「お前さぁー。俺の決闘にダメ出ししといて、お前も似たようなこと言ったじゃねぇかよ」
「? どれのことだよ」
「しらばっくれんな。武器もう一個出せって言っただろ」
「ああ、あれか……いや、随分ニュアンスが違うと思うけどな?」
不満を全面に出す俺に対して真顔で罪状を否定するキリト。なにおうと同意を求めて振り返ると、こーちゃんはキリトに賛成して頷いてるし女子陣は聞いてすらいなかった。
先程までの弱いものイジメっぽい雰囲気とは打って変わり、ほのぼのとした森の小道を五人で歩いている。前衛を俺とキリトが張り、その後ろにスイッチのつなぎ中衛でこーちゃん、更に後ろに止め役の安達とアスナ。正直最前線とはいえオーバーキル状態のこの五人組は、トランプの五の配置を崩すような問題もなく雑談を交えて迷宮区へと進んでいた。
パーティスタイルとしては、敵影を見つけたら俺とキリトでターゲッター取りを早い者勝ちで決め、あぶれた方がしっかりダメージの通るソードスキルを追撃。ソードスキル冷却時間を解いたターゲッターが後ろから追い打ちをかける。Mob側からしたらブーイングもののオーバーキルだが、そこはまあ僕らの目の前に現れたのが運の尽きという事で。なにが恐ろしいって、男子の後ろに剣を抜いてすらいない最終兵器が二人も控えているって言うね。
敵モンスターとの戦闘開始は、こっぴどい不意打ちがない限りプレイヤー側からの第一撃で始まる。その第一撃を決めるとそのプレイヤーにターゲッターと言うアイコンが付いて、相手のモンスターに集中的に狙われるという仕組み。だからこそ大々的な戦闘ともなると、ターゲッターには多大なハンデが付きまとうというわけだが、その分戦闘終了後は他パーティメンバーより多くの経験値を獲得できる。俺は積極的にタゲを取る事が多いため、先程のキリトが言った通り部隊の切り込み隊長的な位置に立っていた。
まあ、防御が紙なのでタゲだけ取って潔く下がりますけど。んで確実な隙だけ美味しく頂きますけど。
「もーらい!」
「おお、勝ち越し8戦」
「くそ!」
そんなわけでタゲ争いは俺の連続勝利中。どっちが始めたわけでもないのにお互いマジになっているこの下らない争いは、少し後ろに控えていた安達が逐一チェックしてくれていた。
大振り上段からソードスキルなしで人型ドラゴンぽい肩口を浅く切りつけた後、そいつの目の前で飛んで頭上を飛び越え背後から横薙ぎの大回転斬り。大太刀単発スキル《表の一刀・月白》。クリティカル判定を輝かせてちゃちな防具を剥がした後、キリトのV字の二連撃《バーチカルアーク》が発動。俺と同じく敵を挟んだ味方との反対方向まで飛んできたキリトが着地するのと同時に、最後に残り幾らかのHPとなったそいつを僕が背後から一突きした。
「楽しい?」
「わりかし」
最早腕組み姿勢で傍観中の安達に呆れ半分にそう聞かれて、左手でVサインを送る。一瞬遅れて亜人は砕け、刺さったままだった大太刀は自重でごとっと地面に落ちた。
「あーあ。キリトくん完敗ね……」
「か、花芽抓のAGIに勝てるやつなんてアルゴくらいだろ! 無理だって!」
「まーけーおーしーみーかーなー?」
「うざい!」
ばっと武器をしまったキリトに殴られるより先に回避する。
「はっはっは。鈍間め──ぎにゃっ!?」
「見切ったわ馬鹿め」
回避はしたが、いつの間にか待機していた安達に制裁という名の拳骨を落とされた。
割と冗談じゃない衝撃に思わず脳天に手を当て、視界の端に映るHPバーを確認する。おいおい安達さん。いくらもやし相手だってゲンコ一発でHP減少はありえなくね?
「ゴリラめ……」
「全く、仕方がないわね」
「待って。なにが」
仕方がないとか言いながら曲刀に手をかけるのやめようぜ。なにが『仕方ない』の。なにが。
俄か笑顔なのがもっと悪い。うぇいと情けない奇声を発した俺は、先程からかって殴られそうになったばかりのキリトの背後にぱっと隠れる。潔い態度の裏返し様に心底まで呆れたらしいキリトの溜息が聞こえるが、そんな薄っぺらいプライドなど今はトイレットペーパーにも劣るのだ。考えてもみろ。ここは圏外。ゲンコ一発でHP削る様なゴリラにメイン武器で攻撃なんかされたらロスト待った無しだろ。
そんな僕の考えを見透かしてか、ガチで抜刀しにかかる安達をキリトが宥める。今の所は真面目にキリトに感謝して安達を伺っていると、俺の《第六感》が反応してぺたっていた耳が強制的に上を向いた。今回発動したのは聞き耳ではなく、周囲の状況を把握する《索敵》スキルである。
「ぅおっと──キリト、安達、索敵張って。こーちゃんこっちおいで」
「アスナ、私の見せてあげる」
「敵? そんなに強いのか?」
索敵スキルを持っているキリトと安達に一声かけて、近場にいたこーちゃんを呼びつつウインドを可視モードにする。もう一人索敵スキルを持たないアスナは、近くにいた安達のウインドを見ている様だった。
俺たち三人は少数行動が多いため索敵スキルをかなり上げていて、最低でも後少しでマスターするところまで行っている。馬鹿をやっている僕は勿論完全マスター済みであり、その捜索範囲は広い。その範囲内ギリギリに、プレイヤーカーソルを集団で見つけたのだった。
僕と安達とこーちゃんは、『ああ、来たか』と思った。この流れは原作でも経過した物なので、俺たち三人は比較的冷静にその点滅カーソルを眺めた。数は十二。迷宮区散策には多い人数。しかも一糸乱さぬ二列隊。
「多い……」
「ああ、しかもこの並び方は……」
原作を知っている俺たち以外にこの編隊は意味不明だろう。渋面で考え込むキリトとアスナは、やがてちらりと俺たちを見た。
「確認してぇんだろ? 判ってるよ。はい、隠蔽持ちだーあれ」
「いぃーち」
「にぃーい」
「さ、さぁーん?」
「よぉーん」
乗ってくれてありがとうキリト。
「つっても四人でぞろぞろ見に行くわけにもいかねぇ。アスナものけものはやだろ? 僕らでぐっぱして、コイントスして見に行こうぜ」
ぐっぱと言いながらぐーとぱーを作ってみせると、四人とも頷いてくれたのでにぱっと笑っておく。あっさりと決まったチーム分けと役決めの後、足音を押し殺したキリトと安達が偵察に行った。
「どーよ」
「どーもこーも無いわよ。原作通りね。コーバッツも面子の中にいたし、大して変異点はなさそう」
「りょーかい。じゃあ、マップカツアゲされた後は隠蔽マックスでストーカーな」
「二毛さん言い方」
「まあ、間違ってはいないけどね」
「だろう? あ、安達の『竜人』なんだけどさ、此処で身バレにしちゃおう」
「あれ、最終戦までとっとくんじゃなかったの?」
「あの大混乱にこれ以上いらんこと吹き込まん方がいいかと思って。キリトくんのドサクサに紛れ込ませようかなーって」
「ふーん。ま、いいけどね」
「って言うかコイントスでイカサマするくらいなら、最初から二毛さんが指示すればよかったのに」
「やだ。方向性の提案ならまだしも指示飛ばすとか俺のキャラじゃない」
「ワケワカメ」
《軍》。
アインクラッド基部フロアを根城にする超巨大ギルド。人数、機動範囲、影響力共にこのソードアート・オンライン最大と言ってもいい集団で、主に下層で治安維持に務めるギルド。それだけ聞くと善良な集団だが、彼らの行動は往々にして行きすぎる所がある。PKをした事があることを示すオレンジカーソルをもつ所謂オレンジプレイヤーは悪即斬な勢いで人数で囲って袋叩きにしてくるし、降参したらしたで身ぐるみ剥がされて黒鉄宮という《軍》の根城の監獄エリアにぽいされる。投降せずに逃げ遅れた奴は殺しでもしてるんじゃ無いかってくらいの苛烈さで、しかも狩場の差し押さえなんかよくあることなので人気はすこぶる悪かった。
俺自身一時期オレンジプレイヤーだった頃に、うっかり下層に降りて行った時に《軍》の連中に取り囲まれた事があった。その時は情けない話全力で逃げたのだが、後日一件を聞きつけた友人知人からこっぴどく叱られている。もう二度とレアドロクエストにオレンジカーソルのまま行ったりしない。
で、その下層専門ジャ◯アンみたいな《軍》が、精鋭揃えて最前線まで来ているとは何事か。
「……あの噂、本当だったんだ」
「噂?」
「うん。ギルドの例会で聞いたんだけど、《軍》が方針変更して上層エリアに出てくるらしいって。もともとはあそこもクリアを目指す集団だったのよね。でも25層攻略の時大きな被害が出てから、クリアよりも組織強化って感じになって、前線に来なくなったじゃない。それで、最近内部に不満が出てるらしいの。──で、前みたいに大人数で迷宮に入って混乱するよりも、少数精鋭部隊を送って、その戦果でクリアの意思を示すって方針になったみたい。その第一陣がそろそろ現れるだろうって報告だった」
「実質プロパガンダなのか。でも、だからっていきなり未踏破層に来て大丈夫なのか……? レベルはそこそこありそうだったけど……」
「ひょっとしたら、ボスモンスター攻略を狙ってるのかも……」
考え込んだアスナを横目に、俺は腕を組んで地面の草を模したオブジェクト群を見つめた。
昨日俺とキリトが狩りをしていたそのさらに奥に、固く閉ざされた扉を見つけている。その情報を共有しているのは安達とこーちゃんだけで、キリトにもまだマップ情報は見せていない。その理由が、俺たち三人だけの秘密の予行練習である。
今日この日、この迷宮区で死人が出る。無論迷宮区でプレイヤーが死ぬのはよくあることである。だが、少々俺たちには看過できない予定未来として死んでいるのだ。この原作は全力で妨害することが前々から決まっていた。
だからこその予行練習。それが結実するかどうかはタイミング次第ではあるけれども。
「それであの人数か……。でもいくらなんでも無茶だ。74層のボスはまだ誰も見たことがないんだぜ。なあ、花芽抓」
「うえ? ああ、うん」
「……そうね?」
「なんで安達まで目をそらすの?」
アスナ、美少女に穴が開くほど見つめられたって情報は吐かないぞ。
「……双子はほっとくとして、普通は偵察に偵察を重ねたうえでボスの戦力と傾向を確認して、巨大パーティーを募って攻略するもんだろ」
「ボス攻略だけはギルド間で協力するもんね。あの人達もそうする気かな……」
「どうかな……。まあ、連中もぶっつけでボスに挑むほど無謀じゃないだろ。俺たちも急ごうぜ。中でかち合わなきゃいいけど」
「はい、ここにフラグ立てておきますねー」
「遊ぶな」
落ちていた枯れ木をぴょこんと立たせたら、キリトに手刀を落とされる。いやいや、君今セルフで二本くらい立てたよね?
「この根本セメントで固めておきますねー」
「わーこれは回収できませんわ。ぜってー回収できねぇし折れねぇわ」
「二毛さん、フラグ増やすのやめない?」
「コンクリしたの安達だぞ」
安達のセメント発言に安易に乗ると、こーちゃんが呆れ苦笑で静止をかける。残念ながら平成っ子のネタにノリ的についてこれなかった現代っ子たちは、またこいつらなんかやってる的な顔で溜息を吐いていた。