『悪いわね、此処で良いわ』
私はそう告げ、馬から降りる
『そんな顔しないで欲しいわね。貴方は、一応とはいえ王の妻の命令に従っただけ。あの男ならばきっと分かってくれるわ
そもそも、私がこんなだって事は、生前のあの男がなにより身に染みて分かってるはずだもの』
『クリームヒルト様』
不安そうな、馬の持ち主にはそう言葉を投げて
だから責められたりしないはずだとして
私は、燃え盛る城の前に立った
『北欧の真似事かしら。随分と悪趣味な事』
シグルドは、こんな館に入り、その主と恋仲になったのだったか。シグルドとあの人は違うのだから、本当にどうでも良い
あの道具に力を貸している化け物が実はそう、というならば少し興味は湧くけれども、きっとそれもないのだから。流石に、シグルドとはいえ世界を滅ぼそうなんてものに手は貸さないでしょう?そこまで馬鹿でもあるまいし。自分なら最後に殺せるし、きっと行動そのものを止めて見せるからとひたすらに言い訳を作って見逃し続けたドアホ裁定者でもあるまいし。なら、彼に手を貸しているあの星の脅威は、明確な意志をもって、世界を破壊する彼の呪いを肯定している。現在を破壊しやり直す、それが出来るしやってやろう、だから手を貸してやる。存分に世界を破壊せよ。そんなもの、真っ当な英霊に居るわけがない。バーサーカーやアヴェンジャーですらもう少しまともだろう。いや、アヴェンジャーなら世界を壊すことには同意する者も居るかもしれないけれども、だとしてもあれはない。あんなド無能のヘタレの威勢だけは良い口だけ凡人に、後戻り出来ないだけの力だけ与えて基本放置なんて有り得ない。自分の手でなく、見てるだけなんてそんなつまらないこと、出来るわけがない。自分の手が絡まない復讐なんて、空虚にも程があるもの。時折見せる正気が、あの馬鹿を乗っ取ったものだとしたら。ずっとあの凡人の体を介して顕現した状態でなければ反英霊としてすらおかしいのだ。顕現出来るならば、力だけ貸すなんて可笑しい話。マスターに手を貸すことそのものが願いなんて酔狂な存在でもないなら、自分の願いの為にあんな凡人一人塗り潰してしまえば良い。寧ろ、そうでなければ自由に自分の願いの為に動けない。アサシンやアーチャーでも無いのだから、彼が彼でいる事自体が狂気の事実。私なら、絶対に塗り潰し………………いや、あんな使いにくそうな体は嫌かもしれない。そもそも手なんて貸さないから仮定に過ぎないけれども
つまり、私にとってシグルドは本当に何も知らなくても良い程度の存在でしかない。知ったとして、あの人と比べて扱き下ろすくらいしか反応しようもないし、本当にどうでも良いわねそれ
そうして、私はあの人の剣を手に、一歩足を進める
あの道具の手で勝手に幾度となく振るわれた、人殺しの剣。その、本来の役目を果たすために。私の復讐を完遂する為に
勝手に死んで勝ち逃げした義姉を、今度こそこの手で地獄に送る為に。その為に私はあの道具の召喚に応え、彼女はバーサーカーなんかになって、もう一度姿を現したのだから。そう、私に首を跳ねられて殺されるために蘇ってくれたのだから、この手で殺すしかないじゃない
『……』
『あら、悪趣味な家の主様は、義妹を出迎えてすらくれないのかしら?』
答えは無い。揺らめく炎に包まれた館は、ぴたりと門を閉ざしたまま
出会うには、炎を越えなければならない。それは、北欧神話での話。割と真面目に、纏っているブリュンヒルトにとっては意味があるのかもしれなくとも、私にとっては何の価値もない
『<喪われし財宝>』
だから、唱えるのは一言
呼び出すのは、一つの財宝。姿を隠す布でも、劣化したあの人の剣でもない、ちょっとした空を飛べる靴。歩く速度より遅く、あの人の羽ばたきになんてついていけなくて、空が飛びたいならばあの人に抱えてもらえば良いのだから何の役にも立たないものでしかないって、誰かにあげてしまった財宝の一つ。けれども、塀を越えるなら役には立つ。神の血を引くとはいえ馬で飛び越えられる程度の高さなのだから
靴を履き替え、ついでにドレスも変える。道具に買わせた何時ものドレスは、砂埃にまみれて使い物にならなくて。けれども、始まりであった彼女への復讐は、着るものが無かったから着ただけのフン族の服ではなく、しっかりとしたドレスで、あの人の妻でブリュンヒルトの義妹たるブルグンドの王妹としてやりたくて
だから、財宝の中のドレスから、良さげなものを選ぶ。魔力供給的に、道具の寿命を食い潰すからと長期使用は止めていたけれども、もう期にする必要もない。寧ろ魔力吸われて野垂れ死んでくれるような生易しい存在なら、頭はこんなにも痛くない。容赦なく魔力は道具から湯水のように、いっそ枯れ果ててしまえとばかりに使う
選んだドレスは、あまりセンスの良いものではなかった。けれども、全体的に血のような朱色で、動きやすさはある
『……邪魔するわよ。礼儀知らずの義姉さん』
そう一言残して、靴を起動
私の体はふわりと浮き上がった