Fake/startears fate   作:雨在新人

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"夢幻の光剣"前章ー始まりの物語
プロローグ


 それは、光そのものの剣閃であった

 

 常人であれば見切れるはずも無い一閃、常人に毛が生えた……と言えるかどうかも怪しい私にだって、当然見切れていた訳ではない

 その一撃を避けられたのは理屈ではない。何故、その袈裟懸けの斬撃の前に血の花を咲かせて倒れていないのか、私自身が理解出来ないのだ

 「……っ」

 だが、奇跡的にであれ生き残れたのであれば、生きるのを諦めたくなんかない。例え、二度目の奇跡は起こらずに次の一撃の前に散る運命がほぼ不可避であっても、大切な人(かーくん)から貰った命を諦める理由にはならない

 

 改めて、急襲してきた赤い死を見据える

 光輝く剣を携えた男だ。羽織ったローブで顔は良く見えないが、此方を睨み付ける赤い瞳が、(かれ)が男であることを確信させる

 あれは……人殺しの瞳だ。誰かを……私を此処で単なる肉の塊に変えてしまう事を躊躇わない狂気の瞳。感情の光の無い、殺意のみで構成された視線

 

 怖い……

 改めてそう感じる。認識することにより現実みを帯びた死は、剣閃そのものよりも明確な恐怖を催した

 

 「……どう、して」

 交渉決裂、いや不成立

 期待していた訳ではないが、恐怖を抑え絞り出した問いにやはり答えは無い。反応だって無い。交渉なんてハナっから成立する訳がない

 

 ゆらり、と死が形を変える。剣先が跳ねあがり私を捉える

 振り抜いた形のまま剣を下げた不可思議な構えから、打突の構えへ。その切っ先が示す先はこれが無くなったらどうしようも無い場所、すなわち……心臓

 

 未だ突かれてもいないのに、心臓が痛む。呼吸が出来ない。より濃くなった死の気配に、心臓が怯えている

 思わず左手で心臓を覆うが、意味なんて無いだろう。アレは私の死だ。紅い光を纏った剣なんて非現実的なもの、手に刺さったとして、それで止まるなんて思えない

 だけれども、それで少しだけ呼吸は楽になって……足は、もう動く

 

 少しずつ、恐怖させて楽しんでいるのか、なかなか仕掛けて来ない(かれ)から遠ざかりはじめる

 

 一歩、また一歩と。剣は届かない距離から、強く踏み込まないと届かないだろう距離へ

 構えたまま、(かれ)は動かない

 

 踏み込んでも届かない気がする距離へ

 (かれ)が音も無く半歩前に出る。目測で約十歩の距離。

 

 これ以上離れることが出来たのならば、もしかしたら……

 直ぐに殺しに来ない(かれ)相手に見えた僅かな希望に、後退りする足も早くなり……

 

 あっ、と思う暇も無かった。急激に重力の掛かり方が変わる。足が地面から離れる。土地勘の無い森の中、当然のように足を踏み外し、体勢が崩れる

 胸に当てた左手を浮かすが間に合うはずもない。支える方法もなく、地面に倒れゆく

 

 その頭上を、稲妻が駆け抜けていった

 

 完全に地面へと倒れきる。強かに体を打った痛みが走るがそれだけだ、追撃は無い。

 地面で強かに打ち痛みを訴える頭をもたげ、稲妻--突きを放ったであろう(かれ)の存在を確認する

 飛び退く事で再びそれなりの距離を保ち、斬り下ろした直後のように剣先を下げた謎の構えに戻っている。理由は分からないが、即座の追撃は無いようだ。恐怖に潰されそうな私が立ち上がる時間くらいはくれるのかもしれない

 

 手で体を支え、立ち上がろうとして気が付く。いや、何故今までこれに気が付かなかったのだろう

 左手の感覚が無い。いや、左手そのものが、その指が、親指を除いて存在しない。突きはしっかりと、大きなものを奪っていた

 知覚しても、痛みは無かった

 

 右手を支えに立ち上がる。(かれ)は此方を見据えたまま、動きは無い

 不気味なほどに、行動が無い。まるで……命令を受けてから動く機械のように、その動きには間がある

 

 「ならっ!」

 右手の人指し指を、(かれ)へと向ける。大切な人(かーくん)から教えて貰ったもの、私の切り札。それを今切る

 指指しの呪い……ガンド、と呼ばれるというそれ。家に伝わる我流だといって教えてくれた、自身の傷や痛みを呪いと化して相手へと撃ち込む魔弾。片手を失ったと言えるだろう今であれば、足に撃てば足を潰す事だって出来る

 次の動きまでが遅いのであれば、一アクションを潰せば逃げれるのかもしれない。それを起こす為の力を、構え、放つ

 

 死の気配が膨れ上がる。揺らめく紅い光が、ほんの一時、(かれ)の体を走る。それだけの事で、呪いはかき消された

 

 剣での迎撃はされるかもしれなかった。精一杯の魔術であっても、非常識な輝く剣の前では意味がない可能性はあった。それでもアクションさえ起こさせられれば良かった。だが……

 

 「……っあっ」

 呼吸が止まる。心臓が、破裂したように苦しくなる。麻痺していたはずの左手が、割れるような痛みを発しはじめる

 突き刺さる気配が変わる。僅かに感じていた希望も、覚悟も、意味なんて無いと確信する。体が、未来の死を認識する

 同時に、(かれ)が動かなかった理由も、どうしようもなく理解した。理解してしまった

 恐怖させて楽しんでいるなんて的外れも良いところだ。アレは……(かれ)は、私を警戒していたのだ。過剰なまでに慎重を期していた。此方に迎撃の、撃滅の手段がもしかしたらあるかもしれないと、今の今まで私と()()を行っていた。下手な追撃は隙を晒し死を招くと、此方の戦力を計っていた

 だが、私の切り札を前に、(かれ)は知ってしまった。私の全力なんて、防御の必要すら無いのだと。戦闘する必要なんかなかったのだと

 

 ならば此処から始まるのはもはや戦闘ではない。単なる狩り、私狩りだ

 抵抗出来ない獲物は私。圧倒的な狩人は(かれ)狩人()は躊躇いも警戒も何も無く、ただ全力を尽くして獲物の命を狩り尽くす。感覚も無く左手を消し去った刃の前に、盾になるものは何も無い

 詰み、だ。足掻くと決めた事に意味なんてなかった。抱いた希望は、絶望を深めるだけのものだった

 

 助けてよ……誰か……かーくん

 心の中の呟きは、何の意味も持たない

 どうして聖杯なんて与太話を信じて危険に首を突っ込んでしまったのだろう、どうして大切な人(かーくん)から貰った命を無駄にしてしまったのだろう、どうしてどうしてと心の中で後悔と左手の痛みがぐるぐるする

 これが走馬灯……というものなのだろうか。聞いていたものとは随分と違う

 

 (かれ)が動き出す。終わりの時が来た

 

 「ごめっ……かー、く」

 最期の言葉。それは命をくれた大切な人(おさななじみ)への謝罪だった

 ほんの一瞬、(かれ)が止まる。達人でも何でも無い私には意味の無い隙。そんなほんの一瞬は、死んだら彼に会えるかな、なんて恐怖を誤魔化す思考と、左手の灼熱感に浪費される

 

 下から跳ね上がる剣閃の前に、私……多守紫乃(たがみしの)という人間は無駄死にという終演()を迎え……

 

 

 『ちょちょいと待った、その絶望!』

 あるはずの無いその声に、全ては打ち砕かれた

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