Fake/startears fate   作:雨在新人

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十一日目断章 顕現、蒼炎の女神

そして、その女は城の内部で待っていた

 

 『そちらから来ると思ったのだけれどもね、義姉さん』

 神経を逆撫でるように。わざわざ、呼びたくもない昔の呼び方で語りかける

 『クリーム、ヒルト……』

 『随分と醜く趣味が悪くなったのね。嫌だわ、貴女なんかと家族だなんて、虫酸が走る』

 そう、女。一応だけれども、その認識は出来る

 胸はあるし、髪も長いし、全体的に華奢だから、生物学的にはそれはもう女だろう。そう言うしかない

 逆に言えばそれは、生物学的には女だろう、なんて言葉になるくらいに、可愛らしさや美しさといったものをかなぐり捨てた姿だった

 

 道具のように魔力を常に噴き出している訳でもないだろうに、逆立った青みがかった銀の髪。ウェーブしてボサボサにしか見えない。自慢していた髪の成れの果てが野生馬の鬣レベルだなんて、ざまあない

 水晶体どころか、白目含めて全体が青い光に塗り潰された瞳。時折血色のスパークが走るのが、何と言うか凄く暴走形態。見たくもないのに見せられたあの道具(マスター)の……いや、残骸(カミナギ)の記憶にあった映画で例えれば、伝説の超ブロッコリーだとか何だとか。白目を剥いているという認識できっと間違ってない。淑女としては失格も良いところ。瞳は乙女にとって顔の中で重要な役目を持つ大切な武器。白目なんてもっての他

 全体としては華奢なのに、その腕は無駄に筋肉がついたもの。馬鹿にしていた胸は、かなりの大きさになっていて……けれども、胸板にしか見えない。あんな胸を見たとして、幾ら私より大きくとも硬そうな胸板ではがっかりとしかしないはず。要らないにも程がある。力の為になら女を捨てるなんてお馬鹿さんでもあんな胸は嫌だと考えそうなほど、肥大化している

 

 だというのに、それ以外の場所は特に変わらないアンバランス。あの腕と胸板に合わせるならば全身筋肉ダルマであの人(ジークフリート)を頭二つ分ほど越える巨体でなければならないでしょうに、身長は変わらない。足はそれだけ見れば男が見惚れる白くてすらりとした引き締まった細いもの。太股より腕の方が太いんじゃないかしら

 そして、その腕に握られるのは……ちょっと細くておもちゃのような槍。ひび割れたハートのような穂先で全体が金属製の、怪力でなければ振るえない欠陥品の槍。生前の彼女には似合っていたけれども、腕と胸だけ筋肉ダルマではお笑いでしかない。せめて、腹も割れた逆三角ボディなら下半身が疎かねで済んだだろうに。お腹のライン辺りまではすらりとしているのが、実に浮いている

 

 美女の胸から上をロンゲ筋肉ダルマにすげ替えて、美女に合わせた姿と長さの槍をそのまま調節なしに持たせたような化け物。それで、服装は私が好むのと似たようなドレスなんだからどうしようもない。青いそれの背中と胸元はぱっくりと開いていて、けれどもそこから見えるのはただ、筋肉の隆起。簡単に言えば、今のランサー(バーサーカー)はそんな間抜けなものだった

 

 『現代に来て初めて知ったわ

 ……炎の館。それ、案外弱いものだったのね。炎の色が赤いだなんて』

 そう。赤い炎に包まれた館。当時の私は、赤い炎や青い炎がなんの差なのか知らなかったけれども、聖杯から与えられた知識に答えはあった。温度の差

 つまり、赤い炎を噴き出している彼女の火は、あまり強くはないということ

 

 とはいえ、私を焼き払うには足りるはず。仮にも自分を負かしたら妻になると公言しつつあの人(ジークフリート)が来るまで誰にも負けなかった女王と、復讐の際に剣をとった事が一度な私では実力差はどうしようもない。道具(マスター)が居れば壁には使えるという話はあるけれども、あの男はあの人の名前を名乗ってる癖にどこまでも勝手で。勝手に殺してしまったりしそうで使えない。そもそも何処に居るのか知らない。生きててくれなければ、復讐を果たす前に消えてしまうので死んでいて欲しいとは言わないけれど

 

 だからこそ、狙うべきはたった一つ。カウンター。相手が突っ込んできた所を、一撃で仕留める。それだけの事。それだけの事が出来る切り札(宝具)は、この手の中にある。無いはずはない。あの日、初めてランサーと対峙したその時、中に居るのはあの人かもしれないとちょっとでも考え、あの剣を振るう姿を見られたくないと、あの人に対する裏切りをしたくないと、解放しなかった事を、今は後悔している。妻だというのに、あの時点で彼は最高の大英雄(ジークフリート)とは無関係だって断じきって、その魂を使い潰すつもりで全魔力を持っていってあの宝具を叩き込まなかった当時の節穴に頭が痛い。翼生やすようになって以降の道具(マスター)……いやもうあれがマスターなら私なんてマスター以下かしらとなるからマスターっぽいサーヴァントと化した以降の道具では、本気であの宝具を撃っても魔力枯渇なんてしないだろうけど。いっそ枯渇して死んでくれれば世界的に大助かりでしょうに。ビースト名乗りはじめている状態で連発しても死ぬとは思えない。寧ろ死んでほしい、あの人の名前を名乗り、あの人の名誉をこれ以上汚す前に。というか、詳しくは知らないけれども、どうせ中身に居るのって翼生やす外見的にあの人の敵たる悪竜(ファフニール)虚数空間に眠る竜神(ティアマト)でしょう?何であの人と間違えたりしたのか。やっぱり名前と外見の色のせいかしら

 ……でも、あの人と同じように自分というものを顧みない姿は、どこかあの人っぽくて。非情になりきるのも悪い気がしてしまう

 

 

 侮辱を受け、かつて義姉だったものが突っ込んでくる。炎を纏い、火だるまになりながら、真っ直ぐに私の心臓を狙うように、槍を突きだして

 『<喪われし財宝(ニーベルング)>』

 それに対し、私の対応は冷静。何時もの身隠しの布(タルンカッペ)を被り、姿を隠すだけ。そして、同時に靴でふわりと浮き上がる

 私の足下を、バーサーカーと化したランサーが駆け抜けて行った。中庭が燃える。どうでも良いけれども、上昇気流は少しだけ鬱陶しい。布が捲れてしまうから。ミニスカートな裁定者辺りなら下着が見えるかもしれないし。まあ、私には関係ない事ではある。足を出すなんて、そんなはしたない事やるわけ無いじゃない、あの人以外にも見られかねないのに

 そのまま、私を見失った彼女が魔力を探り此方を捕捉する前に、勝負を決める

 『<喪われし財宝(ニーベルング)>』

 呼び出すのは、金縛りを起こす呪いの宝石。綺麗な石ではあったけれども、使えないからと宝物庫に泥棒避けとして置いておくしか能の無かった使えない宝物。結局、金縛りにしきれない人数によるあの人の遺産の押収の際には何の役目も果たさず、私の復讐を怖れた(クズ)達によって持ち去られた、忌々しい財宝

 けれども、それで良い

 一時的に動きを止めてしまう、それだけで構わない。その一時だけで、本当に充分なのだから。半端に強いから、道具(マスター)が居る時には使いたくはなかった財宝を活用してでも、勝てば良いのだ。それで私の目的は半分果たせる。聖杯は最悪取れなくても、彼女への復讐を果たせたなら本望

 

 『!?』

 宝石に当てられ、バーサーカーの動きが止まる

 『ええ。今の貴女はバーサーカーだもの。対魔力は低いわよね

 だから、動けないまま死になさい』

 宝石を当てた辺りで、爆発が起きる。役目を終えた身隠しの布が、その爆風の余波で私の肩から外れ、空気に溶け消える。役目は終えたので問題ない

 ランサー時代からある北欧の戦乙女を纏ってるが故の憎しみの炎は健在。それでも構わない。宝具に対しては特大のカウンターが来るから勝てないとか何とか、獣としての本領を出せばそんなもの無視して殺せただろう道具(マスター)が嘯いていたわね。まあ、カウンターされても相討ちすれば良いのよ最悪。殺せれば復讐を完遂出来るのだから、その後の私は生きてても死んでても良い、寧ろ傷付きながらも死に損なって痛みを引きずるくらいなら潔く死にたいくらい

 

 『邪悪なる者は失墜し、世界は今落陽に至る』

 道具とはまた違う詠唱を、一歩一歩、燃える草の庭を歩みながら唱える。寧ろ彼の詠唱が間違ってるだけ、人殺しの剣としてしか見てない外道にしか、あんな詠唱は考えられないはず。あの人に合わせるべきなのに 

 『消えなさい』

 そのまま、数歩の距離で、剣を振り上げる。大上段、真っ直ぐに振り下ろせば、その先にバーサーカーが居るというくらいの間隔で

 『<悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)>』

 そしてそのまま、私に出来る渾身の力を込めて振り下ろす

 束ねられた指向性の黄昏の剣気は、バーサーカーを確実に殺すために放たれた。例え炎を吹き出そうと、それが私を殺そうと、いまさら止まる訳もない。金縛りにあったバーサーカーに、避けようはない。チェックメイトよ

 

 だが、そのバーサーカーの左腕に、不思議なものが見えた

 あれは……金属製の心臓?悪趣味ね。けれど、そんなもの持ってても……

 と、いう所で、気がついた。良く似たものを、見たことがあるということに。触れたことすら、あるということに

 そう、銀霊の心臓。あの道具(マスター)の胸に埋め込まれている、彼の力の根元として活用が出来るのだからあらゆる意味で彼の(たましい)だろうと言えるもの。あの中身(バケモノ)との交信を可能にしている、未来の自分の魔力を現在に持ち込む回帰すらも引き起こす、馬鹿みたいな力

 『<偽・月王顕す契約(プリズム・レガリア)>』

 その瞬間、青い炎が噴き上がる

 有り得ない、蒼炎の翼が、ブースターとして更なる炎を放ち、動けないはずの体を、強引に空へと打ち上げる。その力は、まるで彼と同じで……

 渾身で、必殺だったはずの一撃は、有り得ない飛行によってスカされた。チェックメイトは、盤外戦術によって覆された

 

 そして、城には……

 肩で息をする私と、三本の骨組みを基本とした、青い炎の両翼を翻すバーサーカーだけが残った

 『……嘘でしょ……流石に冗談キツいわよ……』

 何故彼の力が、血色のバケモノ翼が、青い炎の翼とマイナーチェンジされて彼女の力になっているのかなんて知らない。彼を見ている時ほどに、不安な気持ちにもならないから、翼自体の性能は彼以下かもしれない。けれども、素がちがう。ビーストの力、翼と剣……同質の血色の破壊の力のみに頼りきった道具(マスター)と、バーサーカー(サーヴァント)では、他に出来る事に差が有りすぎる

 あの道具(マスター)にすら、私で勝てるか怪しいというのに、アレと戦わなければ、復讐は果たせないと言うの?

 どうしろってのよ!酷い置き土産も大概にしなさいよ!

 そう叫びたくても意味なんて無く。ただただ、絶望的な現実だけが、私の眼前には残った

 『女神の「慈悲」を。死という、安寧を

 クリィィィム、ヒルトォォォォッ!』




Material解放
月王顕す契約(ファンタズム・レガリア)/偽・月王顕す契約(プリズム・レガリア)/月王顕す影約(ファントム・レガリア)
ランク:EX/B+/A+ 種別:対界宝具
レンジ:特殊    最大捕捉:特殊
それぞれ、『破壊』()/『慈悲』()/『逡巡』()のもの。指輪を核とした人造の機械心臓。全てを重ねた『勝利』()に関しても、本来この三色は赤が強いことから<月王顕す契約>(ファンタズム・レガリア)であれば使用可能……ではあるのだが、その為には3つの素質を同時に持つものでなければならなという。共鳴段階および使用している核によってランクは変動しているが、機能的には同一と言える
ビーストⅡ-ifと呼ばれる、とある星の危機と接続し、尖兵としてその力の片鱗を振るう宝具。本体は赤のもの、銀霊の心臓であり、残り二つはそれを模して作られた紛い物なのだが、使い手が起動した場合は問題なく作動する
赤に合わせてか、起動するとブースターのような翼が生え、『回帰』の特徴故かあらゆる宝具や特性を半分ほど無視してダメージを通せるようになるという

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