あの日へ   作:おばけっけ

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3.出撃

 彼の見立てに違わず、銃を抱えるのだけはどうしても気に入らなかった瑞鶴は戦闘服姿で弓袋を肩に掛けていた。やはり七尺三寸で瑞鳳よりいくらか背の高い彼女にも釣り合わない。その姿は瑞鳳と重なる。同じように弓袋を携えた瑞鳳と数えきれないほどこの埠頭を歩いた。大抵は任務に関すること以外の会話はなかったが、最低限の愛想を見せるためか瑞鳳が雑談を振ることもあった。食べ物と酒についてがほとんどで、本当にどうでもいい話だった。よく聞いておかなかったことを後悔した。あの日何も起こらなければ埠頭に重武装の陸戦隊が展開することもなく、今も隣を歩くのは瑞鳳で、そして彼女の話をもう少しだけ真剣に聞いていただろう。

 

「対舟艇ミサイルまで? 物々しいんですね」重MATや重機関銃を水平線に向ける二個陸戦分隊を間近で見る今も瑞鶴の声はのんきだった。

 

「どれほど緊迫しているかわかってもらえたかな。だから増警としても……」

 

「ライフルはいやですよ。瑞鶴には装甲空母の艤装があるの」

 

 そうですか、と流す。なにを言っても聞こうとはしないだろう。自分の艤装の力を信じて疑っていない。

 

「今は落ち着いているが、前回のような攻撃があればここはもたない。君がいればそれも免れるかもしれない。一人だから常に待機状態で大変だけど、頼むぞ。

いつもなら羅針盤の走査だけで哨戒はやらないけど、せっかくの空母だしそれも検討しよう」

 

 「羅針盤」は付近の海域にいる深海棲艦だけを捉えて場所を示すレーダーだ。海鳥と変わらない大きさの水上機一機でも必ず補足できるが敵の規模は映せず、しばしば何もない場所を敵がいるかのように示してしまうことがある。要撃管制員は羅針盤の情報を元に艦隊を敵艦隊の近くまで誘導するが、会敵できないことがあるのはこのためだ。妖精の技術だから改善は難しいが、この欠点のためにいらない緊張を強いられたこともこの一か月の中で何日かあった。艦載機による哨戒もできればマシになるだろうか。

 

「哨戒も迎撃も、なんなら強襲もお任せ。陸戦さんたちは撤収させて庁舎の修復でもやってもらえばいいわ」

 

 瑞鶴の方へ咎めの視線を送るが、当人は海の方を向いていて気付いていない。

 たしかにあの日に割れた窓や穴の開いた壁の修復は未だに進んでいない。そういった作業を担当する施設隊の何人かは今、戦闘服にボディアーマー姿で重機関銃の握把を握っている。瑞鶴のおかげで元の業務に戻せる将兵も何人か出るかもしれないが、部隊について言われるのはおもしろくなかった。

 ふいに瑞鶴の視線がこちらを向いた。大きく開く、反抗的で攻撃的な目から視線をそらせなかった。どうしてそんな態度をとる?

 

「瑞鶴、お前……」

 

「提督さん、なんか好きになれない」

 

 言いたいことは視線を交わしただけで伝わっていた。早くも部下と以心伝心の仲になれて喜ばしい、という冗談を口に出す気にはなれなかった。こうもはっきり口に出されればそれで返事に困る。これまで軍でこんな人間には出会ったことがない。しかも本人はまじめな顔で言ったのだからどう答えたらいいのかはなおさらにわからない。

 瑞鳳にとって彼は到底好きになれる相手ではなかったが彼女は嫌うような素振りも決して見せなかった。なのにこの新任は。

 どうしていいかわからず視線をぶつけ合ったままでいると、肩口に留めたハンドマイクが擦過音をたてる。マイクは腰に吊ったトランシーバーに接続され、レーダーを直接操作する監視小隊、警戒配備についている陸戦隊と繋がっている。

 

「羅針盤に感あり。座標……」

 

 監視小隊の無線が全て告げるより前に陸戦の分隊長は戦闘配備の号令をかけた。特に空気が変わったような感触はない。ずっと緊張していたのだから当然だ。機関銃手は蓋を開けてベルトリンクに息を吹きかけ、ミサイルの射手は照準器を覗き込む。準備は瞬く間に完了する。

 

「自前の航空隊は持ってるか?」

 

「もちろんです! 五二型と天山の六〇一空は精鋭です」

 

 空母系艦娘は根拠地に配備されている艦載機とは別に手ずから編成し、熟練度を上げた航空隊を持っていることがある。自身と完全に合うように調整した航空隊だけに他の艦娘には扱えず、これらの整備だけは整備小隊ではなく艦娘本人がするのが常だ。ちょうど狙撃手が自分の銃を誰にも任せずに自分で管理するのに似ている。

 瑞鳳もやはり自分の航空隊を持っていた。史実になぞらえて六五三航空隊と名付け、爆戦と天山で構成されていた。演習では正規空母にも劣らなかった。

 瑞鶴の実力は未知だがそれよりも確かめなければいけないことがある。

 

「出撃だ。艤装を展開して索敵を……」

 

「了解。瑞鶴、抜錨します!」

 

 瑞鶴は弓袋を取り去り走り出した。手にはグラスファイバー製の和弓。陸戦隊が展開する中、彼に背を向けて走り出した。

 途端、彼の周りの全ての動きが極端に遅くなった。時間がコマ送りのように流れる。機関銃手はもったいぶっていつまでもチャージングハンドルを引き切らず、分隊長は何か叫んでいるが間延びしているせいで言葉になっていない。

 走る瑞鶴を見て息をのんだ。さっきまで青い迷彩の戦闘服を着ていたはずなのに今の彼女は緑の勤務服姿だ。一歩進むごとに後ろ姿が別の誰かのものに変わっていく。左右で結っていた髪はほどけ、色が変わり後ろで一つに束ねられる。紅白模様の鉢がねで。

 ――忘れろ。あいつはもう走れない。もう戦えない。もう艦娘じゃない。

 頭では理解していたが瑞鶴の後ろ姿は瑞鳳の最後の時と重なっていく。瑞鳳の名を叫びそうになった。次の瞬間、閃光。埠頭の縁を飛び越えて海との隔たりが消えた瑞鶴の体を包む青い光。海面に触れた弓は在りし日の艦の魂を呼び起こし、海に迎えられた彼女の体に艤装を着せる。

 光が止み、艤装の装着を終えた瑞鶴が姿を現した。真っ白な上衣に詰められた深紅の弓袴。黒い胸当て。最も目立つのは左肩の長大な肩盾だ。飛行甲板を模した肩盾は装甲空母の名に違わず厚い。

 装甲空母を目にしたのは初めてだが、驚きはない。今は見た目など気にするときではない。

 

「索敵機を出して規模を伝えろ。攻撃隊は別命あるまで発艦させるな」

 

 叫んだが瑞鶴は全く構わず膝立ちになり、弓を真横に倒して目線の高さで構えた。矢筒から二本の矢を抜き出し、器用に一矢だけをつがえた。ろくに引き絞りもせず放つ。続けざまにもう一射。力弱く放たれた矢はすぐに推進力を失い、海面に落ちる直前に艦載機に姿を変えて高度を上げる。

 あんな射方は見たことない。たぶん弓道には存在しない構えだ。六術校の鳳翔が見れば激怒して拳骨の一つでも落とすだろう。

「索敵、成功。敵、雷巡一駆逐五。接近します」言い終わるより早く瑞鶴は立ち上がり海面を大きく蹴って走り出した。

 ――あぁやっぱり。見事に心配していた通りの展開になった。

 哨戒艇まで走り船尾に飛び乗る。「出せ、瑞鶴についてけ。陸戦隊、私が許可するまで撃つな」

 

 分隊長の怒声が聞こえたときには哨戒艇は動いていた。あとでこの操舵手が分隊長に絞られるのを止めなければ。

 頭の隅でそんなことを思いながら船首へ回る。機関銃手を務める若い二等兵曹はこんな状況にも関わらず銃口をやや上に向けて前方の空をにらみ敵機を警戒している。

 

「悪いことをした。もうすぐこの無能も消えるからあと少し我慢してくれ。ライフル、貸してくれるか? そのスコープが着いたやつだ」

 

 兵曹は肩に掛けた負い紐に手を当てて眉をひそめた。本人は気づいていないだろうが、彼の正気を疑う不信感がわずかに見て取れる。

彼はそれを見なかったことにして、兵曹が儀礼的に差し出したHK33を両手で掴んだ。ストックを肩に載せてマウントされたACOGをよく覗けるようにする。探すまでもなく円い視界に疾駆する瑞鶴を捉えた。船首からみて右斜め前、かなり速度を出している。第四船速も越えているだろうが、哨戒艇との間は詰まってきている。

しばらくそのまま進み、並走しようかという頃に突然瑞鶴は止まった。

 

「敵艦隊、見ゆ!」

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