エリカ「・・・・」
小梅 「・・・・」
黒森峰女学園・食堂。
華 「ほらみほさん、こちらも美味しそうですよ。フラムクーヘン・・・・でしたでしょうか?おひとつどうぞ」
みほ 「あ、うん、ありがとう五十鈴さん」
麻子 「このキャベツの千切り酸っぱいな・・・・。酢漬けなのか」
みほ 「それはザワークラウトだよ冷泉さん。酸っぱいのはお酢じゃなくて乳酸菌なんだって」
優花里「西住殿!このアイスバイン絶品であります!」
みほ 「あっ、秋山さん気に入った?ここのアイスバインは本場にも負けないくらい本格派なんだよ」
沙織 「はいっ、みぽりん!あ~ん!」
みほ 「えっ?どうしたの武部さ__むぎゅっ」
沙織がみほの口の中にバウムクーヘンを押し込む。
みほ 「んむんむ・・・・びっくりした」
沙織 「えへへ」
そこには、黒森峰の制服を着て和気あいあいとしているあんこうチームの五人の姿があった。
エリカ「・・・・何アレ」
小梅 「あそこの一部分だけ大洗化していますね」
エリカ「なんであいつらがここにいるのよ?いつ遊びに来てたの?ていうかなんでウチの制服着てるのよ?」
次々に質問が湧き出るエリカ。
まほ 「ん、盛り上がっているな」
小梅 「隊長?」
と、そこへトレイに料理を乗せたまほが現れた。
エリカ「隊長、いったこれは__」
みほ 「あっ、お姉ちゃん!」
まほの存在に気が付いたみほが笑顔で手を大きく振る。
そんなみほに片手を上げて応えるまほ。
かくしてまほ・エリカ・小梅を加えテーブルは八人の大所帯となっていた。
みほ 「もう、お姉ちゃんの意地悪」
まほ 「うん?」
みほ 「あの時の喫茶店。武部さんたちがうちに来るから先に紹介してくれてたんだよね?」
まほ 「ん・・・・まあ、な」
話を合わせる。
みほ 「これから黒森峰に転入してくるって教えてくれたら、もっとお話しできてたのに」
まほ 「ははは、それはすまなかったな。だがこれから色々話せるだろう」
みほ 「え?」
まほ 「彼女らは大洗から戦車道推薦で転入してきた生徒だ。つまり__」
みほ 「えっ、じゃあ一緒のチームに!?」
みほの顔が輝き始める。
まほ 「チームに紹介するのは明日になる予定だ。みほも午後は開いているのだから、彼女らを案内してあげたらどうだ?」
みほ 「うん!」
急ぎ食べ終わったみほは、沙織たちを引きつれて黒森峰案内に出発した。
エリカ「__驚きました。まさかアイツら、ここにまで追いかけてくるだなんて」
まほ 「大洗の角谷会長と事前に相談していたんだ。もし今のみほが黒森峰に迎え入れられないようであれば、彼女らを転入させるのもやぶさかではな、とな」
小梅 「良かった。みほさんここに来てからどこか居づらそうだったから」
エリカ「学校生活に関してはあの子らに任せましょ。とっとと事を済ませてここからたたき出すわよ」
小梅 「ふふっ、エリカさんも素直じゃないですね」
エリカ「うっさいわよ」
まほ 「ドイツから呼んだ先生は明日には到着するそうだ。診てもらうことで進展があればいいのだがな」
話し合いながら、去っていくあんこうチームを見送る三人だった。
場所は移り、由比ヶ浜海岸。
プラウダからの帰路に着いたイカ娘は、一人波打ち際を歩いていた。
イカ娘「あれからダージリンさん戻って来なかったでゲソね……。どこ行ったのでゲソか」
などと考えながら相沢家間近まで戻ってきた。
と__
イカ娘「む?」
???「うーん、ここでもないか・・・・」
道路に上がるための階段付近で、二人の人物が砂浜にしゃがみ込み何かを探している。
一人は高校生ほどの年齢の少年。
もう一人は長い髪をなびかせ、白衣を羽織った少女だった。
女性 「ごめんなさいね大祐君、私のせいで付き合あわせちゃって」
大祐と呼ばれた少年は首を横に振る。
大祐「いえ、ことね先輩には日頃お世話になってるんです。探し物くらいなら俺にだってできますから」
ことねと呼ばれた少女は顔をほころばせる。
ことね「ありがとう大祐君。・・・・でも、いつも助けられているのは私たちの方だけれど__」
大祐 「え?先輩何か言いましたか?」
ことね「いいえ」
ことねは再び砂浜を注視し探し物を続ける。
イカ娘「何か探し物でゲソ?」
大祐 「え?」
声をかけられ、顔を上げた大祐はイカ娘を目の当たりにして固まる。
そしておもむろにことねの方を見る。
大祐 「・・・・ことね先輩、俺に何かかけました?」
ことね「いいえ、私はまだ何もしていないんだけれど・・・・」
かくして各自自己紹介を終える。
ことね「そうなの。イカ娘ちゃんはこの辺りに住んでいるのね」
イカ娘「この辺も何も、そこの家がそうでゲソ」
大祐 「まさに軒先だ」
ことね「じゃあ・・・・ちょっと聞きたいんだけど、この辺りで五円玉を見かけなかったかしら」
イカ娘「五円玉でゲソか」
ことね「五円玉自体は特別なものじゃないんだけれど、これくらいの紐がついてて、振り子みたいに揺らせるの」
イカ娘「何だか前にれもんで使った覚えがあるでゲソ。確かあの時は催眠術に使ったような気が・・・・」
ことね「ええそう。失くしものは催眠術で使う五円玉なの」
イカ娘「ほう、お主催眠術を使えるのでゲソか」
ことね「ええ。これでも私、催眠術の研究をしているのよ」
大祐 「ことね先輩の催眠術は本物だよ。俺も何度もかけられたことあるし」
イカ娘「ほほう、それは興味あるでゲソ。前に早苗がやったのはちっとも効かなかったでゲソからね。ちょっと私にもやってみてくれなイカ?」
ことね「ええ、いいわよ。今は五円玉が無いから簡単なのしかできないけれど・・・・」
ことねはイカ娘の後ろに回り、両肩に手を置く。
ことね「ではリラックスして目を閉じて。三つ数えると、あなたは他人が自分の大好きなものに見えます。三、二、一・・・・」
そして目を開けると、そこには__
イカ娘「!?」
人の背丈ほどはあろう、巨大な伊勢エビがそこにいた。
イカ娘「い、伊勢エビじゃなイカ!?しかもすごく大きいでゲソ!」
エビ?「えっ、伊勢エビ!?」
しゅるるるるる!
間髪おかず触手が伸び、伊勢エビをぐるぐる巻きにする。
エビ?「うわっ!?えっ、ちょっと!?」
そして狼狽えるエビを自分の元に引き寄せ__
イカ娘「いただきますでゲソー♪」
頭からかぶりつこうとする。
エビ?「うわーっ!?ちょっ、食わないでーっ!」
伊勢エビはもがくががっちり触手にからめとられて身動きできない。
そしてイカ娘が伊勢エビの頭部にかぶりつこうとした瞬間__
ことね「催眠解除!」
ことねがパチンと指を鳴らすと、イカ娘はハッとなり動きを止める。
目の前には、触手でぐるぐる巻きになった大祐が青い顔をしている。
イカ娘「あ、あれ?巨大伊勢エビはどこ行ったのでゲソ!?」
ことね「最初から捕まえていたのは大祐君よ。催眠で大祐君がエビに見えていたのね」
イカ娘「なんと・・・・これが催眠でゲソか。体験してみて凄さがわかったでゲソ!」
ことね「喜んでもらえて嬉しいわ」
はしゃぐイカ娘を見て嬉しそうなことね。
大祐 「あのー、そろそろ離してもらえないかな?」
触手でぐるぐる巻きにされながら放置された大祐は切に訴えていた。
イカ娘「面白い経験だったでゲソ。私もこういうのを使えるようになりたいものでゲソ」
ことね「興味を持ってもらえたかしら。催眠術を行うにあたって必要なのは、催眠の腕もあるけれど必要なのは掛ける対象との『信頼』や本人の『意志の強さ』も影響するの。つまり、術者の腕が良くても相手が疑っていたりかかるつもりがない場合成立しないことが多いの」
イカ娘「ふむ」
ことね「つい先日もここで会った女の子に催眠を試してみたんだけど、結局効果が無かったみたいなの」
イカ娘「そうだったのでゲソか。催眠術も万能ではないのでゲソね」
その後もしばらく探し続けたが、やはり目的の物は見つけられなかった。
イカ娘「結局見つからなかったでゲソね」
ことね「仕方ないわ。大祐君もイカ娘ちゃんも手伝ってくれてありがとう」
大祐 「もう誰かが見つけて持って行っちゃったのかもしれませんね」
ことね「そうかもしれないわ。残念だけど、あきらめましょう」
イカ娘「もしどこかで見つけたら教えるでゲソ」
ことね「ありがとうイカ娘ちゃん。でも大丈夫、また新しく用意するから」
イカ娘「む、いいのでゲソか?」
ことね「ええ。贅沢を言えば使い慣れた五円玉の方が成功率は高いのだけど、また新しいのを使って行けばいいから」
大祐 「支障はないんですか?」
ことね「目立った違いはさしてはないわ。しいて言うなら・・・・」
イカ娘「言うなら?」
ことね「あの五円玉で催眠を掛けた場合、解除しなおすのがちょっと難しくなってしまうわね」
大祐 「そうなんですか?」
ことね「あの五円玉で催眠を掛けた場合、催眠を解くのもあの五円玉がカギになるの。まあ、絶対必要という訳でもないし、あの五円玉で催眠がかかりっぱなしの子もいないから」
イカ娘「ふむ。まあ、お主がいいというのならそれでいいでゲソ」
かくしてことねと大祐は去っていった。
二人の姿が見えなくなるまで見送ったイカ娘がうーんと背伸びする。
イカ娘「さて、私も帰るとするでゲソかね」
相沢家へ戻るために階段を登ろうとする。
と__
チャリーン
足で何かを蹴ったようで、階段にぶつかり音を立てた。
まさかと思い足元を調べると__
イカ娘「あったでゲソ」
イカ娘は紐のついていた五円玉を拾い上げた。
階段を駆け上がり二人を探すが__すでにどこに行ってしまったかわからなくなっていた。
イカ娘「渡しそびれてしまったでゲソね。・・・・まあ、見つからなくても大丈夫だと言っていたし、いつかまた会えた時に渡せばいいでゲソね」
そう言ってイカ娘は五円玉をポケットにしまい、相沢家へと帰っていった。
ガチャリ
みほ 「ここが戦車道資料室だよ」
黒森峰の案内を続けるみほは、沙織たちを資料室へと連れてきた。
麻子 「ここに黒森峰戦車道の歴史があるのか」
みほ 「うん。これまでの戦車道履修者の名簿とか、練習試合・各大会の細かい記録とか細かに記録されてるんだ」
沙織 「うわっ、凄い量の本とか資料。これ全部記録なの?」
華 「まさに黒森峰の歴史ですね」
華の言葉にみほは自分のように嬉しそうな顔をする。
優花里はというと、
優花里「うわあ、これすごいですよ!第一回大会の対戦構成と試合の細かな過程の記録ですよ!私ここまで詳しく残っている記録見るのは初めてです!」
一人大はしゃぎ。
みほ 「秋山さん、良かったら見ていく?」
優花里「いいんですか!?」
どんな状況にも変わらずいつも通りな優花里を見て、少し気持ちが和らいだ沙織たち。
第一回大会の記録を引っ張り出そうとする優花里を見て、麻子が何かを思いついた。
麻子 「そうだ西住さん、新しい・・・・今年の大会の記録もあるのか?」
みほ 「うん、もちろんあるよ」
麻子 「その大会は、どちらも西住さんは出ていたのか?」
みほ 「うん。もちろん」
麻子 「じゃあ、その時の記録を見せてもらってもいいか」
みほ 「うんいいよ、ちょっと待っててね」
そう言ってみほは資料が並べられている本棚へ足を向けた。
沙織 「麻子、どうするつもりなの?」
麻子 「西住さんの中では、自分は黒森峰二年生になっている。だが実際は、二年生の時は大洗にいた。つまり記録を見れば、その記録には自分が大洗に在籍していると表されるはずだ」
華 「なるほど。それを見ればみほさんも事実に気が付いてくれるかもしれませんね」
みほ 「おまたせー」
やがて、みほが第63回大会の時の記録を持って来た。
あんこうチーム全員で資料の最後、集合写真の部分を見る。
そこには__『第六十三回大会優勝校:大洗女子学園(初優勝) 準優勝:黒森峰女学園』との記載と、大洗女子の制服を着たみほが優勝旗を掲げている集合写真があった。
華 「まだ二か月前の出来事なのに・・・・もう遥か前にも感じられますね」
優花里「・・・・そうですね。この大会は、私個人にとっても大きな意味を持つ大会でした」
麻子 「うむ。私も変われるいいきっかけだった」
沙織 「いや、麻子はさして変わってないような気もするけど・・・・」
などと会話しながら、四人はみほを伺う。
みほはじっ、と写真を見つめていたが__やがて沙織たちの方を向いた。
みほ 「・・・・本当に、私も信じられないよ」
沙織 「!みぽりん・・・・?」
神妙な面持ちのみほを見て、沙織たちはまさか、と思う。
優花里「もしや西住殿!この写真を見てお心を取り戻されて__」
みほ 「まさか本当に十一連覇もしちゃうだなんて、思いもしなかった」
麻子 「・・・・。・・・・、__は??」
麻子が素っ頓狂な声を上げる。
華 「ええと・・・・十一連覇、ですか?どこに書かれていましたでしょうか?」
みほ 「えっ?ほら、ここだよ」
みほが指さすのは、『優勝校:大洗女子学園』の部分。
みほ 「ほら、ちゃんと『優勝校:黒森峰女学園(十一連覇) 準優勝:プラウダ高校』って書いてあるよ」
沙織 「」
華 「」
麻子 「」
優花里「」
みほの言葉に、沙織たちは言葉を失った。
だがみほの目を見るに、冗談を言っているようには決して思えなかった。
みほ 「お姉ちゃんと一緒ならならきっとできる、って思っていたけど、本当はすごく不安だったんだ。もしお姉ちゃんの足を引っ張っちゃったら、って」
華 「・・・・」
みほ 「でもみんながいてくれた。戦車道は一両や二両じゃできない。みんなが一つになって初めて完成するんだって。あの時、エリカさんたちが駆けつけてくれなかったらどうなってたか・・・・」
みほは嬉々としてチームメイト(黒森峰の戦車道チーム)について語っていた。
そんなみほを、複雑そうな表情で見る沙織。
やがて沙織の様子に気が付いたのか、
みほ 「あっ、でも武部さんたちもすごく頑張ってたよ!優勝候補とまで言われてたサンダースにあそこまで戦果を出せたんだから、胸を張っても__」
沙織 「__っ!」
いたたまれなくなったのか、沙織は資料室から飛び出して行ってしまった。
みほ 「あっ、武部さん!?」
麻子 「ここは私に任せてくれ。秋山さんたちはここで待っててくれ」
優花里「あっ、はい!」
沙織は資料室を飛び出し、近くの女子トイレでバチャバチャと顔を洗っていた。
麻子 「沙織」
沙織 「麻子・・・・」
麻子 「顔が水びたしだぞ」
麻子がハンカチを渡し、沙織は顔を拭う。
沙織 「・・・・ありがと麻子」
麻子 「まあ、気持ちはわかるがな。私だって、目の前であんな西住さんを見せられるのはくるものがある。だが、それは覚悟の上だったろう」
沙織 「・・・・わかってるよ。でもやっぱり実際言われるとショックだなぁ・・・・」
麻子 「西住さんだって悪気があって言ったんじゃない。あれが今の西住さんにとって『現実』なんだ」
沙織 「うん、もう私取り乱さない。弱音はアレで最後!」
麻子 「その意気だ。__それにしても気になるな」
沙織 「?何が」
麻子 「西住さんの今の状態についてだ。もしかしたら__」
次の日。
医師 「全く異常ありません」
みほを診察した医師はきっぱりそう告げた。
まほ 「・・・・異常なしとは、どういうことでしょうか」
医師 「言葉の通り、外傷は一切見当たりません。簡易的ですが脳波に乱れもない。薬物等による幻覚や視覚誤認の可能性も、血液検査により一切関与は認められませんでした。医学的にお答えするならば、妹さんはいたって健常と言えるでしょう」
エリカ「健常って・・・・アレのどこがまともな状態だっていうのよ!」
まほ 「エリカ、落ち着け。・・・・はるばるお越しいただき、ありがとうございました」
医師 「いえ、日本にはちょうど他の用もありましたので。もしまた何かありましたら是非ご連絡を」
そう言い医師は去っていった。
後に残されたまほとエリカは途方に暮れるのだった。
まほ 「これは参ったな・・・・。解決までとはいかずとも糸口はつかめると思っていたんだが」
エリカ「あの医師、あの変わりようを知らないから好き放題言ってくれましたね」
小梅 「でもどうしましょう?これではみほさんはずっとあのままということに・・・・」
エリカ「冗談じゃないわよ。今更あの子と仲良しごっこしろっていうの?」
麻子 「ちょっといいだろうか」
まほ 「ん?」
そこへ麻子が現れた。
場所を作戦会議室に移す。
エリカ「で、何よ?話って」
麻子 「聞いた話によると、西住さんに医学的な原因は見つからなかったらしいが」
まほ 「ああ。医学的観点から見て、みほには一切の異常は認められないそうだ」
小梅 「ですから見当がつかなくなってしまいまして」
麻子 「ふむ。なら私の仮説を聞いてもらえないか」
エリカ「何よ、アンタなら何か分かるって言うの?」
そして麻子が自分の考えを話す。
と、みるみるうちにまほたちの顔色が変わり始める。
小梅 「そんな、まさか・・・・それほどのものが?」
エリカ「普段なら何バカなこと__って言いきれるんだけど、この状況下だとあながち全否定できないわね」
まほ 「・・・・私は冷泉さんに一理あると思う。実際にどこまで可能かどうかはわからないが、現状において一番説得力がある」
エリカ「ですが・・・・仮にそうだとしてどう証明するんです?あの子に真偽を問いかけたところで答えられるものではないと思いますが・・・・」
まほ 「そうだ。だからまず冷泉さんの説を証明するところから始めようと思う。これはみんなの協力が必要なのだが__」
かくして会議室で、内密な作戦会議が始まった。
職員 「こちらです」
西 「かたじけない」
千葉県某所。
とある建造物の廊下を、職員の女性を先頭に西たちは連れ立って歩いていた。
建物内は若干古くとも、衛生感あふれ隅々まで手が施されているのを感じさせる。
いつもの賑やかすぎる空気は鳴りを潜め、全員が真剣な面持ちで黙ってついていく。
やがて、とある部屋の前で職員は足を止めた。
職員 「こちらのお部屋です」
西 「ここに・・・・」
顔が一層険しくなる。
いざ乗り込まんと意気込む西らを職員が止める。
職員 「申し訳ありませんが、大変ご高齢のため大人数での入室はご遠慮願いますでしょうか」
西 「むっ・・・・至極当然でありましたな」
振り向き一同を見やる。
西 「では・・・・細見、玉田。__それに、福田。共に来てくれ。後の者はここにて待機」
福田 「は、はいっ!」
知波単「了解いたしました!」
西 「失礼いたします」
軽くノックをし、扉を開ける。
かくして西たち四人は部屋へと足を踏み入れる。
部屋の中は丁寧に活けられた華や、部屋主であろう様々な時代を感じさせる写真、そして日本戦車の模型が部屋の各所に飾られていた。
その内装に目を奪われていると__
福田 「っ!西隊長殿、あれに!」
福田の示す先には、窓の外を眺め黄昏る一人の老女がいた。
右手には杖を持っている。
細見 「もしや、あの方が・・・・」
玉田 「もっとこう、鬼気溢れる方とばかり想像していたが」
しばらくそのまま寮所を見ていたが__
老女 「あら」
老女が西らに気が付いた。
老女 「ごめんなさい、いらしてたことに気が付けなくって」
そう言いながら、杖をつきながらゆっくりと歩み寄って来た。
だが足が悪いらしく、ぷるぷると震え足元がおぼつかない。
西 「あああ、どうか無理はなさらず!こちらから参りますので!」
慌てた西たちが駆け寄り、彼女を支え椅子を用意し座らせる。
老女 「ああら、ありがとう。年を取るとどうしても足に来て駄目ねえ」
まるで他人事のようにころころ笑う。
そこになって、彼女は初めて西をしっかりと認識した。
西もしっかりと老女を見つめ返す。
西 「お初にお目にかかります。自分、知波単学園二年、西絹代と申します」
細見 「同じく二年、細身であります!」
玉田 「玉田であります!」
福田 「ふっ、福田であります!」
老女 「そう。・・・・貴女たちが」
ふっと嬉しそうな笑みを浮かべる。
老女 「嬉しいわ。後輩が訪ねて来てくれるなんて何十年ぶりかしら・・・・。__はじめまして。藤原コズヱよ」
西たちに倣うように小さいながらも敬礼を返す。
西 「・・・・貴女に、お会いしたかった」
西は感慨深い表情を浮かべながら、ポケットから鍵を取り出す。
__それは、研究所奥の扉を開いた、例の冊子に添えられていた鍵。
それを見た藤原コズヱは、驚きと共に嬉しそうに表情を崩した。
藤原 「・・・・そう、・・・・そうなの。ついに・・・・貴女たちの世代が辿りついてくれたのね」
西 「藤原殿。我らは、どうしてもお聞きしたいことがあり参上仕りました」
藤原 「・・・・ええ。わかってますよ。『あの子』について・・・・でしょう?」
西 「はい」
藤原 「ふふっ・・・・。誰かと『あの子』についてお話しするのは何十年ぶりかしら」
言いながら天井を仰ぐように目線を上げ__記憶をゆっくり引っ張り上げるように目を閉じた。
藤原 「そう・・・・あれはもう五十年以上も前。今年の夏と同じ・・・・当時にしては、珍しく暑い夏だったわ」
ミスにより投稿が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
今回の話に出てきた大原ことねと五領大祐。
この二人はイカ娘と同じ原作者さんが描かれている『あつまれ!ふしぎ研究部』の登場人物です。
ぜひとも劇場版にて登場させたかったので出させていただきました。
あまり深く考えず、ことねは『本物の腕前を持った催眠術師』とだけ覚えていていただければと思います。