頭の悪い大学生がナーヴギアを作るとこうなる   作:二毛猫桜

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アインクラッド50層・黒の剣士白くなる

 簡単に言うと、キリトは負けた。

 ちょっと意地悪く言うと、ちょっとカッコ悪く負けた。

 ちょっとフォローしておくと、善戦はしたがまあ相手が悪かった。

 アインクラッドに本来現実を生きるべき一万人の人間が擬似幽閉を果たされて以来、どうにか前を向いて歩き始めた勇気あるものたちは多くはいないが少なくもいない。その所謂“攻略組”のうち、この二年間のSAO史のなかで、正しく最強と呼ばれた男など彼くらいのものだろう。

 剣聖ヒースクリフ。アスナが所属するギルド血盟騎士団の団長を務める男性で、生ける伝説とすら呼ばれる凄腕プレイヤーである。攻略組のうちアインクラッド走破に一番近い前線組──その中でも特に勢力を持つ血盟騎士団の、しかもトップだ。おまけにきちんと実力もある。まともにやり合うのは勿論、どんな姑息な手を使おうとも俺たち二人しても勝てないであろうトンデモ野郎なのだ。

 まー相手が悪いよね。だからいいとこまで追い詰めたのに結局最後には反則並の速さで押し切られて、お祭り騒ぎもいいところな大衆の目の前で両手両膝をつかされる結果になったのは自明の理っていうか。そんで君にはぜってー似合わないであろう白と赤のカラーリングの団服を着せられることになっても文句は言えないっていうか。

 大分笑わせて抱きましたっていうか腹一杯っていうか。

 

「そこの真っ白狐。お前は絶対に一生許さないからな」

「なんでー! ちゃんとお前に賭けたじゃーん! 負けたのはお前のせいじゃーん? 思うよねーアスナぁ?」

「その後の抱腹絶倒っぷりに文句があるんだよ! いっそ清々しいほど笑い倒していいなんて一言も言ってないからな! しかも──サチまで呼びつける必要なかっただろ!」

 

 襟やら背中やらに大層な紅い十字架を背負った元黒の剣士は、そう言って、最早キリトの仮宿と化しているエギルの店の二階の端で戸惑っていた少女──サチと言う槍使いの少女を指差した。

 黒髪を肩まで清楚に垂らした、青っぽい装備の大人しめの彼女は、テンションの高い男どもの会話に突然入れられて困惑しているようだった。そもそも此処より少し下層のダンジョンでギルドメンバーとレベリングをしているはずの彼女は、今朝突然僕から入った一方を聞きつけて此処へ足を運んだ形になっている。

 なにもかも突然の彼女をビシッと示したキリトの人差し指を、安達がやんわりと平手で下げさせた。

 言うほどやんわりじゃなかったわ。結構いい音したわ。

 

「指ささない。呼びつけたっていうのはちょっと言い方が乱暴じゃないかなー血盟騎士団の新入りくん?」

「そーそー。友人の新たな門出を祝おうっていう俺たちのささやかなサプライズじゃねーか」

「花芽抓のは悪意が入ってるだろ! ……こんな下らないことに呼びつけて悪いな、サチ。次からは花芽抓からのメールは着信拒否で構わないよ。迷惑だっただろ?」

「そ、そんなことないよ!」

 

 サチは良い子だ。キリトくんは人の好意()を素直に受け入れられない悪い子だ。サンタに言いつける事とする。

 僕自慢の白い狐耳をむんずと掴んで頭を下げさせようとするキリトを止めたサチは、セリフに忠実に申し訳なさそうな顔の血盟騎士団員の頭を上げさせる。戸惑ってはいたものの迷惑がっていたわけではない彼女は、寧ろと可愛く微笑んでくれた。

 

「全然迷惑じゃないよ。……ううん、寧ろ嬉しかった。キリト、私たちのことがあって……そのせいでずっとソロなんじゃないかって、みんな思ってたから」

「サチ……」

 

 少女の可愛くもはかない笑顔のその理由は、多くを語らない態度でありながら、事情を知るこの場の全員の心に静かに沁みていた。

 だいぶ前の話になるが、彼女とその友人四名で結成された一つのギルドが、ダンジョンのトラップに引っかかってあわや壊滅かといういたましい出来事があった。

 『無論』此処に彼女が立っていて、且つ彼女がいう“私たち”が生存していると言う現在は、そのギルド壊滅という最悪の状況を『ルート回避』していることになる。今更隠す必要もないので隠しもしないが、僕と安達はその一大イベントに乱入を果たし、多少の危険を圧して彼女たちの『生存ルート』を勝ち取っているのだった。

 その一件に関わったのは渦中のキリトを除けば俺と安達の二人だが、その一件は仲間内では広く知られていることであり、アスナやこーちゃんは当然事のあらましを把握している。『終わり良ければすべて良し』の『すべて』の部分に誤魔化された諸々の事情を察して、僕らは静かにサチの言葉を待っていた。

 

「ずっとね。……あの日の原因の一つは、確かにキリトが関わっているのも事実だよ。でも、私たちは私たちで決めて、武器を持ってダンジョンに挑んだの。『誰もかけることがなかった』が結果論だって、そう言ってキリトが自分を責め続けているのは、──間違ってるって私たちは教えてあげられなかったね」

「サチが……月夜の黒猫団が悪いんじゃないんだ。あの日、みんなに本当のことを言う勇気がなかったのは、」

「私たちみんなだよ。本当のレベルを言えなかったキリトも、ダンジョンに行きたくないって言えなかった私も、ぜんぶ含めたみんなだよ」

 

 ね、と、確認するような笑顔に、僕も安達も笑顔を返した。

 

「キリトは不本意みたいだけど、どんな形であれギルドに入れたことを、私は嬉しく思ってるよ。私だけじゃなく、月夜の黒猫団みんなから──ギルド加入おめでとう、キリト」

 

 自他共に認める似合わない白い団服で、柄にもなく真正面から祝福されて、珍しく剣士殿は照れてしまったらしい。

 おやおやまあまあ。

 僕はむず痒い展開に落ち着かなくて、動揺を隠すのも目的の一つにして見慣れない紅白の背中を蹴った。

 

「さぁてナイト殿ぉ? いつまでいじいじして女の子に迷惑かけてるのさ」

「う、ナイト殿って……ま、まあ、いいきっかけだよ。ソロ攻略にも限界がきてるところだったし……」

「そう言ってくれると、血盟騎士団副団長としても嬉しいよ。キリトくんが心配することなんかないの。私は……私も、サチも、花芽抓や安達も死なないよ」

「っていうか死んでも死に切れないしね。私、SAOクリアしたらアスナと女子会する約束あるからね」

「なにそれ聞いてないよ安達さん! ねえ、僕も行っていい?」

「違和感ないけど混ざるな花芽抓」

 

 ついいつもの調子で挙手したら感発入れずにキリトに下げられた。イケると思った。イケナカッタ。

 作り物の夕暮れの三歩手前、わざとらしいオレンジの夕日は哀愁よりも団欒と温もりを匂わせた。

 

 これは本来の紙上に描かれたインク刷りの筋書きとは違う未来であることを僕らは重々承知している。

 本来ならば今笑顔を囲んでいる六人は二人のはずで、淡い青の槍使いは残念ながら残酷な運命に飲み込まれてしまった空想上の人物だし、僕ら三人に至っては紙上空想上の人物ですらない。

 だが、そんな空想にすらならない妄想も捨てたものではないと豪語するのだ。

 君たちまだ高校生とかでしょ。

 そんな、重苦しい未来を一人で背負うことないんだから、と。




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