空を、見上げる
其処に居るのは、爛々と赤い瞳……火眼金睛を輝かせ、巨大な棒を構えたた一人の男。即ち……サーヴァント、アーチャー。真名をハヌマーン、力を借りた纏の名を(本来はハヌマーンが纏われた側であるため逆だが)
その瞳が、灰色に染まった世界で、なおも色を保ち、動くもの……即ち、俺達を見据える
『ル、ラァァァァァァッ!』
その口から漏れるのは、最早意味の無い咆哮。全うな理性は既に無く、只、吼える獣
救いとしては、そのマスターが吸血鬼化していないが故に、暴走していること。あのアーチャーは馬鹿ではない。狂ってくれていた方が、まだどうせ力押ししてくる故やり易い。欠点としては、力押しであろうが押しきられ兼ねない化け物という所だが、それは何とかなると信じるしかない
その姿が変わって行く。咆哮に合わせ、メキメキと新たな腕が生え、後頭部に顔が浮かび上がる。変化、だ
文句なしに、戦闘形態
『それで?どうするのかしら?』
追い付いてきたセイバーが問う
「どうする?戦う以外の選択肢があるか?」
僅かに、魔力を探る
結果はやはり無意味、紫乃の魔力を探り当てられない
概念的に時が止まっている今ならば、動くもの、魔力を関知出来るものはサーヴァント、或いはそれと令呪で繋がっているマスターくらいのもの、探れるかと思ったのだが……探れない。恐らく、意識がないのだろう。バーサーカーの血を受けたとはいえ時が止まっているのか、あの吸血鬼も探れない
「……ミラ」
ルーラーというチートならば、と問うも
『わたしも駄目、かな。あのアーチャーが規格外でさえなければ、きっと何とかなるんだけど、ね。勝手に本体の居る世界から魔力を引きずり出して現界して、それでマスターの魔力負担を限りなく低くしてる、なんて化け物だから、令呪の縁が薄くて……辿れないよ
というか、アレ……アーチャーが「聖杯よ、オレ、あの子のサーヴァント、良いな?」って無理矢理用意したものだし、わたしに辿れるならとっくにやってるよ』
と、あっさりと否定された
……此処に来て、少しだけ、勝てるのかという気が沸いてくる
アーチャーを止める、吸血鬼を何とかする。その一点においては、ミラは完全に味方として見て良い。ならば、何とかなると思いたいが……
時が止まったならばと穏便な解決法を探る程に、分かってはいたが、奴が可笑しすぎる事が浮き彫りになる。というかだ、俺自身、この赤い光の鎧がバーサーカーの血による疑似令呪を破壊した事で、ヴァルトシュタイン相手に反旗を翻せる程に自由になれた
逆に言うと、多少の血でさえ、紫乃を斬る等という受け入れる訳にはいかない命令すらも僅かな迷いによる遅延を産むのが精一杯だった程に、吸血鬼化による拘束は強い。それを、どんどん増加する負荷の中夜まで耐えきった?化け物にも程がある
「はっ、今更、か」
少し、自嘲する
諦めない事は、俺にだって出来る。勝てるかどうかじゃない。勝つ
俺が信じるべきは、それだけだ。誰が、勝てるか分からないと不安がりながら戦いに挑む相手に付いていきたいだろう。勝てないと思うならば回避する方向に動くべきだ。だから、不安がる事など許されない。許さない
『それで?私に空を飛べだなんて、無理を言う気じゃないでしょうね』
セイバーの声に、漸く其処に思い至る
セイバーは飛べない。アーチャーは飛んでいる。つまり、これではまともな戦いにはならない
「アサシン」
『ボウガンならある。銃は、魔力の付与が難しい』
そんな俺の問いに、何時の間にやら取り出した……どう見ても対人ライフルな武器を、アサシンは振った
「ライフルならば十分なんじゃないのか?」
『弾が、銀製しかない。魔力も籠めにくい。ボウガンの方が、まだ有効』
……改めて考えてみると、ライフルなんぞ神秘の欠片もない。魔術的な弾なら兎も角、対吸血鬼用の銀弾でアーチャーに挑むのは無謀か
「となると、射程の問題があるのか」
アサシンが、こくりと頷く
「……分かった。セイバーは幻想大剣だけぶっぱ、アサシンは適宜援護射撃」
『わたしとフリット君が……届く位置まで、叩き落とす!』
作戦決定、即時決行。ミラが地を蹴り、雷鳴と共に空を駆け上がる
反応するように、アーチャーの六本の手の一つからミサイルのように棒が放たれる
だが、俺も背の翼から魔力を噴かせ、飛翔に移行する事で回避。赤い棒は、時の止まった地面に激突すると、カン、と軽い音と共に弾かれて、アーチャーの髪の毛に戻る。時が止まったものには干渉出来ない。それは嘘じゃないようだ
ならば、希望はある。ルーラーという、規格外の怪物が本気を出せる
『穿ガァァァァァテェッ!<
だが、それは向こうも同じ。狂乱した神という、人類の脅威もまた、全ての力を振るえてしまう
アーチャーの手を離れ、一本の赤棒が回転を始める。恐らくは、アレもアーチャーが変化させた偽物。だが、威力こそ下がれど、脅威は変わらず
回転する棒は、周囲の風を捲き込むように、嵐となって巨大化してゆく。実際には時の止まった風を捲き込める訳もないが、風神の血を引く神霊の前には関係ない。膨れ上がってゆく
だが
『……初動が遅いよ!』
嵐として成立する前に、雷がその核となる棒を撃ち据える。本物の神器でもない棒はそれで折れ砕け、核を喪った嵐が吹き散らされる
「この剣は正義の失墜……」
その合間を抜く。出し惜しみなどしている暇は欠片もない。相手は規格外の怪物。魔力切れ狙いの長期戦で不利なのは此方だ
「<
故に、切るのは俺の宝具。最早斬撃を束ねる必要もなくなった、光で形成された翼から、喪った左手を補う鉤爪から、そして右目から噴出する魔力を束ね、吹き飛ばす一撃。或いは……今からやるように、剣に纏わせてそのまま射抜く一撃!
光の剣が紅い軌跡を残し、突貫。背の翼を全力で噴かし、その魔力の流れに乗って空間を飛び越えた一撃は、過たずアーチャーに……
『甘イ!』
だが、その剣は、アーチャーの左手の一本によって、胸の前で掴まれる
「甘いのは……どちらだ!」
縮地、放出。勢いを止めず、空間を飛び越えて自分だけアーチャーの後方へと跳躍。残された紅い魔力は、核から離れてアーチャーへと叩き込まれる
『わたしも居るの、忘れてないかな?』
その一撃に重ねるように、雷を纏った拳が叩き込まれる。ミラだ
『チィッ!』
僅かに、アーチャーの姿勢が揺らぎ……
嵐によって、吹き飛ばされる。アーチャーが、魔力を解放したのだ
だが、ダメージはある。アーチャーの左手に、僅かながら朱が見える。右手に、僅かな痺れが見て取れる
更に……
『ああ、もう。友よ。やってやるしかないならば……』
響く、声。かつて聞いた……
『<
遠くから響く咆哮。一つの気配が、森の中から……隔てられた次元から飛び出してくる
『
斜め下から、巨大な魔力を纏った獅子が、アーチャーに激突した
吹き飛ばされるように、アーチャーが放物線を描いて下降
『そこ』
追い撃ちをかけるように、紅い残光を引いて、地上から撃ち出された矢がアーチャーに突き刺さる。そして
……
『全くもう。しょうがないわね
あの人の剣、その身に受けなさい。<
地上から膨れ上がる黄昏の剣気が、再びアーチャーを空へと弾いた
『フルコンボ、か』
ロウ、と肯定するように獅子が吠える
「……ライダー」
あの宝具の時点で知っていたが、俺の近くの空には、空気を踏みしめるようにして、一頭の獅子が、そして金髪の騎士が立っていた
ライダー、ヴァルトシュタイン側のサーヴァント。だが、アーチャーへ向けたあの攻撃は……
『うん、令呪の命令に従い、よく来てくれたね、ライダー。キャスターは無視を決め込むらしいけど』
ミラが、そんな事を言う
それで、理解する。ライダーがなぜ来たのかを
『……アーチャーを共に止めよ。裁定者の令呪の命を受け、サーヴァント、ライダー。我が王の騎士ユーウェイン、此処に』
そう、剣を天へと掲げ、
「ライダー、空は?」
だが、喜んでいる暇は無い、そんな時間があれば、その分攻める。だから、必要な事をまず確認する
『ある程度ならば、駆けられる』
『うん、なら……わたしと一緒にお願い!』
言葉を短く交わし、ミラが動き出す
少し突撃を抑え、敵……アーチャーの方を眺めてみる
傷は……あまり、無い。決して無傷ではない。朱は見えないこともない。だが……大きな怪我と呼べるようなものは、何処にもない
「あれだけの事をやって、この程度か」
俺のその声に、こっち、とミラが手招きする
翼から少し多目に魔力を噴出、その招きに応じて、ミラの横へと飛翔
『……フリットくん。本当は、こんな贔屓はダメなんだけどね』
空中で静止し、ミラが右手を俺の額に翳す
そして、小さく十字を切った
『
何時もより何処か厳かな言葉と共に、ふっと俺の体が光に包まれる。それは一瞬の後には消えたが、何も変わらない訳ではない
「……ああ、そうだな」
ミラの行動を理解して、そう返す
右目の光が閃く。何かを探るようにして、一瞬の後に答えが出る
ミラのニコラウス。その生き様、有り様。それそのものがスキルと化した、聖人を内包した特殊スキル。正しく生きる者への祝福。立ちはだかる困難を越える事を応援する奇跡。けれども、それはあくまでも手助けの域
……即ち、直面した困難を越える為に役立つスキル一つを、本来そのスキルを持たない誰かに対して一時的に付与する力
なんだこの規格外。あくまでも他人に対するスキルである事は救いでもあるが……。それでも、他人に対する皇帝特権のようなもの。ふざけているのにも程がある
だが、今は心強い
『神、殺シィッ!』
アーチャーが俺へと吼える
そう、今俺に付与されたスキルは神殺し:D。本来は神霊すらも殺した逸話などが昇華された、神を滅ぼす為のスキル。アーチャーを倒すという高い壁を越えるならば、これは余りにも有り難い
『らあっ!』
ライダーがアーチャーへと斬りかかる。大上段から、獅子と共に突撃しての一撃
けれども、アーチャーはそれを……毛を変化させたのであろう赤い棒で受け止める
『ラァァァッ!』
そのまま、俺へと向けて、風を纏わせ、姿を隠した棒の一撃。ギリギリで翼に更なる魔力を集約、錐の様に伸ばし、光の剣と化して鍔迫り合いの要領に持ち込む
『そこっ!』
その、隙を見逃すミラではない。神鳴を纏っての右ストレートを振りかぶり、アーチャーの背を狙う
「ちっ!」
『グゥッ!』
『化け物が!』
一瞬の、膠着状態
3vs1。数としては明らかな優位ではあるのだが、アーチャーの三対の腕が、それに合わせた数の顔が、死角を潰し、全てをあしらう
ミラの拳は、風を纏った拳で神鳴を散らして受け止め。ライダーの剣と俺の光は、変化したものと本物の如意棒で……
いや、違う!
『其処ダアッ!』
「舐め、るなぁっ!」
空から、小さな流星が落ちた
違う。アーチャーが、既に風を操って遥か上空に飛ばしていた毛が変化した如意棒が、俺等全員目掛けて落下してきたのだ
『甘いよっ!』
ミラの纏う神鳴が、一本を打ち落とす
『まだだ』
ライダーの剣が開き、貯められた魔力を爆発させて、ライダーがアーチャー、そして落ちてくる棒から距離を取る
「こ、のぉっ!」
俺も、対応は忘れない。手にした、フェイが持たせてくれた剣を中心に、限界ギリギリの魔力を解放。血色の光で、落ちてくる流星を受け流す
「ぐうぅぅっ!」
受け流すだけでも、割と精一杯。手に痺れが走る
翼では無理だっただろう。咄嗟に見えない棒を追撃への対応が楽な翼で受け止めていて助かったと言える
だが、対応出来たのはそこまで。セイバーとアサシンを狙う二本は、そのまま地上へと落ちて……
炸裂、した
豪風が、吹き荒れる
時が止まった世界の表層を、
ふと、左翼に掛かる重圧が消失する
アーチャー側から、競り合いを避けた形。即ち……
『グラァァァッ!』
風と共にアーチャーがミラとの競り合いをも抜け出し、飛ばされ、空中でどうしようもない二人を狙う!
「ちっ!セイバー!」
魔力を噴かしていた為、充満する魔力に乗って縮地
空間を飛び越え、セイバーの元へ。何とか再度、アーチャーの振り下ろす一撃を受け止める
「まだ、まだあっ!」
ブースト、ブースト、更にブースト!
翼から限界を越えた魔力を噴出、押し込まれようとする大上段からの一撃を、吹き飛ばそうとする纏われた風を、空を切り裂いてギリギリ拮抗状態へ持ち込む
「らぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
『Uuu、Raaaaaaaa!』
互いに咆哮して力を込め、鍔迫り合い
束の間の静止
……ああ、既に無い心臓が痛む。未来から一度に魔力を回帰させすぎて、処理が追い付かない
ならば、変換など適当で良い。もっと、もっと寄越せ。終われない。もとからこの戦争と共に終わるべき魂。それだけの、力を!
『URyyyy!』
最早言葉にならなくなったアーチャーの怒号と共に、アーチャーの頭に僅かな風が吹く
それは毛を幾本か舞い上げて……
全てを
一本一本は、文句なしにさっきよりも弱い。だが、それを補うほどの圧倒的な物量。俺を、ミラを、ライダーを……そして風に吹き上げられるも、追撃を逃れたセイバー達を……四桁は無いだろうとはいえ数えるのがバカらしい程の、複製された神器の雨が狙う
ミラは、自分で何とかするだろう。というか、唯一アーチャーと真っ向からやりあえると見て良い
ライダーも、やはり何とかする……はずだ。アレは円卓の騎士、そこまで柔ではないはず
セイバーが剣を構えようとし、固まる
そう、セイバーに出来る対応といえば、夫の剣から黄昏の剣気を放ち撃ち落とすくらい。だが、今それをやれば、アサシンすらも巻き込む。庇いに入ったから距離が近付いた。俺すらも巻き込むかもしれない。だから、セイバーに対策は無い。大人しく受けるしかない。黄昏の剣気は、指向性のビームではなく、全方位をカバーする広がるドームなのだから
「なら、ばぁっ!」
ブースト、オフ。暴走スレスレの魔力は止めず、ブースターのような姿の翼を、向きをくるりと入れ換えるように、肩から前方に向けて魔力を噴かせるよう動かし……
「バースト!」
瞬間的に解放。3つの魔力孔から撃てる限りの魔力を爆発させて、俺を狙うものごと神器の雨を迎撃する!
だが、それは……鍔迫り合い状態の如意棒を受け止める事を放棄することでもあって……
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
痛い。とすら思えなかった
拮抗する斜め上へのベクトルを失った俺は、一瞬の後に、空から流星として叩き落とされていた
幸いにも、時が止まり、干渉出来ないことで地上に激突した衝撃は弱く、首の骨は折れていないようだが……
「
それでも、止めきれなかった衝撃は仕方がない。右手の感覚が無い。外見上は少し膨れているくらいだが、恐らくは内部の骨がぐちゃぐちゃに折れている。フェイから貰ったあの剣も、普通に折れた。というか、鍔迫り合いには芯があることで役には立ったが……一度目で折れてない事が既に奇跡
立ち上がれず、呻く俺の横に、何とか俺が少しの間棒を止めた事で射程外まで落下出来たのだろうセイバーとアサシンが自由落下してきて……
『……最悪の気分よ』
自力で上空100メートル代から着地させられたセイバーが、ドレスから出た足を擦りながら言った。流石はサーヴァント、心配はしていなかったが、落下死はしなかったらしい
『……大丈夫?』
時の止まった電線に鞭を巻き付け、
無理矢理速度を殺したらしいアサシンが、軽い音を立てて降りてくる
「幾らか逝ってはいるが……まだ、終われない」
幸いにも、足はヒビ程度。立てるし、蹴れる。ならば良い、痛みなぞ知るか。神巫雄輝の
『……よう』
魔力を四の足から放出、俺ほど露骨ではないがかっ飛ぶ形で、ライダーと
「……ライダー」
『加減、されてるな』
空をら見上げ、ライダーがぼやく
「……そうだな」
『そうなの?』
俺は肯定し、アサシンが静かに頷き、セイバーが疑問を呈する
「アーチャーが本気なら、俺は4、5回死んでる」
証拠とばかりに、俺も空を見上げる
一瞬分身し、ミラが二方向から雷を放つ
アーチャーはそれをさも当然のように纏う風で吹き散らし、巨大な……半径20mはあるだろう棒二本でもって、空間を凪ぎ払う
そう。アーチャーの武器は如意棒。如意、即ち自在。俺が最初に鍔迫り合いに移行したとき、そのまま更に伸ばせば、俺の肩を砕けていた。二度目に受け止めた時、受け止めきれない大きさまで巨大化させていれば鍔迫り合いすらされなかった。そもそも、俺を叩き落とす際に更に伸ばせば、射程外まで落下していたセイバーやアサシンも射程に収めれた。もっと言えば、最初に空に打ち上げていた棒だって、その気になれば一人に対して一本ではなく、雨のように降らせることだって出来たはずだ
更には……昼間見掛けたはずの分身を、戦闘だというのに使ってこない。棒に変化させるばかりでなく、自身の分身をも出せば、地上のセイバーとアサシンを倒しに行けたりするだろうに
そう。殺意が無い訳ではない。けれども、何処か……ギリギリで対処出来るレベルに留めている気がする。翼からの爆発で、空からの流星は防げない、逸らすしかない。逆に言うと、一歩なら逸らせるから生き残れる。そのレベルの、甘さが見える
ふっ、と視界の端に、何かが映った
何かを探すように、時の止まった世界を駆けずり回る、小さな赤い瞳の猿
「……アーチャー、お前は」
端と思い浮かぶ。一つの仮説。吸血鬼の破壊衝動、嘗ての俺も感じていたアレにより空で暴れる
「まだ、諦めてないのか……」
そう、それは……破壊衝動を解き放つことで、意識の一部を正気に近く保ち、紫乃を探す。そんな行動を平行して取っているから、集中しきっておらず僅かに甘い、という話だった
『やはり、その答えか。化け物かよ』
ライダーが苦笑する
「バケモンだよ」
合わせるように、俺も苦笑で返した
「……ならば、やるしかない」
それは、当の昔に分かっていたことの再確認
アサシンが視界の端で頷くのを、霞んだ視界でぼんやりと見る
アーチャーが、かつて俺も囚われたあの破壊衝動を戦闘によって吹き散らし紫乃を救い出す事を今も諦めていないならば、俺が諦めるなんて、それこそお笑いだ
「っと!」
不意に感じた殺意に、背の翼を噴かせ、上空へと飛び退く
ついさっきまで俺の頭があった場所を、音速で伸ばされた赤い棒が駆け抜けていった
翼は噴かせた。魔力は充分。そこで止まらず、列車みたいな巨大さへと変わり跳ね上がる棒は、縮地をもってすり抜ける!
「悠長に、話してもられない……かよ!」
『悪いが、地竜の心臓は大地の魔力をもって稼働するもの
暫くチャージしなければ、空など飛べない』
ライダーが至極残念そうな声音で首を振る
『というか、当たり前のように飛べるが可笑しいのよ。人間は空を飛べない。そんなものは魔法の領域よ。確かにあの人は翼が生やせたし飛べたけど?それは
そうでもないのに、そんな醜い姿で空を駆けるなんて……化け物みたいよ、
「
そもそも、セイバーの時代は兎も角、今や人は鋼の翼で空を飛ぶ。俺の翼のような、ブースターをお供にして、だから、人は大空を、魔法の世界から魔術……そして科学の領域に引きずり落とした
「セイバー」
『……仕方ないわね』
セイバーが虚空から取り出した剣を受け取る
あくまでも幻想の剣。されども、かつてセイバーが所有していた事から来る、消えるまでは本物に近い幻影。それで構わない
だけれども、そんな無駄を語る暇などない
ミラのニコラウス……人類としても化け物クラスだった少女のサーヴァント。それでも、あのアーチャーとかいう規格外とはやりあえる、レベル。決着が付くとしたら、それはやはり、アーチャーの勝利で、という予測が立つ。本物の神霊というのは、そのクラスでぶっ飛んでいる。ならば、勝機を見出すには……外部要因が必須
この力で、この手で何かが残せるなら、成せるなら。越えて見せろ、
覚悟と共に、僅かに感じるレベルまで痛みの収まった銀霊の心臓をフルスロットル。少量の血と共に魔力を噴かせ、二人の決戦域まで飛び上がる
『Ruuuuu』
『フリットくん、無理は駄目だよ』
アーチャーの言葉は、既に意味を為さない。そのレベルまで破壊衝動を表に出さなければ、分裂した自我で、紫乃を探せないほどまで、侵食が進んでいるのだろう
俺ならば、僅かな量の血でここまで来ていた。その圧倒的な差を思い知る。だが……
それで諦めるには、この手には持ちすぎている
「う、らぁっ!」
翼でブーストしながら、振るうのは横凪ぎの剣。光がそれを補い、刃渡り2m程の化け物染みた大剣としてアーチャーの首を狙う
が、それは……アーチャーの二対目の右手によって、握り止められる
やはり、傷は無くもない。神殺しを付与された剣は、確かにアーチャーの肌を斬っている。だが、それまで。寧ろ……あの時よりも、明らかに出力は……
『Guyyyyyyy!』
そのまま、剣ごと捕まれ、振り回される
「ちっ」
一瞬、魔力を込めて剣の束を手放して離脱、そのまま投げ付けられる別の対に持った棒は、ブーストを止め、自由落下することで避け……
「危ねっ!」
それでも周囲に充満する魔力をもって、空を蹴り縮地、更に突き込まれる如意棒を避け、アーチャーの前面に回る。本来であれば相手の背後という死角を突ける位置を捨てるのは下策だが、三面六臂、後方すらカバーするあの姿相手には、背後の意味など無いに等しい。どこであろうが、危険など変わらない。構わず捨てる
「通れ、よぉっ!」
すり抜けざまに翼を変型。あくまでも血色の魔力、俺の血を吸ったとはいえ不定形のもの。右翼が錐のように広がり、アーチャーの首横まで突き出され……
空に魔力で右足を固定一気に左翼を噴かせ、独楽の要領のように、アーチャーの首を……落とす!
アーチャーは、虚を突かれたように動きが遅く……
『URYYYY!』
されど、その一撃は、アーチャーの首に多少の傷を付け、そこで止まる。血は滲んでいる。それを呑み込み、血色の光は僅かに力を上げている。されど、それだけだ。アーチャーの首、その肉に止められて、振り抜くことすら出来ず、空中で止まらざるを得ない。僅かな硬直
『MUUUUUu!DAAAAAAaaaaッ!』
その咆哮と共に、熱い衝撃が、背から俺の右脇腹をぶち抜いた
「がぁぁっ!」
口から、どうしようもなく血反吐が零れる
「まだ、だ……」
ぶち抜いた如意棒に触れ、魔力を解放。腹には突き刺さったまま光の剣と化す
アーチャーが手放した瞬間にそのまま俺の剣として、右脇を抉り裂きながら体外へと斬り、そのまま捨てる
こうでもしなければ、さっき跳ねあげてきたように、刺さったまま電車ほどの大きさまで巨大化されて、俺の体は風船のように弾け飛ぶだろう。刺さったならば、その次の瞬間には手放させなければならない。その実践。腹の熱は意識を奪っていくが、即死よりはマシだ
『フリットくん!』
「まだ、行け……」
左側頭に走る衝撃。ふっ、と意識が遠退く。翼が吹き散らされ、
横凪ぎの一発。頭を殴られたのだ、と墜落しながら気が付く
だが、遅い。対処出来たという油断が、今を産んだ。翼すら無くなった俺には、何もない。出来ることなど、魔力を爆発させて、強引に激突の威力を弱めるくらいしか無い。変化が解けているから、
アーチャーが、掴むことで俺から奪った剣を逆手に構えて追撃の体勢に入り……
「『撃ち落とす!』」
魔力をあの時込めた保険が、ここで俺を救う
「<
俺の言霊に合わせ、アーチャーの手の中で、剣に蓄えられた一回分の剣気が膨れ上がり……
「
アーチャーを巻き込み、弾けた
威力は無い。手に持たず、無理矢理劣化覚悟で遠隔発動する宝具に、アーチャーを傷つける力など求めていない
けれども、セイバーがかつて持っていたが失ったあの幻想達の再現は、一度力を発揮すると消え去る。アーチャーの追撃は失敗する。重要なのはそこ
更には、僅かな足止めにもなり……
『<
その出来た硬直に、ミラが神鳴を撃ち込むのが、薄れる意識の中で見えた
そのまま、俺は硬い止まった世界に……いや、柔らかいものに激突した
「……ミラ……」
『大丈夫?フリットくん』
俺の体は、いつしか分裂した、裁定者に抱き止められていた
全くもって、情けない。ほぼ何も出来ず、少女に救われて。バカか俺は
「……弱いな、俺は……」
『仕方ないよ。神殺ししか、今のフリットくんには無いから』
ちらり、とミラが小さなマントの裏ポケットから、俺を抱えたまま一枚のカードを器用に取り出す
赤いカード、ビーストⅡ
……そうか、と理解する。俺は、あの時の力に更に神殺しを加えたならば、何とかなると思っていた。一度あの森で斬りかかったアーチャーは、ミラの纏う神鳴よりは多少硬いが、そこまでの差は無いから。というか、ミラが異様に硬い。だが、それ自体が大きな間違い。あの時に比べて、俺はあまりにも大きく弱い。ビーストⅡ、俺をミラの倒すべき……歪みとまで言わしめる力。それを、今は使用していない……いや、使用出来ない。ならば……
「ミラ」
『駄目だよ、フリットくん』
俺を抱き止める力が、強くなる
『二度と、フリットくんをあの姿にはさせない。フリットくんに、フリットくんとしての人生を全うさせる。それが、わたしのやりたいことだから』
ふと、空が暗くなる。吹き荒れていた神鳴が、ふっと消える
『分かってたけど、やっぱり無理かぁ……』
ほぼ無傷なままのアーチャーを見て、ミラがぼやいた
「摂理に、返すんだろう?」
けほっ、と血を吐きつつ、そう問う
『だって、ハヌマーンって死んでないからね
死んでない本物の神霊に対しては、摂理に返してもあのままに生きてる。なんで、単なる物理的な雷撃にしかならないからね。足止めにしかならないよ』
「……そうか」
カードへ向けて、手を伸ばす。その手は、けれども止められる
『めっ、だよ。フリットくん』
「ちっ。ならば」
『……うん、行ける?』
ミラの腕の内から降りる
右手には、解除されて手の内に戻った金のカードを。左手……というか、光の鉤爪には、黒いカードを隠すように。
空から落ちながら、叫ぶ
「