『いよう、来ると思ったぜ』
とりあえず、教会に向かうと、やはりというか、扉の前でアーチャーが待っていた
「流石にな。紫乃……そっちのマスターは?」
立っているのは、アーチャー一人。何時も護っているマスターは、其処には居ない
『まだ夢の中さ。何て言うか、衝撃的案件だろ、あれ?』
「それもそうだな、あまり、見せたくない、か?」
『そういうこった。マスター殺しも有り得るって話はそりゃしたから知ってるだろうけどよ
知ってると納得できるは別モンだわ』
「……流石に、俺としても予想外の展開だな」
『そうなのか?』
「バーサーカー、ヴァルトシュタイン。まさか、動いてくるとはな、といった話だ」
『どういうこった』
「ヴァルトシュタインの森は彼等の領域。竜脈の集合点だ
わざわざ外に出ずとも、彼等が聖杯の器を手にしており、聖杯戦争に参加する限りにおいて、どうあがこうが、最後はヴァルトシュタインとの決戦をせざるを得ない
故に、彼等は竜脈から魔力を引き出せ、魔力切れを考える必要が無いあの地で、決戦まで出てこないもの、と思っていた。何らかの利害の一致、救世主降臨に理解を示したのだろうライダーを従えて、な」
『んで、出てこないだろうとタカをくくっていたら、唐突にランサーを奪われたと』
「言われると悔しいが、その通りだ。だが」
『だが、何だ?』
アーチャーが笑う
「あのランサーが、大人しく死ぬか?と思うのだ
俺を、ジークフリートを、そしてクリームヒルトを殺さぬ限り、死ぬようなタマでは無い気がしてな」
『案外あっさり死ぬものよ、人間なんて、ね』
セイバーが、沈んだ声音で呟く
『……ずっと一緒だって……言ったじゃない……』
その口から、ぽろりと泣き言が零れる
一滴の涙が、セイバーの頬から、力なく握り締められた拳へと落ちる
「『そこで消えるのも仕方ない。それでしか、争いは終わらないのだから
望まれたから、望んだから、そこで死のう。争いを、終えるために』」
『何よ、急に……』
「さあな。頭に浮かんだ事を、ただ口にしただけだ」
自分でも、良く分からない。恐らくは、俺の中でずっと眠っている、ジークフリートだろう英霊の、その意思
いや、本当にそうだろうか。これは、死ぬべき時に消え去るべきという、俺の思考を口にしただけなのではないか?分からない。判断が付かない
ただ
「終われるものか、そう思っていたならば、どうにかしてマスター無しで生き残るかもしれないだろう?」
『いや、無理なんじゃね?』
「諦めなければ、可能性はあるとは思うがな」
俺でさえ諦めない事は出来るし、多くの奇跡的な事があったとはいえ、そうして此処まで生き抜いてきたのだ。あそこまでの想いを持つランサーならば……
「……何をしている、少年少女」
突如として、扉が開いた
立っているのは、ミラ……ではない。アルベール神父だ
流石に朝とはいえ日中。此処で殺しには来ない気がするが、それでも、どんな顔して会えば良いのか分からないので、助かった
「聖杯戦争に関して」
『ランサーの動向を、生死を教えなさい』
「やはりか」
『それ以外に、聞くことなんてあるかしら?』
「いや、その通りだセイバーよ」
ポケットから、神父は一つの駒を取り出す
見たことがある。それぞれのサーヴァントの召喚、未召喚を表すというもの
だが、その駒は、槍先、そして頭の辺りが、砕けて無くなっていた
「夜中に、こうしてピースは砕けた」
『まどろっこしいわね』
『つまり、召喚されたランサーが消えたから砕けたって、言いたいわけか?その割りにゃ砕けかた微妙だけどな』
「マスターの死により、一部だけ砕けた線は?」
だが、神父は首を振る
「これは、あくまでもサーヴァントに関して示すもの。マスターがどうなろうとも、影響は無い」
『つまり、これはランサーが傷付いたという事かしら?』
「……それならば、何度も傷付いたろう君の駒はひび割れてなければ可笑しくないかね、セイバー?」
『……そう。本当に、彼女は死んだのね』
「この駒は、そう告げている」
『そう』
セイバーが一人、踵を返す
「セイバー?」
『……ならば、もう良いわ。ザイフリートの言う、不確かな希望なんて、そんなもの信じた私が馬鹿だったわ』
セイバーは止まらない、ただ、去っていく
「どうしたんだセイバー」
『……どうしたもこうしたも無いわ
……もう、私が望んだ未来は無いもの。此処で降りるわ
……勝手に野垂れ死になさい、
吐き捨て、セイバーは一人、教会を立ち去ろうとする
「待てよ、セイバー」
『待たないわよ。さようなら』
セイバーは止まらない
「……聖杯は」
一瞬、セイバーが止まる
『……貴方が、それを言うのかしら?
自分に聞いてみなさい。聖杯が取れるなんて、本当に信じているのかを』
迷う必要はない。答えは一つだ
「取れる取れないじゃない。聖杯を手にするしかない
それだけだ」
『なら、言わせて貰うわザイフリート
貴方には無理よ。聖杯なんて取れるわけがない』
「だから」
『だから、此処で降りるのよ。ええ、聖杯。素晴らしいわね
それで?あの人ならば兎も角、貴方には聖杯は手に出来ない。そんなものに付き合って無駄死にするくらいならば、貴方がルーラーなりバーサーカーなりに不様に殺されて、マスターを失った私が消えるまで、ずっとあの人を夢に見ていた方が、何十倍も有意義よ』
「セイバー……」
確かに、それはそうだろう。俺は弱い。そんなことは当たり前だ
この身は魔力を全身の血管系、神経系に流すことで人間を越えた性能を発揮する……とはいえ、その程度
電柱くらいならば力任せに光の剣で叩き斬れるだろう。100mを5秒で走破?助走を付けて速度を出してから計測で良いならば恐らく出来る。時速60kmで走ってくる車を受け止め投げ飛ばす?相手が軽車ならば、出来るかもしれない
だが、それがどうした。そんなこと、それこそキャスターにだって軽く出来るだろう。その程度でサーヴァントに勝てる等と思い上がるな。そんな程度、ただ、サーヴァントと最低限戦闘にはなる、その前提条件でしかない。人間がサーヴァントに勝てるわけがない。それは当たり前の事。構えも、振りも、ド素人そのもののセイバーだろうと、恐らく同じく身体能力は低いだろうキャスターであろうとも、サーヴァントであるという素の性能だけで俺を圧倒するのだから
ならばものを言うのは技量と切り札。その二点では、やはり俺はサーヴァントには遠く及ばない
……だからこそ、セイバーという俺よりも強い存在との共闘という点に、勝機を見出したのだが、セイバーはそうではなかったらしい
理解は可能だ。ジークフリートと比べればあまりにも弱く、自分から見ても尚弱い相手と共闘した所で、何が変わるのだと思われても仕方はない。俺の実力不足だ
だと、しても
「セイバー、ならば」
諦めるわけには、いかないのだ
諦めることは簡単だ。どんな微かな可能性でも信じることを止め、そんなの無理だ、と言って止まれば良い。アーチャー、バーサーカー、ルーラー、ここまで自身とセイバーよりも明らかに強い相手が居るのだから、勝ち目は無いと納得はすぐに出来るはずだ。というか、俺だってそんなことは理解している
だが、そんな救済、
そんな誰にでも出来る事程度すら出来なければ、何のために俺は彼を死なせて此処に居る
『……もう、うんざりなのよ』
だが、セイバーはやはりというかなんというか、聞く耳を持たない。完全に諦めている
俺のせい……ではあろう。無駄な期待を持たせた上での真実は、より重くのし掛かったに違いない。俺ですら出来たのだから奮起して欲しいが、無理強いは出来ない。それでもと奮起するほどの価値を見出させる事が出来なかった、それでもマスターの為に戦おうと思わせられなかった、俺の至らなさの結果だ
「……令呪をもって命ずるとしても、か?」
手を上げ、令呪を見せつけながら問う
交渉方法は、脅迫。意味はあまり無いかもしれないが、情に訴えるよりはまだマシな手だ
『無駄な事を
貴方が言ったんじゃない。「これより先、全ての令呪による命を破却せよ」。貴方の言葉に従わなければならない理由なんて、もう私には無いわ』
やはり、覚えていたようだ。そう、もはや一画残ったこの令呪には、サーヴァントとの契約の証としての意味しかない。それこそ、とっとと座に帰るためにセイバーが俺を殺しに来ても止める力は無い
「お前の力が」
『私には、貴方なんて要らない。見ていてイライラする半端なあの人の紛い物なんて』
「ならば、俺は……」
『そこのアサシンとでも宜しくやって、力及ばず死ねば良いじゃない
もう、二度と逢うことなんてないでしょうけど、改めて
さようなら、ザイフリート』
言うや否や、セイバーの姿はかき消えた