「くくく、くはははははは!」
混乱してゆく聖杯戦争の模様を、本人自身は表に出ること無く眺めながら、目の前の男……ドゥンケルは哄笑した
「成る程、ああ成る程!何だこの喜劇は!下らないにも程がある!」
赤い液体を飲み干し、ドゥンケルはグラスでワインサーバーを叩いた
「ああ。それにしても、新鮮ながらも美酒とはいかんな」
……吐き気がする。マスターで無ければ、きっとこの場で斬り捨てていただろう。或いは……キャスターがこの場まで同行していれば、間違いなく天罰を振るったであろう
だが、それは今は無い事だ
彼の手にあるグラスは金属の混じった骨から出来たもの
サーバーとは……頭と心臓を木に縫い止められた一体のホムンクルスと、両腕を縫い止められた一人の人間の事だ
「ライダー、貴様も飲むか?」
『血を啜る趣味は無い』
そして、私を呼んだ彼の嗜好を理解する事も、理解する趣味も、また無い
「くはははははは!生きるために、竜の血を啜り喉を潤したのだろう、
『生きるためならば、それこそ敵の肉を食らい、敵の血であれ啜ろう。騎士道等は生きていればこその言葉、強者の規範でしかない』
一応繋がっている相手を、そうして見据える
『裏を返せば、強者にこそ、その規範は重くのし掛かるものだ、
「かはは!何が言いたいのだライダー!全くもって分からん!」
ドゥンケルの手が閃く。既に助かるまい人間の少女の腕に傷が走り、血が下に持ってこられたグラスへと注がれる
『魔術師にとって、只人は敵足り得るか?
否や、だ。私達は、只人に対し……弱き者に対してこそ、敬意と騎士道を持って接するべきなのだ。
あの時、不確定要素の存在から少女を見捨てる選択をした私自身が、王の元に駆け付けることすら無かった失格騎士である私が、言うことではないが
「やはり、飲み比べてみて好く好く理解した。ああライダー!若き少女、無垢な乙女ほど、その生き血は蕩ける様に甘い!
これぞ天上の飲物。神話のソーマすら、ここまで甘美な魅惑ではなかろうよ!」
ホムンクルスの足の骨をくり抜き、細い金属の骨で足を付けた即席グラスから一口血を啜り、意に介せずと言った形でドゥンケルは嗤う
『聞いているか?』
「聞く価値も無い!
ああライダー。すまなかった。何とも残念な事に、貴様とは主従関係であった!だというのに、褒美の一つもやらないというのは、機嫌を損ねるのも無理はあるまい
天上の美酒、一口やろうではないか」
骨のグラスが差し出される
『下郎が』
拒絶する前に、グラスは叩き落とされた
獅子だ。誇りある獅子が、見かねたのかその頭でグラスを叩き落としていた
赤が、大地に溢れる
「ははっ!その下郎に、聖杯欲しさに応じた下郎が、良く吠えるものだ」
『……そうだな』
一閃
振るった剣が、
同時、僅かに息のあったホムンクルスの命の灯火を、獅子の牙が刈り取った
「ライダー……?貴様」
ドゥンケルがその眉を潜める
眉を潜めたいのは私の方だ。罪無き少女を、その血を飲みたいというだけで拐うなどという吸血鬼の様な行動は、やはり相容れない。この手に聖杯を手にする為、この身がサーヴァントでなければ斬り殺している
『……悪いが、私にはこれしか出来ん。せめて、苦しまずに逝くと良い』
「ああ。なんと勿体無い事か」
『知らんな』
そう切り捨てる
「ああライダー。貴様はかの裁定者を見たのだろう?
どう思った?」
そうして、漸く物事は……
『やはり、あくまでもこの聖杯戦争の裁定者か。本来の裁定者では無いな、ある意味裁定者の介入を防ぐために早めに召喚されたものと見える』
「ンン?」
『
「今更それを聞くかライダー!」
ドゥンケルが、手を天に伸ばす
その手の先に見えるのは月。夕暮れの空に既に登ったそれは、何時もより紅い
『勝利を!ああ姫、姫、姫!
聖杯をもって、膿を除く。それが愛の形!』
『……違う』
「何だと?何が言いたい」
『この聖杯戦争の目的は……
ならば、ヴァルトシュタインの聖杯は、その勝利をこそ、正しい聖杯戦争とする』
「はは、クハハ!
つまりはライダー、貴様は……あのルーラーは、ヴァルトシュタインの為に動いていると?」
『恐らくは無意識。サーヴァントとして、聖杯に召喚された際に植え付けられた、ヴァルトシュタインを正義とする意識が、あやつの行動を決めているのだろうよ』
「は、はは、クハハ!
ならばライダー。ルーラーには付け入る隙があるのだろう?
捕らえよ。そしてその血を捧げよ
ああ、楽しみだ、実に愉しみだ。無垢な少女であの悦楽。裁定者ともなれば、どのような味がするのだろうなぁ」