んだ女子たちがビクッとなって硬直した。

「知らん。俺は女子じゃないからな」

「でもくわしいんだな。三治も読むのか?」

「読むか馬鹿! 妹が持ってるのたまたま見たんだよ。俺が友達からラノベ借りて読んでたら馬鹿にしたくせに、自分はそんなもんコソコソ読んでるのかって喧嘩になったんだよ」

「ふーん」

 俺はさっさと注文の品を食ってここから立ち去りたかった。しかし教室に行ったら行ったでさっきの連中がいると考えるとだんだん気が重くなった。

 トレイを持って人気の無さそうなテーブルを探していると、一夏があっちに行こうぜと顎でしゃくった。その先ではガラガラのテーブルにちょこんと座った着ぐるみが、一人でちまちまとトーストを食べている。

 今は遠慮したかったが、一夏がどんどん歩いていってしまうので仕方なくついていった。

「あっ……」

 本音が着ぐるみの顔を上げた。顔を合わせ辛くて少し離れた席につくと、トレイを置いた一夏が横に座った。

「あのね……そっちに行ってもいい?」

 不意の本音の声にどきりとしたが、何も答えられないうちに一夏がおういいぜと答えてしまった。

 本音はよいしょとトレイを持つと、とてとてと歩いて、驚いたことに俺の目の前に座った。

 俺は出来るだけ何も考えないようにして食べ始めた。チラッと前を見ると、本音はじーっとこちらを見ていた。

「な、なんだ?」

 声が少し裏返ってしまった。

「まだ頭そのままなんだね」

 一瞬何のことだか分からなかった。

「! ああ、〝ゲンドウ〟か」

 昨日は髪を切りに行く余裕もなかった。そもそもそれ所じゃなかったのだ。

 本音が不安そうな顔をした。

「やっぱり、言われたら腹が立つ?」

 いや、と俺は首を振った。

「見た目をネタにされてるうちが華なんだな。思い知ったよ」

 IS学園に来て以来、つくづく想像の斜め上のことばかりだと言って俺は苦笑した。

 織斑先生に根掘り葉掘り追及された昨晩もそうだが、今朝の朝食もあんまり味わうゆとりがなかった。なんだか食堂に来るたびにエラい事になってる気がする。

「あんまり気にしないほうがいいよー」

 本音は昨日のペースに戻っていた。

「みんな噂好きだもん。少ししたらまた別の噂で盛り上がるんだから、その内忘れちゃうよ~」

 本音は袖に隠れた両手でコップを持ってごくごくジュースを飲んだ。

「そんなもんかね」

「そんなもんです。にしし」

 ふぅと息を吐いた。もうため息がクセになってるらしい。

「またため息ついてる。よけい疲れちゃうよ?」

「ここに慣れるまでの通過儀礼は(かしま)しすぎるんだよ」

「下らない事なんだし、笑いとばした方が楽だよーこういう時こそ笑顔~」

 本音が笑って見せた。

「そうだぞ三治、よく分からないけど元気出せよ」

 一夏が急に口を挟んできた。良く分からないけどって、さっき説明したばかりなのにきれいサッパリ忘れたのか。それとも全く気にならないのか。

 なんか一夏の場合どっちも大して変わらないような……。

「……もういいや」

 悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなって俺は苦笑いを浮かべた。確かに噂にいちいち必死になって怒っても、三度の飯より噂が好きな女子たちがわんさかいるのだ。いくらでもわいてくるだろう。何しろ今まで女しかいなかったIS学園に二人だけ男子がいるんだから、妙な噂が広がらない方がおかしいのかもしれない。

「ほら表情かたーい。もっと自然に~」

「そうだよ、三治は時々笑顔が固すぎるぞ」

 半分はお前のせいだよ。あと一夏の後ろに誰か来てるぞ。

「ここ、座っていいか?」

「どうしたんだよ三治? ほら笑顔だろ?」

「ここは空いてるかと聞いてるんだが」

「一夏、後ろに――」

 一夏は背後から声がかかっているのに見向きもしない。これはまたアレだな。

「なんだよ二人とも? おれの顔に何かついてるのか?」

 どん、と勢いよく食事のトレイが置かれた。

「ここは! 空いてるのかと! 聞いているんだ!!」

「えっ、なんだって?」

 振り向いた一夏の目と鼻の先に、昨日のドタバタを思い出させる怒りのオーラを放つ篠ノ之さんが仁王立ちしていた。

 俺と本音はさっさと残りを食べ終えると、お先にと言ってトレイを持ちテーブルを後にした。

「ちょっ! 三治待てよ!」

「振り返らず進め」

「うむ~!」

 変な所で息が合うなあと思いつつ、俺と本音はさっさとトレイを片付けて教室に向かった。

 

 背後では二人の一夏が無視した、してないの水掛け論がギャアギャア聞こえていたが、やがて2発の重い打撃音が響き静かになった。

 

 

 

「本日はクラス代表を決定する!」

 目の前にいる織斑先生の気合の入った声も、頭を押さえた篠ノ之さんと一夏を見た後ではしまらないものだった。早くも昨日相談した時の信頼が揺らぐ。呆れていたのは本音も同じだ。ちなみに本音がセーターのようにスポンと着ぐるみを脱いで制服姿になったのは驚いた。

「クラス代表は再来週行われるクラス対抗戦出場の他に、生徒会や委員会への出席など、まあクラス長と考えてもらって構わん」

 まさかクラスでなんかあるたびに殴られる立場じゃないだろうな?

「自推他推は問わん。誰か立候補はいないか……何かあるのか音羽」

 もはや何も言うまい。

「……いえ」

「あー、誰か推薦する者はいないか!?」

 急に居心地悪そうになった織斑先生は大声で呼びかけた。

「はい! 織斑くんがいいと思います!」

「お、おれぇ!?」

 急に指名されて一夏は素っ頓狂な声を上げた。ありうる流れだと思ったが、一夏は想像もしなかったらしくうろたえる様子が背中越しに分かった。まぁ他に立候補者がいなけりゃ本決まりだな。

 さらに追い討ちをかけるように賛成意見が続出し、反対意見もみられないなと思った途端。

「ま、待てよ! じゃあ俺は三治を推薦する!」

 あぁやっぱりきたか、一夏ならやりかねないなと思った。

 俺は振り返って言った。

「聞いてなかったのか一夏。クラス対抗戦出なくちゃいけないんだぞ? 専用機なしの俺がどうやったら勝てるんだ? 気合とか根性とか言うなよ? 馬鹿の言い訳だからな」

 とりあえず言いたい事は言った。どうせ担任が担任だし、後はなるようになるだろう。

 何だか2日目でいろいろ投げやりになりかけているのを自覚した。一夏はコイの様に口をぱくぱくさせている。

「納得がいきませんわ! だいたい男がクラス代表など恥さらしもいい所です!」

 キンキン声の主はいつぞやのオ…金髪エリートだった。昨日の今日なのに名前でなくウザさが思い出される。

「そもそもこのセシリア・オルコットは文化的に後進国であるこんな極東の地で、猿どもとサーカスをやりに来たのではありません!」

 言いたい放題言ってくれるじゃねえか。吐いたツバのむなよ?

「イギリスだってたいしてお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ?」

 一夏も言ってやったが、この調子じゃ感情に駆られて口喧嘩になるだけだな。どうせ織斑先生が止めるだろうが、それじゃ面白くない。

「あなた! 私の祖国を侮辱しますの!?」

「最初に言ったのはそっちだろ! 三治も何か言ってやれよ!」

 こっちに振るか。まぁ丁度いいや。

 俺はゆっくりと立ち上がった。落ち着いて静かに言葉をつむぐ。

「俺はなにも言わん。俺自身はな」

 拍子抜けした空気が広がった。昨日初代ブリュンヒルデと口論した奴が、いきなり不戦敗を宣言したように聞こえたからだろう。

「おい三治! 正気かよ!?」

 それ、お前にだけは言われたくねえよ!

 俺は一夏の言葉を聞き流し、ポケットからスマホを取り出した。

「ただあんたの言動は全て録音させてもらった。今日中に駐日英国大使に確認を取るつもりだ。あんたの、つまりオルコット代表候補生の言動は英国IS関係者の公式見解か、それともオルコット個人の意見かとな。すぐに大使館から連絡が行くだろうから、ちゃんと電話には出るこった。せいぜいさっきのご高説を伝えてやるんだな」

 とたんに高慢ちきを地で行くエリート様の顔色が面白いほど変わった。ISの腕はいいのか知らんが、織斑先生以上に言動に隙があるぜ。

「そ、そんな脅しはわたくしには無意味ですわ!」

 精一杯の強がりのようだが、手が震えているのがまる分かりだ。

「ほう、流石は代表候補生だ。もう腹をくくったか。期待に背かんようにしよう」

 俺は笑った。

「ま、待って下さいまし!? 」

 それ以上は何も言わず、俺はさっさと席に着いた。またもクラスがざわめき、意趣返しを期待していたはずの一夏はあっけにとられている。

 急にオルコットの方で悲鳴が上がった。誰かが叫んだ。

「先生! オルコットさんが!」

 見ると、イスの背もたれにしなだれかかるように倒れたオルコットを周りの女子があわてて支えているのが分かった。

「保健室に連れて行け」

 指示した織斑先生は大きなため息をつき俺の顔をにらんだ。

「なぜああまで言った?」

 俺もまっすぐその顔を見返した。

「なぜ彼女の暴言を聞き流したんです?」

 俺が一切ゆずる気がないのを読み取ったのか、織斑先生はそれ以上は聞かなかった。

 

 結局クラス代表はオルコットの回復を待って話し合うことになり、それ以上は議題もないということで、早々にSHRは終わった。その後の休み時間の空気は、俺には微妙な重みを含んでいるように思えた。

 休み時間に入ってしばらく驚きでフリーズしていたらしい一夏は、席から飛び出し俺の正面に回った。

「さっきのなんだ? 千冬姉は三治を怒らなかったのか?」

「普段はくだらん理由で一夏を殴ってばかりなのに、平然と暴言を吐いたオルコットの奴を叱らず(とが)めず見て見ぬ振り。その後俺がどうするか予想できたはずなのにだぜ? それで俺を叱る資格があるのか?」

 一夏は何も答えられなかった。

 

 そのまま一夏が珍しく悩んでいると、鏡さんや岸原さん達が俺の席にやってきた。

「さっきの凄かったね! オルコットさんには悪いけど正直胸がスッとした!」

「私も! 実際オルコットさんてエリート風吹かせて苦手だったし、あんなの言いすぎよ!」

「まぁあれでオルコットさんも反省してくれたらね。でも織斑先生もなんで注意しなかったのかな? 代表候補生だから? ちょっとひどくない?」

 彼女たちもオルコットの言い草や織斑先生の矛盾した態度には腹が立っていたらしい。当然か。

「でもさっきのはマジでゲンドウレベルの論破だったね!」

「えっ」

「そうそう! まさにリアルゲンドウって感じ! ちょっとここでやってくれない? 〝そのためのネルフです〟って! こうメガネを右手でクイッてして!」

「あの」

「ずるい私も! 〝ああ、間違いない。使徒だ〟って、机の上で手を組んで! こう! ほらこう!」

「ちょっと」

「えー見たい! ちょっとだけやって! お願い!!」

 ふと本音の方を見やると、一瞬どきっとした表情を見せ、そのままとことこ歩いて廊下に出て行ってしまった。笑顔で。

「あんにゃろー」

 結局収拾がつかないので、二~三モノマネをやってその場をしのぐ羽目になった。絶対ネットに流すなと厳しく注文をつけた上でだが、女子たちは大喜びしてスマホで写真や動画を撮りまくっていた。

 一夏は訳が分からずポカンとした表情でそれを見ていた。

 俺は今度こそ今日中に髪を切るぞと固く決意した。

 

 

 

「そういやさっきオルコットに言ってたのってなんだ? 大使に言うとかって、イギリスのIS関係の人か?」

「あぁ、うん……一夏には難しかったよな」

「さっきはカッコよかったけど、ちょっと言い過ぎだと思うんだよな。よくわかんねえけど、なんかショックで倒れてたし。結局何を言ったんだ?」

「気にしなくていいから」

 

 俺は何も考えないことにした。

 

 

 




 この後どうしよう……。
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