対バーサーカーの茶番感が強くなるので、読まなくても構いません
『……何ですかねぇ、あれは』
地脈に流れる竜脈。その集合点に存在する異次元……聖杯の安置場所
そこで、竜脈によって映された外の空を見上げ、桃色の少女は呟いた
天に聳える巨大な塔。真円にも近い筒状の紅の外壁が天まで届くバベルの塔もかくやというそれは、しかし一切の窓も何もなく、ただ聳え立つだけ
当然の事。あれは、宝具<大河鎮定神珍鐵>。世界にとってどうしようもなく傍迷惑な頂上決戦を、空の果てに隔離する為に建てられたもの。頂上が獣が暴れるに足りる程に硬くて遥か空にあればそれで良い
『おや、ワタシは初めから、アレを目指していた訳ですが?』
『いやいや、
寵姫を舐めるでねーです
言いたいのはですねぇ……』
「あれは何者か」
静かに、老爺が言葉を続けた
「S045、真実正義が為ならば、と総てを許容してきた
だが、あやつは何だ?」
塔の先端に、紅の光が迸った
雲を貫き、空の果て……大気圏外まで突き抜ける閃光。空に軌跡を描くそれは、彗星にも見え……けれども、彗星とは思えぬ脅威を示す
『だから、彼も名乗ったじゃないですか
ビーストⅡ-if、と』
『おやおや』
ふらり、と秘匿されるべき聖地に一人の影が現れる。銀の髪を靡かせた和装の男……C001
『ビーストⅡ、『回帰』の獣、
アレは海そのものであり、空とは繋がりが薄いはずでは?』
『ええ。大元、本来のビーストⅡ、虚数空間に放逐されたとも言われるティアマト神自体であれば、そうでしょうね』
くすり、とワタシは笑う
その眼に映るのは銀の流星。紅の尾を引き、涙の如く
『彼がティアマト神?そんな訳はありません
言っていたじゃないですか、ビーストⅡ"-if"
LでもRでもない、そもそもⅡは対では有り得ない。けれども、それでも、既に在る
有り得るはずの無い、ティアマトではないビーストⅡ。もう一匹の『回帰』の獣。それはもう、彼の中身は
ふと、視界を彼とリンクする。その機能を排除する気が本人に欠片もないからか、ああなっても尚、彼の視界とのリンクは繋がる
「……では聞こう。何故、あのような者を呼ぶ?」
『決まってるじゃないですか』
何故分からないのかと、正義の味方を嘲るように……それは、一応はメイドという立場のワタシが本来やって良い表情ではないけれども笑う
『救世主は、何時もどうにもならないピンチにこそ現れるもの、でしょう?』
ええ、そうですねと一人、そう在れと皆に思われた
そうであると期待された、恋していた事もある男の事も。彼は最悪の形で、妹を裏切った。人ではなかったから、人に近しくなったから。だかららしくない所で後悔し、結果的に総てを裏切った
『だから、ですよ』
例えあんなワタシよりも酷いかもしれないシスベシ魔術師であろうとも救世主にならざるを得ない程に
『救世主を呼ぶというならば、救世主が居なければならない脅威が其処になければならない。そうでしょう?』
首を傾げる。短めの銀の髪が、首筋を撫でた
「それではマッチポンプではないか!」
『ええ。それが?』
『悪あっての正義。とは言いますが、ねぇ』
銀の狐が、何かを含むように嘲った
『正義の反対は別の正義?違いますね』
それは、彼にも語ってしまった本音
それを受けてか、彼があんな似非正義に対する悪を自称し始めたのには、思わず呆れてしまったけれども
『大多数にとっての悪があって初めて、正義は成立します
まず脅かす悪が居なければ始まらない、そんな矛盾したものなんですよ、正義は』
「ヴァルトシュタインを、正義を馬鹿にするのか?」
『馬鹿にはしませんよ
救世主を降臨させて世界を救う?世界を滅ぼす悪が居れば、確かにそれは正義ですし』
くすり、と軽く頬を緩め、天を見上げる。彼の瞳でもって、世界を見る
『だから、正義の為に、悪を貫く者を呼ぶんですよ』
紅の剣が、肉を断ち、血を灼き、魔力を食らい、音すらも消し去って、水晶を纏う狼を真っ二つに叩き斬る
ただ一閃。左腕を振り上げただけで、相対する獣は引き裂かれる
けれども、何事も無かったかのように、狼は再び立ち上がる。紅の地を踏み締めて、傷すら無く
その足元から水晶が生え出し、けれども大地は神珍鐵。侵食して定着する事が出来ずに、一拍置いて総て砕け散る
「悪ならば、近しい未来に現れる
何故、更なる悪魔を呼び込んだ」
『ええ、現れますね。ジングルベルの音色と共に』
『では』
銀の狐が、ワタシを遮るように続けた
『悪が現れてから正義が現れるとするならば、それまでにどれだけの犠牲が出る事でしょう』
『でも、結局別の悪を先に用意しておいても、結果は同じですよねぇ
それとも、彼だけは違うなんてノロケ、あるんです?』
柔らかな感触が、後頭部で潰れた
からかうように、頭まで桃色狐が覆い被さってきたのだ
『惚気る気なんてありません
単なる事実ですよ。別の悪を先に用意して正義を為しておこうが、結局被害は変わらない
けれども、彼は違う。彼だけは……って、他にもマーリンを召喚するとかである程度代用は聞かなくもないので唯一無二では無いですが。少なくともザイフリート・ヴァルトシュタインという悪を呼んだ場合は間違いなく結果は違います』
『へぇ、それはどんな?
当然、語ってくださいます?』
『ええ
彼は、ザイフリート・ヴァルトシュタインなんですよ』
『ノロケそのものじゃないですかーっ!』
ぺしり、と軽い音と共に、頭が揺れた。残響が脳内にエコーする
『痛いです』
『リア充のノロケなんて、爆発すれば良いです!』
『流石は恋愛脳、分からないとは、ね』
『うるせーです。てめーに分かるなら教えやがれ、です!』
『答えは出ていますよ
ビーストⅡ-if、"ザイフリート・ヴァルトシュタイン"
そう。彼は彼、破壊神でも創造神でもない訳です』
そう、彼はどこまで行っても彼のまま
『『回帰』しても尚残る進み続ける意志の記録と、心の奥底で燃え続ける苦しみの記憶、誰でも無かった根源、そして、回帰を願うに至った
ビーストⅡという事象に成り果てながら、個を保つ
だからこそ、彼は悲劇を無くす為に……多守紫乃を護る為に
『彼を一番知っているのはワタシです
だからこそ、彼である必要があった
……制御可能な世界の危機。彼は結局、聖杯を手にしない限り世界を壊さない。被害は出ない』
ほら、と唇を吊り上げ、言葉を続ける
『他の悪魔なんて比較にならないくらいに、重要でしょう?』
「……だが、聖杯戦争は崩れかねん
バーサーカーは勝てるのか?」
『勝てる訳無いでしょう』
彼が水晶に閉ざされた時も、瞳というレンズは世界を映し続けていた。なので、ワタシ自身はあの狼の底を見ている
だから、断言する
勝てる道理なんて何処にもない
『ケモノとケダモノ、なんであんなに違うんです?
ルーラー相手には優位にたってた割に、なーんにも出来てませんねぇあの犬』
『そりゃそうでしょう。あれはバーサーカーですから』
使っているものなんて、魔術に過ぎない
ビーストⅡとビーストⅣであれば、勝負になるだろう。どちらも一応は紛い物、勝ち残る獣がどちらかは分からない
けれども、だ
それは、あのバーサーカーがバーサーカーでは無くなっていた場合、という注釈が付く
あれは、宝具でもって犬の力を再現しただけのバーサーカー。あの犬から多少劣化したものの、霊長に対して否応無く死という結果をもたらす魔術を使う。けれども、それだけだ。ビーストⅣではない、アレはそんな魂ではない。そもそも、『比較』の獣としての本領……即ち、相手より強く成長するという性質は、欠片も発揮されて居ない
それで勝てるなんて言うのは、バーサーカー贔屓にも程がある話
『ワタシも勝てる気はしませんが、もしも今の彼を倒そうと思うなら、
リンクした彼の視界の先で、天へと高く掲げられた右鉤爪の先に生け贄のように捕らわれた憐れな囚犬へ向けて、星の脅威を滅ぼす為の怒りが降り注いだ