Fake/startears fate   作:雨在新人

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エピローグ・前編

『……捨ててかないの、道具(マスター)?』

 二度目の道を往く中、セイバーは俺へとそう問い掛けた

 

 一応なんとかなる魔力でもって左足を応急的に修復。足りない右足は放置して、アサシンが持っていた仕込み杖がその辺りに転がっていたので、それでもって代用。蹴り入れればまた千切れそうな程度ではあるが、歩けるようにはなった

 空の花火は、戦いの終わりを祝福するように空を照らし、そして消えた

 バーサーカーは、終ぞ再び現れる事は無く、その体や周囲の水晶も花火の光に照らされるように朽ち果てて消えた

 そして、アサシンは……

 

 『どうせ殺すんでしょう、道具(マスター)

 わざわざ無意味に生かしておくなんて、らしくないわね』

 呆れたように、セイバーが呟く

 確かに、令呪は力を発揮した。アサシン……ニアと俺が名をあの時付けた少女のサーヴァントは、確かに俺の元へと戻ってきた。意識無き人形として

 息はしている。生きてはいる。だが、象徴でもあったフード付きマントは既に無く、体の一部が透けた消えかけの状態。まあ、仕方はない。本来自身の霊核を吹き飛ばす宝具を使用して、令呪があったとはいえ帰ってくる方が可笑しいのだ。というよりも

 

 背負った少女の透けた心臓に、紅の輝きが宿っている。紅いカード……クラスカード、ビーストⅡ。如何なる理由か、或いは俺と契約していた存在が彼女を形成する重要な要素だからか、帰ってきたアサシンの中には、その力が取り込まれていた

 恐らくは、それがアサシンが帰ってきた理由。『回帰』の獣、俺がリンクして発揮した力を取り込み、バーサーカーと共に吹き飛んで既に存在しなくなったはずのアサシンは、俺の叫んだ令呪による命を果たすために存在する状態に『回帰』したのだ

 

 「……意味はある。そんな、気がする」

 直感で、そう返す

 あくまでも勘、どうしてかアサシンを消えさせてはいけないと思っただけ。理屈なんて無い

 「それに、アサシンは既に問題ない。その魂は既に聖杯に取り込まれた」

 『……は?』

 「今のアサシンは、俺とのリンクによって存在する、俺に付随した存在……の、ようなものだ、多分」

 そう、『回帰』の力がその姿を繋ぎ止めているだけ、ということは、その力が無ければアサシンは既に消えているということ

 ……既に、サーヴァントと呼べるかどうかも割と怪しい存在。それが今のアサシンだ

 

 『それ、意味あるのかしら?』

 「……さあ、な」

 足を踏み外しかけ、ギリギリで留まる

 「ただ、どうしてかそうしたかった、それだけだ」

 『……そう』

 少し不機嫌そうに、そして極力興味無さげに、セイバーは言った

 

 『それで、目覚めるの?』

 「……さあな」

 『いつもそれね道具(マスター)

 「分からないものは分からないさ」

 光が、道の先に見えた

 

 暗く足場の悪い道を抜け、二度目の聖杯の安置場所へと辿り着く

 ……視界が、開けた

 

 「ぐっ」

 明らかに異様な重力が、両の肩にかかる。体勢を保ちきれず、膝を付く

 異様な魔力が聖杯から溢れ、まともに動けない。完全に、聖杯は起動していた

 

 ……可笑しい。まだ、少なくとも3騎、即ちセイバー、ライダー、キャスターが残っているはずだ。そこまで、起動している事は無い……はずなのだ

 聖杯に関しては知ってそうな裁定者(ルーラー)に聞きたくはなるが、ミラは此処に居ない。紫乃と共に、どうにか出来ないかなと街に残った

 

 「……来たか、悪魔よ」

 その声は、空気と共に重苦しく、小さな部屋に響いた

 「……グルナート」

 その声の主は、先代正義の味方であった

 グルナート・ヴァルトシュタイン。既に居ない正義(シュタール・ヴァルトシュタイン)の祖父。そして、フェイのメイドとしての主人。かつて、第六の聖杯戦争を越えた当時の当主の息子

 「……止めに来たのか、悪魔を」

 「いいや」

 ゆっくりと、聖杯を安置した台座に腰かけたまま、老爺は首を振った

 「止める権限は、正義には無いとも

 聖杯が選んだ勝者なれば、ヴァルトシュタインは認めよう。強き者よ、汝は正義をも越えたのだと」

 「……そう、か。なら良い」

 それきり、老人は無視。ただ、魔力を湛える巨大な金属製の杯……アヴァロンの魔術師☆Mにより用意されたという聖杯の依代のみを見据え、足を運ぶ

 

 ……何かが、聖杯に満たされた魔力の海にたゆたっているのが見えた

 あれは……女性のようなもの、だろうか。言葉にならない叫びをあげている。だが、聞き取れない。姿も、良く分からない。ただ、恐らくは女性だろうという事だけが理解出来る

 ……駄目だ。右目とのリンクが上手く繋がらない。それが何であるか、右目を通して問い掛ける事は出来ない

 

 ……だがまあ、恐らくはあれは……

 原初の女神(ティアマト)。聖杯とは本来根源への穴を開く為のもの、故にその穴を通して、再び顕現しようとしているのだろう。だが、今はまだ姿も覚束ない

 

 ……本当にそうか?ふと、今も俺の中に欠片は残る獣としての本能が警鐘した

 馬鹿馬鹿しい。違うというならば何だというのだ

 

 ……何か、とてつもなく重要な事を忘れている気がする

 「ぐっ」

 右目に痛みが走り、右手で傷を抑え込む

 既に数日前の古傷であるはずのそれが、微かに新しい血の(ぬめ)りを掌に残した

 

 ……アヴァロンの魔術師☆M。マーリン

 ……いや、何だろうか、違う。もう一人、その名前に当てはまる魔術師が居たような……

 霞む頭で、歩みを止めずにそんな事を考える

 「セイバー、良いな?」

 『……まあ、精々残酷で残虐な事に彼女の魂を使って頂戴。今さら、貴方を止めても無駄だもの』

 「ああ」

 軽い確認

 それだけを終え、手を輝く聖杯へと伸ばし……

 

 猛烈な悪寒と共に、力が抜ける

 背負ったアサシンのとても軽い重みにすら負け、聖杯から離れるように倒れ込む

 結果的に、それが俺を救った……のだろう

 

 『……あら。勝者に手は出さないとか言ってなかったかしら?

 これは、どうなの?』

 触れようとした右手の指。その五指が綺麗さっぱり消えていた

 まるで、元から無かったかのように、聖杯に食われていた

 

 「……霊基そのものを、食ったという訳か」

 警戒を強め、魔力を解放。獣として覚醒した段階から戻ってしまった以上壊れかけの体で無理はしたくないが、仕方はない。形成できる剣は弱々しく、翼も魔力噴出による飛翔は兎も角、武装としては頼りないがまあ無視。手の甲から生えるようにして手を貫いて強引に剣を形成、翼と共に構える

 

 「当然だろう、脱落者の霊基は、回収されるべきだ」

 「は?」

 『……酷い話ね

 恨まないで頂戴、道具(マスター)。聖杯を手にするには、ちょっ傷付きが過ぎたようね

 道具(マスター)が手に出来ないならば……』

 呆れたように、セイバーが一歩前へ出る

 「馬鹿、違う!戻れセイバー!」

 『何を』

 けれども、俺の声に一瞬止まり、セイバーは振り返る。銀のサイドテールが動きに合わせて振られ、聖杯の方へと靡き……そして、食われたように消失した

 

 『……はい?』

 伸ばした髪を失い、不揃いなショートカットとなった髪に不愉快そうに触れ、セイバーが怪訝な顔をする

 「……勝者に、手は出さんよ

 だが、勝者は正義でなければならぬ」

 『そういうことだセイバー、あの聖杯は、元よりバーサーカー以外のサーヴァントが聖杯戦争の勝者であることを認めない!

 それ以外のサーヴァントが触れた場合、問答無用で脱落者扱いして吸収する、そんな理不尽裁定なんだ、あいつは!』

 「……少しは理解したか、悪魔」

 重苦しく、老人は唇の端を吊り上げる

 

 『何なのよそれ。元々例え他の6騎を倒していても私が聖杯を手にする事は無かったって話かしら?』

 「……ああ、悪いな、そうだったらしい

 バーサーカー以外の6騎は、絶対に勝者と認めない。これが聖杯の答えだ、恐らく」

 血が右目の機構を補いだしたのだろうか、ある程度魔術を読めるようになってきた。その右目が、そうだと叫んでいる

 

 『……私達は、そもそもバーサーカーに倒されて聖杯の奇跡の燃料になる、その為だけに呼ばれたというの?

 そんなふざけた話が』

 『……あるんですよ、残念な事に』

 

 ……ああ、そうだ

 分かっていた。だが、聞きたくは無かった声

 俺にとって、とても馴染み深い声

 

 「……フェイ」

 『はい』

 「……いや、こう呼ぶべきなんだろうな」

 もう、分かっている。彼女が何者なのか

 あれだけのヒントをくれていて、けれども俺自身の甘さから目を背けてきていた真実

 

 ……そも、何故フェイ達はクラスカードなんてものを用意できたのか。そういった……真実に辿り着く為のヒントは、どうしてかあんなにも出していたというのに

 

 「御早う、久し振り、初めまして

 ……アヴァロンの魔術師☆M、モーガン・ル・フェイ」

 『ふふっ

 やっと、その名前を呼んでくれましたね。もっと早くに呼んで欲しかったものです』

 メイド服の少女は、スカートのポケットから、黄金のクラスカードを取りだし、楽しそうに笑った

 『夢幻召喚(インストール)

 その言葉と共に、黄金のカードは空に溶け、纏う空気が多少変わる。服装も変わる

 トンガリ帽子に、羽織る腰までのマント、白いブラウス。何というか、似合うし可愛いが、何処か違和感のある魔女っ娘姿

 

 『……ふざけてるのかしら』

 『ふざけてはいないですね。知り合いの趣味です。服装なんて魔術にはあまり関係ありませんしね、単なるからかいですよ

 

 まあ、彼以外にとっては初対面ですしね、名乗りましょうか

 サーヴァント、グランドキャスター。モルガン・ル・フェ

 前哨戦が終わるので、聖杯戦争の黒幕として姿を見せに来ました』


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