「地下迷宮に顕現せし碧き双翼の竜人! 鋼鉄の鱗は悪魔の一撃を弾き、剛腕の双剣は怒涛の五十連撃を放った!」
「やめてってば花芽抓! いい加減にしないと怒るよ!」
「あっはっはっはっは!」
アインクラッド61層の片隅の住宅街に、新聞紙片手に腹を抱えるくぎみーボイスの大爆笑が響く。それを叱咤する同じくくぎみーボイスは怒ると予告しつつ既に怒っているのだが、怒られている方には大したダメージになっていないようだった。
74層のフロアボスがたった10人のプレイヤーに破られた。固く閉ざされていた扉が開いた──75層が解放された。
フロアボス討伐後は大抵お祭り騒ぎだが、今回は少数特攻という無謀、しばらくご無沙汰だった軍の関与、そして悪条件が多く揃ったにもかかわらず死者ゼロと言う冗談みたいな戦火を残したのだ。火がついたと言うよりは爆発したと言った方が正しいようなプレイヤーの騒ぎっぷりは、階層昼夜派閥問わず城内を湧かせた。いつもは静かな61層の落ち着いた街並みも、毎度の《街開き》祭りに負けない盛況ぶりを見せていた。
──特に、僕らの家の前は。
「やばいなぁあの野次馬。さっすが安達ぃ、人気者!」
「嬉しくない!」
「他人事だと思ってお前!」
「僕記事書かれてないし。な、嫌なことは先に終わらせとくといいぜ」
ひっきりなしに荒くノックされる扉を間違っても開かれないようにと全力で抑える安達とこーちゃんに、優雅に新聞をデスクに放り出した僕のムカつくセリフが投げ渡される。そんなに踏ん張らなくてもシステムに支配された扉は開かないのだから放っておけばいいのだが、ノックの音が重なりすぎて最早騒音と化した野次馬の剣幕は大きくこちらに歪んだ扉を幻視させる。ぎゃあぎゃあ言う扉の向こうに並々ならぬ荒々しさで叫び返す安達とこーちゃんを見て、僕は苦笑を漏らした。
大きく報じられた内容は二つ。一つは言わずもがな74層攻略速報。二つ目は、今回陽の目を見ることになったキリトと安達の隠し玉だった。
キリトの持つエクストラスキル……或いはもうユニークスキルと言っても過言ではない《二刀流》。
出現条件が不明で且つスキル保有者がキリトのみとなればその話題性は抜群だが、更に新聞に踊る文字が《軍の大部隊を一撃で退けた悪魔を撃破した、二刀流使いの五十連撃》となればもう御愁傷様である。何度か遊びに言ったことのあるあいつの現拠点が此処より悲惨な事になっているのはほぼ間違い無いだろう。彼は潔く転移結晶を使ったらしい。
で、こっちの話。
安達が持つエクストラスキルは二つあるわけだが、僕らはうち一つ──《精霊の灯火・竜人》の方を、アインクラッド攻略の前線が46層だった頃に取得してからひた隠しにしてきた。
その理由は敵を騙すにはまず味方から的な心理的戦略……もとい来たる最終決戦において突然《竜人》を見せつけて、ボスキャラは勿論攻略組も唖然にさせてやろうぜと言う愉快な提案によるもの。別にめちゃくちゃ内緒というわけでも無いから予定を変更して今回使用したわけだが、竜人使ってギリ勝利Aということは多分使うべきだったんだろうなと勝手に考えていた。よかったな、死人出なくて。花芽抓氏の密かな英断を誰か褒めて。
ドヤ顔で頬杖をつく花芽抓がいたらムカつくのはわかるけど、全力で一抱え以上もある特大クッションSSシリーズのひよこを投げつけるのは如何なものかと思う。そして冗談じゃない音を立てて椅子ごと後ろにひっくり返った僕は、情けない体勢から上体を起こすのに必死なのだが、そんな狐にチロリンっとメッセージが届けられた。
「おん?」
「あれ、アスナだ」
送信者はキリト。件のボス戦の分け前分配を知り合いの商人プレイヤーの店でやる旨は数十分前に聞いたが、果たしてそれ以外に何かあっただろうか──そして同時に安達にはアスナからのメッセージが届いたらしい。親友から同時にメッセージが届くとは、一体こいつらは何をやらかしたのか……。
メッセージを開けた僕らは、一瞬で表情を無にした後転移結晶を使って知り合いの商人プレイヤー、アルゲードのエギルの店まで秒で向かった。
こーちゃんを連れてくるのを忘れた。
「キリト──!」
「アスナ──!」
「「現状を15字以内で簡潔に述べよ!!」」
「……KoBの団長と一戦交えるので、」
「……決闘に双子も参加してください」
「「却下!!」」
「──で、どういう状況?」
「いや、俺にも何が何だかさっぱり……」
愉快なメッセージを送りつけて来た親友に不機嫌を隠そうとは思わない。頬杖をついてじとっと問うと、キリトは頬をかいて居心地悪そうに目を逸らした。
「その……昨日、さ。アスナがギルドを休むって言ってたの聞いてたか?」
「うちの妹の地獄耳怖いよ?」
「知ってるよ。それで団長にギルドの一時脱退を求めたら、認める代わりに俺と立ち会いたいって言ったらしい」
「訳がわからん。で?」
「双子も参加するなら決闘の勝敗に関わらず一時脱退を認めるらしい」
「何故呼ぶ!」
「す、すまん!」
「いいよ!」
光の速さで許した僕にキリトが一瞬きょとんとした顔になるが、たった三文字をややあって飲み下してふっと笑った。目を三角にしてうがぁっと唸る僕ら双子だが、この場の雰囲気は居心地の悪さを小巫山戯たものに塗り替えることには成功したらしい。
表情を緩めた親友二人に苦笑した僕等は、さてと一言置いて腕を組んだ。
「事情は把握した。したけど僕等は参加しないぜ、アスナ。悪いけど他のPLなら兎も角、あの放任主義が突然PLのゲームプレイに口出ししたとか気色悪……怪し過ぎて無理」
「同感。大体デュエルはシステム上は問題無くても常識的に一対一でやるもんでしょ。それをおしてまで私達を引っ張り出そうって魂胆が最高に胡散臭……怪し過ぎて無理」
「どうして二人ともギリギリまで悪態吐いた癖に言い切らないの? そこまで言っておいて言い直すと、寧ろ一回分余計に団長を罵ったように聞こえるんだけど」
「狙った」
「ドヤァ」
確かにどやったのは僕だけど僕だけ叩いたキリトは男女差別だと思います。コーヒー出せや客だぞ。
「……ま、相手は75層のボスって訳でもないんだから、キリト一人でぜってー倒せないなんて事はねぇだろ。本番はお前に賭けてやるから一人で頑張ってこい」
「……そうね、私も賭けてあげるよ。大丈夫大丈夫、最悪の場合でもヒールの準備はするから死にはしないし、寧ろアスナを賭けた決闘ってことでしょ? キリトが頑張ってこそじゃない?」
「わ、わたしそう言うつもりじゃっ」
「う……そ、そうかも……」
「キリトくん!?」
突然の(しかも僕じゃ無くて安達さんからの)ナイト様扱いに、キリトがちょっと照れながら考える様子を見せる。わたわたとアスナが訂正しようと手を振るが、にやにやする安達に視線で命じられた僕がアスナの両手をキャッチして笑顔で挙動を封じた。照れてる閃光も可愛いなぁ。
ふとキリトが安達に小さく耳打ちしたらしい。僕が会話の内容を聞き取れていなかったのでアスナもその通りだと思うが、こーちゃんは怪訝な顔をして顔を上げた。態度的にこいつは聞き取れたのかなこーちゃんのくせに。
こーちゃんは小首を傾げた後、彼を見た安達とキリトに応じるように応えた。
「? 俺は花芽抓と安達に賛成だよ?」
「ほら、こーちゃんも私達に賛成だって。これで三対二だよ?」
「う、ん……わかったよ、頑張るよ。……花芽抓、お前ヒースクリフに賭けたりしたらタダじゃおかないからな」
「安心しろよ、どっちにしろワンコインだからそもそも儲ける気がない」
「そ、そう言う意味じゃないよ!?」
「あっはっは」
快活に笑いながら手を離すと、アスナがぷんすこ怒って僕の頬を左右に抓る。だが常に麻酔が切れかけたようなこの世界では見た目程痛くはないので心しか痛くない。序でに言うと戦犯が美少女なのでどっちかと言うと心も痛くはない。
方針は主役が折れる形で纏まった。
キリトはこれからアスナと共に、諸悪の根源ヒースクリフが待ち構える55層グランザムまで話をつけに行くらしい。本命はデュエル回避だと諦め悪く言っているが、あのヒースクリフがこんなモヤシくん相手に折れるとは思えない。多分今日の夕方くらいには残念でしたの報告が上がるだろう。
僕と安達とこーちゃんはこのまましばらくここで寛いで、自宅のほとぼりが冷めた頃に帰ろうと思っている。なんせ出てくるまで扉の前に野次馬が馬鹿みたいに群がっていたのだ。寧ろ転移結晶持ってないこーちゃんはよくあそこから出てきた。
僕等はエギルの営業妨害にならない程度に店の中でまったりした後、ゆっくりと帰路に着いた。
「安達ぃ、キリトに何言われたんだよ?」
「ああ、あれ? 別に、こーちゃんの意見はどうかって聞かれたんだよ。ね、こーちゃん?」
「ああ、そうだよ」
「へぇ……なんで耳打ちしたんだろ」
「さあ? そういや変に真剣な顔だったね」