結論から言おう。めちゃんこ美味かった。
「はー……あわー……うわー……」
「二毛さん、日本語喋ってくれる?」
「大変美味しゅうございました」
「同感」
「右に同じく」
皿を綺麗に片付けて、特大クッションSSシリーズに深々と沈み込む。まるで我が家にいるかのようなだらしのなさにちょっとした叱責が飛ぶが、その程度で俺を立ち上がらせられると思うてか。
「ワイン開けましょうか」
「よし、チーズケーキも食べよう!」
残念だったな特大クッションSSシリーズめ。貴様に僕を縛り付けておくことなどできない。
ワイングラスに注がれたのはスカイブルーの透き通った飲み物。それと同じくA++級食材であったチーズは金と狐色のベイクドチーズケーキとなり、ワンホールを四等分してシルバーと一緒に並べられていた。で、こいつも大変美味しゅうござるのだ。
「うあーうまー」
「二毛さんが作るより美味いかも」
「あ、そう言われれば」
「そりゃあ、僕が作るより可愛い女の子が作ったほうが美味いに決まってんだろ」
野郎の振りをした冴えない女子大学生より、純ヒロインな美少女高校生の手料理の方がいいだろう。普通そうだし俺だってそうだ。たとえそれが超システム的なポリゴン結晶だとしてもそれは覆らないのである。ついでに言うなればSAOキャラとワインを飲むという現状が俺的にはさらに嬉しい。世界って優しかった。
「ああ……今まで頑張って生き残っててよかった」
「アルコールな気分はしないなぁ、コレ」
「ノンアルワイン」
「それワインの看板下ろした方がいいぞ」
幸せに浸る俺たちに水を差すように感想を言ったこーちゃんに、安達がぴっと名称をつけ足してキリトが突っ込んだ。たしかにこのワイン、アルコールの匂いはするがアルコールを摂取している気分にはならない。と言うか酔った気分にならない。
一応このゲームは適応年齢制限が成されていたはずだが、成人以上というほどハードだった記憶は無いし、年齢制限をまるっとゴミ箱に捨ててしまった小学生くらいの子供は始まりの街に若干名存在する。運営も年齢制限を破られることなど承知の上らしく、この世界にあるワインやらビールやらと言ったアルコールを連想させる飲み物でも酔った気分にはならなかった。或いは酩酊状態と言うものをナーヴギアでは再現できなかった可能性も微レ存。
雰囲気もへったくれも無いその問答に、俺とアスナでぷくっとむくれてワイングラスを傾ける。いいし。僕はアルコールを飲んでいるのではなく美味しいものを飲んでいるのだ。……精神的に。
そんな馬鹿馬鹿しいやり取りがふっと途切れて沈黙が降りる。それを破ったのは、ぽつりとつぶやいたアスナだった。
「不思議ね……。なんだか、この世界で生まれて今までずっと暮らしてきたみたいな、そんな気がする」
「……俺も最近、あっちの世界のことをまるで思い出さない日がある。俺だけじゃないな……この頃は、クリアだ脱出だって血眼になるやつが少なくなった」
「攻略のペース自体落ちてるわ。今最前線で戦ってるプレイヤーなんて、五百人いないでしょう。危険度のせいだけじゃない……みんな、馴染んできてる。この世界に……」
部屋を照らす橙色のランプの光の近くで、物思いに耽るアスナとキリトをローテーブルに肘をついて見ていた。
キリト達『SAOの登場人物』からすれば、あっちの世界といえば桐ヶ谷和人や結城明日奈が住む世界の事だろうが、俺と安達とこーちゃん的には少々頷き難いものがある。俺たちにとって『ソードアート・オンラインにやってくる前の世界』とは『SAOがライトノベルとして人気だった世界』だ。SAOに慣れただとか、向こうの事を思い出すとか以前の問題だ。そもそもキリト達の場合は政府の手配のおかげで肉体の生命維持をしているのだろうが、俺たちは紛う事なく『現実』からフルダイブしているので、開始早々三日で色んな世界から強制退場させられる可能性だってあった。……まあ、一週間を過ぎたあたりで希望を見たけれど。
そんな風に着眼点をずらしているからか、他二人はどうだか知らないが俺は特に必死になって帰りたいとは思っていなかった。今が幸せすぎて、クリアしたら大学の見慣れた研究室のパイプ椅子の上でしたとか嫌すぎる。あとダイブから帰ったら安達とこーちゃんは何も覚えていなくて、実はこれは俺の見ていたただの夢でしたとか更に嫌すぎる。
それでも、悲しいかなそんな馬鹿を考えるのは僕だけである。
「でも、わたしは帰りたい。だって、あっちでやり残した事、いっぱいあるから」
「そうだな。俺たちが頑張らなきゃ、サポートしてくれてる職人クラスの連中に申し訳が立たないもんな……」
神妙に頷いたキリトは、彼なりの考えを以ってグラスを傾けた。アスナははっきりと意思を口に出して微笑んだ。安達は澄ました顔でチーズケーキを口に含んだ。こーちゃんは不審者面を柔らかく微笑ませて頬杖をついた。で、俺は一人腑に落ちない顔で腕を組んで特大クッションSS・こんこに背中から沈み込んだ。
ままならない。だってこのままでいくと、明日には74層のフロアボス《グリームアイズ》を倒して75層への道を開いてしまうのだ。僕は原作を知っているし、ここの辺りの内容はSAOシリーズ栄えある第一巻だったから割と鮮明に覚えている。俺の記憶が正しければ、アスナが誘ってキリトとパーティを組む筈。そして翌日に74層の迷宮区に狩りに出て、そこで半分以上成り行きにだが前述した通りになる。俺達三人が関与する事で事態がどう転ぶかは気を張らなければならないが、どうせ原作クラッシュなど余程の夢主を使って余程の作者の意図がない限りは大して成就しないのが常である。できて精々が死者の数を左右する事くらいか。
終わっちゃうなぁ、ソードアート・オンライン。どうせそんな事で黄昏てんのは俺だけでしょうけれども。俺達ALOとかGGO出来んのかなぁ。GGOやりたかったなぁ。
そんな事を考えていた僕は、友達がいない事を指摘されたキリトを揶揄うのを忘れていたらしい。ふっと意識を戻すとダイニングテーブルではキリトとアスナがパーティを組む話をしていて、ついでにその流れがローテーブルにも届く所だった。
「ね、安達たちも一緒に行かない?」
「わたしは構わないけれど。こーちゃんは?」
「俺もいいよ。花芽抓は?」
「うん? うん」
「聞いてなかったでしょ」
「一割聞いてたよ」
「何処を?」
「『聞いてなかったでしょ』」
そんなに全力で怒んなよ。応えただろ。
「明日迷宮区狩りだよ。この面子で九時集合」
「さんきゅーキリト。よし把握したぜ、異論はない」
偉そうに大仰に頷いてみせる俺に、相棒とその恋人の呆れた視線がぶすぶすと突き刺さる。それらから逃げるように、耳を伏せてクッションにしがみついた。同郷達が塩対応。
その後は残ったワインを俺がもらったり、《特大クッションSS・わんこ》をキリトに売ったりなんなりと過ごすうちに時間が経った。そのままキリトを階下まで送り、再度明日の約束をしてアスナと部屋を別れる。俺は明日8時に起きる誓いを立ててその日は眠った。
8時に起きると決めたら9時に起きる俺だが、アスナと狩りに出るのが久しぶりだった為か7時に起きた。同室の二人からは大変驚かれて大変珍しがられ、遠足当日の小学生かと突っ込まれた。うっさいやい。大学生になる前は平均起床時間5時だったんぞ。てかこーちゃんは知らんが安達だって同じくらいだろうが。
俺達は時間にまだまだ余裕がある為ゆったりと過ごしていた。暇だろうから外のポストから新聞を取ってきてくれとこーちゃんに頼まれ、安達に頼めよと言ったらコーヒー淹れてるからと断られる。家族か。てか夫婦か。
仕方がないので僕が取りに行く事にする。現在8時ちょい過ぎだが、階層巻の移動なんか一瞬なのでまだまだ余裕。キャスケット帽子を引っ掛けるようにかぶったものの就寝用の甚平アンド足防御ゼロのまま、ぷくっと膨れて階段をトントンと降りた。ポストは建物の外に各部屋分備え付けてあるので、一度外に出る必要があるのだが、裸足とかそういうのは気にしない。僕は砂利の上を裸足で歩ける。ついでにSAOに痛覚はあんまり無い。
俺はいつもの様に落ち着いた洒落っ気のある扉を押し開け、少しひんやりとした感触のある踏み石を踏んで、痛覚は落ちているのに握手の感覚もあるし冷たさを感じるのはどういう事だろかと関係の無い事を考え、……建物と道路を隔てる塀の向こうに白と赤の特徴的な制服の男が立っているのを見てすっと思考を始めた。──そういやこいつ、家の前で張ってたんだっけ。
俺は特にそいつに話しかける事はせず、ポストに近付いて新聞を回収する。新聞を書いているのも印刷するのも配達するのもNPCではなくプレイヤーなのだが、朝ポストを確認すると必ず定時には仕事をするあの人たちはすごいと思う。
回収しがてら男を不審げにちらりと見る。相手は俺の存在に気づいているのだが、特に向こうからコンタクトはなかった。そのまま怪訝に耳を動かし、建物内へと引き上げて、
ダッシュで階段を上がってアスナの部屋のインターホンを押した。
「? おはよう花芽抓。どうしたの? 時間はまだあると思うけど……」
「いきなり悪い。アスナ、準備はできてる?」
そういうこちらは準備のじの字もない格好だが、アスナの方はもう出発できそうな装いだった。アスナの性格的に集合時間の五分前には到着していると言ういい子だろう。原作で待ち合わせに遅れていたのはあのストーカー野郎とゴタゴタしていたからか。
アスナは花芽抓に訝し気に眉を顰めたが、素直に答えた。
「もう少しよ。準備が出来次第出発しようと思ってたけど」
「あっぶねぇ。じゃあ準備が出来たら僕らの部屋に来て。外に出たら駄目だぞ。僕らも準備するから……あ、鍵開けとくから」
「ちょ、花芽抓どういう事?」
必要な事だけ告げて行動しようとした俺をアスナが止める。俺は何も説明していなかった事に遅れて気づいて、なるだけ不審がらせない様に言葉を選んだ。
「外にKoBの男が立ってた。こんな時間に来るからアスナに急用かと思ったけど、微動だにしなかったしおかしいと思って。いたろ、君が最近付きまとってくるって言ってた護衛。特徴は聞いてなかったけど多分そうだ」
確実性のない喋り方だが、アスナは大体を察したらしい。顔を険しくして頷くと、後でねと言い置いて扉を閉めた。
俺は部屋の鍵を所有者ウインドを以って開ける。鍵のロックをイエスorノーで問われたが、そのウインドウを視認するまでもなく後手でノーと答えた。ちなみに放置して10秒経つと自動的に閉まる。
「あーだちー。コーヒー飲んだー?」
「待ってる間に飲んじゃったよ」
「こーちゃん新聞すげぇ読みたい?」
「いや、別にそこまでじゃないけど」
「ちなみにお二人さん、そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ」
「問題ない」
「よし、僕は一番いいのを装備してくる」
テンポよく答えてくれた二人を置いて、俺はひょいひょいと雑貨を避けて自室へと向かう。右手で扉を閉めつつ左手でメニューウインドを呼び出し、装備一覧をタップして設定装備を選んだ。
普通の装備の変更だったら、下着を選んで中着を選んで上着を選んで鎧を選んで武器を選ぶ。だがそれら一式をカーソルに合わせて保存しておくと、それをワンタッチで総入れ替えできると言う楽ちんな設定。斯くして一瞬装備をゼロにひん剥かれた俺は、然して時間をかけないままいつもの大太刀忍者へと早変わりしていた。
装備の変更を済ませてリビングへと戻ると、既にアスナは合流していた。序でにこーちゃんが不審者顔をもう少し険しくして窓から外を見ていたので、あのストーカー野郎はまだそこにいるらしい。俺からの説明は一切していなかったがやりたい事は察していたらしく、安達もこーちゃんも顔が引き締まっていた。
俺は仕舞っていなかったメニューウインドをもう少し操作してアイテム欄を開き、そこから転移結晶を選択する。序でに残りが三個になっていたので、早いうちにまた入荷しないとなと呑気に考えた。
「……ごめんね、使わせちゃって」
「Kein problem。行こうか。なんだかんだ言って丁度いい感じだな」
申し訳なさそうに謝る彼女にひらりと手を振って気にするなと言う。透き通った多角柱のそれを掲げて、全員が近くにいる事を確認して転移先を宣言した。
この部分ってなんか書いたほうがいいんでしょうかとか今更呟く。