「東方の聖王、人々の夢見た伝説の王」
『然り。そして、悪魔を滅ぼす十字軍の盟主。東より来るもの』
「知ったことか、此処で散れ
俺の『回帰』を果たすために」
紅のカードを翳し、変化
片方だけの銀翼を広げ、微かに緑の混じった紅の光剣を携えて
『撃てい!』
「効くものかよ!」
縮地
投げられる槍の雨はどうせ後方に居るのは当たるとも思えないフェイのみなので完全に無視して潜り抜け、首を狙って虹剣一閃、首の高さで横凪ぎ
『効かんな、悪魔よ
十字の槍を縦に、その光剣は受け止められる。銀翼ならば、切り裂けると思ったのだが……
まあ、良い
「それだけとは、思うな!」
あくまでも縮地、翼はフリー
銀翼を槍に、肩越しに前方、眼前の旧ランサーの頭を射抜く!
『無駄だ、悪魔よ!』
だが、それは文字通り盾となった数人の十字軍により、肉を引き裂いて走るも額の数cm先で止められる
……可笑しい。こんなにも銀の翼とは弱かっただろうか
俺銀翼なのも違和感があるがまあそれは良い。そもそも俺と己の差は割と曖昧だ。弱さの無い俺、理想の自分、ただ回帰を果たす獣の姿、それが己人格。ではあるのだが、その状態と俺と、どちらもザイフリート・ヴァルトシュタインというフェイに与えられた名前の個我である。故にまあこんなこともあるのだろう。俺でも特に問題なく戦える、変な弱さは見せないという判断だろうか
「貰ったぞ、悪魔!」
「そんな、訳が、あるか!」
銀槍が脇腹を貫く。それは気にせず、柄まで抉りこんでくる兵士へと、肥大化した角で頭突きで返す
角は折れ、されども兜を被った頭はかち割れ、潰れたトマトのように脳を噴き出して体が倒れる
どうにも思考と行動が噛み合わない
翼を拡げて肉盾を振り払いながら後方に飛……ぼうとして、上手く踏み切れずによろける
『さらばだ、悪魔よ』
其処に、男が胸の前で切った十字から放たれた閃光が襲いかかり……
「舐めるなぁぁっ!」
揺らぐ紅剣でもってその光を叩き斬る
左下へと切り下ろした剣は、そのまま空気へと溶け消えた
……何だろうか、このまるで聖杯戦争に飛び込んだその日、セイバーを召喚したその時とほぼ変わらない出力は。単独でサーヴァントとやりあうには、あまりにも頼りない血色の光
『……それだけか、悪魔よ
やはり運命は変わらぬ。異教徒は此処で滅びるが定めなのだ
……当に滅んだものが、二人居るようだがな』
見下すように。腰を低く構える俺を微妙に見下ろして
その男は、静かに告げる
「……な、に?」
フラッシュバックする、一つの光景。『いや、これで終わりだ、忌まわしき
……そんな、あの時、アサシンと契約していたのだろう瞬間、何故か見た光景。恐らくは俺が俺となった原因。獣は目覚めず、遊星は光届かぬ深淵に眠ったまま。銀霊の心臓ー<
「応えろ、<
答えは無く。心臓は鼓動せず
銀の翼も、砕けた片角も、空気に溶けて消えて行く。右目の視界が完全に消え、単に潰されただけの眼へと戻る
残されたのは、最初のあの力すらも無い、単なる人間に毛が生えただけの失敗作。S346、コード:DD、ザイフリート・ヴァルトシュタインという名前だけは与えられた、ひとりぼっちの人造サーヴァント。本来は俺もそうであったはずの、十把一絡げの消耗品。何百何千と殺してきた者達と、神巫雄輝という巣くうべき人間が原材料であることしか変わらない、特別ではない誰か
『主は仰せられた
悪魔を滅ぼせと。千年王国はその先に待つのだ、と』
「言って、ないだろう!」
光の剣を生成……不能。振った腕は空を切る
『それは
「聖人だってもう少し理解はあるぞ」
突きこまれる槍の柄を掴み、へし折って流用。何とかその穂先を投げて十字軍の兵士を一人殺す。けれども、それに意味はなく。凪ぎ払うほどの力の無い今の俺にとっては、一対多などもっての他
『あの方はあまりにも人を赦しすぎる
それは確かに、主の慈悲を信じるならば正しいのやも知れん。だが、我が名はそれとは相容れぬ。我は十字軍、我こそ異教徒より聖地を取り戻す願われし聖王。悪魔を滅ぼす、主の怒りである』
銀の十字槍を、大袈裟に男は振り上げ
『滅びよ、悪魔、あの日の運命のままに!』
振り下ろされるその一撃に、対処する術は何故か今の俺には何もなくて。対する言葉はたった一つで
「来い、ニアぁぁっ!」
『らじゃー』
瞬間、俺の体は襟を掴まれて真横へと引っ張られた
「……何で今まで居なかったんだ、ニア」
『やることが、ひとつだけ』
そうして、緑のフードを被った少女は、何時ものように俺の前に少しぼんやりした表情で立っていた
『……さて、茶番はそろそろ終わりますか』
その横でのんびりと事態を眺めるメイドの少女には苦笑して
『4つめは、向こうから来てくれたアレを倒す道です』
「何が起こっている」
そう、問い掛ける
『あれは、ボクと同じ』
一言だけ告げるや、青い髪の少女は倒していたフードを深く被る。顔が見えないほどに
『そう、あれはあのアサシンとある意味同類、時空を越えたサーヴァント』
「なんだそれ」
『文字通りの意味ですよ
剪定され消えていったであろう本来の時間軸。んまあ、色々と面倒な分岐等はありますし、焼却だ何だはとりあえず忘れまして』
『彼も、その世界を知る者
……止めてくる』
言うだけ言うや、アサシンの少女の姿は再びかき消えた。恐らくは、止めてくるの言葉どおり、旧ランサーの所へ行ったのだろう。勝つとは思っていないようだが、ならば無理もするまい
『簡単な話ですよ。実在しない英雄。かの聖典に語られし主の使徒、かの者を呼ぶための道標
伝承上の存在でしかないからこそ、アレはそれに相応しい力を持つ訳です』
「それとこれと……」
言いかけて、口をつぐむ
大体の事が漸く理解できたから
『分かりましたか?ええ、物分かりの良い子です』
メイドの少女が浮かべるのは、邪気の無い笑み
それが相変わらずどこか不気味で
「ああ、あれか
アサシンが最後のヴァンパイアハンターを集合しているように、あいつは……」
『ええ、その通り。主を降臨させようという聖戦においてザイフリート・ヴァルトシュタインという名の悪魔を打ち砕いた十字軍の救世主。本来の時間軸で獣でも何でもないアナタを倒した者という点もしっかりと引き継いだ訳です』
「だからあいつは、ザイフリート・ヴァルトシュタインを殺すものとしての特攻を持つと」
……
「ふざけてるのか」
『大真面目です。対アナタとしての決戦兵器。世界が用意したのかもしれないアナタという脅威から世界を護るヒーロー
それが彼です。アナタが今何者であろうとも、伝承のままに人間に毛が生えた失敗作として挑み殺されたザイフリート・ヴァルトシュタインとしてアナタを討つ者。それが旧ランサーという存在、な訳ですね
最後に負けるとは思いませんが、アナタを万一喪うと気分が悪いので、わざわざ出向いた訳です。少しはワタシに感謝してください』