『おはよう、「ボク」の希望』
そんな声に、目が覚める
「……アサシン、か」
『ん』
昨日、一個では流石に悪いと4つ程買っておいたうちの一つ、四角いカップに入ったバニラアイスに向けて木匙を入れながら、アサシンが頷いた
……もう、どうせ何の理由か此方に来るのだろうし無駄だと、部屋は一つしか取っていない。アサシンにベッドを譲り、そのまま床で寝た。長期試験として3日森の中に放り込まれた時の野宿に比べれば、平坦な床は心地良かった程で、中々に悪くなかった
「少しずつ食べてると溶けるぞ」
『問題ない』
幸せそうにアイスを小さく削って舐め、アサシンは頷く
此処は小さなビジネスホテルの一室。本当に小さく、ベッドと後は一部が水を置くと凍りつく程の温度になっている冷蔵庫兼冷凍庫くらいしか無い。冷凍庫が有ったのは、アイスを4つも買った此方としては行幸だったが
結局の所、万全でないのに動き回っても仕方がない。セイバーは未だに俺を認めてはくれず、もう少し高いホテルの部屋を俺が取ると、そそくさと部屋に籠ってしまったのだし。という事で、そのまま此方も昨日はなにもしない事を選択したのだ
……俺が俺として、神巫雄輝の
『顔色』
ふと、アサシンが此方を覗き込む
「……酷い夢を見た」
『悪夢?』
「いや、そうじゃない」
寧ろ、もっと悪いものだ
目覚めた今も思う。本当に、俺の選択は正しかったのだろうか、と。俺は、とんでもない間違いを犯してしまったのではないか、と。神巫雄輝を信じられないのは、俺自身の弱さのせいではないのか、と
人は、神巫雄輝は……そんなに弱くは無い。あんな
僅かに叶った、壊れてしまった神巫雄輝の魂との対話は、俺に確信どころか、迷いを産んでいた
紫乃を、皆を巻き込む?ああそうだ、その事の躊躇いはある。だが、やらなければならない。こんな苦しみ嘆き、抱えたまま欠けた魂で生きてなどいけないのだから……根底を覆さなければならない。そう思っていた
だというのに
「それでも、俺は……」
そんな事、望んでない。その言葉が、あよ苦しみを知っても尚産まれた、真実彼の言葉なのだとしたら
……俺の存在に意味など無い。俺は、価値は無くとも意味はあると思っていた無意味そのものの道化。何て滑稽な話だ。滑稽すぎて笑いすら出てくる
『……何を、したい?』
アサシンが、首を傾げる。……何処か小動物のようだ
彼の言葉を、呟いてしまっていたのだろう
「……いや、俺自身の悩みだよ」
『ん』
「けれども」
何をしたい?という言葉は、少しだけ迷いが晴れる
そうだ、何を迷う。貴様は、今更本当にこれで良かったのか、等と悩める立場か?
強く、拳を握る。皮膚を突き破るように
「有り難う、アサシン。声を掛けてくれなければ、大切な事を思い出さずに堂々巡りだったと思う」
忘れるな、止まるな。そんな事は許されない。
何人のホムンクルスを、
覚えていない。大体の数は分かる。昔は覚えていられた。だが、聖杯戦争の中、最早数えてなどいられなかった。こんなもので背負っているなど笑わせる
だが、それでも、その幸せになるかと知れなかった、未来があった、幸せになるべきだった。そんな数多の幸福を、憎むべき
死んだ意味なんて無かった?殺したくなんて無かった?ふざけるな。ならば最初からやるな。未来のために必要だから、悪いが死んでくれという
それを、実際には必要性もなく、意味すらなく、単に幸福を簒しただけ?そんなもの、この世界の誰もが認めない。第一、俺自身が俺を許せるわけがない。だから、もう……止まるなんて選択肢は、ハナっから無かったのだ。迷うなんて、無意味だったのだ
……笑え、
そうでなければ、いけない。そうでなければ、彼等彼女等は、何のために俺に不幸を押し付けられたのだ。彼等が殺された意味を無くすなど、許される等と一瞬でも考えた事が間違いなのだ。最早、引き返せる段階はとっくに過ぎた。生きるために、試験の相手として襲い掛かってきたホムンクルスを斬った、
「止まるものか。
何時か、其所に辿り着く。だから、俺に殺された全ての者よ、天国なりあの世なりがあるならば其所で恨んでいてくれ。俺がゼロに還るその日まで。願わくば、不幸を無くした神巫雄輝には。その憎しみを向けずに
『ん』
小さなアサシンの手が、角のある俺の頭に触れる。角に、柔らかな手が当たる感覚。違和感はあるが、寧ろ今まで角が無かった方が可笑しかった、という気持ちもある
決して、止めようとするものではない。寧ろ、これは頭を撫でるのに近い行動。肯定の意
……何故、アサシンはここまで俺を許すのだろう。あの言葉は、セイバーならば間違いなく唾棄すべき言葉だと言うだろうに。それが、サーヴァントとしての当たり前だろうに
「アサシン」
『……食べる?』
アサシンが、アイスの乗った木匙を此方へ向ける
「いや、違う。それはアサシンのものだ」
『……朝食べて、分かった。二人の方が、ちょっぴりおいしい』
「……ならば、後で貰う」
少しだけ、幸福に苦笑しながら、アサシンにそう告げる
『ぐっど。それで?』
「何度も聞くが、どうして俺の為にそこまでするんだ?マスターの命令か?」
何処か、壊れてしまう気がして。どうしようもなく弱くなる気がして、結局アサシンのマスターなのかどうか、フェイには尋ねていない。恐らくはという心と、僅かな違和感から、マスターという言葉をまだ使う
『あのマスターの命令は、たったひとつ』
アサシンの目は、どこまでも澄んでいて
『全ては「私」の為に。「ボク」の心のままに、やりたいと思ったことを。それだけが、私の命令。令呪を持って命ず、自身の正しいと信じる、やりたいと思う心のままに、アサシン
そう、マスターは言った』
アサシンは、無意識なのか、微かに微笑む
けれども、それどころでは無かった
「……やりたい、事を」
つまり、それは……
マスターの命と言っていた全ては、心のままに動けという命令を受けての、アサシンの自由意思だという事。アサシンのマスターは俺を助けようなどと思ってなどいない、という事。本当にマスターはフェイなのか?俺を助ける意味がある相手、という前提が崩れた事で、マスターはフェイという想定が、一気に胡散臭くなる
今までのアサシンの言葉の中で、一番最初に出てきたマスターの命令は……
マスターの命により、「ボク」は貴方を救う。そう、アサシンと出会った、あの時だ
つまり、アサシンは……。俺がアサシンと出会う以前から俺を知り、そして助けようとしていた事になる。マスター関係なしに、だ
……どうしてなのだろう。あの夢が、何か関係するのだろうか
とりあえず、明確に分かったことは……マスターについてアサシンが誤魔化す理由くらいか。アサシンはアサシン個人で動いている。マスターの考えなど一切反映されていない。ならば、マスターを明かす事に百害あって一利無し。アサシンはアサシンだけで動く。マスター同士の協力の必要も何もないのだから、狙われる危険が増える以外の事は起こらない。それはもう、こんな条件でマスターに関して何か言う訳が無いということは必然だった。寧ろ、アサシンについて話を聞きに行っても、アサシンに任せてるから、しか反応が返ってこないだろうし、マスターを探ることそのものが最大級の無駄骨だったのだと、そうとしか言えない
「そう、か。ありがとうな、アサシン」
色々と、頭がフリーズする
考えることが多すぎる。整理しなければやってやれない
だから、俺は……そんな意味の無いありきたりな言葉しか、返せなかった