窓に打ち付ける雨の音で、僕は目を覚ました。
眠たい目を擦りながら見たデジタル時計は【6:01】を表示していて、電源がついたままのTVは、ニュース番組を放送していた。
壁にかかった日めくりカレンダーを一枚めくる、今日から6月、梅雨のど真ん中だ。
この時期に美容院に来るお客さんは少ない。雨によって高まった湿度で、ヘアスタイルが崩れてしまうからだ。
というわけで、梅雨の季節、美容院は結構ヒマになるものだ。
朝早く起きて、軽めの朝食をとり、町の小さな美容師として、朝から晩までお客さんの髪を切る。
梅雨真っ只中の6月は客足が減り、余裕があるので、空いた時間を使って、新しいヘアスタイルを考えたり、ごくたまに来る雑誌の取材を受けたりする、そんな生活を10年ほど続けていた。
顔見知りの女性のお客さんもいるのだから、彼女くらいできてもいいじゃないか、と思いながら。
掃除をし、開店時間の10時より少し早いが、店を開けることにした。シャッターを開けようと外に出ると、一人の若い女性が店先に立っていた。
黒くて艶やかな長い髪に、やさしく触れなければ折れてしまいそうな細い腕、雪の様に白い肌に、端麗な顔立ち。
いわゆる「清楚な美人」というやつで、ベージュのカーディガンと水色のワンピースがよく似合っていた。
「・・・髪、切ってもらえますか?」
か細い声で彼女が言った。正直見惚れていた僕は
「ふぁっ、あ、はい」
と、情けない返事をしてしまった。
店に入り、スタイリングチェアに座るよう促す。その時の彼女のしぐさどれを一つとっても、白百合のように美しく、かわいらしいもので、客に見惚れたままでいる自分を心の中で叱った。
「どのような髪形にしますか?」
「前髪は眉毛の位置と同じ、耳はうっすらと見える様にお願いします」
やけに注文が多く、不思議に思ったが、その通りにカットすることにした。聞くだけなら後でもいい。静かな部屋で、ハサミの音と、雨音だけが聞こえていた。
カットをはじめて1時間後、ブローなど簡単に仕上げをし、注文通りのヘアスタイルを仕上げられた。髪を切る前とはまた違った美しさを見せ、自分でも出来栄えにほれぼれした。
外を見ると、雨は弱まるどころか、さらに土砂降りになっていた。
せっかくのヘアスタイルが台無しになってしまうので、雨宿りをしてもらうことにした。どのみち、もう今日はお客さんは来ないだろう、暇もつぶせるし、僕にとってちょうどよかった。
「雨、止みませんね、せっかくカットしたのに、これじゃ誰かに見せに行くこともできない」
「ですね、でも私、雨が好きなんですよ」
「中々ロマンチックですね、なぜ雨が好きなんですか?」
「最初に、恋人と出会った日、雨が降ってたんです。おんなじバス停で雨宿りをして、でも・・・」
「天国に行っちゃったんです」
「私、昔から体が弱くて、周りからも疎まれていて、でも、あの人だけは、『ずっとそばにいる』って、約束してくれて・・・この髪型も、あの人が一番好きだったもので・・・」
涙がすでに、彼女の頬を少し濡らしていた。話を聞いている僕まで切なくなり、言葉を発せずにいると、彼女は、泣くのを何とかこらえながら続けた。
「でももう、良いんです、もうすぐ会えるから」
「・・・それって・・・」
「私、余命宣告をされて、この頃、体調も良くなくて。多分、近いうちに、私もあの人のところに行くんだと思います。だから、天国に行ったときに、あの人が、すぐに私だってわかるように、初めて会った時の髪形にしようと思って、ここに来たんです」
「私、6月に結婚式を挙げるのが夢だったんです、あの人と出会った月と、ジューンブライド、それだけで、何があっても幸せになれると思うんです」
「今日は、本当にありがとうございました、これで、あの人に会いに行く準備が出来ました、最期に、見た目だけでも、あの時に戻れて、私、とても嬉しいです」
出入り口のドアのベルが寂しく鳴り、彼女は店を出て行った。
あの二人は天国で会えるだろうか、いや、会ってほしい。せめて天国で、穏やかに、祝福されて、ずっと幸せに暮らしてほしい。
土砂降りの雨はとっくに止んで、雲から虹がかかっていた。
クッソ短いの書きすぎて、師匠(勝手に呼んでる)から「もっと長く書け」と言われておきながらこの短さ。
まだまだ拙い小説ですが、楽しんでいただけたら幸いです。