「──軍の人間はどうやら全員離脱したみたいだな」
「おん? そーなん? 俺見てなかったんだけど」
「離脱したんだよ。さっき。ちゃんと。コーバッツも含め。全員な」
「安達さん、キリトが怒るんですが」
「ホント二毛さん身内にしか興味ないよね」
「そそそそそそんなことねえしししししし」
棒。おっとこれは動揺する演技が効果なかった模様。俺は冷たい目でこっちを見るキリトと安達から顔を背けてべっと舌を出した。
僕はAGIに物を言わせて全力でグリームアイズを中心に左側へ駆ける。安達とこーちゃんがこちらへ走り、同時にキリトたちが逆側へ行った。多数が正面に残る形だが悪魔は迷いなく僕を警戒対象に選ぶ。グリームアイズを挟んだ直線距離にアスナたちが到着した瞬間再度《覇気》を放ち、モンスターをさらに煽った。こーちゃんがアイテムストレージからアイテムを呼び出す。
残念ながらスタンは確率を外したらしい。怒りのままに大きく踏み出して凶器を振るうそれを三者三様勝手に避けて、僕は相棒と同時にその腕を斬りつけた。
「いっただっきまーすっ!」
「ふざけないの、もうっ!」
マジで腕一本頂くつもりだったのだが、無駄に硬いこいつの腕にちこっと切り込みを入れた程度で終わる。安達さんの回転三連撃も似たようなもので、不快な手応えで筋肉質なデータ繊維に血管を作った。
僕らだけでわりかし手一杯なボスモンスターの背後から、正しく光の速さで閃光と剣士が躍り掛かる。鋭く重い二人分の全力攻撃が決まった後、一拍遅れて追尾した風林火山の攻撃部隊が攻撃。満足に動けないながら後ろ手に薙いだグリームアイズの攻撃を、風林火山のタンクが前に出て防ぎ切った。
これで二パーくらい減ったかな。
「お前らよく五割も削ったよなこの人外双子!」
「「どういたしまして! もっと褒めろ!!」」
クラインが全力で叫んでくれたんで、俺達も頑張って叫んでみました。
そろそろか、と安達を見る。ちらっとした目配せだがこちらの意図を余さず拾った相棒は、グリームアイズの突きを避けるついでのようにキリト達のところまでショートカットして行った。僕は視認できない向こう側の親友に不敵に声をかける。
「よぉキリト! 効率悪いよなぁこれは!」
「あ、ああ!」
振り下ろしを紙一重で避ける。
「因みに出入り口、外側からじゃねーと開かないんだけどさぁ!」
「は?! っああ、それでお前ら……」
縦に飛んで横薙ぎを避ける。
「出し惜しみしてる暇ないぜ! そうだろう?!」
「──!」
ブレスが放たれる直前に小太刀を投擲。クリティカルヒットした羊の頭は見当違いにも真上を向いた。
「僕らも秘密にしてた手札を切らないといけない! 言ってる意味わかるよなぁ!」
「く、そ──花芽抓! 責任持って十秒作れよ!」
キリトは吠えながら少し引いた。その隣で安達が外套に手をかけた。
アスナやクライン達が前に出た。僕とこーちゃんは笑って腕を翳した。
「「遅れるなよ!」」
十秒なんかお釣りがくるぜ。緊張した面持ちのキリトと余裕の安達が頷いたのをみて、僕はグリームアイズの目の前に踊り出した。
大直剣が素早く持ち上がってライトエフェクトを帯びる。生意気にもソードスキルを発動する気満々のあれは、名前は忘れたが確か両手剣用の四連撃ソードスキルだった筈。僕はそいつを看破した上でその場で剣先を下げつつ、腰を落として柄を右肩に担いだ。現在残りHPは|諸事情御座いまして《ノリノリのくせに防ぎきれるはずがなかったので》六割程。襲いくるあれをまともに防ぎ切ろうとすると多分一撃目で六分の五くらい消える。視界の奥の方でアスナが飛び出そうとするのをクラインが止めた。
「スタン七秒! 後は任せる!」
先ずはグリームアイズの大上段からの振り下ろし。直撃すれば真面目に命はないが、僕は死神に魂を撫でられる感覚を味わいつつ大太刀を立てる仕草で斬撃を逸らした。
不協和音でも不快音でもなく、ガラスをつま弾いたようなキンという音が一瞬鳴る。今から本番とでも言うように、大太刀は刀身にライトエフェクトを帯びた。
僕らのこの命、てめぇにくれてやるつもりはねぇ。
流されるままに地面を殴った相手の懐に潜り、地面を抉るように真下から切り上げ一閃。立て続けに右回し、左回しと二回の大回転斬りの後、舞い上がった火花と硝子の音を切り裂くように斬り下ろし。対象のサイズに合わせて最終打を飛び上がって撃つようになっているらしい。
最後の斬り下ろしで最初に相手が攻撃を流された時と酷似した体勢でスキルを冷却するのは、システムなりの皮肉が効いていると僕は勝手に思っている。
大太刀系最上位ソードスキルの一つ、四連撃《表の三刀・
それぞれ似たような特徴を持ちつつ三刀までの発展を見せる中、心系のソードスキルは一貫して【発動効率90%以上である場合には攻撃対象に七秒のスタン、発動者に三秒の無敵状態を付与する。但し直線距離一定以内にいる攻撃対象が発動者に対してソードスキルを発動させてから一秒間の間にだけ発動可能。要求DEX後述】という面倒臭い説明書きが付く。
要は【後出し必須。早過ぎても遅過ぎても駄目。クリるとなお良し。最低限こんだけDEXないとアウトなんで~】である。正直めんどい。
が、良い子である。
発動したのでタイミング良好。クリティカルは4回オールクリア。DEX? お釣りが来ますわ。
グリームアイズが硬直を始めたが、いくつかの追撃を受けてこちら側によろけるのを見た。こーちゃんや向こう側にいる風林火山のメンツの攻撃だろうが、正直余裕がなかったので何も見ていない。まあ風林火山は最近前線に復活したとはいえ迷宮区に降りてくるくらいの実力はあるのだろうし、普段不利な条件で迷宮区に潜る僕らについてくるこーちゃんがいるのだ。心配はたいしてしていないが、その実力や如何。
グリームアイズのHPが僕の分と合わせてちょいーんと全体の二割削れる。
これだから団体戦好きなんだよ……。
グリームアイズの硬直が溶けようとしている。ついでに僕の無敵状態はもう少し前に終わってしまったのだが、実は僕のスキル冷却時間がタッチの差でまだ残っている。
だが其処へ更にタッチの差で一瞬早く、安達が飛来し僕はダッシュしたアスナによって火中を脱した。
「……綺麗」
「だろぉ? なんたって僕の妹だからね」
その水色のエフェクトを纏う羽毛系の羽を目の当たりにして、一瞬ここがボス部屋だということを忘れたアスナだったようだ。
モンスターテイマー取得可能エクストラスキル《精霊の灯火》。
テイムしたモンスターが戦闘中にテイマーを庇ってHPを全損した場合、確率でドロップするモンスターの《心》アイテム。三日すると《形見》アイテムへと変化するが、更にそれをテイマーが『飲んだ』場合にのみ発生。
プレイヤーはアバターや能力値がテイムモンスターに沿って、若干或いは大幅な変更が課される。同時にテイムモンスターに関する幾つかのスキルのうち、最大十一個までその場で選択して習得できる。残念ながらそれまで上げていた能力値やスキル習熟度の引き継ぎはされないのだが、積み上げてきた時間が一部パーになってもそれが笑えるくらいメリットが大きい。
未だ絶対数の少ないチート級スキル《ユニークスキル》と比べても性能に遜色ないそれが、僕らの武器だった。
エクストラスキル《精霊の灯火・九尾》。全ての層で超低確率ランダム出現するレアモンスター《ココノオノキツネ》の残火。DEF、STR が大幅に下がりDEX、AGIが同じくらい大幅に増幅。覇気、第六感を筆頭に十八個のスキルの中から、俺は語感とかっこよさに惹かれて即決で十一個を選択した。元々攻撃食らわずにちまちまやるタイプで防御や筋力そっちのけで小手先と素早さを上げていたが、精霊の灯火【九尾】を得て防御値の代わりに更に姑息になったので「此れもうやるっきゃないよな」とか言ってせめて用意されていた防御値上昇スキルを捨ててAGI上昇を取った。後悔も反省もしていない。嘘。ちょっとやばいことしたなって何度か思う。
髪の色に合わせた白い狐耳が常備だが、そこに更に一尾、三尾、九尾、完全な獣化と四段階の変化がある。それぞれ段階毎にAGI、DEX、STRに補正が入ると言う『さぁて、この姿になるのは久しぶりだなぁ……どうした? 楽しませてくれるんだろう?』待った無しの厨二仕様。此処に忍装束と罠師、調合、軽業カンストもはいって、九尾とか忍とか言うとだいたいこいつって扱いである。
本題。
僕はアスナ共々碌な受け身を取らずに、グリームアイズから吹っ飛ぶように距離をとるまま床にスライディングしていった。
エクストラスキル《精霊の灯火・竜人》。46層の地下深層のクエストエリアにのみ生息するレアモンスター《レヴィアニズ》の残火。DEXが大幅に下がる代わりにDEFが大増幅。元々STRとDEXを上げてすばしっこく物理で殴る系だったが、変更を余儀なくされたため攻撃は最大の防御を謳歌することになった。俺に比べて彼女の《精霊の灯火》の取得時期が遅かったため、まだ秘匿することが『間に合った』それは広くアインクラッドには知られていない。だが薄々感づいている人はいたと思う。そうでなければフロアボスの攻撃一閃を殴って逸らすとかゴリラのこーちゃんでも無理だから。
俺とこーちゃんと安達だけの秘密だったそれが、外套の一枚が払われて衆目に晒されるのがなんとなく悔しい。システムの話になるが、僕らのこれは基本装備は貫通してもその上から被せられる負荷装備には隠せられるらしい。僕の場合は帽子をかぶっているので、その上に更に何か羽織ると狐じゃなくなると言う寸法である。さーません、今はどうでもいいね。
身の丈二倍ほどの大きさに広げられた蒼い羽は、蝙蝠よりも鳥のようなので一般に言われる【竜】よりは柔らかい印象を持たせる。惜しむらしくは此処が薄暗くじめじめした地下ダンジョンでさえなければ、きっとそれは正規の意味での芸術的な賞賛を集めただろう。発光する両翼は力強く羽ばたいて、本来のソードアート・オンラインで想定されていなかった《空中戦》へと彼女を押し上げた。贔屓目と思うなかれ。ガチで綺麗。
開放状態三段階目。あのサイズが安達の《羽》のフルである。なにがやばいって最小サイズの状態でフロアボスの攻撃生身で弾いた事だけど、それが完全開放一歩手前ってマジでボスキャラだから。ホント語彙力が来い。
「語彙力が来い」
「黙ってお願いだから」
閃光が冷たいので黙ります。
繰り出される技は先ほど見たばかりの双剣奥義の一つ、《デッドリィダンス》。ライトエフェクトからスキルクールダウンまで見慣れた通りなのだが、その破壊力は当然ながら段違いの結果を生み出す。彼女のその技一発でグリームアイズは残りHPを半分強散らして大袈裟に仰け反ってみせた。
「キリト、スイッチ!」
「おう!」
追随するのは僕らが稼いだ時間のうちで武器とスキルのコンバートを済ませた黒の剣士。右手に見慣れた黒い直剣、そして左手に薄青色の剣を握った真新しいスタイルで、安達と切り替え戦闘に入る。ここでグリームアイズは継続微スタンとデバフが完全に抜けて、小癪な下等種族に対して漸く忿怒の雄叫びを上げた。
上段からのグリームアイズの斬りおろしが此処へきて初めてまともにプレイヤーを捉える。僕の傍らでアスナが息を飲むが、キリトが剣二本を構えて攻撃をやり過ごしたのを見て安堵と驚愕を漏らした。
右の剣で中断斬り。間髪を入れず左、右、左と続けざまの連撃が十六撃派手に決まった。ぐんとグリームアイズのHPバーが減るのだが、それと同じくらい……否、上回る勢いでキリトのHPが減っているのにはさすがに目を剥く。
「「《ヒール》【kirito】!」」
同じ声が二つ響いて、六割くらい派手に減っていたキリトのHPが一瞬でマックスになる。それでも遠慮なしに減るのは、きっと俺たちの手を『此処に至るまで』煩わせた原作補正的な邪魔者のせいだろう。HP回復の手段があるからって無茶しやがって、心配で心を削る僕らの身にもなれってんだ。
絶叫が響く洞窟の中で、互いのスキルが終了して一瞬の静けさが響きわたる。僕らがヒールを使った分の冷却時間があるのが歯がゆいのだが、彼のHPはレッドゾーンで危うく停止していた。
一瞬視界を染めるポリゴンの破壊エフェクトを魅せて、悪魔の顔をした門番が砕け散る。
それと同時に久しぶりに精霊を解放した安達とキリトの体勢が大きく揺れるのだが──誠に遺憾ながら安達をクラインが受け止め、キリトを僕が支えた。距離がな。全力で移動して安達さん支えても良かったんだけどそれするとさすがにキリトくんが可愛そすぎるからな。
「……《ヒール》、【adachi】【kirito】【asuna】」
「その恨みがましい顔やめろよ」
連続使用は無理だが、ヒールは習熟度の度合いで同時に複数人に効果を及ぼすことができる。マックスにして三人までだが、今はそれで充分だろう。安達が起きていればもうちょい良かったのだろうが……そんな顔してないけど。
してないから。