あの日へ   作:おばけっけ

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11.漂蕩

「爆撃だって」彼の口元は意に反して緩んだ。「私に爆撃か。生身の人間に?」

 

 瑞鶴の言葉がどこか相応しくない気がして、笑いを堪えられなかった。子供がよく使う大げさで、今一つ当てはまらない言葉選びと同じものを感じた。そんなことを言い出す相手だとは思っていなかったせいだろう。そもそも、彼は瑞鶴の人となりなどほとんどよくわかっていないことに気付いた。

 彼とは逆に、瑞鶴の怒りは真剣なものらしかった。大きな目をいくらか細めて口元をきつく結んでいる。爆撃だなんて言い出さなければ、会話をやめていたような表情だ。

 

「なるほど、爆撃だな。私一人を爆撃」

 

「それくらい簡単よ。やったこと、ないけど……」  

 

「もし人間をその……爆撃したらどうなる?」

 

「さあ……欠片も残らないくらい粉々に吹き飛ぶんじゃないかしら」

 

 言葉と真逆の、瑞鶴の自信なさげな態度がまた笑いを誘った。艦娘の兵装が対人に用いられた例はないが、直撃すればきっと彼女の言う通り跡方もなく消し飛ぶだろう。灰も残らないほどに。現行のミサイル駆逐艦も沈められるほどの力を秘めて入るのだから当然だ。艤装の力とは由来の艦の力そのものに他ならない。

 

「笑ってるけど、真剣だから」

 

 言い終わるより早く瑞鶴は駆け出し、再び海上で艤装を展開した。反転してこちらを向き、矢をつがえる。珍しくきちんと絞り、矢じりは彼の顔の額にぴったり向けられている。息をのんだ。

 

「本当にやることないだろ……」

 

「全機爆装。発艦始め!」

 

 彼がやめろ、と叫ぶのと矢が放たれるのは同時だった。一本の矢が一瞬の内に十二機の彗星に姿を変える。たまらずに走り出した。しかし航空機から人間の脚で逃げ切れるわけがない。彼は埠頭の縁の向こう、海の中を目指した。艦爆が、耳のすぐ後ろまで迫っているような気がした。錯覚だと必死に言い聞かせた。ベストの胸に手をやる。空を掴んだだけだった。ベレッタを置いてきたことにやっと気付いた。たとえ弾が入っていなかったとしても持っていないことを後悔した。装填してあっても艦娘の艦載機の前では何の意味もない。

 ようやく、待ち望んだ浮遊感。あとは重力に身を委ねることにした。後頭部を硬い何かがかすめて行った。作業帽が頭から落ちる。今しがた浮かんだ像は錯覚ではなかったらしい。安堵を感じる間もなく着水の衝撃が全身を包んだ。

 全て混濁した。今、どうして自分が海に落ちたのか分からなくなった。手首を掴まれて投げ出されたような気がした。誰に? スコープ越しに目があった瑞鳳の顔が浮かんだ。

 過ぎ去ったはずの時間が頭の中で再び理解された時には胸から上は海面に浮き出ていた。海水のせいでひりひりする目を無理に開けて埠頭の方を見渡す。彼の思い描いていた光景はそこにない。緊急展開した陸戦隊も次々に飛んでくる深海棲艦の艦載機もいない。振り返る。彼女は?

 瑞鶴は何か戸惑っているような顔で彼のことを見下ろしていた。安堵すると同時にフラッシュバックを見ていたのだとようやくわかる。目をきつく閉じて息を大きく吐いた。

 

「大丈夫だな? 異常ないな?」

 

「本物の爆弾落とすわけないのに……ビビりすぎじゃない?」

 

「それくらい真に迫るものがあったよ。泊地もろとも終わりだと思ったね」

 

 ここまでされたのに怒りを覚えない自分に驚いた。少し前にこんな仕打ちを受けたなら長距離遠征にでもやって三日は顔を見ないようにしただろう。それよりも今はあの日のことがまだ繰り返されていないという安堵が勝る。もう過ぎたことなのに。

 

「おもしろいものが見れただろ? なんだその顔は」

 

「その……ごめんなさい」

 

 水を含んでいくらか重くなった戦闘服を引き摺って埠頭に上がる時、背中越しにその言葉を聞いた。どんな顔で言ったのか気になったが、振り返りはしなかった。

 

「構うなって。これでおあいこさまにして」  

返事はなかった。結局彼は振り返らないまま続けた。「上がろう。監視小隊に結果を教えてやってくれ」

 

 

 

 

 

 シャワーを浴びて着替えると少しだけマシな気分になった。執務室に戻ると勤務服姿の瑞鶴がいかにも手持ちぶさたな様子で机の隣に立っていた。  

 

「今日はもう出撃はない。なにもなければ、な。アクションリポート、作っといてくれ。分からないことがあったら主計隊へ。しばらくはあそこにいるといい」

 

 彼が椅子に座っても瑞鶴は動かなかった。

 

「提督さんのこと、よくわからない」  

 

「ご覧の通りだよ。どうかしてる奴。お分かり頂けたかい?」

 

「違う。そうじゃなくて」

 

「だったら惨めだと哀れんでくれ。唯一の慰めだ」

 

「来たときは本当にヤバい人だって思ってた。今日勝手に艦爆出した時、本当に撃たれるのも覚悟してた。なのに今日のは……」

 

「情緒不安定なのかな。そういうものなんだと思ってくれ。迷惑かけるな」

 

 未だにあの日のことが脳裏で蘇って動揺するだなんてまだ話すつもりはなかった。本当は話すべきなのかもしれない。それで少しは良くなるかもしれない。しかし瑞鶴にはまだ言うべきでない気がした。艦娘であるからにはきっと同じ悩みがあるだろう。瑞鳳はそうだった。彼女の艤装との適合率は高すぎた。艦としての最後を鮮明に覚えていて、そのトラウマを彼女は持っていた。なんとなく情緒が安定していないということが彼女の身体歴の一番後ろに記されていた。艦娘には珍しいことではないし、大抵の場合どうすることも出来ないから放っておかれる。多くの艦隊指揮官は詳しく知ろうとしないし、詳しく解析しようとする者もない。妖精の技術なのだから仕方ない、あとは本人次第。その程度の言葉で片付けられてきた。彼もそうしてきた。そんな中で彼は何度も過酷な任務に彼女を投入した。悪意と共に。現状は報いだと思った。

 

「艦の記憶って言ったらいいのか……そういうの鮮明に思い浮かべられるのか?」

 

「けっこうはっきり浮かぶ。思い込みの一言で済まそうとしてる人たちもいるけど、絶対そんなことない。艤装を着けてる時間が長くなるほど艦そのものの記憶がはっきりしてくるの」

 

「それがトラウマになったりは?」

 

「中にはそういう子も。わたしは違うけどね。瑞鳳はひどかったの?」

 

 彼はどうだったかな、と呟いただけだった。

 実際のところ、ひどかった。しかし彼がそれを知ることになったのはあの日だった。もっと早くに知らなければならないことだった。彼女の私物から正規に処方されたものではない抗鬱剤が見つかったとき、彼の後悔は決定的になった。バカらしい思い込みから来る感情で他人と付き合ってきたのが間違いだとようやく知った。相手を理解しないまま同じ時間を過ごすことほど危険で後ろめたいことはきっとないだろう。そしてそれが分かるのは大事が起きた後だ。

 

「どうだったって、たった一人の艦のことも把握してなかったの?」

 

 苛立ちをはらんだ瑞鶴の声がすぐ隣で聞こえた。顔は見ないようにした。

 

「信じられない。何ヶ月も一緒に働いててわからないなんて。ちょっと冷たすぎるんじゃない

。自分の行いがわかってなかったの」

 

「わかってたよ!」大声を出したあとで我に帰る。取り乱して怒鳴るだなんてみっともない。「悪かった。こんな言葉じゃ何もわからないよな」

 

「わたし、提督さんのこときっと好きになれない。何よりも瑞鳳をあんな目を合わせた提督さんを……」

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