「アルベール神父!」
窓は一部が割れている。庭も少し荒れているだろうか。だが、扉は特に壊れてはいない。そんな教会の現状を何処か遠くで確認しながら、扉を開く
「……ああ、君か」
ただ普通に、彼は何時もの整然とした並びが崩れに崩れた長椅子の中、立っていた
既に
だがしかし、一瞬で霧散する。紅い視界はもう見えない
……充分だ。俺の影がアレだったことから、あの視界は恐らくは魂を映し出すもの。もしかしたら彼は既に、という俺の疑念に対する答えとして発動したのだろう。全く、便利な事だ。有り難くて仕方がない。ほんの一瞬しか発動しなかったのは、慣れてない事や、そもそも何ら問題がなかったことの裏返しだろう
「壊れているようですが」
「何、盗人というものは、信心も関係ないようだ」
泥棒のせいだと言いたいのだろうか
……だが、見付かって窓から逃げたとすれば窓が割れている事の裏付けにはなるが、それ以外が可笑しい。幾つも倒れるほど椅子の並びが崩れるなんて、取っ組み合いでもしていなければ有り得ないだろう
そんな疑問を抱き、ふと、アルベール神父が俺の右方向を見ている事が気になった
少し、右を見てみる
……何時もであれば気が付くだろう位置に、一人の青年がいた。作業服を来た、俺の勝手な推測でいえば、恐らく窓の取り替え業者だろう人物
成程、と苦笑する。アルベール神父は、当然ながら神秘の関係者だ。だが、それは秘匿者でもある。俺だけ相手ならばまだしも、他人が居る状態では当たり障りの無い答えをするに決まっている
右目が潰れた事による視界の変化に付いていけていない。今まで問題なかった場所が死角になっている危機感が足りない。ああ、情けない。こんな体たらくでは、彼を救う前に敗死するに決まっている。何とかしなければ、俺は義務すら果たせない
「後始末ですか?手伝います」
気持ちを切り換えるように、俺は倒れた椅子に手を掛けながらそう言葉を投げる
「……そう怯えるな。見てくれは怖いが、彼は今の行動を見て分かるように、教会の客だ。恐ろしいものではない」
ああ、右手しかないと少し長椅子をしっかりと持ち上げにくい。そんな事を考えながら苦闘するなか、ふとそんな言葉が耳に入る
……フェイが何時も通りすぎて忘れていた。今の俺の外見。片腕が無く、片眼も潰れ、きっと見間違いだろうけれども潰れたはずの目が一瞬光っていた。少なくともまともな人間に見えるという人は居ないだろう。ヒーローものの悪の幹部の人間態か何かかこいつは。まあ、実際に
「は、はい……」
男の声から怯えは抜けきっていない。当たり前か
暫くして、少しだけ苦戦しながらも、椅子の整理が終わる。ほぼ同時、壊れた窓の寸法等を測り終わったのか、一度頭を下げ、そそくさと青年は去っていった
「では、真実を語るとしようか、少年」
懺悔室の扉を開き、何時かのように少年、と彼は俺を呼ぶ
「ああ、警戒する事はない。あの方は憤慨しながら外出中だ。警告が意味をなしてない気がする、とな」
「そうか」
少しだけ、気を抜く。とりあえず、何も考えずに何かあったのかと突っ込んでみたが、ミラが居れば討たれていた可能性はあったのだ。それが無いだけ良しとしよう
「ああ、この現状か?吸血鬼の襲来と言えば分かるだろう、少年」
懺悔室の扉を閉め、アルベール神父は告げる
「吸血鬼。顔は」
「すまないな。目深にフードを被っていた。出来ればフードを奪い取ってやろうとしたのだが」
フード。まあ、かつて俺も使っていたアレだろう。確かにあれは顔を隠すにはもってこいのもの。怪しさこそ満載だが、正体は隠せる
「怪我は」
「していれば、今君と話してなどいないだろう?ああ、聖杯戦争の運営は私にとってもやはり未知、魂無き吸血鬼では、如何とも出来ずにフリーズするとは思わんか?」
……確かにそうだ。第一、彼がもしもそうなっていたとして、ミラが見逃すとは思えない。襲撃が夜中だったとして、それから一度も帰ってないなんて事はないだろうから
「その吸血鬼は?」
懐から、いつの間にかアルベール神父が何かを取り出している
十字架を模した武器……黒鍵。レイピアというか……ほぼ投げる矢だ。霊的なダメージへと特化したというが、逆にそのせいかあまり痛くない。実は光の剣の芯として借りようかと思ったこともあったのだが、割と脆く、これじゃあ普通のナイフの方がマシだろうと却下した程度の物理的な性能でしかない
「二、三本ほど腕と胸に撃ち込んだら退散して行った
やはり、最低でも心臓を抉り、首を跳ねねばならんか」
「……だろうな」
その点では、光の剣は優秀だ。呪いでもあるのか、それとも宝具故か、叩き斬れば終わる。恐らく吸血鬼化したホムンクルス達を意識せず凪ぎ払えたのだから
だが、それは俺が例外というだけの事。ああ恵まれている
「去った先は知らん。森へ帰ったのか、それとも……という話をした所で、何か啓示でもあったのか、あの方は街へと飛んでいった」
「街へと出ていれば……厄介だな」
「だが、この身では追えん。フードを脱がれては見分けが付かん。あの方に任せるしかなかろうよ」
少しだけ後悔を秘めて、アルベール神父は首を横に振る
「時間は」
俺も、追うべきだろうか
「一時間程前の話だ」
……ならば、追っても仕方がない。それだけの時間があれば、奴が街へと出たとして、恐らくミラならば既に見付けている
……ふと、アルベール神父が、右手の手袋を外しているのが気になった
其処にあるのは……2つの令呪
「気になるかね?これは預託令呪というものだ」
預託令呪。一度の聖杯戦争において、存在する令呪は二十一画。即ち7騎のサーヴァント其々に三画。ルーラーが居る場合はその限りではないが、あれは例外、ルーラー専用ルールなので置いておく
では、もしもその三画を全て使うことが無く脱落したサーヴァントが居るとする。その場合に預託令呪が生じる
全部で二十一画、そのうち、使われる事無く余った令呪は何処へ行くのか。この聖杯戦争での答えは簡単。監督者へと移行し、管理される。その管理された浮いた令呪、それが預託令呪だ。聖杯戦争によっては、聖杯が令呪を回収してしまう為、聖杯戦争が終わって初めて管理者へと預託令呪が渡る事もあるらしいが、このヴァルトシュタインの聖杯戦争ではそうなっている
終わらせてくれ、は恐らく令呪を使っての願いであろうから、アサシンのマスターの死亡、一時的なアサシン脱落で二画。その後、アサシンの再契約時、聖杯戦争の間に新たな令呪が生じる事は無い為、預託令呪二画が使われて契約しただろうから
「くれたりは」
ダメ元での問い。預託令呪は、他人に譲渡する事も可能だ。幾つかそんな話があると資料を見ていたフェイから聞いた
俺の令呪はあと一画。セイバーは決して悪いサーヴァントではないが、俺がこんなである以上、あのバーサーカー、ライダー、そしてアーチャーとルーラーといった化け物、そして未知数なキャスターに挑むには一度きりのブーストでは心許ない。どうにかして最後の方までアーチャーと同盟を続けられたとしてもせめてあと一度、可能ならば二度、何とか出来るだけの切り札が欲しい所だ
何より、バーサーカーは契約時に一画使っていた。ライダーは分からない。紫乃の手には二画残っていた。ルーラーもあと一画くらい隠しているだろう。といったように、大体の相手は少なくとも二画の令呪を保有していると見て良い。ブースト数が相手より少ないとは、それだけで不利だ
だが、それはあくまでも俺の事情。理由もなく令呪を渡すとなれば俺贔屓にもなる
故にダメ元。ではあったのだが
「良いだろう。但し、私の話を聞き、私の問いにしっかりと答えれば、の話だ」
あっさりと、アルベール神父は頷いた