「ねぇ、かーくん」
そんな、紫乃の声が響く
何時かの日々。俺の中に確かに記憶としてあって、けれども、このままでは二度と来ることは無い、そんな……休みの日では、それはもう当たり前の光景となっていた日常
「……どうした?」
「何処に、行こうか」
「決めてなかったのか」
少し昔を懐かしむように、寂しさを僅かに混ぜて、俺は微笑む
笑みなんて、マトモに浮かべたことは無い。ひきつっては居ないだろうか、おかしくないだろうかと、そんな無駄な事が、少しだけ気になった
そもそもだ、今の俺がどんな顔を浮かべているかなど、本来どうでも良い。そんな事が気になるなんて、俺の精神が、欠片を集め一時とはいえ意識と呼べるものを復元するまでに至った神巫雄輝に引き摺られてでもいるのだろうか
『何処でも良い』
俺の背、後ろ三歩の場所に立つアサシンは、何も気にせず、そう告げる
紫乃と二人きり、というまるでデートのような事をやろうというのであれば、アサシンが居るのは不都合である。が、これはそんなものではない。そんな、のんびりとしたものではない
そう、アーチャー無きこの聖杯戦争の地における、様々なものの確認。少なくとも、俺はそう認識した
ならば、戦力が高いことは重要だ。特に、サーヴァントの存在は。俺にも、紫乃にも、どうしようもなくなったら令呪で召喚すれば良い、なんて理屈は通じないのだから。その点ではセイバーが居ないのは、いざという時にセイバーから剣を借りることが出来ないという明確な欠点はあるが……まあ、仕方ないだろう
「俺が決めて良いのか?」
「……うん」
ゆっくりと、紫乃は頷く
「ならば」
少し気になっていた場所を、俺は告げる。俺一人ではどうにも行きにくいが、一人でなければ、きっと問題ない場所を
「……かーくん、此処なの?」
「ああ、ここだ」
不思議そうな顔をする紫乃に、頷く
当たり前だ。一度共闘したとはいえ、まだどうなるか分かったものではない、出来れば敵対したくはない存在が居る場所。つまりは、教会である
来た理由としては簡単。サーヴァントを失ったマスターの保護も、監督役の役目のひとつであるからだ。ならば、監督役とはマスターサーヴァントの関係では無いだろうとはいえ、その脱落したマスターであるはずの紫乃が居れば、敵対行動はきっとしないだろうという判断である
「むぅ……」
「どうかしたのか?」
どこか不満げな紫乃に、問い掛ける。此処に来る理由は普通に分かるだろう
「これ、ミラちゃんに会いに来たの?」
「いや、違うな。単なる確認の為だ」
「なら、まだ良いけど……って、良くないよ!」
何故か、紫乃は声を荒げて、そんな事を言い出した。本当に、訳がわからない。こんなもの、当然だろうに
「きっと、聖杯戦争に関係……あるよね、それ」
「当然だろう?」
「……むぅ」
だというのに、不満げな紫乃の表情は、何も変わらない
『……フリットくん?どうしたの?』
俺の姿を認め、ミラは呆けた顔をした
普段の……ちょっとだけ改造した、シスターの服。戦闘する気は、まだ無いようだ。その眼の下には、隈はない。寝不足だとかそういうことはないのだろう。だが、赤いマフラーを首に巻き、口元近くまで隠れていて、表情を読みきれない。そして、マフラーの存在から、恐らくは出掛ける気だったのだと理解する
「アルベール神父に、会いに来た」
どこか焦るようなミラを気にせず、その用件を告げる。寧ろそれが正しいはずだ。急いでいるならば、何も聞かずに用件だけを済ませるのが、一番早いはずだ
ふと、気になったのだ。いや、直接出会いにいけない以上これが一番正しいこと。即ち、用件とは……アルベール神父が持っているはずの魔道具の確認。万一キャスターが落ちているならば、その駒は砕けているはずだから
『御免。けど、それは無理かな』
だというのに、ミラは申し訳なさそうにそう答えた
『アルベール神父、昨日の夜……わたしが教会に戻ってきた時には既に行方不明だったからね』
「……行方不明?」
不吉な言葉に、思わず聞き返す
有り得ない話ではない。何者かによって、というよりも……ヴァルトシュタインよって拐われたというような事も
『うん。だから……何かを聞きにきたなら、御免ね』
「……駒は?」
聞きたいことは幾つもある。それは、本人に聞かなければならないこと
けれども、駒に関してならば、聞けば……
『置いてあったよ、これ』
二つの駒を、ミラはポケットから取り出す
二つの、白い駒。一つは武器が砕けた、アーチャーの駒。そして、もう一つは……完全な、キャスターのもの。つまりは、どうなっているかは兎も角として、未だキャスターは生存している事は確実になった。若しも、それが本物であるならば、だが
右目に集中する。ミラによって潰された右目は、それ以来……不思議な事に、何かとリンクしているような気がする
何度か閃いた光……俺の中のサーヴァント……いや、そうではないかもしれない、だが、深い関わりを持つナニカ。それを、意図してリンクさせる。それが、審議判定に役立つのかは……まあ、やってみてからしか分からないが。本来の機能が破壊された事で、眠っていたリンクが活性化したのだろうか。或いは、あの時のビースト化の際に、壊れていたからこそ、本来の機能が既に果たせないからこそ、その機構が組み込まれたのか。それは分からない。分かるはずもない。だが、まあ良い。視界など結局は相手の攻撃に対処出来れば良い。光が集まっての右目の視界は紅く、それに合わせるためかあの状態では左すらも紅に染まるが、見えれば良いのだ。色彩等、正直な所どうでも良い。戦闘状態での色彩と、通常時の右目の視界と引き換えと思えば、寧ろ安い対価の割に使えるとすら思える。自由にならないのが、欠点では……
「っ!」
光が閃く。理解する
……本物だ。本当に、それはサーヴァントの存在を確認する魔道具だ
「かーくん?」
『フリットくん?』
突如閃く光に、二人が反応する。アサシンは、何もない
「いや、悪い。確認した」
『御免ね、フリットくん。今は……わたし、邪魔っぽいし
後は、どうしても動かなきゃいけないから』
それだけ言うと、ミラは駆け出す。サーヴァントとしての姿、つまりサンタクロースとしての服ではないが、それでも……
『分かる?』
「分からないな」
後ろから寄ってきたアサシンの問いに、そう返す
実際に、何も分からない。ミラが急がなければならないようなもの。何かあるのだろうが……
「かーくん。今日は私と、じゃなかったの?」
「ああ。だから……今日の日中、何が来ようが護るさ。アーチャーの代わりに」
「うーん、何か、違う……」
ぼんやりと、紫乃は答えた
「何が、違うんだ?」
「アサシンが居るのもそうだけど、思ってたのと、違う……」
「いや、だから何が違うんだ」
アーチャーの代わりっぽくあろうとしている今ならば、紫乃の思いには応える必要があるだろう。なので、俺は問い……
ふと、震える携帯に気が付いた
「どうしたの、かーくん?」
「悪い、ちょっと確認する」
言葉と共に、画面の割れた、神巫の携帯を弄る
わざわざ今電話を掛けてくるのは……と思ったが、メールであって拍子抜けしながら、メールを開く
当然ながら、フェイからのもの。それ以外は、迷惑メールフォルダに叩き込まれるものしか来るわけもないから、当然とも言える
内容を一目見て理解する。ミラが急いでいた理由に
書いている中身は正直どうでも良い。ただ、添付された一枚の写真だけで理解する
そう、昨日のあの戦いの時、時は止まっていた。だから、あれだけの事をやっていて、戦いの傷跡も、あれを見ていた者も、舞台であったはずの伊渡間には一人も居ない。秘匿は成っている
だが、それはこの伊渡間の中での話。そう、有ったのだ、あの戦いを傍観できる場所
ヴァルトシュタインの森の中。稀に魔術回路を持つ人間があの位相のズレた森に……ブリテン領域へと迷い込む事は、今までもあった。それが、あの日も起きていたならば……
そう、アーチャーとの決戦を、見ていた一般人という者は産まれうる。そして、あれだけの事……見たならば書き込まずにはいられないだろう
そう、添付された写真に載っているのは、一つのブログ。アーチャーの巻き起こした嵐の写真を載せて、オカルトとしてあの決戦を語っている、伊渡間在住のカメラマンのブログだった
此処に、聖杯戦争の秘匿には亀裂が走る。ルーラーが、