「悪魔が!放せ!」
俺……
分からない。何もかも分からない。何だこれは、何なんだこれは!
そう叫ぼうとも、何も帰っては来ない
ジャラジャラと、手と壁を繋ぐ鎖を鳴らしても何も起きない。鎖を引きちぎれたりはしない
10日前、俺は伊渡間という街の象徴、ヴァルトシュタインというドイツだか何処だかの家がかなり昔に買い上げたという森に来ていた。それは確かだ
そうして、今俺は……何者かに捕らわれて、改造されている。まるで日曜朝のヒーロー物のような展開だ。これが物語ならば悪の組織に肉体を改造された俺は、されど正義の心までは改造では消せず逃亡、悪の組織へと挑む正義のヒーローになる所だ
だが、現実は過酷。未だ俺の改造は成功しておらず、更には逃げ出せる感じも無い
祖には我が正義ヴァルトシュタインだとか黒髪の悪魔が言っていた以上、俺はヴァルトシュタインに捕らわれたのだろうと、それは解るが逃げ出せない
カツンカツンと階段を降りる音がする
ああ、今日も少女がやって来る。ヒーロー物ならばきっと正義に
『起きていますか?』
やはり、俺を捕らえた地下室に入ってくるのは、食事を携えた銀髪の少女……フェイ。胸がちょっと足りないが、ヒロインしては申し分無い外見の少女。黒いリボンでポニーテールにした銀髪も、輝いて見える翠の瞳も、10代後半に差し掛かっただろうかというあどけなさもある顔立ちも、150無い気がする小ささも、スカートが長くない以外は古風にきっちりとしたメイド服も、まさに俺のストライク。あとはこれで胸がもっとあれば完璧。C位に見えるが、E欲しい。ロリな顔立ちで巨乳が最高。従兄の雄輝は紫乃ちゃんとイチャコラしていたが、あの子も胸が無いのだけが残念だった。いや、あの二人の中に入り込めないのは分かっていたし、寧ろ胸が無い分諦められて良かったと言えるかもしれない
「そりゃ起きてるぜ。ヒーローは諦めないものさ」
『そうですか。まあ、ワタシは助けませんが』
言って、フェイは盆に盛られた食事を地下室の机に置き、食べやすいようにか鎖を片方だけ外す
鍵を持っている。ますますヒロインっぽい
『今日は特別にしてみました。最後ですからね』
見ると、用意された食事は非常に豪華だ。高そうな一枚肉のステーキに、湯気の立つ琥珀色のスープ、焼きたてなのではないかというパン。更には……サラダやフルーツ
一口。とても美味しい
だが、夢中で食べるなか、ふと少女の一言が引っ掛かった
「ん、最後?」
『ああ……は、フェイ。彼は一体』
気が付くと、少女以外に一人、更に何者かが現れていた
ガタイの良い、騎士のような鎧を身に付けた金髪の男。悪の組織の幹部か何かだろう、うん
『ユー……ライダーですか。10日前、あまりにも用意したホムンクルスが使えないからと、当主が手紙で騙して呼びつけた人間ですよ。貴方が戦った彼のように、サーヴァントを体内に召喚しやすい降霊魔術の一族だそうです』
『成程。わざわざそれを選んだという事は』
『ええ。神巫戒人、従弟だそうです』
「待て!フェイちゃん、その男は何だ!そしてひょっとして、君は」
『食べながら喋らないで下さい。行方不明の神巫雄輝を知らないか?という話ならば、知っています』
「彼は」
『ええ、貴方と同じくヴァルトシュタインに拐われて、同じく改造されて……死にましたよ、去年の12/26に』
「けど」
『……あの人形は、その残留思念か何か、か』
俺の言葉を遮るように、男は呟いた
「残留……思念って」
それは、まるで……。一年前に行方不明になった従兄は、既に死んでいることを認めているような……
「嘘だ!」
『彼自身は、自分は消えてしまった彼の夢、というか悪夢みたいなものだ、と言っていましたね。まあ、魂が砕けた後に残った肉体を動かす人格……と思えば、その認識でも良いんでしょう』
「だって、手紙には……」
『愛しい人の為に、彼を取り戻したければヴァルトシュタインの森に来い。それが出来る奇跡が其処にある、と書いてあった……ですか?
シュタール・ヴァルトシュタインの嘘ですよ、それは。人一人騙して正義が成せるならそれで良い人ですからね』
「それは……」
言葉が出ない。雄輝が居なくなって痛ましいほどに傷付いていた紫乃ちゃんが笑顔になれるならと、怪しい手紙に釣られたのは俺自身だ。魔術もある、俺は特別なヒーローだから罠でも切り抜けられる……と
『そういえば、フェイ』
男はフェイに訪ねる
『あの人形、妙にアーチャーのマスターを気にかけていたが』
『まあ、彼の元になったのは
聞き捨てならない。雄輝が死んでいるというのもそうだが
「まさか、紫乃ちゃんにまで……」
『森に迷い混んだという事は、多分当主が呼んだのでしょう。何のためかは知りませんが』
「……ふざけるな!」
『まあ、彼女ならば、寧ろヴァルトシュタイン最大の敵に拾われて無事ですけどね』
その言葉に、少し救われた
紫乃ちゃんまでも俺や雄輝みたいにされていたら、若しくは殺されていたら……
考えるだけでも恐ろしい。考えたくもない
「本当に無事なんだな?」
『ええ。それは嘘ではありませんとも。今更貴方に嘘を付いても仕方がありませんから』
少女は、途中で放置された料理を見る
『冷めない内に食べた方が良いですよ。当主は気が長い質ではないので』
その言葉で思い出す
……最後、と言われていたことを
「フェイちゃん。最後っていうのは」
残された料理を食べながら問う
味は美味しい。一度も食べたことも無い程に、家での飯とは格が違う。森を買うような家というのは伊達じゃないのだろう
『言葉通りです。どうやら、あの当主は今までの挑戦がどう足掻いても不可能な無駄の極みだと気がついたそうで』
だが、舌は美味しいと言っているのに、何を食べてもゴムか何かを噛んだような気がしていた
「それが一体何だって言うんだ!」
『ルーラーが既に居るならば、擬似的に召喚するなんて裏技、最初から使える訳無いんですよ。既に居るのに召喚しても来るわけがない。ザイフリート、S346……セイバーの疑似召喚は当時セイバーが居なかったからこそのもの
ならば、全てのサーヴァントが揃った今、最早疑似召喚はどうしようもありません』
『疑似召喚しないならば、わざわざ降霊魔術の血筋を用意しておく意味もない、か』
ライダーと呼ばれた男がそう続けた
「意味がないだと!?」
恐ろしい。それは、俺に対する死刑宣告みたいな響きで……
『なので、バーサーカーのアレにするらしいですよ?
降霊魔術との相乗効果で、性能が上がれば万々歳といった所らしいですね』
「どういう……」
『食べ終わりましたか。見ていて心地の良いものではないので、片付けで下がれて良かったです』
「答えてくれフェイちゃん!」
『……何日か前、貴方が語っていた通りの事ですよ』
僅かに迷うように、フェイは続ける
『人間でなく、化け物になる』
「なっ……」
『さようなら。もう会うことはありませんね』
食事の盆を持ち、少女は……
「出してくれ!」
少女は首を傾げる
「鎖を解いて……」
『無駄ですから、やりません』
「行かしてくれ……生かしてくれ!」
『すみません。ワタシには当主を止める事は出来ませんので』
止まることなく、振り返ることなく、少女は部屋を出ていった
ヒロインならば、きっとそう言って出ていってもきっと戻ってきてくれる。ライダーとかいうヒーローっぽい名前の癖に悪の幹部らしきものが居るから冷たい態度を取ってただけだ
そう自分を奮い立たせるが、どうしても絶望は振り切れない
入れ替わるように、少しして黒髪の悪魔が部屋に現れる
シュタール・ヴァルトシュタイン。俺を拐ったという悪魔。悪の首魁
「マザコンのユーウェイン、何故此処に居る」
『……その名は止めろ
言っただろう?バーサーカーと協力はしたくはないが、あの少女と同盟はする、というのが答えだと』
「くれてやっても良いのだが」
『流石に手に余る
見学しても気分が良いものではあるまい。ではな』
言って、ライダーという男の姿は……かき消える
「バーサーカー」
悪魔が呟く
悪魔の背後に、2mを越えるかもしれない巨体が現れる
怖い。怖い
あまりにも纏うオーラが違いすぎる。その男は……王
「ふざけるな、出せ、悪魔!」
フェイは片手の鎖を解いたまま去っていった。片手は自由に動く
野郎、近付いてきたら怪力の存在降霊して首を握り潰してやる!……と思うのは良いのだが、距離が遠い。見たこと無い王?にも、憎っくき悪魔にも鎖のせいで手が届かない
『
俺を一瞥し、男はそう吐き捨てる
「バーサーカー。令呪をもって懇願した、その願いは今も生きている」
僅かに、男が黙る
ふと、気付く。片手の鎖が取れたことで、降霊魔術が使えるようになっている。鎖で繋がれていた時は使えなかったはずだ。だから降霊して握り潰してやるなんて思えなかった
だが、使えるならば、怪力で鎖を引きちぎり、逃げることも可能だろう
ああ、有り難うフェイちゃん。あんな事を言いつつ逃げられるようにしていたなんて、まさにヒロインに相応しい。俺に惚れてそうだし
胸は無いけどそれは未来に期待して、手紙にあるように雄輝を連れ帰れば、紫乃ちゃんもまた笑顔になってくれるだろうか、雄輝を連れ帰るなんて偉業をやってのけた俺にちょっと靡くかもなんて思っていたけれど、それはまあ良い
悪いな雄輝。お前が死んでるのは悲しいが、俺はここから逃げて幸せに……
「
発動
降霊するのは怪力無双の魂。その力をもって鎖を引きちぎり……
『触れる気も起きんわ、
背に、何かが突き刺さった
痛い……痛い痛い痛い!
「ああぁああああ!!」
何が……
背を見ようとして気が付く。背中に……そして首筋に、赤い血色の何かが突き刺さっている
首筋のは牙のよう、背のは杭のよう
「あっ、ああああ!」
痛い、熱い、痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!何かが、俺の中に入ってくる!
「ひゅっ……やめっ……」
俺が……俺の全てが、書き換えられていく
やめろ、やめてくれ!それ以上しないでくれ
無理だ……こんなの無理だ!正義の心までは消せない?無理だ無理だ耐えられない耐えられるわけがない
死んでしまう。俺が消えていってしまう
もう、体が動かない。声も出ない。考える心だけが……血を……血を!
ああ、消えていく。神巫戒人が消えていく
消さないで……助けて……誰か……食わせろ。血を!
違う違う
「死にた……く……ない」
「正義の礎となるのだ。光栄に思って死んで行け。その体は正義のために、生きているよりも活躍するのだ。恐れることはない」
ヒーロー……誰か……
死にたくない、消えたくない。雄輝もこんな事を思って消えていったのだろうか。薄れる自我のなかで、そんなことを思う
ふざけるな。何で俺が……
怒りすら保てない
生きた……、助け……死に……
それが、神巫戒人の最期の