夢小説というものに理解があることを前提に置く。俺も安達……連翹も、そういうものに興味を持つ人間だった。
否、少々語弊があることを認める。二毛猫桜と連翹は、そういうものを生み出す事を楽しむ側の人間だった。
主観が入ることをお許しください。通常夢小説というものは全体のうち女の子が夢主人公のものが多く、少数派が男夢主である。人それぞれ好みがあり、連翹が主に追うのは全体の大多数の女夢主、そのうちの少数の友情王道夢。二毛猫桜が好きなのは更に主観が入るが全体の少数派の男夢主、そのうちの一割未満に分類される友情夢だった。……あまり誇張はしていないと思う。だって全然無いし。
お互いマイナーにはまっている上それまで同士もおらず、更には追いかけるだけでなく作り出す側ということもあって意気投合は早かった。ついでに原作の趣味も合うし果てにはお互いの夢主人公が世界観を超えて仲良くなるクロスオーバーの話までした。勢いって怖い。
で、そんな話も煮詰まってきた頃に、煮詰まっただけで一文字も書いていないと言うのに、飽き性の僕がまた馬鹿を言い出した。
「僕らでさ、双子作らない? 一人ずつ」
お判り頂けただろうか。誰であろう花芽抓と安達である。
お察し頂けただろうか。僕が作ったのが花芽抓で連翹が作ったのが安達である。
ご理解頂けただろうか。あるあるな暗い過去は俺得要素詰め込みすぎた結果である。
そんなこんなで生み出された不幸な双子、花芽抓と安達。実はこれが名前である。前述した通り自分が作り出す名前に非凡な者がいないと悟った俺氏、苗字の様な名前に挑戦したくてこうなった。意外と気に入っているのだが何故か花芽抓の名前だけが当初ぱっと出て来なくて首を捻った覚えがある。作ったのは俺なのに、「えっとさ、安達と……」という始末である。ごめんね。
この双子、実は件のノー ゲームなんたらに登場させるつもりで作られた。既に原作に登場する人物にそっくりな理由とか、どうやってどの立場でどう原作を変えていくか。それはもう楽しく楽しく相談させてもらいました。
矢鱈とキャラクターに不幸を背負わせたいのは僕の性なのだが、今回はそれが顕著に現れなくてよかったと思っている。実はこの双子一度DV母親に殺されていて、花芽抓は焼死だからほっぺに炎のペイントがあって、安達はそれを見送った後に絞殺されたから首にペイントがあるんだよーなんて随分優しい。君達の先輩夢主なんか何度死んだかわかんないからね。謝る。
そんなこんなで人生の夏休みたる大学生生活を楽しんでいた僕達ですが、連さんはともかく、意外なことに僕はきちんと学生らしく学業に励んでいました。
その時の研究のきっかけになった会話を抜粋します。
「連さん知ってた? 僕らさ、SAOの茅場さんと同い年なんだぜ」
「へーそうなの。知らなかったわ。どうでもいいから卒研のテーマいい加減決めなさい」
「でさぁ、茅場さんって学生時代は東京の電気電子工学科にいたわけじゃん?」
「ふーん。もしかしたら隣の研究所にいるかもね。はいこの話終わり。卒業研究何にするかレポート作ろうか」
「僕さぁ、もしSAOがデスゲーム確定だとしても、そこにナーヴギアがあるなら被りたいわけだよ」
「で、始まりの街で待ってるわけ? レポートの提出日明日だってわかってる?」
「そうだね。で、二層が解放されたら武器を買いに行って漸く一層で狩り始める」
「攻略組にはなれなさそう」
「攻略組にはならなくていいからさ、指揃えてメニューウインド開きたい」
「ほとほと着眼点おかしいよね」
「そりゃあもう。魔法使えるなら何使いたい? って聞かれてルーモスって即答するくらいですから」
「光るだけかよ」
「……」
「……」
「……ナーヴギア作ってみねぇ?」
「嘘だろ二毛さん」
研究題名、仮想世界の可能性。
ナーヴギアは二人で自作して、わずか16畳程の草原仮想世界に青いイノシシらしきものが消滅してから30分後に無限にリポップするだけの、おっそろしく完成度の低い仮想世界を作り上げた。オタ仲間のSAO好きな連さんの彼氏には大層褒められたが、あの野郎は欠片も制作に携わっていないので触らせず、代わりに僕らは実験と称して毎日の様にフルダイブ(笑)しては曲刀(笑)と短剣(笑)を振り続けていた。
変化があったのは原作でSAOの正式サービスの開始日。勿論何年か後の話だけど。休日だったが研究のためと登校し、ニ人でクスクス笑っていつもの様に自作のハードを被った。
その日はやけに起動に時間がかかって、更にダイブする時にまるで原作を再現したかの様な稼働チェックシーンまで入っていて、俺は原作のサービス開始日に合わせて連さんが頑張ってプログラムを改善している光景を思い浮かべて、頑張ったなぁあの人と感心していた。次いで目の前に飛び込んできた風景は広い部屋程度の空間ではなく冗談みたいに壮大な草原で、近くにいるのは容量の問題で一匹しか出現させられなかったはずの青いイノシシ。しかもそいつがまるできちんとした生き物みたいにリアルで、ああこいつが原作で出てきた下級モンスター《フレンジーボア》なんだなーなんて感動までしていた。
五感も随分リアルに再現されていて、やべぇあの人本気出したらこんななんだとか思っていた。
で、それを少し離れた場所に同時にログインしていた連さんも思っていたらしい。間抜け顔が二つ揃って四十五度傾いた。
「え、コレ連さんがやったんじゃねーの?」
「出来るわけないでしょ馬鹿なの? 私、二毛さんがやったのかと思ったけど」
「天地がひっくり返るぞ馬鹿なの? ……おう?」
「おう?」
「おう?」
わけがわからないのだぜ。アイデアロールはファンブル続きだぜ。というか成功しても何も気付かないオチが見えるぜ。
兎も角当然の流れだか一度ログアウトしてみようという話になる。任せろ俺はメニューウインドを出したいが為だけにナーヴギア作ったんだ。
──ないよね、ログアウトボタン。
「……僕はぁー……確かにぃー……メニューをぉー……操作してみたいとかぁー……言ったけどぉー……言いましたけどぉー……こういう展開はぁー……想定していなかった訳でぇー……れんさぁーんはい」
「……電力馬鹿みたいに消費するし、いつもみたいに事務員さんが怒りに来るでしょ。ナーヴギア外してくれるだろうし、それまで待機かな」
「さーいえっさー」
それしかないであろう現状を正しく理解して、うだった体勢で敬礼をする。呆れられたかどうだかは顔を見ていないのでわからないが、巫山戯た態度ではあっても少なくともうきうきわくわくはしてないけないなと思った。
……そして次の瞬間思いがけないことが起こる。
突如大きく響いた鐘の音が俺たちの鼓膜を揺らし、その存在を五感と思考に刻みつける。僕らのプログラムに鐘なんか構築していないし、そもそもこんなにクリアに音を伝える機能は本物のナーヴギアでないあのジャンクには備わっていない。
そう、あれは本物のナーヴギアではない。その筈だった。
僕らは夢小説というものが好きで、そういうものを生み出す側でさえあった。そしてそういうものは、得てして唐突であり不可避であり気まぐれであるという事も、当然の様に知っていた。
僕らは、今自分が置かれている状況を脳の奥底でチラリと理解してしまっていた。
そうして僕らが予想した通りに白い光に包まれ、目を開けた次の瞬間には石畳の大広場に一万人のプレイヤーと押し込められている。程なくして空中には赤いローブのラスボスが現れ、この世界の《本当の》チュートリアルを終わらせて去っていく。僕たちはまだ見ていないが、持ち物欄にいつの間にか入っていたアイテム《手鏡》によって顔の造形が変わった人々が未だ硬直している。
だがその均衡は破られた。
一万人の……否、既に人数の減ったプレイヤー達が狂気に陥り、どこへ行くともわからず怒鳴り散らす様を呆然と見ていた。
黒髪の少年が赤っぽい髪の青年を引っ張って細い路地に入るのを見ていたがそれどころじゃない。こんなものは想定していない。現実を生きる人間の人生設計には組み込まれていない。
だがいつの間にか手の中には手鏡が握られている。ということは僕はもう冴えない女子学生な訳なので、早いとこ同じ混乱の最中にいるであろうあいつを見つけなければならない。あちらも手鏡を使っているなら、その顔は見慣れた美人さんである筈なのだ。
が、そこでもう一つ予想外のことが起こる。無論これまでの何一つ予想できた事態ではないが、更に俺の、僕らの思考を掻き乱す様な事態が起きた。
「二毛さ……え、かが、づめ……?」
「…………安達?」
僕の近くまで寄ってきてくぎみーボイスで喋る彼女は、ノゲ テトでさがせばやふ知恵袋先生も教えてくれる中性的な美少女。その首元にはチョーカーを模したおされなペイントがあり、整った顔は困惑の表情で俺を見ていた。
まて。お前は今なんて言った?
ばっと自分の持つ手鏡を見る。
そこに写っていたのは、
──おそらくくぎみーボイスであろう本棚漁れば数秒で本物を確認できるだろう……中性的な美少年。右頬に揺れる炎を模したペイントを持つ、冗談だろという表情で固まる花芽抓の顔。
僕が花芽抓なら目の前にいる安達は安達である筈がない。さっきの呼び掛けからしてもどう考えたって中身は連翹。
掌から手鏡はするりと抜け落ち、ぱしゃんっと音を立てて耐久値を散らした。
「──僕だけ性転換かよっ!!」
頭の悪い大学生がナーヴギア作るとこうなる。