侵略!パンツァー娘   作:慶斗

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Chapter06:ちょっと昔の話です!(前編)

~~ちょっと昔・八月某日~~

 

???「右翼!遅れているぞ!半車体前へ出せ!」

隊員A「は、はっ!」

 

由比ガ浜の海岸を、知波単学園の戦車群が砂煙を上げて走り抜けていく。

先陣を切る戦車にまたがる隊長格の女生徒の袴が風にはためく。

 

隊員B「藤原隊長殿、神妙に気合入っておられるなあ」

隊員C「さもありなん、ついに先日我ら知波単学園の戦車道が連盟に正式に名を連ねたのだ。よって我らの今後の活動は正式なるいち学生の嗜みの一つと昇華したということよ」

隊員D「特に藤原隊長殿の家系は歴史に名を轟かせた戦車道の一族。終戦のあおりによって抑圧された日々はそれこそ屈辱と慟哭に満ちておられたであろう」

???「そこっ!私語を並べる暇があるのならば桿を握れ!」

隊員B「はっ、も、申し訳ありません!」

 

私語を交わしていた隊員たちを一括した知波単学園隊長__若き日の藤原コズヱは溜息をつく。

 

藤原 「今日の一戦は我らが知波単学園戦車道復活から数える記念すべき交流試合の日!後の後輩たちの語り継ぐこの一戦を、無様な結果に残すことは断じて許さぬからな!」

隊員A「はい、はいいい!」

隊員C「ううむ、鬼気迫るものがあるな」

隊員B「事実上、これが我らの初陣と言えるからな」

藤原 「その通り。これまでかの国の管理下に置かれていた我が国が一国としての自由を取り戻す日がやって来たのだ。戦車道復興こそまさにその礎!」

 

きっと前方の空を見上げ、声の限り叫ぶ。

 

藤原 「もはや戦後ではない!!!」

 

更に砂煙を上げ進む知波単戦車隊。

隊長・藤原の駆る特二式内火艇・カミを先頭とし、粛々と前進を続けている。

 

隊員B「__そういえば、由比ガ浜といえば耳にしたことがあるのだが」

隊員A「む?どうしたのだ」

隊員B「・・・・この砂浜は、『出る』のだそうだ」

 

ビクッ!

 

仁王立ちの姿勢のまま藤原が体をこわばらせる。

 

隊員A「で、出るとは、いかなることか!?」

隊員B「知れたこと・・・・『幽霊』よ」

 

ビクビクッ!

 

藤原の体がさらにこわばる。

 

隊員A「ゆゆゆ、幽霊だと!?それはいかなる幽霊か!?」

隊員B「うむ、聞いた話では・・・・『それ』は、日中に現れるのだそうだ」

隊員A「日中だと!?幽霊というものは丑三つ時に出るのではないのか!」

隊員B「その幽霊は、良く晴れた日に現れるそうだ。__そう、今日のようにな」

 

隊員たちがハッとして空を見上げる。

藤原もこっそり空を見上げる。

雲一つない、昨今にしては暑すぎるくらいの夏日だった。

 

隊員B「目撃者の話によると・・・・その幽霊は、赤い帽子と赤いワンピースを着て、海から現れるそうだ」

隊員C「う、海から・・・・?」

隊員B「うむ。海に腰まで浸かった姿で現れたかと思えば__」

隊員A「お、思えば!?」

隊員B「こちら恨みがましい目で睨みつけた後、姿勢を変えずまるで滑るかのごとく速度でそのまま海へと消えていくそうだ・・・・」

隊員A「ぎゃー!」

隊員C「ぬわー!」

隊員B「そんな目撃例が相次ぎ、地元では『海女(うみおんな)』と呼ばれ恐れられているそうだ」

隊員A「ひいい・・・くわばらくわばら・・・・!」

 

そんな怪談話にすっかり縮こまってしまっている隊員たち。

 

藤原 「いいい、いい加減にしろ!この文明の発達した時勢に、何をたわけたことを言っている!現実を見据えるのだ!」

 

藤原の剣幕に、隊員たちは私語をやめ幽霊話もそこで終わった。

藤原は隊員たちに悟られないよう、必死に顔をこわばらせて震えを誤魔化す。

 

藤原 「もはや戦後ではない・・・・もはや戦後ではないのだ!」

 

__そんな知波単戦車団を、豪華な装飾のついた単眼望遠鏡で覗く人影があった。

そこには高級そうなパンツァージャケットに身を包んだ少女が二人。

一人は砂浜にティーテーブルを置き、椅子に座りながら優雅に紅茶を飲んでいる。

夏でありながら汗一つかかず、肩には上質そうな赤いチェックのストールを羽織っている。

 

???「参ったようですわね」

???「あんなに大きく砂煙を立てて行進だなんて・・・・品がなっていませんね」

???「あの砂煙は熱意と意気込みの証。そう軽るんじるものではなくてよ」

 

単眼望遠鏡を覗き込んでいたもう一人の少女は望遠鏡を懐に仕舞う。

振る舞い的に彼女は副隊長だろう。

 

副隊長「では隊長、参りましょう。まもなくあちららもここへ到達することかと」

???「・・・・」

副隊長「あの、隊長?」

 

しかし隊長格の少女は副隊長の促しに答えず、悠々と紅茶を飲んでいる。

その間にも知波単の戦車団が猛スピードで近づいてきている。

副隊長の表情に戸惑いが浮かぶ。

 

副隊長「隊長、参りましょう。ここにいては危険です」

 

しかし少女は動かない。

ますます近寄る戦車団。

もう100mは切っている。

 

副隊長「隊長!立ってくださいってば!」

 

副隊長が慌てて引っ張り上げようとするが少女はびくともしない。

そして__

 

ガガガガガガガ!

 

ついに知波単戦車団は目の前にまで来ていた。

 

副隊長「きゃあああああああ!」

 

耐えられなくなった副隊長は頭を抱え、その場に小さくしゃがみこんでしまう。

そして、静寂。

 

副隊長「・・・・?」

 

恐る恐る顔を上げると__

そこには、少女のわずか1mも無いであろう超至近距離に藤原のカミが停車していた。

 

副隊長「た、隊長!ご無事ですか!?」

 

半分腰が抜けたような姿勢で駆け寄る副隊長。

 

???「無事とは、何のことかしら。私はここで紅茶を嗜みつつ完成された統率を拝見していただけよ?」

 

少女は自分があわや轢かれる位置にいたにもかかわらず平然としていた。

やがてカミのキューポラが勢いよく開き藤原が姿を現し、ひらりと飛び降りる。

 

藤原 「やあやあ、そこにおわすは聖グロリアーナ女学院の隊長殿とお見受けする!我こそは知波単学園戦車道班隊長・藤原コズヱである!」

 

勢いに任せたような藤原の名乗りに、少女は優雅に椅子から腰を下ろす。

 

???「お初にお目にかかります。わたくし、聖グロリアーナ女学院戦車道隊長を務めております。__そうですわね」

 

少女はコホン、と咳払い。

 

???「ダージリン・・・・とお呼びくださいまし」

 

 

※形式の都合上、キャラの名前が一部略称になっています。

 

当時ダージリンと呼ばれていた少女→昔ダー

 

 

~~~時は戻り現在~~~

 

 

イカ娘「うううー・・・・気が重いでゲソ」

 

イカ娘は栄子・千鶴・早苗らと連れ立って道を歩いている。

千鶴は大きな手土産を持ち、一同を案内している。

 

栄子 「そう身構えるなって。聞いた話じゃ、温和な淑女だって話じゃんか」

イカ娘「・・・・でも、千鶴と知り合いだって言うじゃなイカ」

栄子 「そう言ってたな、長い付き合いだ何だとか」

イカ娘「絶対マトモじゃないでゲソ・・・・。そもそも人間であるかどうかも怪しいでゲソよ」

千鶴 「何か言ったかしら?」

 

くるりと笑顔で振り向く千鶴にブンブンと勢いよく首を横に振るイカ娘だった。

やがて目的地に到着。

早苗が話していた、チャーチルを貸してくれた老女の住まう家である。

 

ピンポーン

 

???『はあい』

 

インターフォンを押すと、すぐに返事が返ってきた。

そして、時間を置かず

 

ガチャリ

 

正面玄関のドアが開いた。

反射的に栄子の後ろに隠れるイカ娘。

 

老婦人「あらあら、わざわざいらっしゃい」

 

そこには件の老婦人が笑顔で出迎えていた。

杖をつき、やや腰が曲がって入るがしっかりした顔つきの賢そうな印象を受ける。

上品な着こなしの上に、赤いチェックのストールがかかっている。

 

千鶴 「ご無沙汰しております」

老婦人「ええ。貴女も変わらず元気そうで何よりだわ」

 

千鶴は笑顔でカーテシーをすると、彼女も軽く同じ動作で返す。

 

老婦人「あなたもお久しぶり。また会えて嬉しいわ」

早苗 「はい、ご無沙汰していますおばさま。えっと、それでですね・・・・」

 

切り出しにくそうにもじもじする早苗。

と、

 

老婦人「あら、あなたたちは・・・・」

栄子 「あはは、どうも・・・・」

 

老婦人が栄子と、その陰に隠れているイカ娘に気が付いた。

ビクッとしながらも、そっと顔をのぞかせる。

と__

 

老婦人「あらあらまあまあ、あなたが・・・・そうなのね」

 

しげしげと、感慨深そうにイカ娘を見つめている。

と、次の瞬間、

 

イカ娘「ご、ごめんなさいでゲソーーーッ!」

早苗 「イカちゃん!?」

栄子 「お、おいおい」

 

イカ娘は目にもとまらぬ速さで土下座をした。

呆気にとられる老婦人。

 

老婦人「あらあら、どうしちゃったの突然」

イカ娘「おばあさんに借りてたチャーチルを、守り切れなかったでゲソ!ごめんなさいでゲソー!」

 

地面に額をこすりつけるように土下座し続けるイカ娘。

恐怖と寒さが入り混じりカタカタと震えている。

と__

 

ふわっ

 

イカ娘の肩に何か軽い柔らかいものがかけられる。

恐る恐る確かめると、それは老婦人がかけていた赤いストールだった。

老婦人は土下座しているイカ娘の前に両膝をついて笑顔を向ける。

 

老婦人「貴女が謝る必要なんて無いわ。私は怒ってなんていないし、チャーチルのこともあなたのせいだなんてちっとも思っていない。・・・・むしろ、今はとても嬉しいの」

イカ娘「うれしい、でゲソ?」

老婦人「だってそうでしょう?私の長年の望みを叶えてくれて、そしてあのチャーチルをあそこまで大切に想ってくれている貴女と出会えた。これが嬉しい以外に何かあって?」

 

そう言いながらイカ娘の両手を取って優しく立ち上がらせる。

 

老婦人「さあ、みんな入って。今日のためにとっておきのティータイムの準備をしておいたのよ」

 

彼女にいざなわれ、家の中を案内される一同。

リビングにたどり着くと__

 

ダー 「お待ちしていましたわ」

イカ娘「ダージリンさん?」

 

テーブルの上にティーポッドを置いたダージリンが微笑む。

そこには来る人数を予想していたのか、この場にいる人数ぴったりのティーカップと紅茶の準備が出来ていた。

かくして始まったティータイム。

初めは緊張で硬くなっていたイカ娘も、時間が経つにつれ打ち解け始めていた。

 

イカ娘「それにしても、おばあさんが千鶴とだけでなくダージリンさんとも知り合いだったとは意外だったでゲソ」

老婦人「ふふ、それはそうよ。私たちは同じ学校出身なんだもの」

栄子 「えっ、そうだったんですか?」

ダー 「ええ。この方は私たちがグロリアーナへ入学するよりもっと前にグロリアーナを卒業された方。言わば私たちの大先輩と言えるお方ですわ」

老婦人「あらあら。そんな大層なものじゃないわよ。ただ私が早く生まれて早く入学していた、ただそれだけよ」

 

謙遜ではなく本心から述べているような彼女からは奥ゆかしい印象を感じる。

と、ここで早苗が口を開く。

 

早苗 「あの、おばさま」

老婦人「・・・・ふふっ、分かっているわ。・・・・あのチャーチルについて、でしょう?」

早苗 「はい。思い返してみればお借りした時に尋ねるべきだったかもしれません。おばさまがあのチャーチルを貸してくれた理由」

老婦人「そうね・・・・、どこから語ろうかしら」

 

そう言いながら老婦人は全員分の紅茶を注ぎなおす。

 

老婦人「そう・・・・あれはもう五十年以上も前。今年の夏と同じ・・・・当時にしては、珍しく暑い夏だったわ」

 

 

~~再びちょっと昔に戻る~~

 

 

藤原 「だー・・・・じりん殿?」

昔ダー「ええ。皆からはそう呼ばれていますわ」

副隊長「我が聖グロリアーナでは戦車道チームに属する物は皆ティーネーム・・・・あなた方にもわかるよう言いなえれば紅茶に準じたあだ名を与えられることになりますの。その中でも我らが隊長は過去誰も成しえなかった『ダージリン』の名を勝ち取る偉業をなした方なのよ」

藤原 「・・・・はあ」

 

内容が理解できず素っ気ない返事しか返せない藤原。

 

副隊長「・・・・何なんですの、その気のない返しは?まさか、隊長の戦車道史を塗り替えるあの快挙を存じないとでも仰るつもりじゃないでしょうね?」

藤原 「あー・・・・」

 

言い寄る副隊長に、目を泳がせながら頬をかく藤原。

 

副隊長「はあ、これだから田舎の戦車道チームは嫌なのですわ。どうせ戦車に乗れるといっても突撃しかできない猪だけだとは思っていましたが・・・・やはりその隊長もお山の大将でしかなかったということですわね」

隊員A「な、何だと!黙って聞いて居れば好き勝手なことを!」

隊員B「我らだけならいざ知らず、藤原隊長殿まで愚弄するか!」

 

藤原を鼻で笑う副隊長の態度に激昂する知波単の隊員。

お互いがにらみ合い、一触即発な空気が漂い始める。

 

チーン!

 

と、突如甲高い音が響き渡り、両名がはっと見る。

ダージリンが空になったティーカップをポットに軽く当てた音だった。

 

昔ダー「落ち着きなさい。私たちは戦車道の練習試合のためにこちらへ来たのよ?・・・・それとも、貴女は喧嘩をするために来たのかしら?」

副隊長「!・・・・いえ、申し訳ありませんでした」

 

ダージリンにたしなめられ素直に引き下がる副隊長。

 

昔ダー「我が隊の子が失礼いたしましたわ」

藤原 「いやいや、そのようなことは」

昔ダー「藤原さんの戦車道の腕前はかねてより耳に届いておりましたわ。本日お会いできるのを楽しみにしておりましたの」

藤原 「ダージリン殿にそこまで言っていただけるのなら、恐悦至極」

昔ダー「謙遜なさらないでくださいまし。先ほどの停車で、皆さんの技術レベルは十分垣間見させていただきましたわ。__あの距離の急停車で砂粒一つこちらに飛ばすことがないくらいである・・・・ということだけは」

 

事実、あの距離で急停車をしたにもかかわらず、ダージリンの足下やテーブルには一切砂粒が飛び散ってていなかった。

藤原はダージリンの言葉にニヤリと笑みを浮かべ、ダージリンもにこりと笑みを返すのだった。

 

__一時間後。

 

藤原ら知波単学園戦車道チームは由比ガ浜海岸の戦車道エリアに集い隊列を整えていた。

 

隊員B「藤原隊長殿!全車両準備完了いたしました!」

藤原 「うむ。なればあとは合図を待つのみ」

 

藤原は編隊の中央に位置したカミの上で仁王立ちし、試合開始の合図を待っていた。

 

隊員A「よーし、私はやるぞ!我々を猪と侮ったあ奴らの鼻っ柱をへし折ってくれましょう!」

藤原 「血気にはやるのはいいが、目的をはき違えるな。我々は戦車道をしに来たのだぞ」

隊員A「は、はっ!」

 

先ほどのやり取りからグロリアーナに敵意むき出しになってしまっている隊員を見ながら、藤原は未だ足りない自分の統率力不足を実感していた。

 

藤原 (先ほどのダージリン殿、カップのひと鳴らしで諍いの火種を摘んで見せた。次にあのような場に居合わせるとき、果たして私だけで場を収めることができるだろうか?)

藤原 「・・・・試合が終わったならば時間を見てダージリン殿に統率のいろはたるものを伺いたいものだな。__玉露入りは口に合うだろうか」

 

と、そこへ__

 

ヒュルルルル・・・・

 

遠くの空に何かが勢いよく昇り__

 

ドパーン!

 

派手な色の花火が空中ではじけた。

それを合図に__

 

藤原 「全車全速前進!」

昔ダー「全車前進」

 

練習試合の火ぶたが切って落とされた。

試合が始まると同時に知波単の戦車隊が全速力で飛び出した。

まっすぐグロリアーナ戦車隊に向けて文字通り一丸となっている。

その様子を、先ほどと同じように副隊長が単眼望遠鏡で観察している。

 

副隊長「知波単戦車隊、全車両まっすぐこちらに向かってきます」

 

マチルダのキューポラから身を乗り出した副隊長が、真後ろを進むチャーチルに乗るダージリンに報告する。

 

昔ダー「そう。全車両、そのまま速度を維持し前進」

 

ダージリンは意に介さないように隊に前進を指示する。

そして、どこから出したのかティーカップを取り出し紅茶を飲む。

 

副隊長「やっぱり連中は猪ですね。このまま砲撃戦を行わずに体当たりでもするつもりでしょうか?ははっ」

 

どうにも知波単を見下しがちな副隊長を一瞥しながら、ダージリンは前方を見る。

未だ知波単は全速力で向かってきて、隊列や速度もまばら。

それとは対照的に、粛々と綺麗な陣形を描き進むグロリアーナ。

端から見れば、統率の取れていない未熟な素人vs訓練の行き届いたエリート。

副隊長もその関係を疑っていない様子だった。

だが__ダージリンだけは紅茶を嗜みつつ、知波単戦車団の動きを見逃さず観察し続けている。

 

隊員B「藤原隊長殿!あちら側は未だ隊列変えず!こちらの意図はまだ読まれていないものと思われます!」

隊員C「向こうは完全にこちらが只の猪集団だと高をくくっております。ここで一気呵成に決着をつけてしまいましょう!」

藤原 「驕るな!向こうが我らをどう捉えようと、我らが彼女らを侮って良い理由にはならん!」

 

突撃を続ける知波単戦車団。

藤原のキューポラの縁を掴む力が強まり、鋭い眼光をグロリアーナに向ける。

お互いに前進を続け、近づいていく両戦車チーム。

__そして

 

昔ダー「全車、砲撃開始」

副隊長「砲撃開始!」

 

先に動きを見せたのはグロリアーナ側だった。

 

バアン!ドオン!

 

次々と放たれるグロリアーナ戦車団の行進間射撃。

 

隊員B「グロリアーナからの砲撃です!」

藤原 「全車回避運動!想定範囲内の動きで攻撃をいなせ!」

 

藤原の合図で各車両が散会気味に回避行動をとり始めるが、当時から見ても水準の高い砲撃が次々と知波単戦車団に襲い掛かる。

 

副隊長「よし!全弾正確に着弾いたしましたわ!」

 

単眼鏡で覗き込んでいた副隊長が左手でガッツポーズをとる。

ことごとく正確に撃ち込まれた砲撃により、知波単戦車団の位置していた場所は大きな砂煙が立ち上がっていた。

 

副隊長「まさか接近行進中に砲撃が来るとは予想していなかったのかしら?残念ながら我がグロリアーナの行進間射撃は高校全一でございますのよ?」

 

勝利を確信している副隊長はころころと笑い呆けている。

 

副隊長「さあダージリン様、凱旋と参りましょう。祝賀会のために特製のスコーンを焼かせておりますわ」

 

だがダージリンは姿勢を変えず、そのまま砂煙立ち上る前方をじっと見つめている。

 

副隊長「撤退指示を出していただくほどでもありませんわ。ここは僭越ながら副長であるワタクシが。・・・・ホン。全車__」

昔ダー「全車、そのまま速度を維持し前進」

副隊長「ふあっ!?」

 

撤収を指示しようとした副隊長が、被せてきたダージリンの指示に素っ頓狂な声を上げる。

ダージリンは紅茶を注ぎなおしている。

 

副隊長「あの、隊長?もう勝負はついておりますが・・・・」

昔ダー「あら。貴女の仰る試合というのは、挨拶をするだけで終わるものなのかしら?」

副隊長「えっ?」

 

ダージリンの言葉にはっとして砂煙の立つほうを見る。

すると__

 

ギュオオオン

ヴィイイイン

 

砂煙の中から何か音が聞こえてくる。

そして__

 

ヴオオオオン!

 

砂煙の中から次々と知波単戦車チームの戦車が速度を殺さず飛び出してきた。

砲撃を受ける前とは全く変わらぬ様子と速度で接近し続けている。

 

藤原 「被害状況知らせ!」

隊員B「新入りである大塚・遠山車が沈黙!他の車両は軽微、もしくは無傷であります!作戦の遂行に支障に全く問題なし!」

藤原 「良!」

 

損害を把握した藤原は笑顔を見せ、知波単戦車団は更なる加速を持ってグロリアーナ戦車団に突撃を続けていく。

 

副隊長「どういうことですの!?ワタクシたちの正確な砲撃が直撃して、あの程度の損害だなんて!?」

昔ダー「あの程度で全滅するような方々ならば、わざわざお呼びだてなどしませんわ。__次弾装填。指示を待ちなさい」

副隊長「は・・・・はいっ!」

 

慌てた様子で副隊長はマチルダの中に引っ込んでいった。

その様子を見ながら、ダージリンは嬉しそうに顔を綻ばせる。

そうしている間にもぐいぐい距離を詰めていく知波単勢。

 

藤原 「仕掛ける機会は砲撃の第二波を凌いだ直後。被害状況に合わせ、臨機応変に役割を果たすのだ」

隊員A「了解!」

 

やがてグロリアーナ側も全車装填完了の知らせが届く。

 

昔ダー「砲撃開始」

 

ドオン!

 

先ほどと同じく行進間射撃を行い、同じように正確な位置に着弾する。

__しかし、今回も同じように知波単側に大したダメージを与えるには至らなかった。

ついに知波単戦車団はかなりの距離まで接近を果たし、お互いの姿が肉眼でも十分把握できるほどにまでなっている。

 

昔ダー「__左翼5両、右翼に展開」

 

ダージリンの指示で左翼の守りが右翼に合流し、一時的に右翼の守りが厚くなる。

 

副隊長「ダージリン様、何を!?」

昔ダー「何のことはありませんわ。あちら様がどれほどの牙を持った猪かどうか見極めるのですわ」

 

超接近を果たした藤原とダージリンの目が合う。

ここに来て藤原が大きく口を開く。

 

藤原 「今だ!『削り取る』!!」

 

藤原の号令とともに知波単戦車団が全車右翼側に回り込む。

急な大規模の回り込みに反応しきれないグロリアーナ右翼。

それに対しばっちり照準を合わせている知波単戦車が__

 

藤原 「撃えっ!!」

 

藤原の一声で一斉に火を吹いた。

 

ドオン!

バアン!

ガギン!

 

行進形態をとっていたことにより戦車間が狭まっていたグロリアーナの戦車たちは次々と被弾を許してしまう。

 

藤原 「良!このまま全速離脱!」

 

すれ違いざまに砲撃を果たした知波単戦車団は反撃の隙を許さず、そのままの勢いで走り去り距離を離していった。

残されたグロリアーナ戦車チームは、多数の戦車が黒煙と白旗を上げ、被害は目に見えて明らかだった。

 

副隊長「そ、そんな・・・・」

 

被害の大きさにショックを隠せない副隊長。

もしダージリンの指示で右翼の守りを増やしていなければ、今頃被害は貫通してマチルダやチャーチルもタダでは済まなかったと思われる。

 

昔ダー「・・・・どうやら、あれは『カリュドーン』だったようね」

 

激しい砲撃の中でも紅茶を一滴もこぼさず、ダージリンは静かにつぶやいた。

 

隊員B「はははっ!見たかイギリスかぶれどもめ、これぞ我が知波単学園の誇る『黒鉄の弾丸』!」

隊員A「これで戦況は一気に我々のものとなりました!藤原隊長殿、追撃の指示を!」

 

いきり立つ隊員を横目に、いたって冷静な藤原。

 

藤原 「一斉離脱!相手の射程外へ出るぞ!」

隊員A「隊長殿!?」

隊員C「何故離脱などと!?ここが絶好の好機!立て直す機会を与えるなどという仏心など必要は__」

 

ドオン!

ボゴーン!

 

と__隊員らが不満を口にしきる前に後方から激しい砲撃の音が聞こえたかと思うと、再び先ほどと遜色ないほどの激しい砲撃が知波単戦車団の背後に襲い掛かる。

 

隊員B「うおおお!?どこからの砲撃だ!?」

藤原 「振り向くな!全速離脱!」

 

藤原の号令により全速力で走り去る知波単勢。

しかし最後尾の数両は対応しきれず、白旗を上げている。

そのはるか後方__大打撃を受けたはずのグロリアーナ戦車隊は、後方に回られていたにも関わらずすでに全車両が知波単の背中を捉えていた。

 

藤原 「被害状況は!」

隊員A「今の被弾により三両沈黙!うち一両は九七式であります!」

藤原 「ちい、よりによってチハか!」

隊員B「それよりどういうことですか!?確かに奴らの後方へ抜けたというのに!」

 

虚を突いたと思ったら背後を撃ち抜かれた知波単勢に動揺が広がる。

その頃ダージリンは全速離脱していく知波単戦車団を眺めながら紅茶を注ぎなおしている。

 

昔ダー「我が隊の誇る練度は行進間射撃だけではなくってよ」

藤原 「超信地旋回・・・・」

 

ダージリンは知波単の強襲を凌いだ直後に全車に超信地旋回を指示、藤原の離脱指示が行き届く前に無防備な後部へ怒涛の反撃をお見舞いしたのだった。

 

藤原 「我らの戦法は彼女らには知る由もなかったはず・・・・。にも拘わらず、初見で一丸と襲い掛かるのを予見し守りを固め、かつ一撃離脱を読み超信地旋回で背後を刈り取る・・・・」

 

後ろを振り向いた藤原が見たのは、ウィンクしながらティーカップを掲げるダージリンの姿だった。

藤原の背筋にゾクッとしたものが走る。

 

藤原 「・・・・」

 

険しい表情のまま微動だにしない藤原。

 

隊員B「ふ、藤原隊長殿・・・・」

 

作戦の失敗と実力のさを見せつけられ、さぞ気落ちしているかと声をかけあぐねていたが__

 

藤原 「素晴らしい!」

 

次の瞬間、藤原は歓喜の表情とともに飛び上がった。

 

隊員B「た、隊長殿!?」

藤原 「見たか!?我らが総出で考え編み出した必殺の一撃を!仕掛ける前から予見し!被害も軽微に抑え!あまつさえ逆に我らが痛撃を受ける始末!これが戦車道!これが・・・・グロリアーナ!これがダージリン殿のお手並みか!」

 

藤原は子供のようにはしゃぎ、喜びを隠せないでいる。

 

藤原 「やはり此処へ参ったのは正解だった!これこそ我らが求めた好敵手!彼女らに打ち勝つことこそ、我らのさらなる昇華!」

 

テンションが上がった藤原の指示で、知波単戦車団が一斉に旋回、グロリアーナ勢に正面を向ける。

 

藤原 「これで勝負は五分!いざ、尋常に勝負!」

昔ダー「全車、前進」

 

その気概に呼応したかのように前進を始めるグロリアーナ。

かくして両雄は再び激しい戦火の渦へと身を投じるのであった。

 

__それから一時間後。

度重なる知波単の機動力を生かした強襲と、信地旋回を駆使したグロリアーナの迎撃。

その激しい攻防の結果・・・・両チームの生き残りの戦車は、互いに一両ずつとなっていた。

 

藤原 「はあっ、はあっ、はあっ・・・・」

 

大粒の汗をかき、息も絶え絶えな藤原。

搭乗しているカミは至る所に被弾し、履帯もガタつき、後部からは黒煙も上がり始めている。

 

昔ダー「・・・・」

 

片や、涼しい顔をしてティーカップを離さないダージリン。

被害状況も至って軽く、戦局的有利と実力の差はもはや目に見えるようだった。

 

隊員A「藤原隊長殿・・・・!」

 

一縷の望みを託すように藤原を見守る知波単の隊員たち。

 

副隊長「もはや勝負は決まったようなもの。この状況で隊長が敗北など、例え天地がひっくり返ろうともあり得ませんわ」

 

ダージリンの勝利を確信し、余裕の表情でも見つめるグロリアーナ勢。

ボロボロの状況であってもなお諦めない藤原のカミが、なおも前進し始める。

その様子を油断なく見つめ、ゆっくりと旋回しつつ正確に砲口を向けるチャーチル。

そして尚も側面に回り込もうとするカミに対応し、信地旋回し始めたチャーチル。

が__

 

バギンッ!

 

度重なる信地旋回の負荷に耐えられなかったのか、突如チャーチルの転輪が砕け散り、車体が大きく傾いた。

 

昔ダー「っ!」

 

予想しない揺れにダージリンのティーカップから紅茶が零れそうになり、一瞬だけダージリンの注意が逸れる。

 

藤原 「乾坤一擲!これが最後の好機だ!」

 

死に体に鞭打つように最後の力で吶喊を試みるカミ。

不自然なほどに傾いた体制にも拘わらず砲口をしっかりカミに向けようとするチャーチル。

やがてお互いの照準がお互いを捉え__

 

藤原 「撃__」

昔ダー「撃__」

 

双方が砲撃を放とうとした瞬間

 

バゴオオオオン!

 

双方のちょうど中間、何もないはずの砂浜が突然爆ぜた。

 

藤原 「っ!?」

昔ダー「!」

副隊長「何事っ!?」

 

爆風に巻き上げられた砂煙に襲われ、顔を袴の裾で顔を覆う藤原と、ティーカップに砂が入らないようカップを手で蓋するダージリン。

互いに状況を把握しようと周囲を見渡すが、視界が悪く何も見えない。

__やがて砂煙が晴れ初め、お互いの姿が見え始めた。

 

藤原 「ダージリン殿!ご無事であるか!」

昔ダー「ええ、カップに砂は入っておりませんわ」

 

予期せぬ事態にお互いの無事を確認し合う二人。

試合のことも忘れ、状況の把握を優先し周囲を探る二人。

と__

 

藤原 「あ」

 

藤原が海の方に目線を向けた時、目を見開き声を上げた。

それを見てダージリンも視線を向ける。

知波単隊員たちも、副隊長らグロリアーナの面々も海を見る。

__そして、一同は固まった。

 

???「・・・・」

 

そこには、海には、一人の少女がいた。

 

その少女は赤い帽子と赤いワンピースを着ていて。

 

波打ち際からは10m以上離れているのに腰から上が海面から出ていて。

 

怒りとも憎しみともとれる鋭い眼光をこちらに向けていた。

 

隊員A「う・・・・」

隊員B「う・・・・」

隊員C「う・・・・」

副隊長「う・・・・」

藤原 「う・・・・!」

昔ダー「う?」

 

一同 「海女だーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 

ダージリン以外全員が絶叫した。




恥ずかしながら、かなりの時間をいただいてから再開させていただきました。
再開したからには、ペースを落とさず最後まで楽しんでいただくために尽力いたしますので、どうかもう少しだけお付き合いいただければ幸いです。

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