さらばIS学園   作:さと~きはち

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 神にハメられたのさ

 ―― ロングボー ――

   『誘拐犯』





開戦前夜

 オルコットが担ぎ出されてからの教室は一時騒然としたものの、その後は昨日と変わらぬ一日が戻ってきた。

 変わった事といえば、家庭科の味噌(みそ)汁作りで一夏が異様に張り切った事ぐらいだ。家庭科の先生が料理初心者のために用意していたダシ入り味噌を真っ向から否定し、(こうじ)入り味噌とデカい鰹節(かつおぶし)の固まりをわざわざ用意させて、俺や篠ノ之さんに手伝わせて入魂の一杯を全員に振舞った。

 確かに美味いし皆も喜んだが、先生の立場が無いし俺も篠ノ之さんもカツブシ削りでへとへとだった。次からは冷奴(ひややっこ)に乗せるようなあらかじめ削ったやつにしてくれ。

「なっ? 削りたてのカツオブシは風味が違うだろ! やっぱ時間あるならみそ汁はこうでなくちゃ」

「……おう」

 もう俺は何も言わん。何も言わんぞ。

 俺はともかく篠ノ之さんは怒ってるんじゃなかろうか。きょろきょろとその姿を探すと、

「い、一夏の手作りの味噌汁」

 なんか恍惚(こうこつ)としてらっしゃる。俺らも手伝ったんですが。他の連中はこれといってする事もなく一夏特製の味噌汁に舌鼓を打っていた。先生までも。

 

 結局英大使館に電話はしていない。オルコットは相当こたえたようだし、これで反省してみんなに謝罪するならそれで良しと思った。これ以上蒸し返しても誰も得をしないし。

 

 異変が起きたのは時間割で最後のIS授業のときだった。

 教室にやってきたのは山田先生一人だった。そこかしこで生徒たちが小声で織斑先生がいないことを不審がっている前で、山田先生はおどおどしてうまく教室をまとめられなさそうだった。

「なあ三治、千冬姉どうしたんだ?」

 何かあるな。また嫌な予感がした。

「山田先生、織斑先生は遅れるんですか?」

 わざと大声で聞くと教室は静かになり、山田先生はハッとして答えた。

「えー、織斑先生は臨時の職員会議で少し遅れます」

 クラスがざわめいた。当然だろう。いま職員会議の議題と言えば、皆がオルコットの暴言とその顛末(てんまつ)を思い浮かべるからだ。

「臨時って何の会議だろうな?」

 一人を除いて。

「それでは授業を始め……みなさん静かにしてください!」

 当然女子たちの質問が相次いだ。胸以外は同級生くらいに見える山田先生は織斑先生と違って話しかけやすいのだろう。

「職員会議って、オルコットさんの事ですか?」

「オルコットさん退学になるって本当ですか?」

 不穏な質問が飛び交い、俺も先の騒動の決着がどうなるか気になった。そもそもその職員会議とやらでどんな結論が出るのかはなはだ疑問だ。織斑先生がオルコットの好きにさせたのはイギリスとの国際問題を恐れたか、この学園を配下におさめるIS委員会からの要求もあったのかも知れない。しかし元をたどれば問題児を送り込んだイギリス側や、それを認めたIS学園およびIS委員会の責任が先だろう。どう考えたって俺が責められるいわれは無い。しかし俺に全てをひっかぶせてIS学園は知らん顔をすることもありうる。何しろ俺が消えても男性操縦者は一夏がいるからだ。

 いよいよとなったらネットに全てぶちまけるか。教室のディスプレイを見ながら考えている時だった。

 教室のドアが勢いよく開けられ、話題の人物が現れると、

「決闘ですわ!」

 いきなり俺と一夏を指差した。

「今日から一週間後! IS模擬戦で私が勝ったら、例のその……アレを消して頂きますわ! よろしくて!?」

 なに言ってんだこいつ? クラスがそんな気持ちで満たされたようだった。

 それよりお前はクラス全員に対して言うことあるだろ!?

「おういいぜ。四の五の言うより性に合う。三治もそれでいいよな?」

「嫌です」

 すかさず言った。いい訳あるか馬鹿。俺もそろそろ一夏の超展開に耐性がついてきたらしい。

「よし! ……えっなんだって!?」

「いいですわね! ――ってええっ!?」

 勢いだけで生きてそうな二人は仰天して俺を見た。ノリのいい奴らだ。そもそもどうしてそんな話が通ると思っ……たんだろうなぁ。

 きっと一夏たちのようなタイプの人間はIS学園に複数いて、自分の考えと価値観と感覚で世界が動くと信じて疑わないのだ。だから自分と違う考えの人間と会うと衝突する。おそらくだが篠ノ之さんや織斑先生もそうではないだろうか? だから大勢の中で孤立したり、思い通りにいかないと力ずくで押し通そうとしたりするのだろう。

 ただの勘ではなく、約二日間この学園で異様に濃密な時間を過ごした上での俺なりの答えだった。

「そもそも俺が納得する要素が何にも無いぞ。なんでいきなりお前と勝負して負けたら言うこと聞かなきゃならんのだ? 一夏も一夏だ。勝ったらどうすんだよ?」

「えっ? ……そ、それは勝ってから考えれば……」

「そっそうですわ! その時に決めればいい話で――」

「お前ら二人とも自分がやりたいことしか考えてないだろ? ふざけてるのか? そもそも俺が納得しなかったらどうすんだよ?」

 俺の言葉に二人とも突っ立ったまま言葉を失った。どちらもあまりに脳筋過ぎないか? もう一夏は諦めるとして、オルコットは日本語を流暢にあやつるほどの頭脳の持ち主なのに考えが無さ過ぎる。

「受けてやれ音羽。結果はどうあれ筋は通させる」

 オルコットの後ろから織斑先生が現れて告げた。どうやら職員会議の結論は出たらしい。

「筋を通すとは?」

 俺が言い終わる前に織斑先生は素早く近づき耳元にささやいた。

「駐日イギリス大使も本国の了解をとった。模擬戦の結果がどうあれオルコットはクラス全員に謝罪させる。職員会議で決定した」

「なぜ模擬戦が必要なんです?」

「今回の問題はあくまでも生徒間のいざこざで、模擬戦で決着をつけるという形で終わらせるからだ。学園もイギリスも国際問題に発展させたくない。IS委員会にも内密にだ」

「それで俺たちに納得しろと? オルコットだけを優遇しているのもその辺が理由ですか?」

 そこで初めて織斑先生は顔をしかめた。

「土下座でもさせたいのか? イギリス側も折れた。もうあいつの身勝手を許すことは無い! 今度生徒や教師を侮辱(ぶじょく)すれば退学だ!」

「……」

「……事が終わるまで、外部には漏らすな。いいな?」

 織斑先生は俺の顔をじっと見ていたが、やがてため息をつくと山田先生に代わって教壇に立った。

「織斑、貴様には一週間後に専用機が用意される。それでも代表候補生との模擬戦は厳しいため、織斑と音羽の二人には今日から一週間特別に時間外のアリーナ及び訓練機使用を認める。音羽は専用機がないため、実際に対戦するのは織斑とオルコットのみだが、音羽は織斑が最善の形で模擬戦に臨めるよう最大限協力しろ」

 専用機と聞いて女子たちが沸き返った。専用のISを与えられるのはごく一部のエリートであり羨望(せんぼう)の的なのだから当然だ。

「静かに! いいな三人とも、この模擬戦の結果をもってクラス代表の決定とする。以上だ。授業を再開する」

 そう言って教壇を山田先生にゆずったが、俺にだけ聞こえる声で〝分かっているな?〟と告げた。全て終わればオルコットの【吐いたツバ】をスマホから消せという事だろう。

 要はIS模擬戦で一夏(と俺)が負け、オルコットもその後で謝罪させれば、喧嘩両成敗ではないが日英双方の顔も立つという事だろうな。大人の事情というやつだ。

 俺は正直うんざりした。オルコットが謝罪すれば俺だって水に流す、それで済む話だ。一夏もサッパリした性格だしそれで納得するはずだ。それをわざわざ誰のツラを立ててやる為の模擬戦だ? しかし一夏もあっさり受けてしまうあたり、ブリュンヒルデに負けず劣らずの武闘派なのかも知れない。

 その一夏がまたやらかした。

「あの、結局専用機ってどのへんがすごいんですか?」

 また教室全体がズッコケる騒ぎになった。もう俺は冷めた目で見ているだけだ。

「昨日授業でやったぞ」

「あっあなたはここへ何を学びに来ましたのっ!?」

「おっ織斑くん? 昨日の先生の授業聞いてましたか!?」

 俺、オルコット、山田先生の三人のツッコミに続き、教壇の横に立つ織斑先生の顔が鬼のそれに変わった。バキッと音がした方を見ると、手に握られた出席簿がとうとう寿命を迎え、パラパラと破片が散らばっていた。

「織斑……再発行した参考書はちゃんと読んだろうな?」

 静かな声が逆に怖い。クラス全員の前で俺にさんざん注意されたからか、ゲンコツを必死で我慢している様子がいやというほど伝わってきて苦しかった。

「あっ、その、昨日は三治の荷物片付ける手伝いとかいろいろ忙しくて」

「今朝は何をしていた?」

 だんだん織斑先生の声が硬くなってきている。危険信号に一夏は気づくか?

「その、三治を鍛えるのにランニングとかジムで――」

 何かがプツッと切れたような気がした。

「……織斑、あとで生徒指導室に来い」

 さすがに一夏も何をされるか分かったらしい。

「おっ織斑先生! そっそれは……三治、頼む! なんとかしてくれ!」

 俺は肩越しに後ろの席を見た。席のすぐ近くでは織斑先生が〝邪魔するな〟というオーラを放っている。

「あのな一夏、俺に気を使って色々してくれるのは嬉しいが、参考書の件は昨日怒られたばかりだぞ? 暴力で解決はせんが、さすがに弁護できんわ」

「そんな!? 三治はおれを見捨てるのか!?」

「どうせシバかれるならアリーナでIS同士でシバいてもらえ。その方がまだ訓練になるだろ」

 俺はそう言って正面に向き直った。すぐ近くで『鬼』がゆっくり呼吸をするのが聞こえた。周囲の女子たちが震えているのが分かる。

「……織斑」

「はっはい!!」

 一夏が席から飛び上がった。

「生徒指導室は来なくていい。代わりに今夜9時に第1アリーナへ来い。鍛えてやる」

 それだけ言って『鬼』は元の位置へ歩いて戻った。背後で一夏が震え上がるのが想像できた。

「そ、それでは授業を再開しますね。あっ、その前にその、織斑くんにちょっと簡単にその、専用機について復習しましょうね?」

 山田先生まで怖がらせてどうすんだよ。不憫な副担任は『鬼』のオーラに怯えながらも一夏に、ISの要であるコアは篠ノ之 束博士しか作れず、現在世界には467機しかISがない事、専用のISが与えられるのは国家や企業に所属する限られたエリートだけである事、一夏は特例で情報収集の目的から専用機が与えられる事などを丁寧に教えた。

「なるほど、だいたいわかりました」

 一夏の答えに山田先生もほっとした表情を浮かべた。

「あの、ちょっといいですか? 篠ノ之さんってもしかして篠ノ之束博士の関係者なんですか?」

 誰かが一つの疑問を口にした。実は俺も気になってはいたのだが、もし聞かれたくない事だったら悪いし、全く無関係だったら恥ずかしいので聞かずにいたら、様々なトラブルに振り回されている内に忘れてしまった。

「あの、それは……」

 山田先生は言いにくそうに織斑先生を振り返った。いつのまにか『鬼』の気配は消えている。

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 こともなげな織斑先生の回答に教室はまた騒がしくなり、俺も内心驚いた。まさかあの束博士の妹だとは。せいぜい従姉妹か何かだろうと思っていた。でもそんな個人情報を教師が喋っていいのか? いつかは分かることかも知れないが。

「あの人は関係ない! ……私は私だ、あの人じゃない」

 騒がしくなりかけた教室が篠ノ之さんの声で静まりかえり、すぐに授業が再開された。

 

「ISには意識に似たものがあり、操縦時間に比例してISも操縦者の特性を理解しようと――」

 結局こうなるか。あの二人がケンカの決着をつけようとすれば、最後は互角の条件で何かの勝負になるのは目に見えていたが、俺までつき合わされるのかよ。

「――またISは宇宙での作業を想定しており、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また生体機能も補助する役目があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ち――」

 そもそもオルコットに謝罪させるなら、あいつの差別と偏見を大目に見ろと指図した奴も一緒に連れて来い! ISのグーパンで許してやるから。IS適正最低以下の俺なら顔がへこむぐらいで済むだろう。

「例えばみなさんはブラジャーをしていますよね? あれはサポートこそすれ人体に悪影響が出るということにはならないです。それと同じで――あっ!」

 俺の目前で説明していた山田先生の顔が赤くなっていた。そういやブラジャーしてない奴がこのクラスには二名いるのだ。山田先生は顔を覆って教卓に隠れてしまった。

「あー、山田先生? その~質問があるんですが」

 誰も何も言わないので、俺は前から疑問だった事を聞いてその場を取り繕おうとした。

「はっはい! なななんでしょう!?」

 教卓から山田先生の緑の頭がピョコンと飛び出した。

「えっとですね、さっき聞いたISの操縦者の生体機能補助なんですが、なんというか、免疫機能を改善する能力もあるんですか?」

 俺はもともと花粉症で悩んでいたのだが、IS適性検査で初めてISに触れて以来その症状がでなくなったのだ。IS学園入学前に色々メディカルチェックも受けたが、その症状は完全に医師に否定された。

 何かで読んだが、花粉症はアレルギーの一種で、アレルギーは免疫の異常らしい。つまり無害な花粉を危険と勘違いした免疫が、体外に排出しようとしてやたらクシャミや鼻水が出る訳だ。

 もしISの生体機能補助が免疫機能も治療できるなら、ISに触れたことで治ったという可能性が高い。というか他に突然治った理由が思いあたらない。

「えー……えっ? ちょ、ちょっと待ってください」

 俺の質問に驚いた山田先生は急に織斑先生を見た。

 ……やっぱり余りに飛躍しすぎてたかな? 頭がおかしいと思われたんだろうか?

「音羽、その話をどこで聞いた?」

 予想に反して織斑先生の声は静かなものだった。

「え? いや、何となくそう思って聞いただけで――」

「お前が今聞いたのは、IS委員会で最近議題に上がり始めたばかりの事だ。IS関係者でも操縦経験がかなり長い者しか知らん」

 山田先生は勉強熱心だから私から聞いているが、と結んだ。

「それはつまり、長い間ISに乗ってた人が最近になって気づいたって事ですか?」

 織斑先生はうなずくと、どうしてそれに気がついたのかと、俺の目を真正面から見て尋ねた。どうにもこれは苦手だ。大概の犯罪者はこれだけで自白してしまうだろう。

 俺はIS適性検査でISに触れてから花粉症が治ったことをかいつまんで話した。それを聞いた織斑先生と山田先生は教卓から離れて小声で話し合っていたが、やがて俺に向き直ると、もしかするとIS委員会の会議に何らかの形で出席してもらうかもしれないと告げた。

 

 何か自分の知らない所で、またぞろロクでもない話がまとまるのではないか。そんな気がしてならなかった。

 

 

 

 授業が終わると、一夏が俺の席に来る前にさらに離れた席から女子たちが集まってきた。

「さっきのなに? ひょっとしてISが治療機器になるってこと? 私のキウイアレルギーも治るの?」

 しらんよ。

「あたし聞いたことある! ISの生体機能補助を応用すれば、老化防止や若返りも可能になるかもって!」

 マジか?

「えー? じゃIS委員会で話し合ってるって、もしかして自分らが若返るため!?」

 ありえる話に思えてきた。

「IS委員会ってババアばっかりなんでしょ? 自分たちの若返りのためにIS利用するとかずるくない!?」

 どうせ利権の奪い合いの老害グループだろうしな。

「まぁ、俺以外のみんなもIS委員会の動向は要チェックだな」

 俺が強引にまとめてこの話を終わらせようとすると、思わぬ反応が返ってきた。

「ていうか、音羽くんどうやったわけ? ちょっとしかIS触ってないってホント!?」

「適性検査と入学試験の時だけだぞ」

「ゼッタイ変! なにかあるんでしょ? 私たちにも教えてよ!」

「えぇ……んな事言われてもわかんねえよ」

「お願い! どうやったらそんな機能使えるの? 私たちにも教えて!」

「もう織斑先生に聞けよ」

 

 

 

 普通に男子同士でダベるのがこんなに恋しいなんて。一夏の気持ちが俺にもようやく分かった。

 

 

 

 




やっと少し伏線を回収できました。

オリ主は疲れてばっか。
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