『ええい、
言葉と共に、バーサーカーは右の腕を振り下ろす
それを合図として、幾つかの影が扉を開き、現れる
……ヴァルトシュタインのホムンクルス達。幾度も俺に性能試験という名の虐殺をされてきた者達の同族。元々まともな人格を発現した者が極度に少ないが故に大半は虚な瞳は、吸血鬼に噛まれた結果か、理性の光の欠片もない紅に染まっている
顔立ちはシリーズによって違う。何を模して作られたのかによって明確に見分けが付く。そのはずなのだが、ハイライトの無い濁った紅の瞳、そして能面のような無表情が何処か画一性を感じさせて、正直な所気持ちが悪い。差異が無い。俺に殺された彼等彼女等は、少なくともシリーズ毎に確かに微かに表情が違っていたというのに。叶わぬならば逃げるを徹底した者も居た。叶わぬとしても挑む勇気の片鱗を浮かべた者も居た。叶わぬならば皆で自爆して諸共に滅び去る事を選んだ爆弾魔シリーズだって居た。だが、最早それらは感じられない。此処に居る4種12人のホムンクルス達は、バーサーカーの
『邪魔者は壁とでも遊んでいろ。
言葉と共に、吸血鬼達は俺のみを標的として襲い掛かる
だが、所詮は吸血鬼とはいえ血を吸われたものの成れの果て、程度の化け物。人間よりはそれはもう強く恐怖の対象だろうが、人間基準でしかない。彼等を殺すことに躊躇いさえ無ければ、10どころか100同時に来ても軽く殺し尽くせる。サーヴァントを本気で倒す気ならば万単位ですら足りるか怪しい
左の鉤爪を振るい、その魔力を刃に形成、腕自体が鎌になったかの如く変形させ、それをそのまま飛刃として射出。紅の刃はそのまま飛翔し、二体の首を跳ねた
……今更だ。とうにこの身は何千というホムンクルス等を斬っている。俺と……或いはフェイ達と同じく自我を確立できたかもしれない者達の未来を奪った。既に何があろうと救えぬほどに血塗られている以上今更何人か滅ぼしたところで躊躇いは無い、悪いが俺の願いの邪魔だ、死んでくれ
「……これで俺を止めれると思うのか、バーサーカー?」
『途切れず行け、
バーサーカーは応えない。ただ残りのホムンクルスを次々と突入させて行くだけ
逆に此方から殺しに行くか?とも思うが、その場で迎撃するに留まる。バーサーカーの隙を見れる可能性に懸けたと、気がつかぬうちにセイバーが向こうに付いていたという可能性は減らしたいという打算で。攻めあぐねているとも言うが
宝具で今も死に続けているバーサーカーを追い込みたい気はある。だが……
横目でバーサーカーの言葉を聞いているセイバーを見る。呆れたように、俺と吸血鬼達を眺めている
今のセイバーに向けて本来のバルムンクを貸せというのは自殺行為にも等しい。今この時にバルムンクを本来の姿である人殺しの剣と呼びジークフリートを貶めれば、セイバーは容赦無く俺を見捨てきってバーサーカーの提案に乗るだろう。彼女にとって
だからといって竜殺しの剣として貸せというのも無茶だ。何度か振るって分かった、竜殺しとしての性質はジークフリートそのものに由来するもの、当人でない俺には使えない。竜殺しとして振るおうとしても
俺個人の力?それで勝てる確信があれば当にやっている。一番奴を倒せそうなのは昨日放った旭光なのだが……あれは撃てない。ビーストⅡのカードが此処には無いから。呼び戻すことは不可能ではないが、折角ミラがとても嬉しくてけれども心配になる事を言ってくれたのに、わざわざまた敵対する事は下策以下。何より、俺の心の弱さだと分かってはいても、
……いや、正確にはあの旭光自体は撃てる。そう確信はしている。アレは俺自身が撃っているというより、アクセスしているだけ。俺は単純に発動指示と誘導をしただけ。そして今の俺でも発動指示は可能だ
……だというのに撃たない理由はとても簡単。誘導が効かない。更には、あの時の俺は浮かぶままにこう言った。"蒼星が夢を満たさんが為に 猛る怒りが俺を灼けど"と。あの宝具については俺も良く分からないが、少なくともアレは本来
……だが、勝機は無くもない。人神鏖殺、かの剣をセイバー自身が抜きたくなるような状況になれば良いのだ。即ち……復讐時。要はバーサーカーが無神経にもクリームヒルトの最愛をコケにしまくってくれれば良い。幸いにも交渉と言いながら、バーサーカーはセイバーを見下している。吸血鬼は人間の上位者だと認識しているから当たり前だが。つまり、適当に煽れば、かつての夫という観点からジークフリートを貶してくれうる。後はそれを取り返しのつかないレベルで引き出させるだけ
……方針を決め、セイバーを見る
その間にも、ホムンクルスを殺して行く。便利な事に翼でバラバラにするだけでバーサーカーのように甦ってくる事無く完全に死ぬので、来る相手を槍のように伸ばした翼で凪ぎ払うだけで対処してゆく
『……私にも、彼等レベルに堕ちろと?』
『違うな。アレは劣等種に過ぎぬ。血を啜られる光栄に耐えかねて、王に近付こうとしたなりそこない、何故そんなものを作らねばならぬ?』
『大量に作ってるじゃないの』
『そこに転がっている』
詰まらなさそうに、そちらを見ることもせずにバーサーカーは指差す。見てすらいないので方向はズレてはいるが、
『奴等に懇願されたのだ。頼むから作ってくだされとな。そうでなければ、不味くて飲料に達していない血なぞ啜るものか』
バーサーカーの唇が歪む。鋭く伸びた犬歯が剥き出しとなる
『貴様ならば……不遜にも劣等種の癖に王を名乗った者達ならば、不味い不出来なものなど口にする価値すら無いと分かるだろう?』
『ええ、そうね。価値の低いものは、それが分相応の人間が持てば良い。当然ね』
セイバーは、そう頷く
「……言われてるぞ、絶対正義」
倒れているシュタールへと、声をかける。翼でもって、襲い来る26体目のホムンクルスを貫き、魔力を軽く噴き出して爆散させながら
「……使えぬ者にすら意味をやるのが、真に素晴らしき王、だろ……う……」
苦しげに倒れたまま、それでもシュタールは信念を血と共に吐き出す。……その言葉は何処までも正しかった。ただ、その使えぬ者という裁定を、俺は許せなかっただけで。平等なんて有り得ないと、ならば格差は上に立つべき者が決めるのが正しいと分かってはいても。それがこんな悲劇を産むならば、ルールそのものを根底から壊してしまえばいいとそう思ってしまうのだ。こんな間違った世界、悲劇を破壊してやり直せと
『……なるほど、私に貴方と同類になれというのね、バーサーカー?』
『これほどまでの光栄はあるまい?』
『でも、何故そんなことをするのかしら?』
セイバーの当然の疑問に、バーサーカーは一瞬答えにつまり、けれども次の瞬間には僅かにあきれた声でふざけた言葉を吐き出した
『側女となれという王命が、よもや本当に分からん貴様ではあるまい?』
……それは何より、俺が待っていた言葉だった
「側女、か
仮にも人のサーヴァントに、手を出そうって待遇じゃ無いだろ、それ」
翼を槍のように伸ばして一閃、貫いたホムンクルス達を翼毎晒し者とするように天井に掲げ、まだ壊れずに天井に張り付いていたシャンデリアもひっかけつつハンマーがわりに別のホムンクルスへと振り下ろす。そんな風に割と適当にホムンクルスの相手をしつつ、バーサーカーの言葉に乗る
分かっている、バーサーカーとしては側女というだけでも相当な事だなんて。それが分からない程のバカではない
だが、それで良い。バカだと思ってろ。そうして、俺を通して俺の中で寝ている……という事になっているジークフリートを貶してくれ。セイバーへ向けて、如何に自分が何も見ていないかを晒せ
「ふん。分かっているぞS346。貴様、仮にも妻だった者が正義に立ち返るのが怖いのだろう
正義に立ち返れば、そんな事には……」
「すまないな、貴方には聞いていない、正義の味方」
まだ、気が付かないのだろうか、彼等は
苦笑して、ああ、と思い至る
俺をジークフリートだなどと、大英雄だなんて大きな見当違いを起こしているから、正義と相容れうるだなんてどうしようもない戯れ言を吐いてしまうのか、と
そもそも、だ。俺の中で眠る彼が真実ジークフリートであるならば、かの剣を使うのに態々令呪など使わなくても良かった
俺の剣を、セイバー。ただその一言さえ言えば、セイバーは嬉々として幻想の剣を貸してくれただろう。セイバーにとって、ジークフリートの偉業の再現は単純に喜ぶべき事なのだから
ならば、それが出来ないと、そう右目が疼いた時点でだ。俺の中のサーヴァントは、ジークフリートでは有り得ない
……ああ、そうだ。ミラの神鳴を受けたとき、バカな事をやった訳だ。力を貸してくれ、ジークフリート?阿呆か俺は。アレにそう語りかけても、意味など無いだろうに
『ふん。これでも
つまらなさげに目線をセイバーへと向けながら、バーサーカーはそう告げる
『人間などという劣等種にしておくのは、あまりにも勿体無い』
「そんな程度で、ジークフリートの妻を妾扱い出来る程、吸血鬼というのは偉いのかよ」
日は落ちかけている。まだなのか、ミラ。活性化前に叩き潰す事が厳しいならば、勝利は危うい
『
ヒヤリとした感覚。首筋に、一本の剣が突き付けられている
……幻想大剣。クリームヒルトが使う、ジークフリートの遺産としての疑似宝具。それが、俺へと真っ直ぐに向けられていた
喉が詰まり、息が可笑しな音を立てかける。敵対は有り得ると思っていた、だが、此処でか?と頭が上手く働かない
「何のつもりだ、セイバー」
俺を見据える眼は、何処か鏡で見る俺の眼に似ていて、決意と共に突き付けられた剣は、握った腕は震えることもせず在る
『貴方のやりたいことは分かったわ、
けれども、そんなことで私の答えは欠片も変わらない。だから』
微かに眼を伏せ、セイバーは続けた
『そんな理由で、あの人を侮辱する言葉を吐かせないで、不快よ』
セイバーの見惚れる程に澄んだエメラルドの瞳に、躊躇いは欠片も無くて
唇の端がつり上がるのを抑えきれない
『理解したか?
ならば、そこの邪魔者を殺せ。それで聖杯はくれてやる』
『ええ。そうね』
セイバーが剣に魔力を込める。その切っ先が、魔力を感じて僅かに震え始める
抵抗はせず、翼すら消し去り、眼を閉じてセイバーの言葉を待つ
「諦めたのか、悪魔」
「さあ、そうだとしたら?」
あくまでも語気は静かに
セイバーを、その愛を信じているからこそ、足掻くことはしない
『邪悪なる竜は失墜し 世界は今落陽に至る』
朗々と響く宝具詠唱。俺へと向けられた、宝具の鼓動
ああ、信じていたさ、セイバー
お前が切るのは、あの人の剣だと!
『撃ち落とす!』
「終わり、だ」
正義の味方は、残された左腕でゆっくりと体を持ち上げながら呟き
「そうだな」
俺も、それに応じる
『<
そうして、黄昏の剣気が放たれるその瞬間……
「お前らが、な」
俺はただ一歩、床を蹴る
散々にホムンクルスを翼で凪ぎ払った事により既に存分に散布しきった自身の血の魔力をもって縮地。文字通り世界を縮めるようにして、ドームの内側へと飛び込む
「なっ、が」
そうして、広がり続ける黄昏の剣気は、腕を組んで堂々と立つバーサーカーや、その後ろでふらつくシュタールを巻き込み弾け飛んだ
ああ、あれは死んだな、と黄昏の剣気に全身を削られて血飛沫へと代わりゆくシュタールを見て、どうしてかそんな感想しか出ない。正義が負ける。本来それはあってはならぬことだというのに、感慨も何も沸いてこない
『……バカな』
「バーカーが」
『貴様、諦めたのでは無かったのか』
「諦めたさ。セイバーに貴様を殺す宝具を撃たせるのを、な」
嘲るように、見下すように。傷が逆再生のように消えてゆくバーサーカーを冷たい瞳で見上げる
そもそもだ。クリームヒルトが復讐を果たす為に仕方がない場合を除いて、彼以外に靡く訳がないだろうに
「人を十把一絡げに劣等種としか見ていないから、分かりきった事すら見落とす。王としては無能以下だな」
単純に、俺を裏切れというならば有り得た。それが怖かった。だが、側女となれと言った時点でその線はとうに消えていたのだ
『ええ。聖杯は魅力的ね
けれども、そんな手での聖杯に意味はないわ』
セイバーが、剣を今度こそ本当に向けるべき
「過程など、どうでも良かろう」
『良くないわよ。マスターを裏切って奪い取る程度ならどうでも良いわ。けれども』
セイバーは寒気がするとばかりに、わざとらしく体を震わせる
『貴方に付く?側女になる?吸血鬼化?何よそれ、生理的に無理に決まってるじゃない
第一よ。そんな穢れきった体で、どうしてあの人に逢える訳?そんな穢れた者があの人の横に立つなんて、私が赦す訳無いじゃない。誰よりも清廉で最高の英雄に、
万が一吸血鬼なんかになってしまったなら、私はもうあの人に愛される資格なんて無いって身を引くわよ。だけれども、身を引くような状況になる気なんて更々無いわ。冗談は真っ昼間に言ってくれるかしら?』
『何?』
『ああ、御免なさい。人間様の時間である昼間にはドブネズミな貴方はお眠だから、冗談どころか寝言しか言えなかったわね』
『想像を絶する、阿呆どもが!』
「自明の事だったろうに」
バーサーカーの影から噴き出した血の槍と、左腕の鉤爪が激突し共に砕け散る
「セイバー。やってくれるな?」
『分かってるわよ。ここまであの人のモノをコケにされて、何もしないなんて無理だもの』
微かな目配せ。それだけで、会話を終わらせる
マスター、シュタール・ヴァルトシュタインは消えた。だが、それに意味はない
とうに彼はバーサーカーの血を受けていた。発症していなかっただけ。言わば昨日の紫乃に近い状況だった訳だ。当然その状況においては吸血鬼化の影響はまだ無いが、死によって抵抗力を喪えばその刹那に発症する。即ち、彼の魂は消えず、自らの意思でバーサーカーに捕らわれている。正義とはそこまでしてまで勝つのかと言いたいが、シュタールの魂を持つが故にマスターでありサーヴァントとなった存在、それが今のバーサーカーだ。マスターを失ったから魔力不足で消滅する、なんて都合の良い話は無い
疼き続ける右目で確認。残りの魂は約5000。ならば良し。日没まではまだ20分近くある。吸血鬼の中には日光で死なない奴等も居るし、バーサーカーが吸血鬼という伝説である以上日光で倒せないのは仕方がない。それはその眷族も同じ。だが、吸血鬼としての全力を振るうには、本当に人間を襲って吸血鬼に変えてゆくには、眷族程度では日中の弱体化した血では足りないだろう。故にリミットは日没。本領を発揮できないままに滅びてゆけ、バーサーカー
セイバーと僅かに目配せし、俺は床を蹴った