『まあ、まず固有結界ってのが何に分類されるのか、から行こうか』
何処で手に入れたのか、いつの間にか加えたタバコを加えながら、旧アーチャーは言葉を紡ぐ
それに合わせて、勝手に黒板に文字が書かれていった。教師要らなさそう
『センセー、授業中にタバコはいけないと思うよ?』
『麻薬はいけないって、そっちがくれた偽物だろ?勘弁してくれよ』
ヴィルヘルムが肩をすくめている間に、黒板の文字は書き終わっていた
一つ、固有結界とは、世界に干渉する魔術である
「世界に干渉するって、どういうこと?」
『今わたしがやってるのは、あくまでも風景をそう見せかけているだけの事、実際に教室に居る訳じゃないよ
そこは分かるよね?』
「ううん?」
机を撫でて、首を振る
座りなれた少し堅い木の椅子の感触、前の年の人がちょっとだけ彫ったらしくて細かいでこぼこがある机の感じ、どれも本当の教室のようで
『魔術的に言えば視覚触覚辺りのジャックって感じかな、これは。序でに周囲に静電気によるサーチ仕込んだから誰か近づいてきたらわたしにバチって来て分かるよ
だけど、こういった魔術はあくまでも幻覚でしかないのです』
「固有結界は違うの?」
『うんうん、あれは文字通りに世界を塗り替える力だからね』
『そう、このおれには使えねーって凄く不公平な力よ』
『それ、センセーが裏切ったからだよね?』
『そうなのよ、ひっでーわ。おれにも寄越せよって話だ
まあ、そりゃ今は良いや、正直自分の寂しい心情世界なんぞ、可愛い娘に比べて欲しい奴いねぇし』
ひょいと、男は一つの壺を教卓の下から取り出す
それは、私だって聞いたことは何度かあって、けれども実際に見ることは無い物体
内側と外側が区別出来ないような、不思議な物体。壺のような、でも意味がないような、とりあえず良く分からない物体としか言いようがない三次元的に存在するはずのないもの。名を、クラインの壺という
「……これが?」
どうなってるんだろうこれ、存在しようが無いよね?とじっと壺を見ながら問う。目を何度もしばたかせながら、少し口をぽかんとあけてしまっていたかもしれない
『固有結界見取り図』
「ふぇっ?」
本当に、訳が分からなかった
『いや、多分それじゃ分からないから段階を追って説明しないと』
呆然とする私に、ミラちゃんがフォローをくれた
ほっと息を吐く。私だけがバカだから分からなかった訳じゃないんだと思える
『それじゃ、本当に基本から行こうか』
『基本、まあしゃあねぇな』
手を叩くと、クラインの壺は普通の壺になる。口から水が注がれた、透き通った緑の花瓶みたいな壺に
『固有結界とは、文字通り固有の結界。つまりは、
『じゃあ問題さ。この世界で誰しもが持っている個人の世界ってのは、どーこだ』
個人世界?個人の部屋?
考えは、すぐに纏まった
「心、かな?」
『せーかい。まあ、弄くられたりなんだりはあるが、基本的には心は個々人のもの』
『そう、その心の中に非常に強く焼き付いた心象風景、それが固有結界の正体だよ』
男は、壺を振ってみせる。けれども、水は揺れない。壺の中に貼り付いている
「それと壺って関係が?」
『あるある。壺自体が人間様、中身のスライムが心象風景、固有結界そのものを示す感じ。良い模型だろ?』
「ああ、スライムなんだそれ」
『突っ込みどころそこかよ!まあ良いや』
「えっと、心象風景が固有結界ってことは、誰しも持ってるって事?」
『素質は、ね』
「?」
私にもあるんだろうか、固有結界
『自分の心の中に仕舞ってちゃ、何も起きないよ
それを世界に、表に出せて初めて固有結界という大魔術になる感じだね』
「表に出すには?」
『才覚と修行。一応魔術だし、刻印とかで受け継げなくも無いとは思うけど、結局は心の奥底に深く深く刻まれた風景だからね、他人が使いこなせるものじゃ無いかな
実際の所、バーサーカーさんだって使おうとして微妙な感じになってたし』
言われて、思い出す
乱立する水晶の柱。その中に閉ざされたかーくん。半分くらい水晶に捕まったセイバーさん。そして水晶の中で溶かされて服だけになっていたりした、多くの人間達
「あの水晶も?」
『うん、あれは……何て言ったかな……O……うん、蜘蛛さんの固有結界。まあ亜種だけどね、水晶渓谷って言うんだっけ
全てを水晶に閉ざした世界っていう風景に世界を上書きするんだけど、バーサーカーさんじゃちょっと水晶生やすだけだったね』
「世界を塗り替えるっていえば、アーチャーも」
『残念ながら』
『いや、そっちじゃなくて』
何か言いかけた旧アーチャーさんをミラちゃんが静止して続ける
『第七次の方のアーチャーさんの時間停止?あれは固有結界じゃなくて単純に魔法だね。文字通りに時を止め、その際に発生するありとあらゆる矛盾点に神世の魔術でもって帳尻を合わせる単なるチートだよ、ゲームバランスも何も無いね』
『……魔法?』
『うん、魔法。現代では魔術の域に落ちた天罰って魔法と時間停止っていう遥か未来に進化を止めなかった化け物なら魔術に落とせるかもしれない魔法を使う化け物だからね、あのアーチャー』
『……良く勝ったなバーサーカーの野郎……』
旧アーチャーが、遠い目をした
『と、閑話休題』
壺が再びクラインの壺に変わる。表裏の区別が曖昧になり、スライムが壺の表にも出てくる
『これが固有結界。自分の心象風景を表に出した状態
本来表にあった
世界全体ではなくとも、自身の周囲を塗り替える』
「……世界を、自分の心で塗り替えるの?それって、自分の願った世界を呼び出してそこで戦うようなものだよね?」
『うん』
「それって、無敵っぽいんだけど」
『そうでもないよ?心の奥底に強く刻まれたものを呼び出すだけだからね、一部精霊種の使う現実改変と違って、その時その時で変えることなんて出来ないよ。自分が自分である限り、根底の風景は変わらないから、ね』
『うん、そしてそもそもなんだけどね
あのヴァルトシュタインが居た森自体、多分固有結界だったんだよね。ブリテンの森、妹ちゃんが愛した時代のブリテンっていう大切に思っていた世界そのもの。ミスったなぁ、聖杯の力だと思ってたけど、まさか精霊種に近い存在が固有結界維持してたなんて』
「……ミラちゃん、分かるの?」
『流石にここまでおおっぴらに動かれたら、ね
フリットくんがフェイって呼んでた娘こそが今回の黒幕で、フリットくんをあそこまで追い込んだ酷い人。そして、この聖杯戦争の仕掛人であり自身もキャスターとして参加したサーヴァント。モルガン・ル・フェ。なら、
「……長期展開は普通は出来ないの?」
『出来たらチートなんてもんじゃねぇのよ
基本的に、本来ある世界の一部を、自分の心象風景に入れ換えてるんだから、世界にとってそれは異物も良いところ。排除しようという力が働くから基本的にはどんな大魔術師でも固有結界を長く維持出来ない
精霊種は自然、つまり相当世界寄りの存在だから、排除する力が弱く、長く持つ訳。まっ、サーヴァントも似たようなモンだ、固有結界を使えるほどのサーヴァントはそれなりにガイア寄り、自然側から見逃されるから魔術師より長期展開しやすいぜ』
『うん、吸血鬼……っていうか、死徒って存在も同じ理屈
それで、貴方はどうなのかな?』
『おれ?完全アラヤよ多分』
……何だろう、やっぱり良く分からない
分からないけれども、うん、兎に角凄いのは何処と無く分かった
「それで?この世界は固有結界って事?
その割には、あの時の森とは空気が違うけど」
『うんうん、それで正解。此処はブリテンの森じゃないよ。固有結界ではあるけどね
正しく力を出しきれるようにと、7つの聖杯が作り出した世界。伊渡間っていう街そのものを塗り潰す
そう、此処は……』
『酷い事にこのおれを排除した残り6騎のサーヴァントの心象風景が組合わさった固有結界、決戦場さ』
その瞬間、ミラちゃんの体に軽く雷が走り……
刹那の後には教室は消え、ミラちゃんの姿は何時ものサンタさんに変わっている
「……ミラちゃん?」
『うん、ということで
固有結界だから、彼ら6騎のサーヴァントの原風景が世界を塗り潰してる。その証拠さんが、やって来たみたいだよ』
ミラちゃんが見上げた木の虚の外……広がる青空に、巨大な袋を携え、鮮やかな朱色の付け角を生やした