Fake/startears fate   作:雨在新人

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一日目-プロローグの終わりに

朝、目が覚めるとそこにあるのは見知らぬ天井だった

 いや違う。見覚えは殆ど無いけれども、それは違う。私はこの天井を知っている。部屋を借りたその時に、一度見ている

 

 「……ここは」

 寝惚け目を擦る。何か、恐ろしい夢を見ていたような……

 『悪りぃなマスター、そういや泊まってる場所知らなかったんで、女性の荷物に手を出すとか不味いなと思いつつも、ちょいと鍵漁らせて貰ったぜ』

 ……一人のはずの部屋に響くその声に、夢であったらよかったのに、という淡い現実逃避(きぼう)は打ち砕かれた

 

 気怠い頭を枕から持ち上げる

 一泊が非常に安いが、本当に最低限しかないホテルの一室。あまりお金の無い私が借りた、ベッドからでも全てが見渡せてしまう一人用の部屋のドア前に、やはり彼は居た

 アーチャー。そう名乗り、私を主人(マスター)と呼ぶ、よく分からない男。自称は召し使い(サーヴァント)だが、魔術師としての腕は……いや、殆どの事に関しては彼の方が余程上だろう存在。顔は……何というか猿顔で、そこまで一見して見惚れるような格好よさは無いが、よく見るとかなり整った顔立ちをしている

 

 そこまで観察して、彼が男であることを改めて思い出す

 「……変態」

 『いやーすまねぇなマスター。このオレとしても、うら若き美少女の部屋に上がり込んでそのままってのは気が引けたんだが……』

 と、アーチャーは此方に背を向ける

 『マスターを背負っていればまだ誤魔化しは効いたものの、流石に真夜中にこれじゃあダメージファッションって言っても誤魔化せずに真面目な治安維持組織様(けいさつ)の御厄介になりかねねぇしな』

 

 あ、うん。確かに背中に大穴が空いていて肌を大胆に晒す服装の男なんて、冬の夜中に見かければ変質者でしかない

 変態扱いで良いじゃないというのは流石に失礼だろう。彼は昨日、無意味に殺されるはずだった私を助けてくれたのに

 

 ふと、気付く

 昨日の服のままだ。変態とさっきは言ってしまったが、アーチャーは言動を聞くにそれなりに女性を尊重してくれている。鍵を漁ったのだって流石に12月の寒空の中、私が起きるまで外に居るのも危険だったからだろうし。なので、まあ、替えの服の在処なんかも見つけてはいるのだろうけれど(というか、探さなくても分かるだろう。ベッドの横に置いたトランクケースだし)、下手に脱がすことはしなかった、のだろう

 その気遣いは有り難い。有り難いのだけれども、汗が少し気になった

 

 安宿だけあって、部屋にはシャワーは付いていない。二階にシャワー室はあるけれども有料だし、そもそもやっているのは夜だけ、今は使おうにも使えない

 

 そこまで考えて、そもそもアーチャーはどうなのだろう、と思う

 「ねぇアーチャー。アーチャーってお風呂とかどうなの?」

 『サーヴァントはそこまで気にする事はあんまりないな。基本的に霊体化すれば汚れ程度は消せるしな

 まあ、残念な事にオレはそんなの出来なかったりするんだが。まっ、無茶の代償って奴だ』

 「霊体、化……?」

 なんだろう、一晩たってもやっぱり訳が分からない。霊体、というからには透けたりするんだろうか

 『んまあ、霊体化ってのは……』

 アーチャーは目を閉じる。眉間に僅かに皺が寄る

 『見せられなきゃ説明しにくいな、パスだ。適当に姿が見えなくなるとかそんなだと思っといてくれ』

 適当だった

 適当すぎた

 昨日言っていた気がする後で解説してくれるだかなんだかとはなんだったのか

 『ん?いや、邪魔者片付けてからな、とは言ったが、良く考えるとこのおサル、割と説明下手な方だったわ』

 おどけて彼は言う

 何だったのかと口に出していたようだ

 

 『まあ、詳しいことは監督役に聞きゃ良いんだよ』

 「監督?」

 『そうそう監督役。一応これでも魔術儀式だからねぇ聖杯戦争ってのは。魔術の秘匿なんかを考えずに好き勝手に暴れられると困った事になる。ほっとけないから監督するのさ

 今回のの居場所なんて知らねぇが、どうせ教会目指せば居んだろ』

 あっけからんと彼は言った。私が分からなくて聞きたい事に関しては、割と役に立たない気がする

 『まあ、何だかんだ、シャワーくらい貸してくれたりもするんじゃねぇか?』

 私を見て、彼はそう言う

 気遣って……くれたのだろう。だが、デリカシーは無い

 「……考えなし、変態」

 『悪かったなマスター

 って事で、とりあえず今日は教会に行く。これだけは決定事項なマスター。万一嫌だと言っても連れてくんでヨロシク

 んじゃ、女の子には着替えとか色々とあるんだろうし、オレは大人しく外で待っとくとしますかね』

 言いたいことを言い切ると、アーチャーは部屋から出ていった

 

 一人になると、唐突に不安に襲われる

 居ることすら分からなかったあの獣。居るわけは無い。そんな事は分かりきっている。今までは一度も考えたことも無かった。けれども、もしかしたら今此処にアレは居て、牙を突き立ててくるのではないかという恐怖を忘れられない

 昨日自分を襲った刃は、間違いなく心に届いていた

 

 振り切るようにベッドから降り、姿見に全身を写す

 泥で汚れた跡の残った服を着た少女が鏡の中から見返してくる

 多守紫乃だ。間違いは無い

 祖母の遺伝のハシバミ色の瞳も、色素の問題か脱色して赤に近い色の髪も、自分だから贔屓目は入っているけれど割と可愛い方だと思う顔立ちも、高校生だというのに150をギリギリ越えただけの背も、あんまり無い、いやあることはきちんとあるはずノームネーじゃないこれからきっと大きくなる胸も、私のものに相違無い。顔色を除いて昨日の自分との大きな違いがあるとすれば、血色の痣……アーチャーは令呪と呼んでいたよくわからないソレだけだ

 

 客観的に自分の姿を見て、漸く納得する。夢はもう見られない。心の何処かで願っていた実はこれは全部別人になった夢だったなんて事は有り得ない。此処に居るのは、巻き込まれたのは、多守紫乃(わたし)

 アーチャーは聖杯戦争と言った。戦争という以上、まだあんなことは続くのだろう。逃げたい

 けれど、逃げられるとは思えない

 立ち向かわなければいけないのだ

 

 寝ているうちに絡まった髪を、アーチャーが外してくれていたのだろうリボンで括る

 大切な人(かーくん)から貰ったリボンに触れ、少しだけ覚悟は決まった

 もう一度会うには、聖杯に奇跡でも願うしかない

 アーチャーが"聖杯"戦争なんて言う以上、きっと私が聞いていた聖杯の噂は嘘じゃない

 怖いけれど、死にたくないけれど、痛いのなんて嫌だけど

 きっと、ただいまの一言が待ってると思えば、頑張れる

 けれどもまずは、何も知らないから卒業しないと

 私はトランクケースからタオルと着替えを鞄に詰め、扉の先を……アーチャーの元を目指した

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