47層転移門前の細やかな広場。同時に四人が転移した為混雑は大丈夫かと思ったが、着地時に安達が足元不安定で少々よろけただけで済んだ。
安達を左手で支え、ぐるっと広場を見渡して黒の剣士を探す。誤魔化しも兼ねて先ほど丁度いい時間と言ったが、そうは言っても集合時間の30分前。流石にあの野郎はまだ来ていなかった。
その代わりにいたのは、待っていましたとばかりにアスナに近づいてくる赤と白を基調とした十字架マーク入りの鎧重装備プレイヤー。恐らく戦闘ではモンスターの攻撃を防いで隙を作るタンクという役回りの男である。彼を視界に入れた瞬間アスナは顔を思いっきり歪ませた。アスナだけでなく俺たちも顔に出さないまでもやっちまったとテロップ式に考える。自宅前での待ち伏せという原作に加えて、転移門前での待ち伏せという補正がかかっていた。
「これはこれはアスナ様。74層になにか御用ですか?」
「そ、それは私の質問だわ! 護衛役のあなたがここにいる必要は無いはずよ!」
「ええ。しかし昨日の黒の剣士とのやりとりを聞いて、今日あのプレイヤーとここへ狩りにくると推理しました。お待ちしていましたよ」
どんなやり取りしたんだよ。
「本部へ戻りましょう、アスナ様。副団長の74層単独潜入は作戦のうちには無いはずですよ」
「作戦の一環じゃ無いわ。わたしはレベリングに来ているの」
「レベリングでしたら、団内で小隊を組んで行うのが常でしょう。そんな寄せ集めのような三流プレイヤーに、アスナ様のパーティメンバーは務まりません」
「あ、あなたねっ!」
「アスナ、ストップ」
冷静に言葉を運んでいたが、俺たちを馬鹿にされてカチンときたらしい。大事に考えてくれるのは友達冥利だが、こういうの相手に逆上すると主導権を持って行かれる。前に踏み出そうとする彼女をどうどうと抑えて、余裕を持ってKoBタンクを振り向いた。様付けして呼んでる副団長様が見知らぬ野郎に密着されている(疚しいことは決して無い)現状がかなり気に食わないのか、かろうじて金属に覆われていない首から上が不愉快一色に歪む。ざまあ。
「悪いがお引取り願う。アスナは今日一日俺達と狩りに行く約束なんでね。護衛の仕事は無いぜ、さあ帰った帰った。あ、如何しても着いて来たいって言うんなら、特別にパーティメンバーに加えてやってもいいけど?」
「その必要は無い。アスナ様は本部に帰るのだ。貴様のような下賎な輩と付き合う暇など無い!」
「そいつはおかしいぜおっさん。逆だ。あんたのような低レベルなプレイヤーはアスナや俺達と最前線に潜る技量が無いって言うんだ」
「私を愚弄するな! 貴様のその大層な剣、このヴィクトリーがへし折ってくれようか!」
「話が早くて助かる。さすが栄光ある血盟騎士団の団員様だよ」
おろ、意外と沸点低かった。
始終冷静に喋るものだから長期戦を予想していたが、迂遠に攻めるより本人を直で貶した方が楽だったらしい。これなら実力行使であのストーカー野郎がくる前に終わらせることができるかもしれない。これが終わったらキリトが到着し次第あいつの首根っこ掴んでさっさと迷宮区に篭ろう。
俺が一撃決着モードで決闘を申し込むと、タンクは余裕の動作でそれに応じた。というかアタッカーでは無いタンクが名前を勝利と名乗るとは。文句はねぇけどさ、いやぁ俺それは恥ずかしくて名乗れねぇわ。
「か、花芽抓!」
「……相手タンクだよ? 時間かかると思うけど」
「間違って殺さないようにね」
純粋に心配してくれるらしいアスナと、僕の同じ作戦を考えている安達と、ちょっとずれた場所を心配しているこーちゃん。いい子はアスナだけかよ。
「Keine sorge。そこで待ってな。ちょーっと夢主して来るわ」
APP高い人は決めゼリフ言ってもいいんです。ご存知でしょうけど。
決闘内容は初撃決着モード。それは最初の一撃が入った方の勝ちではなく、先に有効な一撃を入れた方が勝ちと言うもので、実際には先にHPが半分減った方の勝ちである。何を隠そう俺が一番苦手なやつ。それは俺の戦術的な問題もあったし、戦闘スタイル的な問題もあったが、一番の問題は俺のステータスだった。
何度も言うが俺のステータスはAGIとDEXの極振りである。それはレベルアップ時の基本ステータス上昇値に加えて与えられるボーナスポイントをその二つに振っているというもので、流石にそれらの他の数値は初期値というわけでは無い。まあ、真面目にステ振りしている人から見れば十分低いが。それにより俺のDEFもVITも悲しい状態になっているのだが、そんな俺が苦手なのは対モンスター戦より対人戦だった。
俺はとある特殊スキルのおかげで一般プレイヤーにはあり得ないスキル《ヒール》を発動することができる。これは現在俺以外ではテイミングされたサポートモンスターにしか確認されていないスキルで、体力の減りやすい俺はこのスキルを完全マスターするくらい多用していた。で、決闘ではこのヒールが使えない。攻撃は当たらなければ意味が無いと豪語する俺はもちろんあまり被弾しないのだが、モンスターの攻撃を一発かすれば緑色がちょいーんと七割削れるので割とヒール頼りなところがある。まして今回の相手は防御重視だが一撃が重いタンク。レベルが上から目線で笑えるとはいえ、相性的には水vs草位には悪かった。
待機時間が30秒を切ったあたりで、転移門前で決闘という話が瞬く間に広まり、大太刀を背中から降ろして構える頃には相撲の土俵のように人垣でサークルが出来ていた。呑気な野郎どもだと心の中で溜息をつくが、そこで更に野次が飛んできて実際に溜息をつく。
「キリトがくる前には終わらせねーとな」
「出来るかなぁ。二毛さん技の選択とか部隊編成とか大真面目に間違えるし」
「はいあと十秒ー。きこえませーん」
聞こえてますけど。キリトが決闘するときに集中し過ぎて周囲の音が聞こえなくなる描写あったけど、俺はそこまで集中できないんでばっちり聞こえてますけど。
大太刀の柄を両手でしっかり握って、左下段に切っ先を置いて姿勢を低くして構える。生憎大太刀に突進系のスキルは無いが、割と早い段階から大太刀を使い始めたにもかかわらず一般にはこのソードスキルの全貌は不明瞭だった。カタナを馬鹿みたいに振り回していたら発生したスキルなのでユニークスキルというわけでは無いようだが、まだ俺の他に大太刀をこじ開けた人はいないらしい。だからこそ、両者が離れている状態でいかにも此処から突っ込みますという格好をしていれば、予想通り相手は突進系のソードスキルだと思ったらしく馬鹿にするように口端を歪めた。普通に考えて、技を受け止めることに慣れたタンク相手にキャンセルのきかない突進系のスキルは馬鹿である。
失望が色濃い野次に色々言ってやりたいのを堪えて正面を見る。タンクを真っ直ぐと見つめる俺の視界の中で、カウントがついにゼロを示した。
タンクが受け身に構える通りに俺は突進するように前に出る。だがソードスキルが発動しない為ライトエフェクトもシステムのアシストもそこには存在しない。その違和にタンクが気付く前に俺は僕の出せる最高速の前進を盾の直前で切り替え、右足を軸にくるりと回って男の背後を取り分厚い鎧に狙いを定めた。
「なにっ!?」
男が振り向く前に一歩分のバックステップを踏んで大太刀を掲げる。真正面から不意打った俺の大太刀は、そこで初めてソードスキル発動の前兆、ライトエフェクトを纏った。
右上段から左下段に斬り下ろし、地面をえぐるように手首を返して右下段から左上段に斬り上げる。ちょうど剣筋が垂直になった後斬り上げと同時に軽く上に飛んで、対象の頭の上から渾身の縦斬りの三連撃。大太刀ソードスキル《表の二刀・花衣》。74層迷宮区のモンスターをオーバーキルしたスキルと同クラスの技だが、一歩引いてから発動したおかげでプレイヤーには擦りもしていない。その代わりに『critical!』のロゴを三回見せた鎧の方はお察しである。雪マークみたいな大太刀の残像を残していた青銅色の重そうな鎧は、誠に情けないながら呆気なくポリゴン片と果てた。
重量級の盾と立派な槍を構える皮装備未満のタンク志望というのも滑稽な姿である。俺は堪えきれなかった失笑をかははと吐き捨てて言った。
「出せよ。鎧」
観衆が待ってるぜと心にも無いことを笑う。先程までの余裕ぶりとは打って変わって顔を青くした栄えあるKoBのタンク兵は、震える手でたどたどしくメニューウインドを操作した後少しの間固まってその手を下ろした。これ以上の鎧を無為に減らすことはしないらしい。気分的に白けた俺は鼻を一つ鳴らしてウィナー表示を待った。
「り……リザイン……」
ぱんぱかぱーんとBGMを伴って表示されたウィナーの祝福を、大太刀を握っていない左手でさっさと下ろす。腰抜けめと言ってやろうかと思ったのだが、何を察したのか視線をきつくした同僚二人の物言わぬ静止に従って口を閉じた。代わりに大太刀を背中に仕舞いがてらドンマイと星付きで言ったらぎちっと睨まれる。
「はっはっは! さて、お姫様は貰っていくぜぅっ!」
「何やってんだ馬鹿」
「……おハローキリト」
圏内干渉により障壁に守られたのだが、僕の後頭部からシステム必中の石ころが投げられる。勝利の余韻に邪魔を立てたのは、ようやっと合流した呆れ顔のキリトだった。
「集合場所に着いたと思ったらなんか人だかりできてるし、訳を聞いたら『九尾とKoBが決闘する』なんて言われるし、賭けするって聞いたから乗ったのに九尾側が多くて思ったより稼げないし」
「最後の僕のせいじゃなくね?」
「って言うか最後の鎧出せってなんだよ。KoBのロゴが入ってるんだからあれがメイン防具だったに決まってるだろ」
「あんなカス耐久値で大太刀に喧嘩売る奴が悪い。てか決闘なんだから持てる実力は出し切るべきだろ……っと、そんくらいにしとこうぜ。面倒なのが到着する前に此処から移動しねぇと……」
「花芽抓、それは多分遅いと思う」
「ほっ?」
返すよこの野郎と石ころを丁寧に拾い上げてシステムスキル外で放り投げてやる。それをぱっと受け取ったキリトが俺の物言いに疑問を持つ前に、安達が残念でしたと口を挟んだ。
不審者顏のこーちゃんが後指で指した先では、転移門が淡く光ってその場に新しくプレイヤーを招いた事を知らせている。まだそこにいるプレイヤーの顔は見ていないのだが、俺は間に合わなかった事を察して天を仰いだ。
「俺超急いだのに……」
「大丈夫だよ。次はきっとキリトがやってくれるよ。ね?」
「双子は俺に説明してくれてもいいと思う」
よっしゃ貼ったと思ったら前書きでした