『……動きますか、彼等が』
遠く、北の空を見上げながら、ワタシはそう呟いた
別に、天井があるので実際に空を見上げられている訳ではありませんが、気分というものです
実際に、ワタシの目ではなく、彼の瞳……正確には彼の体に埋め込んだ使い魔がジャックした彼の左瞳の視界が、それをワタシに見せてくれる
彼の居場所にすらも届く剣呑な気配……すなわち、戦の空気を
実はそれで彼の居場所に関しては常に把握出来ますし、捕捉しようと思えば造作もないです。けれども、今はやりません。あの初恋こじらせた裁定者とやりあうのは面倒臭いですし。勝手に足掻いて、勝手に彼に枷を掛けて、その果てに横死して彼の周囲にワタシしか居なくなってからでも遅くはありません。とっくに気が付いているでしょう体内に仕込んだ使い魔を潰しにかかる処か、死体に入ってるが故に魔力を上手く少し戴くことすら出来なくなりそうな使い魔に多少の魔力を流して逆に飼っている事からも分かりますね。見ることに関して許している、と
大体予想もつきますが、ならばあの狐共が何を目的に彼を逃がそうとしたのかも、確かめさせて貰いましょう
『動きますねぇ、彼等が。予想より早い、早くありません?』
『彼等にとって、地の大きさはそのまま強さ、ですからね。
この速度は寧ろ遅いもの。私等と、そして銀の流星を警戒し、即時の行動を慎んだものかと』
『……違うのか』
そんな狐の会話に、ライダーが首を捻っていた
『動くというから、またあの男相手に何やらさせられるのかと』
『させられたいんですか?』
『面倒な奴過ぎるだろう、彼は
正直な話、面倒は御免だ』
やれやれ、とライダーは肩を落とす。あまりにもわざとらしくて憎くなります
『大丈夫です。動くのは彼等ではありません
いえ、一応彼等も動くでしょうが、彼等はあそこに割って入る程の狂者では無いでしょう。メリットがありません』
『つまりぃ、
その桃色狐の言葉に、青年は静かに首肯する
まあ、当たり前ですね。式神の乗り心地が微妙だったので、彼の獅子に乗って移動しましたから、忘れたというならば健忘症でしょう
『ならば、アサシンが居たはずの土地が不在の土地となる、というのは理解が及ぶ事でしょう
そうしてこの地は、サーヴァント達の心象の混ぜ込ぜ。欠けた穴は、誰かが所有権を主張出来れば、そのまま宣言者の心象に上書きされます。実に楽な征服ですね』
『つまり、土地が欲しいと』
『騎馬民族なんて、土地の広さ=力、なんて蛮族ですし?野蛮過ぎて尻尾ぶるっと来ます。力付くで奪うは恋だけで十分ですぅっ!』
『そしてまた、ランサー側にも理由はありますね
征服者であり聖王、そうあれと彼は望まれたのですから。望まれた伝説の再現を為せば、それはもう救世主感は増します。それは、伝承から産まれたサーヴァントにとっては、強烈な補正となるでしょうね』
『……だから、
『いえっさー!』
『それは……また
……それで、此方に何の関係が?』
そうして、ライダーは首を捻った
その瞳が、周囲を見渡す
その瞳に照り返るのは、4つの姿。彼の盟友たる獅子、彼の母でありこの聖杯戦争を形にした魔女であるワタシ、そしておまけの狐が二匹。ワタシが令呪で縛った狐の主は、此処には居ませんが。まあ、表だって動く者でもないので当たり前と言えば当たり前ですね。後ろにでんと控え出てこないからこその存在、けれどもその宝具は、剣はこの世界を覆しかねない
まあ、そんなこんなで、実質3騎のサーヴァントが、此処には居る訳ですから、ライダーの疑問も分からなくもない話。心象が形になる世界、故に心象を放棄した旧アーチャーとこの世界の土台を用意したワタシを除く全サーヴァントが己の心象に残る配下の夢を従える。つまりは全員が常時あの征服王の<
『各個撃破出来るでしょうし、潰しあってくれる分には構わない、ですか?』
『……言い方は悪いが。その通りだと思う、母上
旧ライダーに旧ランサー、双方強大なサーヴァントである事は間違いない。とはいえ、勝てない道理もない
そこまで気にする理由は、何なのかと』
『気にしてるように見えます?』
『……桃色の狐氏。耳がずっとピンと立っていて、気にならないは無いかと』
『あれま!そんなに耳ピンしてました?タマモショック!』
『……駄狐は隠し事が下手なもので』
『うっせーです腹黒陰険男!ご主人様に隠し事をしない綺麗なタマモちゃんになろうとした結果ですーっ!』
『とまあ、それはさておきまして』
と、何時ものじゃれあいを始めた狐を無視して、ワタシが言葉を続ける
『彼等が殴り合うのはそれはもうどうでもいいです。どちらが勝とうが、それも関係ありません。勝つのはワタシです。まあ、その過程でヴァルトシュタインの言う救世主の降臨だって成るでしょう。というか、降臨してくれないと計画が進まなくて困ります。今なら彼で代用も可能ですけど、それは彼という予想外が居てくれたからですしね。元々勝てる算段が無ければやりません』
『んまぁ、そもそも
『……恋煩い?』
『そこの狐と共に鍋にしますよユーウェイン』
『それは困る。雌狐の臭いをぷんぷんさせては、流石に家に帰れない』
『混浴しろって言ってる訳ねーですよぅっ!』
『知っている。私に向けて母上が本当にそうするつもりも無いだろう』
『まあ、恋だ愛だは放っておきまして。そこな狐の言葉は間違ってはいないですね
気になるのは一つ。結局の所彼等が居るのは、そのうち戦場となるであろう場所なのですから、どう動くか、分かったものではありませんね』
『寧ろ、居場所は把握してるものなのか……』
何で仕掛けないのやら、と息子が嘆息しているのが目に入る
『してないとでも?あの裁定者だって把握してますし、ワタシが出来ないと思っていたなんて心外ですね』
何故そんな当たり前の事を?と首を傾げるワタシの前で、どうしてかライダーは頭を抱えていた
『それで、さて、どうしますか?』
手の内で彼の右手を弄びながら、ワタシはそう問い掛ける
無視、というのが一番楽な選択肢ではあります。実に楽、丸投げするだけ。それでも、彼等ならまあ、切り抜けられそうな気はします。あまっちょろい初恋拗らせた裁定者が、何としても護ってくれるでしょう。序でに彼なりあの女なりを庇って死んでくれても構いません、寧ろ死んでください、ワタシの計画の最終段階まではどうでも良くても最後の最後に邪魔過ぎます
けれども、まあ、ちょっかいかけても良いかな、程度の思いはありますし
そうして、問いかけておいて、ワタシは答えを待った