Fake/startears fate   作:雨在新人

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十一日目ー妖精少女(モルガン)の誘惑

『さあ、悪辣非道な金髪強盗も消えた事ですし、これで邪魔は入りませんね。あのアーチャーのますたぁというタチの悪すぎるのがひっかからなければ、ですが』

 ふわりと自身の腕を俺の腕に絡めながら、裁定者を放逐した少女は朗らかに笑う

 

 俺は、そんな心からの笑顔を、あまり見たことはない。そんな、可憐な花が咲き誇るかのような笑顔で

 何故、今そう笑える、という言葉は飲み込む。言っても仕方がないどころか、呆れられるだけだろう。敵を撃退して嬉しくない等と言う者が居るだろうか。それが、厄介で嫌いな存在であれば尚更だ。己だって、バーサーカー(ヴァンパイア)を滅ぼしたその時、きっと嘲笑(わら)っていただろう。こんなものか、己と同じく、蜘蛛と犬という超常を呼び寄せておいてこんな程度か、あまりにも弱すぎる。と最大限の憐憫と比較を込めて見下していたに違いない

 だのに、フェイには何故かと問うなど、自分すら分かっていないと白状するようなものだ。分かっていながら弱きに流れるのは、自分自身ながら少し分からない所があるのだが、それは置いておくとして

 

 「それで、用事は済んだのか?」

 『済んだと思いますか?』

 少女はこてん、と首を倒す。ホワイトプリムに彩られた鮮やかな銀の髪が揺れ、俺の腕を擦る。感覚があればくすぐったかっただろう。死骸は死骸と割り切って魔術回路としてのみ神経は残しているので、特に何も感じないが

 「ミラをどうにかして排除しに来たんじゃないのか?

 この世界の時点で何時でも放逐出来たんじゃないかと思うんだがな。それこそ、起動の時に弾く等でも行けたろう?」

 『ええ、行けましたね』

 あっさりと、少女は頷いた

 絡めた腕を引き、道を軽やかに歩み出す

 『けれども、それでは困ります。ワタシの千里眼で見れるのは、あくまでもワタシの地であるブリテンのみですから。ブリテン外にあんなものを放置しておくなんて、それこそ不用心にも程があるとは思いませんか?』

 「そうだな

 どうせ邪魔をされるならば、まだ監視が効く場所に置いておく方がマシなのか、フェイとしては」

 『そういう事です

 

 ああ、そこの屋台。ワタシの分と横の彼の分で二つ』

 歩きながら、エプロンドレスのポケットから二枚の硬貨を取り出し、少女は器用に投げ付ける

 『ワタシの奢りですから、お代は結構です。こんな時にもしっかり割勘というのは集る気が無くて性格としてはまあ好ましい話ではありますが、好意を無にされて不快でもありますから。そんな事、言いませんよね?』

 「……流石に言わないさ」

 義腕と化した左腕は絡め取られて動かせないので、同じく義手な右手で屋台の親父から差し出された串を受け取る。良く焼け、脂が陽射しを受けて輝く肉の串だ。割と大振りで、屋台品としては一級品だろう

 「こんな時でも手を繋ぐのかい?」

 『繋がないんですか?ああ、ワタシのものは少しだけ塩を多目で』

 「お熱いねぇ」

 『こんな時でもなければ、彼を捕まえておけませんからね。その気になれば違いますが、ワタシは自由を尊重する方なので』

 「本当か?」

 『ワタシが何時嘘を言いました?』

 「無意味な大嘘は、ついてないか」

 思い返し、そう結論を付ける。意味のある嘘であれば何度も聞いたが、自由を尊重するだなんだが意味のある嘘でもあるまい。ならば本当なのだろうとそこで思考を放置する

 

 視線は切り替え、肉の串へ

 ……右目による鑑定完了。生後8ヶ月ほどの羊肉、そのロインの炙り串、味は臭みをある程度誤魔化すためのハーブ塩

 「……フェイ、この時代にこんなもの無いだろ」

 『ええ、無いですね』

 言いながら、絡めた腕はより強くかため、少女は串先の肉一つを歯で挟み、串から引き抜いた

 『でも、ワタシはこの味がそれなりに気に入っていますから

 懐かしい味です。臭み取りに使っていたものは違いますが』

 「そんなものか

 って答えになってないだろうそれは」

 言いつつ、一口かじる

 やはりというか、当たり前だが味覚なんて後回しでoffなので味はしない。まあ、あったとしても、元々の味覚が神巫雄輝な以上、羊肉をしっかりと美味と思ったかどうかは分からないが

 『答えですよ

 忠実に再現しても、現代人ベースのアナタにも、ワタシにも、あまり面白くない娯楽にしかならないでしょう?

 ならば、整合性なんてものは無視しても良いんですよ

 

 ココは、ワタシの世界(アヴァロン)なんですから』

 「そうだな、バカな事を聞いた」

 『構いませんよ

 その瞳は月の聖杯をハッキングしたもの。それで全部わかるなんてされたら、そちらの方が余程……くりぬきたくなります

 抜いても意味なんてありませんけどね。その瞳は、見えない目は本来見えないものを見るという形、霊視の応用で無理矢理に発現させているのでしょうし』

 「良く知ってるな」

 『仮にも、あのマーリンと並ぶ魔術師として扱われる事もありますからね、それくらいは分かります』

 「マーリンか。……そういえば、夢のなかでマーリンを名乗る者に出会ったな」

 『おや、あの腐れ花咲魔術師に?』

 さも驚いたというように目をぱちくりさせ、少女は惚ける

 「……あれはフェイ、お前だろう?」

 なので、気になっていた事を、これ幸いと問い掛けてみた

 『おや、気が付いていましたか。暫くは仮にも肉体的な意味での恋仲だった事もあるというのに、ワタシの理解が足りなかったようですね。こうもあっさり見抜かれるとは

 ユーウェインは引っ掛かってくれたんですけどね』

 「なんの為に」

 『アナタを煽るためですよ、当たり前では?』

 「それは知っている。何故、あそこで恋愛だ何だを煽ったんだ?」

 『そこですか?

 愛は鎖です。心を其処に繋ぎ止めて離さない。半端にアナタに繋がれたから、ああもあの裁定者は面倒に拗らせた

 それと同じことを狙っただけですよ。アナタはワタシのもの。それをしっかり繋ぐには、恋情が手っ取り早かったというだけです』

 「そうか」

 『今からでも、もう少し強く繋がれてみますか?』

 その声は、耳元から聞こえた

 息を吹き掛けるような距離

 

 「それは、自分の全部を差し出すとでも言いたいのか?」

 『……体ならどうぞ、欲しいならばあげますよ?』

 「フェイ、お前なぁ……」

 『ああ、処女信仰でもありましたか?それならば失礼、今さらどうこうという訳にもいきませんが、今の霊基はまともな経験がないので、その点は安心を』

 「ってそうじゃないだろ!」

 少しだけ力を込めて、腕を振りほどく

 「フェイがそれで良いのかって話だよ!」

 『だから、構いませんと言っているはずです

 それで、ワタシの目的に近付くならばこの体なんて好きに遊んでくれて構いません。そうして貪らせるだけで、それなりに望んだ結果が得られるんですから、ものは使いようです』

 ……そういう価値観。まあ、あるのは知っていた

 だが、それでも。エゴであっても。この俺という自我(尖兵ザイフリート・ヴァルトシュタイン)にとって、誰かと過ごしてきた時間の大半は彼女とのもので

 だから、言ってしまえば一方的かつ捨てるべき醜い恋情で、物語のヒロインのような処女性でも望んでいたのだろう。故に、目的のために使えるならばという形での行動に、無意味な拒否感を示す

 ……それが、マーリンに扮したフェイの言っていた事に、見事に嵌まることだとは知りつつも

 

 『では、思慕の情でも口にすれば良いですか?

 抵抗したところで、アナタはワタシのものである事には変わりありません。ならば、楽しめるだけ楽しむのも、一つ良い手だとワタシは思いますけどね』

 挑発するように、敵であるはずの少女は再び俺の首に手を回し

 「かーくん!ミラちゃんが戻ってこないけ……ど……」

 だから、これからの事は、あの時の焼き直し

 脇道の先に、一人の少女が……多守紫乃が立っていた

 

 『返して貰いに来ました』

 「フェイ……ちゃん?」

 『貴女のような自覚の無い危険因子の元に、置いておくと危険ですから』

 「紫乃……」

 「かーくん!どうしてこんな……」

 『貴女達を裏切った、といえば分かりやすいですか?まあ、彼は元々ワタシのものなので、元鞘でしかありませんが

 面倒なんですよ、あの旧アーチャーまで居ると。だから、貴女達と引き剥がすために、戻ったフ……んぐっ』

 眼前に唇がある。ならば都合が良いとばかりに、左手の甲でそれを塞ぐ

 「流石に、それは大嘘だろう?どうかと思うぞ、フェイ」

 「え、ええっと……」

 混乱する紫乃を他所に、フェイは首を横に倒して手を避け、俺の頬に口付ける。完全に、煽るための行動

 

 「良く分からないけど、フェイちゃんは敵。そのはず!」

 不意に、風を感じた。紫乃の掌に、何かを感じ……

 「止めろ、紫乃!」

 その正体は一つしかない。だからこそ……

 縮地。フェイの拘束を抜け、紫乃とフェイの間に

 今更な俺の言葉では止まらず、ソレは放たれる

 

 その紅の閃光を、胸の前で掴んで受け止めた

 「……止めろ、フェイに手を出すな」

 大河鎮定神珍鐵(如意金箍棒)アーチャー(孫悟空)から貸し出されたという扱いらしいその宝具を

 「かーくん。ホントに、裏切ったの……?」

 「違う!」

 叫ぶが、意味がない事なんて知っている

 行動の方が、余程雄弁にものを語る。それが嘘であろうとも。少なくとも、今の行動はさっきミラ相手に見せた攻撃反応罠染みた宝具を知らなければフェイ側としか見えないだろう

 

 「……ごめん、かーくん

 伸びて!」

 咄嗟に、血色の光を胸に纏う

 だが、そんなものは意味などなく。所有者の望むままに天界から冥府までを貫く棒は俺の右胸を抉り飛ばして伸び、首を傾けてかわしたフェイの頬を掠め、血の僅かに滲む切り傷を残した

 「ニア!」

 そんな中、魔力を込めて辺りに隠れているだろうサーヴァントに叫ぶ。紫乃を守れと

 だが、それは無理、ボクの希望の側を離れない。と同じく魔力に乗せた返事に拒否され

 『……ええ、これですよ』

 滲んだ血を右手に塗り、メイド服の少女は血塗られた手で俺を貫き、恐らくは大路の門まで届いている紅の棒を掴む

 『無自覚な貴女のその力の方が、余程厄介。裁定者は、ある程度は読めますからね』

 「フェイ!紫乃を……」

 『ええ、だから……そんな規格外に護られた自分が、どれだけ世界を狂わせるかの自覚もない……』

 少女の瞳が、俺を通り抜けてその先の紫乃を射抜いた、そんな気がした

 『無自覚の脅威が、邪魔過ぎるんですよ!

 神巫雄輝(アーキタイプ)の恋人というだけで、特別枠に置かれて!』

 「な、何を言っているのか……

 戻って!」

 『無自覚だから、遅いですね

 <悠久なる果ての(ロンゴ)……理想郷(ミニアド)>!』

 瞬間、黄金の雲が元の掌大に戻ろうとする棒と共にリボンで髪をくくった少女を守るかのように風と共に飛び込み

 けれども、間に合わず、諸共に剥がれるように時空の狭間に、落ちて消えた




紫乃の攻撃でダメージが通っている理由ですが、彼女に貸し出されている如意金箍棒は、天界から冥府までの36の次元をぶち抜いたと言われる宝具です。物理的な火力面は兎も角、次元を隔てたという概念的な防御であれば、適当に借りてるだけの彼女が使ったとしても抜けない道理はない、という話ですね。まあ、真名解放どころか持ち主から借りてるだけの一般人なので、宝具の格の力だけで5次元ほどぶち抜いてるだけですが

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