あの日へ   作:おばけっけ

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4.不信

 操舵手に中立を命じて銃を前方へ向ける。最初に見えたのは全高の高い雷巡チ級だった。海面から露出しているのは青白い表皮と黒い装甲の上半身だけだが、下半身はそのまま船体になっている。世界で初めてチ級を目視したイギリス海軍の水兵は「ケンタウロスが海を走っている」と叫んだと伝え聞く。顔面は白い陶器のような甲羅で覆われ、欠けた部分からは赤く輝く左目だけが覗いている。不気味だが、目を離せない。深海棲艦を見るといつもそうだ。嫌悪感を誘うが同時にもっとよく見たいと思って首を伸ばしてしまう。物珍しさや興味を覚えるわけではない。単に上級の深海棲艦は人間の女性によく似た見た目をしているからというだけかもしれない。何であれ、彼はその理由を永遠に知りえないような気がした。

 雷巡を中心に五隻の駆逐艦が周囲について輪形陣を成している。駆逐艦は大型犬ほどの大きさでクジラにそっくりだ。深海棲艦は等級が下に行くほど人間らしさが排されていくのも不思議だ。

 哨戒艇は瑞鶴より若干前に出て止まった。間は百メートル以上開いているが叫べば会話になる。

 小銃を下すと兵曹は前方に銃口を向けた。敵艦隊はスコープがなければ黒い点ほどにしか見えないが、はっきり見えるのにそう時間はかからない。

 

「まだ撃つな。私が撃てと言ったら撃ち続けろ」

 

 返事とともに一瞬だけ視線を感じた。本気で言ってるのか? 大丈夫なのか? と訊きたいはずだ。彼が撃てと指示するのは瑞鶴の飛行甲板が砕けた時で、先に操舵手に後退を命じた時だということは説明すべきではない。

 瑞鶴は半身になりまた折り敷いた。今度は弓を真横ではなく斜めに倒して構える。

 先ほどはなぜあんな構えをするのかわからなかったが、ようやく気付いた。あの体制をとることで敵から見た正面投影面積を小さくしているのだ。肩盾が頑丈なのを利用して前に出し、文字通り盾として使っている。誰からも教わらず無意識のうちにやったのなら少しおもしろい。陸軍で言うところの「撃たれないやつ」かもしれない。

 

「始めちゃいますよ。第一次攻撃隊、発艦始め!」

 

 敵艦隊はまだどの艦も瑞鶴を射程に入れてはいないが敵はすでに瑞鶴の間合いの中にある。アウトレンジ攻撃。空母や長射程砲を持つ戦艦はこの技法の習得のために血道を上げると言っても間違いではない。敵艦のはるか射程外から精確無比、必殺の一撃で旗艦を仕留め艦隊を総崩れにさせる。遅れて聞こえてくる砲声や反転する艦載機は残された艦の恐慌を誘発する。

 やはりまともに絞られずに矢は放たれた。落とされたのと変わらない。

 艦載機は母艦である艦娘が発艦後も操作できる。ならなぜ矢を引き絞り放つよう訓練されるのか。簡単なことで、そうした方がまっすぐ、あとから調整しなくても狙った場所へ艦載機を到達させられるからだ。敵の攻撃の警戒、艦載機の操作、第二次攻撃隊の計画。全て並行してやるのは当然に容易ではない。そういう芸当ができるのは彼が知る中で鳳翔と一航戦の二人くらいだ。そういう難しいことを瑞鶴はできるらしい。あるいは敵の間合いではないからと油断しているだけか。

 瑞鶴の航空隊の天山は彼が知るものより明るい緑の機体だった。敵に航空戦力はないから艦戦がなくても制空権確保だ。

 十二機の天山は二手に分かれて左右から輪形陣を挟むようにして魚雷を落とした。これまでの瑞鶴の振る舞いを見てきたなら思いもよらないほど、オーソドックスな雷撃だった。

 左右から撃たれればどうしたって避けることは難しい。十二条の雷跡はチ級を囲む五隻のイ級に狙いあやまたず命中し、水柱をあげた。

 取り巻きを失ったチ級は急停止、左腕と一体化した単装砲を正面に向けて乱射した。未だ瑞鶴は砲の射程には入っていないために放たれた徹甲弾は失速して海に落ちるか、到達しても瑞鶴の装甲甲板にぶつかって弾頭がひしゃげるだけだった。

 砲撃が収まってからの瑞鶴の動きは早かった。弓を海面に突き立てて立ち上がり、弓はそのままにチ級の方へ走り出した。

 やめろ、と叫んだが遅かった。砲撃火力こそ敵は貧弱だが、魚雷という接近戦での切り札が雷巡にはある。それも駆逐や軽巡よりひときわ強力なものだ。直撃すれば大型艦でもそれなりのダメージを負うことになる。通常の空母なら飛行甲板が使い物にならなくなるのは覚悟しなければいけない。

 そういう敵を前になぜ接近しているのか。その答えは瑞鶴が腰に吊っていた拳銃型の12.7㎝連装高角砲が示していた。彼女は高角砲を抜くと手元を見ずに初弾を装填した。

 もうすぐ魚雷の射程に入る。

 また瑞鶴の後ろ姿が彼女に重なる。魚雷で沈んだ彼女。小銃を構えて円い視界に瑞鶴の背中を納める。だが一秒も構えていられなかった。突然、振り向きそうな気がした。当然そんなことはない。敵は前にいる。

 チ級が下半身の艤装から一本の魚雷を放ったのが見えた。瑞鶴は止まらず、海面に向けて連装砲を連射した。突然あがる水柱。むちゃくちゃだ。砲撃で魚雷を処理するなんて駆逐艦しかやらない。

 二人の距離は手を伸ばせば届くほどまで詰まった。先手を試みたのはチ級。単装砲を無造作に突き出した。しかし瑞鶴はそれを掌底で簡単に受け落とした。すかさず連装砲のグリップの底で露出した左目を打つ。顔をのけぞらせたチ級の首に砲門を押し当て、二発撃った。

 砲声は九ミリ口径の拳銃にそっくりで、間延びしていた。先ほどまで砲を、魚雷を放っていた深海棲艦は両腕をだらりと垂らし、海面に倒れてそのまま沈んでいった。

 戦闘はあっけなく終わった。

 

「敵旗艦、轟沈」

 

 戦闘終了の宣言だった。最初から騒がしいことは起こっていなかったかのように海は静かで、今しがたまで暴れていたはずの深海棲艦の姿はもうどこにもない。さっき見たものは全てうそだったのではと感じる。初めての感覚ではない。

 すぐ隣で機関銃を構えていた兵曹のため息で我に返った。後ろからは操舵手の視線を感じる。もう終わりだ。引き返そう。

 

「提督さん、どうだった?」瑞鶴は得意げな顔で哨戒艇に飛び乗った。

 

 操舵手に泊地へ戻るよう伝えると瑞鶴に詰め寄った。しかし言葉は出てこない。何について怒ればいいのかわからなかった。空母らしくない戦い方をしたから? ダメージを顧みず挑んだから? 一体何に腹を立てている?

 

「お見事だったよ。さすがは装甲空母」

 

「でしょ? わたしには幸運の女神が……」

 

「あんな戦いは二度と見たくはない」

 

 瑞鶴は目を細めてまた敵意を露にした。「そうですか。また沈まれるのがこわい?」

 

 胸の中で何かが弾けた気がした。ヒップホルスターからベレッタを引き抜き、銃口を瑞鶴の額に軽く当てる。兵曹が息をのんだのがわかった。もう抑えられない。自分の行いが生んだ結果であることはわかる。それでも抜かずにはいられなかった。こんなことを言われたら本当に殺してしまいたい。

 安全装置を押し上げ、引き金にテンションを加えていく。このまま引き切れば撃鉄は落ちる。瑞鶴は目を剥いてこちらから視線をそらさなかった。しかし殺されるというほどの危機感は認められない。本当は引き切らないとでも思っているのか、或いは銃に気づいているのか。

 撃鉄が落ちる。撃針は空を叩いただけだった。

 

「弾、いつも込めてないんですか?」

 

 答えないまま拳銃を収めた。エキストラクターが出張ってないのにも気づいていただろう。瑞鶴だったらなんとなく気づいていてもおかしくない。

 操舵手が到着した旨を告げた。兵曹が銃座から離れる。置き去りにされた陸戦隊も、瑞鶴も、誰もが彼に冷たい視線を向けていた。もうこんな目で見られるのはうんざりだった。

 

「敵艦隊は全滅した。持ち場に戻れ。何してるんだ早く!」

 

 哨戒艇を降りて言えたことはそれだけだった。

 

 

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