あの日へ   作:おばけっけ

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2.失意

 執務机の前に立つ少女の言葉が信じられなかった。頭が真っ白になり、差し出された異動辞令にもしばらく気づかなかった。

 

「装甲空母……だって?」

 

「はい。翔鶴型の二番艦、装甲空母瑞鶴です。えっと、提督さん?」

 

 アイロンの利いたアビエーション・グリーンの勤務服に身を包む瑞鶴はもう一度名乗った。その口調からは相当の自信が感じられた。長い灰色の髪を左右で結い、くせなのか口元は必要以上にきつく結んでいた。目つきは悪いが大きな目は星を入れたようにきらきらしている。

 困ったことになった。まさか来るはずないと思っていた大型艦を送ってくるとは。

 

「瑞鶴だな。ようこそ南西諸島泊地へ。私が艦隊司令だ。まさか装甲空母が来るとは思わなかったよ。北方に行ってるとばかり」

 

「本当はその予定だったんだけどね。改装が長引いちゃって結局本土でお留守番。ちょうど艦種転換訓練が終わったところでここへの異動が下令されたってわけです」

 

 瑞鶴は応接用のソファに気兼ねなく腰かけた。そのまま「コーヒーは出ないの?」と言ってもおかしくはなさそうだ。

 

「正規空母としての訓練が終わったと思ったら改装。また教育。うんざりしてたところよ」

 

 若いな、と彼は思った。若さからくる無遠慮、幼さ。機動部隊の主力として周りが期待していると自覚したせいで生まれた不相応な自信を隠そうともしない。それもそうだ。装甲空母は彼女を除けば大鳳と翔鶴の二人。二人しかいなかった装甲空母という艦種に加われたのだからそれは誇らしいだろう。たとえ実戦に投入された経験がなかったとしても。

 

「そういえばここの泊地司令は? 挨拶に行かないと」

 

「大佐は一か月前の攻撃で亡くなった。そのため今は次席の私が泊地の指揮を執っている」

 

 敵艦載機の機銃が庁舎の窓を撃ち抜いていった光景が脳裏で再生されようとするのをこらえた。あれこそどうにもならなかったことだ。不運というより他はない。

 

「まずこの泊地の現状について知ってほしい。ちょうど北方海域攻略が始まった一か月前、沖ノ鳥島付近に集結したと考えられている敵反攻部隊の攻撃を受けた。泊地第一艦隊と陸戦隊はこれと交戦、空母ヲ級一隻を撃沈できたが十八人の将兵を死亡と重傷による本国送還で失い、第一艦隊旗艦瑞鳳は撃沈。

 反攻部隊は今も沖ノ鳥島方面を拠点に健在、航空機や艦艇の接近が繰り返されている。いいかな?」

 

「はいはい、要は敵の脅威下にあるってわけね」

 

「そう思ってくれていい。海軍は北方解放に力を集中させているが、あと一か月もあれば本格的な援護や補充が受けられる。それだけ持ちこたえればいい」

 

「持ちこたえる?」瑞鶴は不満そうにつぶやき、執務机の後ろの大きな窓まで歩いてきた。

 窓からは埠頭に展開する陸戦隊の一部が見える。重MATや機関銃を海に向ける水兵の中には増警として他部隊から差し出された者が少なからずいる。そうしなければならないほど損耗は激しかった。

 

「敵の編成はどうなってるんです?」

 

「おそらくは旗艦に戦艦タ級。それと軽母ヌ級一隻が主力に……」

 

「戦艦と軽空母ですって! 楽勝じゃない。今すぐにでも潰せるわ」

 

「話を最後まで聞け。それから職務中に上官と話すときは改まれ。その二隻のほかにPT小鬼や潜水艦、中型艦艇を多数従えている。対潜戦の経験はあるか?」

 

 注意されたことが不満だったらしく瑞鶴は顔をしかめたまま首を横に振った。

 漏れそうになった溜息を肺まで押し戻し、椅子に深く座りなおした。

いよいよ不安だ。対潜の経験はなし。今回の脅威は戦艦や空母などではなく大量の潜水艦やPT子鬼だ。それらに対処する技術がない艦娘となればできることは限られる。少し昔に艤装を貸与された正規空母は一応対潜もこなせたが最近は訓練自体行わないと聞く。正規空母は艦載機の操作に集中させるという方針だが単艦配置すればこんな弊害が現れるとは。しかし今ここで六術校の教育について嘆いても仕方ない。

 もっと不安なのは瑞鶴の性格だ。自信過剰、中々に扱いづらいだろう。功を焦って危険な行いをしないようによく注視する必要がある。それでも止まらないようなら瑞鳳にしたのと同じことをするかもしれない。同じように銃を向けて。

 不意にあの時の光景がよみがえる。スコープ越しに瑞鳳と目が合った瞬間。目をきつく閉じてかき消す。忘れろ、せめて今だけは。

 

「まあ、大丈夫だって! 対潜戦は軽空母のを見たことあるし、理屈はわかってるからなんとかします」

 

 今度こそ溜息はこぼれた。逆に瑞鶴は緊張感なく笑っている。接敵するまでこの危機は理解できないのか。できるなら理解することなく彼女には帰ってもらいたかった。

 

「期待してるぞ。問題を起こすな。目的は応援が来るまでここを持たせることだ。忘れるな」

 

 瑞鶴の顔からまた笑みが消えた。不機嫌なのを隠そうともしない。

 

「泊地を少し見て回ろう。その前に戦闘服に着替えた方がいいな。あとでベストと銃も受け取るから」

 

「銃!? 銃ってわたしの!?」

 

 耳元で叫ばれて思わず顔ごとそらす。この後の展開は、なんとなく予想できた。

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