そして、その女は城の内部で待っていた
『そちらから来ると思ったのだけれどもね、義姉さん』
神経を逆撫でるように。わざわざ、呼びたくもない昔の呼び方で語りかける
『クリーム、ヒルト……』
『随分と醜く趣味が悪くなったのね。嫌だわ、貴女なんかと家族だなんて、虫酸が走る』
そう、女。一応だけれども、その認識は出来る
胸はあるし、髪も長いし、全体的に華奢だから、生物学的にはそれはもう女だろう。そう言うしかない
逆に言えばそれは、生物学的には女だろう、なんて言葉になるくらいに、可愛らしさや美しさといったものをかなぐり捨てた姿だった
道具のように魔力を常に噴き出している訳でもないだろうに、逆立った青みがかった銀の髪。ウェーブしてボサボサにしか見えない。自慢していた髪の成れの果てが野生馬の鬣レベルだなんて、ざまあない
水晶体どころか、白目含めて全体が青い光に塗り潰された瞳。時折血色のスパークが走るのが、何と言うか凄く暴走形態。見たくもないのに見せられたあの
全体としては華奢なのに、その腕は無駄に筋肉がついたもの。馬鹿にしていた胸は、かなりの大きさになっていて……けれども、胸板にしか見えない。あんな胸を見たとして、幾ら私より大きくとも硬そうな胸板ではがっかりとしかしないはず。要らないにも程がある。力の為になら女を捨てるなんてお馬鹿さんでもあんな胸は嫌だと考えそうなほど、肥大化している
だというのに、それ以外の場所は特に変わらないアンバランス。あの腕と胸板に合わせるならば全身筋肉ダルマで
そして、その腕に握られるのは……ちょっと細くておもちゃのような槍。ひび割れたハートのような穂先で全体が金属製の、怪力でなければ振るえない欠陥品の槍。生前の彼女には似合っていたけれども、腕と胸だけ筋肉ダルマではお笑いでしかない。せめて、腹も割れた逆三角ボディなら下半身が疎かねで済んだだろうに。お腹のライン辺りまではすらりとしているのが、実に浮いている
美女の胸から上をロンゲ筋肉ダルマにすげ替えて、美女に合わせた姿と長さの槍をそのまま調節なしに持たせたような化け物。それで、服装は私が好むのと似たようなドレスなんだからどうしようもない。青いそれの背中と胸元はぱっくりと開いていて、けれどもそこから見えるのはただ、筋肉の隆起。簡単に言えば、今の
『現代に来て初めて知ったわ
……炎の館。それ、案外弱いものだったのね。炎の色が赤いだなんて』
そう。赤い炎に包まれた館。当時の私は、赤い炎や青い炎がなんの差なのか知らなかったけれども、聖杯から与えられた知識に答えはあった。温度の差
つまり、赤い炎を噴き出している彼女の火は、あまり強くはないということ
とはいえ、私を焼き払うには足りるはず。仮にも自分を負かしたら妻になると公言しつつ
だからこそ、狙うべきはたった一つ。カウンター。相手が突っ込んできた所を、一撃で仕留める。それだけの事。それだけの事が出来る
……でも、あの人と同じように自分というものを顧みない姿は、どこかあの人っぽくて。非情になりきるのも悪い気がしてしまう
侮辱を受け、かつて義姉だったものが突っ込んでくる。炎を纏い、火だるまになりながら、真っ直ぐに私の心臓を狙うように、槍を突きだして
『<
それに対し、私の対応は冷静。何時もの
私の足下を、バーサーカーと化したランサーが駆け抜けて行った。中庭が燃える。どうでも良いけれども、上昇気流は少しだけ鬱陶しい。布が捲れてしまうから。ミニスカートな裁定者辺りなら下着が見えるかもしれないし。まあ、私には関係ない事ではある。足を出すなんて、そんなはしたない事やるわけ無いじゃない、あの人以外にも見られかねないのに
そのまま、私を見失った彼女が魔力を探り此方を捕捉する前に、勝負を決める
『<
呼び出すのは、金縛りを起こす呪いの宝石。綺麗な石ではあったけれども、使えないからと宝物庫に泥棒避けとして置いておくしか能の無かった使えない宝物。結局、金縛りにしきれない人数によるあの人の遺産の押収の際には何の役目も果たさず、私の復讐を怖れた
けれども、それで良い
一時的に動きを止めてしまう、それだけで構わない。その一時だけで、本当に充分なのだから。半端に強いから、
『!?』
宝石に当てられ、バーサーカーの動きが止まる
『ええ。今の貴女はバーサーカーだもの。対魔力は低いわよね
だから、動けないまま死になさい』
宝石を当てた辺りで、爆発が起きる。役目を終えた身隠しの布が、その爆風の余波で私の肩から外れ、空気に溶け消える。役目は終えたので問題ない
ランサー時代からある北欧の戦乙女を纏ってるが故の憎しみの炎は健在。それでも構わない。宝具に対しては特大のカウンターが来るから勝てないとか何とか、獣としての本領を出せばそんなもの無視して殺せただろう
『邪悪なる者は失墜し、世界は今落陽に至る』
道具とはまた違う詠唱を、一歩一歩、燃える草の庭を歩みながら唱える。寧ろ彼の詠唱が間違ってるだけ、人殺しの剣としてしか見てない外道にしか、あんな詠唱は考えられないはず。あの人に合わせるべきなのに
『消えなさい』
そのまま、数歩の距離で、剣を振り上げる。大上段、真っ直ぐに振り下ろせば、その先にバーサーカーが居るというくらいの間隔で
『<
そしてそのまま、私に出来る渾身の力を込めて振り下ろす
束ねられた指向性の黄昏の剣気は、バーサーカーを確実に殺すために放たれた。例え炎を吹き出そうと、それが私を殺そうと、いまさら止まる訳もない。金縛りにあったバーサーカーに、避けようはない。チェックメイトよ
だが、そのバーサーカーの左腕に、不思議なものが見えた
あれは……金属製の心臓?悪趣味ね。けれど、そんなもの持ってても……
と、いう所で、気がついた。良く似たものを、見たことがあるということに。触れたことすら、あるということに
そう、銀霊の心臓。あの
『<
その瞬間、青い炎が噴き上がる
有り得ない、蒼炎の翼が、ブースターとして更なる炎を放ち、動けないはずの体を、強引に空へと打ち上げる。その力は、まるで彼と同じで……
渾身で、必殺だったはずの一撃は、有り得ない飛行によってスカされた。チェックメイトは、盤外戦術によって覆された
そして、城には……
肩で息をする私と、三本の骨組みを基本とした、青い炎の両翼を翻すバーサーカーだけが残った
『……嘘でしょ……流石に冗談キツいわよ……』
何故彼の力が、血色のバケモノ翼が、青い炎の翼とマイナーチェンジされて彼女の力になっているのかなんて知らない。彼を見ている時ほどに、不安な気持ちにもならないから、翼自体の性能は彼以下かもしれない。けれども、素がちがう。ビーストの力、翼と剣……同質の血色の破壊の力のみに頼りきった
あの
どうしろってのよ!酷い置き土産も大概にしなさいよ!
そう叫びたくても意味なんて無く。ただただ、絶望的な現実だけが、私の眼前には残った
『女神の「慈悲」を。死という、安寧を
クリィィィム、ヒルトォォォォッ!』
Material解放
ランク:EX/B+/A+ 種別:対界宝具
レンジ:特殊 最大捕捉:特殊
それぞれ、
ビーストⅡ-ifと呼ばれる、とある星の危機と接続し、尖兵としてその力の片鱗を振るう宝具。本体は赤のもの、銀霊の心臓であり、残り二つはそれを模して作られた紛い物なのだが、使い手が起動した場合は問題なく作動する
赤に合わせてか、起動するとブースターのような翼が生え、『回帰』の特徴故かあらゆる宝具や特性を半分ほど無視してダメージを通せるようになるという