「……此処は」
朝、目が覚めるとそこにあるのは見知らぬ天井だった
……誰が得するのだろうかこれは
無駄な思考を振り切り、頭をクリアにする
背中に感じるのは二段階に折られ、しっかりとした水平になってはいない感触。見えるのは、コードが張られた、広い天井
僅かに身を起こす
やはりというか、視界の端に少し古いPCが見えた
どうやら此処は、
収穫は…………ジークフリートは実は女性だったのか?と混乱する事になった程度と特に何も無かったのだが。予想図か僕の考えた最強に格好いいジークフリートか何なのかは知らないし、あれらのイラストの中に実際に会った人間が描いたものは無いのだろうが、何故ジークフリートで調べて出てくる画像の半分を越える程度が無駄に露出の多い女性のものだったのだろうか。理解が及ばなかった。実はジークフリートは女性が好きな女性であり、それ故にわざわざグンターに仲介を頼んだ説を考えてしまった
だが、それは無い。そんなことはあり得ない。今の今まで見ていたのは恐らくセイバーの過去。ジークフリートの妻の記憶だ。其処に見えたジークフリートは、俺が幾ら呼び掛けても見えなかった彼は……確かに、大英雄の名に相応しい男だった。俺の見たのは変わらぬ日々であり、事件と呼べるものは無かったが、それでも分かる。セイバーがどれだけ幸せだったか。それを奪われた事が、心の全てが抜け落ちかねないほどに不幸だったかを
ああ、それは……この世界で一番幸福だったであろう俺には、どうしても体験する事も理解する事も出来なくて。けれども、何処までも識っている心情だった
どうしてそんな夢を見たのだろう。意味の無い疑問を浮かべ、直ぐに消し去る
意味なんて一つしか無いだろう。俺への……あまりにも情けない俺への叱咤激励だ。あまりにも幸福で、その幸福を彩ってくれたミラに対して、未だに殺す覚悟が決められていない俺に対して、そんな事では何も成せないという警告だろう。セイバーはジークフリートの為に全てを懸けて、漸く復讐を成し遂げた。もしも迷っていたら、途中で終わっていたはずだ
昨日俺が負けた理由は簡単だ。俺にはミラを殺す覚悟がなかった。そんなものでは、そもそも戦いにすらならない。当たり前だ。情けないにも程がある。何をやっているんだ
セイバーの想いの原典を知ることは、きっとそれを教える為だ。止まるな、迷うな、俺が視るべき未来は
これ以上は何時も身を灼く憎悪に呑み込まれる、という所で止まる。PCの横のコップを取り、温い水を飲み干す
あまり、表には出したくない。俺の自分勝手な憎悪は、関係の無い周囲を傷付けかねない迷惑なものなのだから
ということは、と考える
俺がセイバーの過去を見たように、セイバーも俺の過去を見たのだろうか
それは、俺の記憶だろうか、それとも、たまに見る草原だろうか、或いは……
願うことならば最初以外であって欲しい。未だに不幸らしい不幸も無い他人の幸福なんて、見ていてそう面白いものでもないだろう。彼の記憶から、彼が自身に近い……と感じてくれれば良いのだが、何の夢を見るかなんて分からない、希望的観測としておいておく
今本当に考えるべきことは、これからの身の振り方……だろう
勝利条件は、薬が切れる前に聖杯戦争に勝利すること。理由は分からないが手を貸してくれたアサシン、そして同盟中のアーチャー、更には恩人のミラを殺してでも、聖杯を手にすること。努力目標としては、多守紫乃の無事があるが、それは俺の心情の問題、必須ではない。どうしても果たせないというならば、勝利を優先する条件だ。心情の問題といえば、出来ればフェイやミラは関わってほしくなかったし、戦いたくもないが、そんなただのエゴを貫いた上で勝てるほどに俺は強くない。諦めるしかないだろう
目下考えることは、ヴァルトシュタインという正義への対応と、きっとまた俺を殺しに来るミラへの対策
話は恐らく通じない。ヴァルトシュタインの正義は正しい。彼らが間違いなく世界を救おうとしているのは本当だ。その為に作られた俺が、一番とは言わないがその正義を信じている。ミラの言っていた俺がもしもこのままだと聖杯戦争の根底が覆るという発言も、また正しい。光の鎧……<悪竜の血光鎧>やセイバーから借りるバルムンク、俺の存在は、段々とサーヴァントに近づいていっていると言われても可笑しくない。だとすれば、更に俺の中に居るサーヴァントに近くなった時、俺が死ねばその魂が聖杯に吸収されてサーヴァント一騎の代わりになる、というのは有り得ない話ではないのだ。例え俺一人では足りなくとも、俺の中の存在までも同一存在として飲み込みかねないとすると、猶予はあまりない。全くもって正しい。正しすぎる。反論のしようもない
だからこそ、正面からでも勝つしかない。聖杯しか俺が望みに……第六魔法という想い描いた夢に届く手はない
『……目覚めた?』
ふと、そんな声をかけられる
気が付くと、俺の横に一人の……フードが立っていた
……アサシン。暗殺者のサーヴァント。今のところ敵対していないが、何を俺に望んで助けたのか不明の存在
わざわざあのミラに、裁定者に敵対してまで俺を助けてくれた存在だ。今のところ信じるのに支障はない。放っておけば死んでいた俺を、わざわざ助けてから殺す意味はきっと何処にもない。もしもアサシン或いはそのマスターが、ミラが懸念していたサーヴァント化した俺の死による聖杯が満ちる迄に倒れるサーヴァント数の変更を狙っていたとして、今の俺を殺しても意味がない。今の俺を殺しても聖杯は満ちない
他の理由も思い浮かばない。浮かばなければ無いとは言い切れないが、とりあえず今すぐの危険はない
「……アサシン」
だから、まずは探りを入れる
「俺を助けた理由は」
『言った通り。マスターの命。そして……「ボク」自身の目的の為』
「バーサーカーの討伐か?」
『それもある』
あっさりと、アサシンは頷く
やはりか、と納得する。俺を救うとしたら、公言したヴァルトシュタインを倒す……事に関する何か、特にその行動を好ましく思う事が理由というのは分かりやすい
アサシンがバーサーカーを倒したいならば、俺という共闘しうる駒を残したいというのはよく分かる
「だが、それもあると言うことは」
『後は、しーくれっと、ひみつ』
誤魔化された。まあ良い、同盟しうる事は分かったのだ、今は他の理由が分からなくても構わない
「ところで、そのフードは取らないのか?」
一応聞いてみる。アサシンはこのネットカフェでも尚フードを取っていない。顔が見にくくて仕方がない。表情も読めない
『取ることに意味はない』
無感動に、アサシンは返す。やはり何も読み取れない
やはり、無理のようだ。まあ、そもそもが駄目元であったのだ。特に残念ではない。寧ろ一つ情報が増えたと言える。フードという姿を隠すものは暗殺者には有用なものであるし
『それでも、見る?』
「は?」
あっさりと、フードを取ることをアサシンは了承した
「待て、良いのか?」
『何が?』
返ってきた答えはあまりにも予想外
「フード、脱いで良いのか?」
『構わない。問題ない』
アサシンがフードに手をかける
ぱさり、とフードが背中に当たり、アサシンの素顔が……
見え、なかった
確かに其所に顔がある。それはそうだ。顔の無い人間は居ない。妖怪、悪霊の類や人工物であれば兎も角、アサシンだって恐らくは人間が英霊になったものだ
だが、その顔に見覚えがない。いや違う
ずっと見ているし、顔は変わっていない。少年なのか少女なのか判断が付かない中性的な顔立ちも、短く切られた青に近い髪色も、透き通った
だというのに、常に心がざわつく。本当にそんな顔だったか?本当に?髪色は金ではなかったか?彼は老人ではなかったのか?彼女は美しい姫だったはずだろう?
そんな疑問が抑えられない
ああ、成程。彼女……いや彼?どちらにせよ、アサシンがフードを取ることに意味はないと言った理由を理解する
そもそも、フードを取ってもまともに認識出来ない。記憶が混乱する。今は見ているから流石に問題ないとは思うが、アサシンから離れた際に、アサシンの外見を言えと言われたら……
(黒鍵を持った、前を開けたシャツで豊かな胸筋を見せ付けたアッシュブロンドの筋肉)
目を閉じてアサシンの姿を浮かべてみる
やはり、だ
目を開けてアサシンを見る。今の今まで見ていたはずなのに、外見を答えられなかった
認識阻害。カメラ等の機械であればどうなのかは分からないが、とりあえずアサシンをアサシンと捉えることはまず出来ないだろう。アサシンの姿を見ていなければ、その外見を覚えていられない。寧ろフードがある時の方がマシだ。フードでアサシンだと分かるのだから
だとすると、フードは恐らくアサシンの宝具に関連する何か
「有り難う」
思考を切り上げる。これ以上は今考えても仕方がない
ネットカフェに当然置かれているPCの時計が、九時を示した