―― ナレーション ――
『仁義なき戦い 完結篇』
怒涛の一週間は嵐のごとく過ぎていった。
初めて一夏が織斑先生にIS訓練と言う名の体罰を食らうのを見た夜は
しかし織斑先生の『訓練』はえげつないものだった。いくら上達が早いとはいえまだまだ初心者の一夏をサッカーやバスケのボールのように扱ったのだ。それも
さらに一夏の受難は続いた。多忙な会長は虚先輩に怒られてほとんど来られなくなり、困った時は本音に伝えればいいと言ってくれたのだが、とっくに予約が埋まっているアリーナと訓練機が使えない時間をどうすべきかと思った所へ、待ってましたとばかりに篠ノ之さんが剣道部の道場へ連れ出し、それから毎日夕食の時間までしごき倒した。
もちろん夕食後はいくらか時間があったが、いい加減少しでもIS座学を理解しなきゃこれ以上織斑先生を怒らせても止める気も自信もないと言うと、必死になって俺が図書館から借りてきたIS基礎講座のDVDを観まくった。
その後もISの訓練相手には事欠かなかった。SHRかISの授業のたびに一夏は何かしらポカをやってしまうし、短期間で参考書の内容をマスターするのも不可能なので、結局この一週間のうち平日は残業の済んだ織斑先生がアリーナでISを装着して待ち受ける日々が続いたのだ。
その後、俺の提案で射撃兵装の得意な人に対オルコット訓練をしてもらいたいと言うと、現れた助っ人が山田先生だったのにも驚いた。元代表候補生で腕は確からしく、一夏は山田先生の狙撃を避けるのはかなり苦労していた。二度目からは俺もISスーツを着てくるよう命ぜられ、打鉄をまとってみたものの、入学試験の際ヘタに動くと転ぶ危険があるからと止められたのは伊達ではなく、言われるがままにおっかなびっくり歩いてみても、PIC等で浮かんでみても、危なっかしくて織斑先生にさえ心配される始末だった。どうにも俺はISとの相性が良くないらしい。山田先生も俺の訓練をしてくれたが、緊張が取れず〝ひょっとして転倒するのでは?〟と思うたびにギクシャクして上手く行かなかった。
そんなわけで、毎晩アリーナでは空中で超サイヤ人同士の闘いが繰り広げられ、地上では山田先生に手を引かれた俺がヨチヨチ歩きしているという奇景が繰り返された。様子を見に来た本音たちやとっつぁん先輩は最初あまりのシュールさに言葉を無くしていたが、織斑姉弟の肉体言語に飽きると、俺にやれもっとリラックスしろだの、イメージが大切だのとあれこれ好き勝手な事を言い出した。
もともと俺はISのようにパワードスーツ的なものを装着するのは照れ臭くて気が引けたし、人前でこれを身に着けて活動するのは恥ずかしくてたまらなかった。その上見知った連中にやいのやいの言われて、体はそれほど疲労していないのに精神的にどっぷり疲れてしまった。
しかしISを片付けた後体調だけはいやに良くなった。何だか体のしこりや血流が改善されたような感じがした。
その後も一夏は放課後を剣道とIS座学、IS訓練? に明け暮れた。結局日曜のみを貴重な休日として骨休めし、ISの事を忘れる時間にした。
そうして一夏の極端に体育会系な一週間は終わった。
「しかし無駄に露出が多いよな一夏のISスーツは。女子へのサービスか?」
「変なこと言うなよ!」
アリーナのカタパルト裏で待機するISスーツの一夏と、付き添いの俺たちは手持ち無沙汰で無駄口ばかりを叩いていた。
もう作戦らしいものはとっくに一夏も理解していた。無論アタマじゃなく体で織斑先生に叩き込まれたのだ。会長から得られたオルコットの情報で俺たちが考え付くことなんて、狙いにくい不規則な攻撃回避の連続と、移動先を読ませないややこしい軌道で近づき接近戦に持ち込むことぐらいだった。そもそも一夏は射撃が下手すぎて接近戦以外どうにもならないのだ。
「織斑先生に聞いても、一夏の専用機は『今の一夏にぴったりだから問題ない』と言うだけでよく分からんしな」
「千冬姉が言うんなら大丈夫さ。三治は少し心配性なんじゃないか?」
「あれだけ滅茶苦茶なシゴキを毎日のようにやられて、その言葉はどこから来るんだ?」
実際一夏の夜9時からの日課はまず織斑先生主演による数時間連続の空中乱舞で、なんで無事なのか不思議なくらい痛めつけられては〝いてて〟で済まして帰ってシャワーを浴びて寝るというものだった。俺からすれば理解不能の超速暴力からの素早い日常復帰というシュールギャグを毎晩見せられているようなものだ。
「ブルー・ティアーズか……」
英国淑女ご自慢の愛機だ。あれ一機でステルス戦闘機何機分の値段だったか、とにかくISというやつはえらく値が張るシロモノにして、あらゆる現行兵器を単機で相手にできる、ある意味究極の万能兵器だ。
あんなものをヒョイと渡されれば、相当の人格者でないかぎり調子に乗るだろうな。
「心配すんなって! バッチリ勝ってきてやるからさ」
一夏が俺の肩を叩いた。織斑先生じきじきの虐た……特訓を受けてきたからだろう、一夏の自信はかなりのものだった。それを見ている篠ノ之さんは自分に話を振ってくれないからかずっと不機嫌だ。
「がんばれおりむー」
「おう!」
本音の応援にも笑顔で答える。そろそろ幼馴染のことも思い出してやれよ。
「ふんっ! 負けて戻ったら許さんからな」
「わーってるって、任せとけよ!」
ようやくの想い人の言葉に、絵に描いたようなツンデレさんは若干顔を赤くしたようだ。
「と、当然だ! 私が鍛えたんだからな。篠ノ之流の名を汚すことは許さん!」
そうこうしている内に山田先生がモニター室からのアナウンスで、一夏の専用機が到着した事を告げた。
現れたIS『白式』は全体的にどこかくすんだ色をしていた。一夏が乗り込むと自動的に装着され、すぐに発進態勢が整えられた。山田先生と織斑先生から二、三の注意事項が終わると、一夏は俺たちに顔を向けた。
「行ってくるぜ三治! 箒とのほほんさんも」
篠ノ之さんはついでか。まぁ今はそんなことはいい。
「ああ、油断するなよ」
「よ、よし。勝ってこい」
「がんばってねー」
一夏は実に爽やかな笑顔でうなずき、カタパルトに乗ってジェット機のような速度でアリーナへと飛び出していった。
結論から言えば、驚くべき展開になった。まず一夏は特訓の始まった一週間前とは比べ物にならないほどの高速でオルコットとの距離を詰めようと動き、慌てたオルコットのレーザーとBT兵器のミサイルにダメージを食らって、スパイラルや折れ線グラフを描くような動きでの連続回避に追い込まれた。
が、オルコットがまともに戦えたのはそこまでだった。突然くすんだ灰色が名前通りの『白』に変わり姿形も変化した一夏の白式はファーストシフトを終えたらしく、急激に機動性能を上げてオルコットをあっという間に追い詰めてしまった。いつのまにやらBTが自律兵器ではない事をあっさり見破り、距離をとろうとするオルコットの狙撃やミサイルをステップを踏むような軽やかな動きでかわして、手のブレードを変形させライトセーバーに似た光の刃でブルー・ティアーズを
≪試合終了! 勝者織斑一夏≫
間の抜けたファンファーレの後に勝利宣言がなされ、ずいぶんあっさりとした決着に、えっこれで終わり? という顔で観戦者はみな目が点になった。
それから一呼吸遅れてアリーナは歓声に包まれた。無理もない、
本音も篠ノ之さんも大喜びだし、もちろん俺も嬉しくはあった。
しかし俺にとってはこれからが正念場だ。どう転んでもやるべき事があるというのは何もオルコットだけの問題ではなかった。
「それで? 俺たちゃ何をもらえるんですかね?」
アリーナのカタパルト裏、モニター室から見下ろせる場所に、一夏、オルコット、織斑先生、山田先生、篠ノ之さん、本音、そして俺が集まっていた。
オルコットは自前のISよろしく青い顔で、一夏は珍しく引き締まった顔つき、織斑先生は眉をしかめ、山田先生はオロオロし、篠ノ之さんは何が起こるのか不安そうで、本音は心配するように俺を見上げた。
「わ、わたくし、は」
オルコットはまた倒れそうだ。当然だろう。ISと代表候補生の立場を取ってしまえばただの少女、しょせん力と立場におぼれた幼稚な愚か者でしかないし、勝負に負けてそれらを失うかもしれないとなれば到底精神が持たないだろう。
「音羽、もうよせ。充分だろう」
「一体何がですか? 俺はオルコットに言ってるんじゃありません。織斑先生、あなたにです」
織斑先生の顔がさらに険しくなり、どういうことかと一夏や篠ノ之さん達は顔を見合わせている。
「あなたは自分たち教員と誰とも知れぬイギリスの奴らの身勝手で俺たちに決闘ゴッコを強要したあげく、勝敗に関係なく一方的に身勝手な結末を押し付けた。だが負けたならともかく勝ったのだから、こっちは要求を通す権利があります。文句があるなら他に俺たちが納得する見返りを用意するか、最初からこんな事させなきゃよかったんです」
一夏とオルコットが驚き、篠ノ之さんと山田先生はどうしていいかわからないといった様子だ。本音だけは口を閉じてじっと俺を見つめている。
腕を組み尊大な態度を崩さないまま、織斑先生はうんざりしたようにため息をついた。
「もういい、何が望みだ?」
「俺がどうして欲しいか一番分からなきゃいけないのはあなたのはずだ。いくら何でもそれぐらい分かっていると思ったのは見込み違いだったようですね。織斑先生、あなたには失望しました」
「おい三治! いったいどうしたんだよ!?」
「そうだ音羽落ち着け! どうしてここでそこまで言うんだ?」
今の自分の態度や言動が、明らかに生徒の立場を逸脱したものであることに自覚が無い訳ではなかったが、我慢ならなかった。
俺は周囲の自制を促す声が終わるのを待って続けた。
「いいかみんなよく聞け。今度の事はな、自分の国や文化を馬鹿にされた上に見て見ぬふりしてた教師が無理やり代表候補生相手に模擬戦しろと言う、訳分からんし筋も通らんトチ狂った話なんだ。大体オルコットが最初から謝ってれば、誰も苦労も困りもせず、恥もかかず遺恨も残らないで済んだんだ。ところが、御免なさいで済む話をIS学園とイギリスの偉い奴が、勝手に決闘騒ぎにしてしまった。自分たちの勝手な都合でだ。こんなアホらしい話があるか? 俺たちゃ全員無駄な苦労して、人に迷惑をかけて、オルコットは恥の上塗りだ。全部名も知らん他人の身勝手でだ!」
織斑先生はうつむき、山田先生は何も知らされていなかったのか驚きの表情のまま固まった。
「で、でもとにかく決着はついただろ?」
一夏が遠慮がちに口を挟んだ。
「決着? そりゃIS模擬戦だけの話だ。今度の話はもう学園のあちこちで噂になってる。一夏やオルコットのように人気者や代表候補生の前じゃ皆遠慮してるが、俺相手にはそんな遠慮はないからな。たびたびろくでもない声を聞いたぜ。〝決闘なんて騒ぎを起こして、進学先に知れたらどうしてくれるの〟とか〝口喧嘩でISを持ち出すような事件が続いたら学園のイメージダウン〟とかな」
途端に一夏が青くなった。オルコットに至ってはもはや青い顔を通り越して白くなっている。
「こんな事を普通と思って流していたら、IS学園の全校生徒が大迷惑だ。教師や学園外の人間の勝手都合で自分たちの待遇や問題解決が決められるってだけじゃない。この騒ぎが世間に知れたらどうなると思う? この学園の生徒はつまらん理由ですぐISを使って問題を起こす連中だと世間に思われたら? 後から入ってくる後輩たちや卒業した先輩たちは周りからどう見られる? そんなの責任取れるのか?」
視界にいるほとんどの者が下を向いて黙り込んだ。
俺も久方ぶりに大きく嘆息した。
「それより問題なのは織斑先生始め教員がそういった事をまるで考えてない点だ。本当に生徒について責任持ってるのか? 俺には理解できない」
ちらりと織斑先生を見たが、腕組みを解いて下を向いたままで顔は見えなかった。
「俺だって、あなたが全校生徒が受け入れられる落とし所を決めているのなら、ここまで言う必要なんて無かった。だが織斑先生、あなたは自分たち学園側と英国の連中の都合しか考えなかった。自分達だけが納得する解決を俺達に無理強いして、後は知らん振りだ。これが無責任や自分勝手じゃないなら何です?」
「……私のせいで……こんなことに」
いつからかオルコットは泣いているようだった。
「全く同じ事を俺たちが強要したとして、織斑先生は納得するんですか? するわけがない」
「……それとこれとは話が別だ」
織斑先生は顔を上げたが、目をそらしたまま小さな声でそれだけ答えた
「ともかく、今度の模擬戦を決めた責任者にもクラスだけでなく全校生徒に謝罪してもらうのが俺の要求です。それがケジメというもんだ」
織斑先生がため息をついた。
「そんな事は私の一存では出来ない」
「ふざけるな! 筋も通せず責任も取れない事をなぜやらせた? ましてなんで職員会議でそんな事を決めたんだ!?」
思わず怒鳴りつけてしまった。織斑先生一人で決められる事でないのは分かるが納得はいかなかった。周囲は静まりかえり、また織斑先生が少し
「私の一存ではなく関係者多数の賛同を得た案だ。仕方なかった」
「自分たちの勝手都合で理不尽押し通して、しかもその自覚もない。あんたは一体俺たち1年1組の何だ!?」
「お、音羽くん! もうそのくらいで」
「三治! わかったからちょっと落ち着けって!」
山田先生と一夏が俺をなだめようと必死だが、俺は力なく立ち尽くしている織斑先生から目を離さなかった。
「私が勝手に今度の責任者たちを代表して謝る事はできん。……だが、私個人で至らなかった事については謝る」
ようやくこちらを向いた織斑先生は、普段よりもずいぶん小さく見えた。
「……臨時の職員会議も要請する。可決されるかは分からないが、教職員の間で事の深刻さを危機意識として共有し、出来る限りの対応をすると約束する」
それだけ言い終える頃には、織斑先生もどうにか普段の調子をいくらか取り戻したようだった。
「……職員会議の結果は別として、学園の言いなりでオルコットの傍若無人を許したのも、その結果他の生徒がどう反応するか考えてもいなかった事も、それでオルコットがぶっ倒れる事になった責任も、それらの不始末を俺たち生徒だけに押し付けて自分たちは責任も取らずに済まそうとした事も、どこぞのバカ共のメンツの為にガキの喧嘩を決闘にしたてて俺たちに強要したのも、なによりこれらの事に何の責任も感じずにふんぞり返っていた事も、織斑先生がクラス全員に謝罪するというのなら……それだけは……納得はしないが理解はします」
俺は一呼吸おいて続けた。
「しかし、今度の事が外部に知られればIS学園やその関係者、生徒たちがどう言われるか、それだけは覚悟して下さい。俺たちではどうにも出来ないし、それで迷惑する連中にも謝る気はない。俺が自分の意志で関わった事じゃないからです」
「……わかった。それも職員会議で議題として取り上げる事を約束する」
俺と織斑先生を除く全員が、ようやく終わったと言いたげに大きく息を吐いた。張り詰めた空気が
「あ、あの! クラスの皆さんに謝るならわ、私も。オルコットさんや音羽くんを止められなかったのは私も同じですし」
山田先生も声を上げた。責任を感じたらしい。
「どうやらひとまず結論は出たみたいね」
急に離れた所から声をかけられて思わず振り返った。
「会長、どうしてここに?」
とっつぁん会長が出入口に立っていた。右手の『師弟確執』と書かれた扇子をパタンと閉じる。
「本音ちゃんから聞いて気になったのよねぇ。私の仕事はあくまで今度の問題を外部に漏らさせない事だったんだけど、勝敗に関わらず『音羽くんが何を言い出すか分からなくて心配』って聞いて、ね?」
そう言って目線を本音の方にやり、見られた本音は垂らした袖であわてて顔を隠した。
「も、もーっ! お嬢のばかーっ! 言わないでっていったのにーっ!」
「まあ確かにちょっと言い過ぎだったし、止めに入るか迷ったけどね」
会長はニヤニヤして俺と本音を見比べていたが、ふと真剣な表情で俺を見た。
「それでオルコットさんの件、どうするの?」
俺は肩をすくめた。
「オルコット次第ですよ。本人がクラス全員に謝罪するなら遺恨を引きずる理由はありません」
俺と会長が見ると、オルコットは覚悟を決めた表情を見せた。
「許して頂けないかも知れませんが、出来る限りの謝罪をさせて頂くつもりです。それでももし取り返しのつかない時は――」
会長がそこで言葉を差し挟んだ。
「オルコットさん。退学するなんて言わないのよ? 責任を感じるなら、ここIS学園で精一杯できる事をすべきだわ」
「ですが! 私は――」
「貴方は祖国に選ばれた人間なのよ? 多くの希望者を落選させてまで代表候補生の地位を勝ち取り、専用機まで与えられた。その立場は簡単に投げ出して良いものなの? 選ばれなかった人たちは、きっとあなたを許さないと思うわよ?」
「ては、どうしたら……模擬戦にも負けて、私はもう祖国の人々に会わせる顔が……」
「人間関係とISで失ったものは、同じく人間関係とISで取り戻すしかないわ。出来ないとは言わせないわよ。それともあなたは、実力でここに入学したのではないと言うの?」
「! それは……」
「違うと言うのなら、出来るはずよね?」
会長はオルコットに歩み寄ると、その肩に手を置いた。
「あなたのIS学園でのこれからは
「はい!」
「よし! いい返事。それに、遺恨が流せるなら彼女と友達になることだって、できるはずよねぇ?」
いきなりの会長の言葉に俺は面食らった。篠ノ之さんも同じようだが、一夏と本音は全く異存がない様子で驚いた。
「もちろん! これからよろしくな」
「よろしくねーセッシー」
あっさりとまぁ、あだ名までつけて。お前ら素直すぎるだろ。確かにオルコット本人が自分の非を自覚して謝る意志があるのなら、ネチネチ引きずるのも嫌だが、いきなり友達と言われてもなぁ。
「ほら、キミは?」
なんとも複雑な気持ちで会長の顔を見たとき、ああそうか、この人は最初から最後まで俺たち生徒の事を最優先で考えていたんだと気づいた。たぶん、今度の事でも学園の都合や善悪の問題より、生徒一人ひとりが孤立せず上手くやっていくことを大事にして欲しかったのではないか。たとえ筋が通らなくても、生徒間で対立や隔たり、不健全な上下関係などが出来るぐらいなら、多少ルールを曲げてでも友人や健全なライバル関係であって欲しかったのだろう。
少なくとも俺は、そう信じる事にした。
「オルコット、こいつを見ろ」
俺は自分のスマホを取り出した。
「お前の誠意を見届けたら、一旦こいつはお前に預ける。どうしようとオルコットの自由だ。例の録音も簡単に見つかるだろう」
「!」
「お前次第だ、いいな」
それだけ言うとポケットに仕舞った。オルコットは黙って頭を下げた。
「不器用ねえ。もっと素直になりなさいな」
とっつぁんは扇子の先で俺の胸をつついた。
「男は不器用ぐらいでいいんです。ところで」
俺は出入口にあごをしゃくった。
「あそこに何人かいるみたいですけど?」
俺の声が聞こえたのか、出入口向こうの廊下からガヤガヤ声がして、もろバレな隠れ方でこちらを覗いていた女子たちが出てきた。
「なんだ、大勢で来ている気配はしたが、クラス全員来ていたのか?」
いつもの調子に戻った織斑先生が呆れ顔になった。
「いつまで経っても教室に戻ってこないから、心配で見に来たんです」
谷本さんや相川さんに続いて出るわ出るわ、ぞろぞろと1年1組全員が姿を現した。一夏や篠ノ之さんは驚きを隠せず、山田先生はみんな聞いてたんですかあ!? と甲高い声を上げた。
「織斑先生の、音羽もうよせ、辺りから全部聞いちゃった」
鏡さんがばつの悪そうな顔をした。
「みんな来てたんだねー」
本音がのんきな声を出した。
てことは何か? 俺と織斑先生の攻防戦も全部聞かれてたって訳か? うわぁ……なんか死にたい。
そう思った所でクラスメートたちが一気に群がってきた。
「さっきの凄かったよねー音羽くん!」
「そうよね! もうIS無しなら向かう所敵なし! って感じよね!!」
「そうそう! もうIS全然ダメでも全く問題なし!! ってゆーか!」
ほめられてんのかディスられてんのか分からないクラスメート達の声を聞きながら、さっきのやり取りだけは録音した奴いませんようにと願った。
「ふっふーん! 私はバッチリ録音済みよ!」
よりによってとっつぁんがそう言って胸を張り、俺は全力でこの青いのを張り飛ばしたい衝動をこらえた。
「そういえばキミ、オルコットさんの会話を録音したのはSHRらしいけど、いつもその時間録音なんてしてるの?」
クラスへと戻る途中、会長が急に聞いてきた。この人は授業とか受けなくていいのか?
「まさか。ISの授業が難し過ぎるんで、復習用にスマホで録音しとくようにしてるだけです。あの時は雲行きが怪しくなったんで、後で英大使館に嫌味の一つも言ってやろうと思って急ぎ録音したんですよ。でも肝心の所は半分くらいしか録音できなかった」
「ふぅん、だから少し中途半端な内容しか入ってなかったのね。ところで……」
自分のクラスに戻らなくていいのか、会長は歩きながら日曜に散髪したばかりの俺の頭をじろじろ見た。
「何ですか?」
「その髪型あれでしょ! わざわざコレ持ってきたんだから一度かけてみてよ!」
会長はどこからかレイバンのサングラスを取り出し俺に押し付けた。
「マツコか何かの番組で見たわ! 西部警察でしょ!? 団長!」
「キャラ狙ってんじゃねえって言っとくべきでしたね」
これで髪が減ったら今度はタモリになるのか? どこまでいってもしまらねえなぁと胸の内でつぶやいた。
とりあえずの決着です。オリ主も散髪終了。
しかしだんだん長くなるのはなぜだろう。