ウーイッグのカテジナ・ルース   作:Mariah_Bastet

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カテジナの過去、マーベットとの和解。
そして廃墟と化したウーイッグに、遠くに住むカテジナの叔父が訪れるお話です。


第10話 母と娘

小さなオリフィアはマーベットの背中で、色とりどりの衣服に目を丸くしていた。

 

カテジナのクローゼットは、カサレリアでは見られない衣服の花畑だ。

 

 

「あのライラックのツーピース、あなたとてもよく似合っていたわね」

 

 

衣装をひとつひとつめくっていきながら、マーベットは言った。

 

目の前をさらさらと流れていく衣装の波に、負ぶわれたオリフィアが手を伸ばす。

 

カテジナは壁に手をついて、天井の隅に見えない目を向けていた。

 

 

「……あれは気に入ってて、よく着ていたの」

 

「私はね、気に入った服を着るってことが無かったのよ。

 十代からずっと、動きやすい服を着てただけ。

 正直場違いだったけれど、あなたのひらひらした服がちょっと羨ましかった」

 

「あの白いカットソーとショートパンツも?

 あなたは手足が長いからモデルみたいに見えたわ」

 

 

カミオン隊にそんな気の利いたことを言うクルーはいなかったから、

マーベットは鼻の下がむず痒くなった。

 

もっとも、そういうお世辞はオリファーの十八番だったのだが、

彼の特技はもっぱらシュラク隊に向けて発揮されるばかりで、

マーベットは彼の称讃を受けるには近くにいすぎたらしかった。

 

それがそうと分かっていながら、あの頃はムカムカして仕方がなかったのだが、

今となっては懐かしい思い出だ。

 

 

「……ツナギ着ててもそう見えた? あの油まみれの。

 カミオン隊で1番大きいサイズ着てたの私なのよ」

 

 

マーベットが照れ隠しに笑うと、カテジナは無表情のまま言った。

 

 

「マーベットさん、褒められるのお嫌いなのね」

 

「照れくさいのよ。分かるでしょう?

 それに私はあんな淡い色も、ツーピースも似合わないの。背が高すぎて」

 

 

マーベットが今着ているのは、シャクティが縫ってくれたマタニティドレスだ。

 

大事にとってあったらしい、まっさらな生地を使って、ふた揃い作ってくれた。

 

胸のところが、生地をたっぷり使った二重構造になっている。

 

これはお腹が大きくなるのに合わせて身体にフィットしたし、

生地の重なる部分には裏側にボタンがついていて、授乳服としてもよくできていた。

 

ウッソとはまた違う意味で、シャクティもいろいろと天才的な才能を持っている。

 

しかしこれは悪趣味ではないにせよ、あくまで実用的な服だ。

 

だからクローゼットに並ぶ絢爛たるドレスのさざ波に、

マーベットの胸は久しぶりにときめいていた。

 

 

「あれが似合う、あなたが羨ましいのよ。本当に、女の子って感じで」

 

「そんなことないわ、ライラックは女なら誰だって似合う色よ」

 

「そんなの、見てみれば……」

 

 

衣装を手繰る、マーベットの手が止まった。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

自分が見ているきらびやかな衣装が、カテジナには見えていないことに気がついた。

 

 

「気にしないで。今は見えないけれど、あなたの顔は覚えているわ。

 今は母親の顔になっているんでしょうね」

 

「どうかしら、自分じゃわからないわ。ともかくあなたの服を選びましょう。

 元気に生活しているんだって、叔父さまに見せてあげないとね」

 

 

そのうちに、カテジナがいつも着ていたツーピースが見つかった。

 

 

「やっぱりあなたは、これが似合うわ。こっちにいらっしゃい」

 

 

マーベットはカテジナの手を引いて、鏡の前まで来させた。

その傍らにあるスタンドライトに、トップスの生地を重ねた。

 

部屋が、ライラックの色に染まった。

 

 

「光は見えるのよね。この色よ」

 

 

………………。

 

 

カテジナは、その光に向かって一歩近づいた。

 

 

世界が輪郭を持っていた頃、こんなふうに見えたのは――。

 

 

クロノクルはひどくマメな男で、ボロボロになったあのツーピースを、

仕立屋に持って行って、同じものを3つ仕立てさせた。

 

アメリアのコンドミニアムで、新しい化繊生地の香りのするそれを、

窓の前で広げて見せた。

 

コロニーの光の川を透かして、部屋がその色に染まった。

 

 

――袖を通してくれないか。

 

 

クロノクルが広げたトップスに腕を通すと、そのまま後ろから抱きしめられた。

 

 

――また暇ができたら、服を買いに行こう。侍女に揃えさせるより、その方が良かろう。

  君には君の趣味があるだろうからな。

 

 

思わず前に出たカテジナの鎖骨に、マーベットの胸がふわりと当たった。

 

よろけたその背を、長い腕が支えた。

 

 

「あなたがいつも着ていた色よ」

 

 

マーベットの柔らかい声は、クロノクルよりも高いところから降り注ぐ。

 

彼女のくちびるはきっと、カテジナの額のあたりにあるはずだ。

 

甘い匂いは、オリフィアの匂いだろうか。

 

それとも、母親となったマーベットの匂いだろうか。

 

 

――すべてがうまく運んだなら、私も母親になったのだろうか。

 

 

カテジナは自分の子供時代を思い出していた。

 

母のくちびるが、カテジナの額の高さにあった頃だ。

 

母はもう家を空けがちになっていて、ときどき戻ってくるのは決まって深夜だった。

 

目を真っ赤にして、服からは煙草の臭い、口からは酒の臭い。

 

 

「ねーぇ、カテジナ、ねぇ……」

 

 

母の甘えたような声に、カテジナはいつも腹が立った。

 

母の発散する“女”におぞけが走った。

 

それでも水を飲ませて、肩を支えてベッドに運んだ。

 

母とはち合わすのを恐れて、帳簿を持って部屋に閉じこもる父とは、別の寝室へ。

 

人形のようにだらりと弛緩した母の身体に布団をかぶせて、

おやすみも言わずに部屋を後にする。

 

 

「ねえカテジナ、あんた、こんな女になっちゃダメなのよ……ねぇ……」

 

 

掛け布団を抱いて、母はいつもそんなふうに言った。

 

 

――死んだってなるものか。

 

 

母の寝室のドアを睨みながら、幼いカテジナは何度も心に誓った。

 

 

――だからきっと、私は良い母親になったはずだ。

  母のようにだらしない女には、決してならなかった。

 

 

子供の鎖骨がカテジナの胸に当たる頃、変わらずカテジナは家にいて、

その背に腕を回して、抱きしめたはずなのだ。

 

今、カテジナがマーベットに抱かれているように、カテジナは自分の子供を抱くはずだ。

 

その母の胸の向こうには、クロノクルの厚い胸板があって、

家庭の父としてふたりを見守っている。

 

 

――こんなふうに、抱きしめてくれたはずなのだ。

  お父さん、お母さんって呼んで……。

 

 

母となった自分の姿が、マーベットの胸の柔らかさに、

カテジナの背を抱いた手のひらの暖かさに重なった。

 

 

――そうなるはず、だったのに、ぜんぶ、こわしてしまった。

 

 

どうしてだろう。

 

理想に従って、クロノクルに従って、マリア主義に従って。

 

働くほどに、暴れれば暴れるほどに、幸せは遠くなった。

 

そうして、かんしゃくを起こした子供が、両手に掴んだ玩具をぶつけるように、

ウッソとクロノクルをぶつけた。

 

 

壊れたのは、クロノクルだった。

 

 

「なんでなのよ……」

 

 

ライラックの光が歪んだ。目頭が熱くなった。

 

 

「そうよね、どうしてかしらね」

 

 

ツーピースを手挟んだ腕が、カテジナの肩に回された。

 

部屋の色が、電灯の色に戻った。

 

カテジナも、高い位置にあるマーベットの腰にしがみついた。

 

そうすると、熱いものが止まらなくなった。

 

 

「クロノクルの子供が、私をお母さんって呼ぶの、違うわ、違うの。

 私……取り返しのつかないことをしてしまった……」

 

 

カテジナはたまらなくなって、マーベットの肩に顔をうずめた。

柔らかい布地に涙が染み込んでいくのが分かった。

 

大きな手のひらが、カテジナの頭を撫でた。

 

 

「戦争の中では、多かれ少なかれみんなそうよ。

 私だって、悔やんでも悔やみきれないことがたくさんあるわ。

 それはウッソやシャクティだって、みんな同じこと」

 

 

柔らかい声の響く中、小さな手がカテジナの頬に触れた。

 

ぺたぺたと、濡れた頬に触れるオリフィアの小さな手が、カテジナの胸を

いっそう切なくさせて、まるで子供のようにマーベットにしがみついた。

 

そんな彼女を、大きな身体が抱きしめる。

 

長い指が、髪を優しく梳く。

 

 

ずっと幼い頃、まともだった母がそうしてくれたように――。

 

 

「そういう取り返しのつかないことの積み重ねの上に、私たちは生きているのよ。

 この子だって、あなただって、生きているの。生きていかなければ、いけないのよ。

 そうでなければ、そんなの、悲しすぎるわ……だから……」

 

 

その先は、言葉にならないようだった。

 

人と人とが、殺し合いをしたのだ。

 

その中で消えていった命に、どう理屈をつけたって、心から納得などできるものではない。

 

それでも、カテジナとマーベットと、オリフィアがここにいて、生活は続く。

 

 

「……ほら、もうすぐ叔父さまがいらっしゃるわ。

 泣き腫らした顔じゃ心配をさせるわよ」

 

 

長い腕が、もう一度ぎゅっとカテジナを抱きしめた。

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

カテジナの着替えが終わると、マーベットは彼女を応接間で待たせて、お茶の準備をした。

 

紅茶なんてなかなか飲まないから、缶の裏の説明書きをいちいち読んで、

頭に入れながら準備をした。

 

 

――缶詰の無糖練乳って、ミルクの代わりになるのかしら。

 

 

コーヒーを出そうかとも思ったのだが、挽いた豆が見あたらないし、

インスタントを出すのはよろしくないだろう。

 

薄いインスタントコーヒーにグラニュー糖をガバガバ入れて飲むのが、

地上にいる間のカミオン隊の流儀だったのだが、まさかそんなものは出せない。

 

そうこうしているうちに、車の音が近づいてきた。

 

音を聞いてマーベットは驚いた。

 

物資をしこたま積んできたに違いない。

 

カテジナの叔父のルース氏は、エレカではなくガソリン車で

ウーイッグまでやってきたのだ。

 

それもカミオンサイズの巨大なトラックだ。

 

ザンスカール戦争が終わったことで、

この手の払い下げ品が市場に溢れているのかもしれない。

 

カサレリアで静かな生活を営んでいるマーベットには、

そんな事情は預かり知らぬところだ。

 

高い運転席から降りたふたりは苦い顔で、月明かりに照らされた、

死臭漂うゴーストタウンを見渡していた。

 

マーベットは外に出て、彼らを出迎えた。

 

 

「あなたが、えー、ミセス・イノエで?」

 

 

赤ちゃんを背負っているのを見て、ルース氏は“ミセス”をつけた。

 

 

「ええ、初めましてルースさん。そちらの方は?」

 

「彼は医師のベネシュ氏です。カテジナの眼を診てもらうために呼びました。

 しかし……まさかこんなところでずっと……」

 

 

崩落したアパート、めくれ上がった石畳。

 

通りにいくつか残っていた遺体は、ウッソが埋葬したらしいのだが、

家の明かりに暗々と浮かぶ、瓦礫に飛び散った血痕が、空襲の惨状を物語っていた。

 

 

「ずっとというわけではないのですが、離れられない理由があるんです。

 中でお話しましょう。ベネシュ先生、よろしくお願いします」

 

 

マーベットが会釈すると、眼鏡をかけた老人は頷いた。

 

 

「私はね、ウーイッグからムラダー・ボレスラフに移った元難民なんだよ。

 幼いカテジナ嬢の結膜炎を診てやったこともある」

 

 

ルース氏と老人は、診療の道具らしい大きな箱を抱えて応接間に入った。

 

 

「ああ、カテジナ……!」

 

 

ぼんやりと照明を眺めているカテジナの両肩を、ルース氏は震える手で掴んだ。

 

 

「私が分かるかね。もっとも、最後にあったのは12年前の感謝祭以来だ。

 でも君の大きな瞳は、よく覚えているよ……側にいてやれなくてすまなかった」

 

「ええ、叔父さま」

 

 

マーベットの胸で思い切り泣いたカテジナは、今はすっかり落ち着いている様子だった。

 

 

「ルースさん、こちらでお話を」

 

 

マーベットはルース氏をソファに案内し、ベネシュ医師はカテジナの椅子の前に

円テーブルを置いて、いくつか質問をしながら仕事道具を広げ始めた。

 

ぼそぼそとそれに答えるカテジナの声は、聞こえるようで聞こえない。

 

マーベットはルース氏の向かいに座ると、

カテジナがベスパに所属した次第をうまく省略して、これまでの経緯を話した。

 

驚いたのは、ルース氏が伝書鳩症候群について詳しく知っていたということだ。

 

 

「すると、カテジナは最後の戦場にいたということだね。奇妙な事だ。

 私はその場にはいなかったが、話は詳しく聞いている。エンジェル・ハイロゥの……」

 

 

診療を終えたベネシュ医師がこちらに近づいて来たので、ルース氏は言葉を途切れさせた。

 

 

「どうでした? カテジナは……」

 

 

ベネシュ医師はずれた眼鏡を押し上げながら、ソファに腰掛けた。

 

 

「虹彩の縮散には問題なし。炎症を起こしている様子もない。

 ただ、角膜と水晶体がやられとる。まるでハニカム構造だよ。

 脱出ポッドをやられたモビルスーツパイロットに、よくある症状だな。

 よほど至近距離でビームを受けたらしい。よく生き残ったもんだ」

 

 

マーベットはベネシュ医師の言葉を聞きながら、彼の分の紅茶を注いだ。

 

 

「すまんね」

 

 

無糖練乳とグラニュー糖入りの濃い紅茶を、ひと口飲んで続けた。

 

 

「これなら人工眼球を入れる必要はなかろう。

 ハイドロゲル角膜と水晶体を移植すれば、見えるようになる。

 視力は元より多少落ちるだろうがね。

 だが、すぐに手術するのはおすすめできん」

 

 

ベネシュ医師はカップを膝元のソーサーに置いた。

 

 

「失明は患者にとって精神的なショックを与えるものだが、

 視力を取り戻すことも、弱った心には大きな打撃になる。

 カテジナ嬢にはまだその準備ができておらんということだ。

 まずは情緒的リハビリテーションから始めるべきだな」

 

「情緒的リハビリテーションというと?」

 

 

マーベットが尋ねると、ベネシュ医師は人差し指を立てて言った。

 

 

「まずは見えない世界でしっかりと生き、生きておるということを実感させねばならん。

 彼女は多くの、非常に複合的な心的外傷を抱えておる。

 それを、地に足の着いた生活の中で徐々に緩和していくことだ。

 

 そのうちに彼女が心から、見えるものへの執着を示したときが、

 手術の最も良いタイミングになるだろう。

 そのときは手術道具をここに取り寄せるつもりだが……。

 もっとも、ここは良い環境とは言えんようだ」

 

 

ベネシュ医師の人差し指が、窓をさした。

 

ルース氏の視線も、そちらに向けられた。

 

 

「やはり、あれを持ってきて正解だった」

 

 

ルース氏は、月明かりに照らされた巨大なトラックを眺めながらそう呟くと、

今度はその鋭い目をマーベットに向けた。

 

 

「ミセス・イノエ、あなたはリガ・ミリティアの元クルーという話でしたね。

 そうして、カサレリアにお住まいだと。

 ……ということは、ウッソ・エヴィンをきっとご存じでしょう」

 

「ウッソをご存じなんですか?」

 

「彼は有名人ですよ。アムロ・レイのような、伝説的エースだ」

 

 

ルース氏は紅茶のソーサーをテーブルに置いて、膝元で指を組んだ。

 

 

「明日、彼をここに呼んでいただけませんか?

 エドヴァルド・ルースが来ていると言えば、伝わるはずです。

 もっとも私は、彼ほどの有名人じゃありませんがね」




とうとうオリキャラを出してしまいましたが、マーベットがカテジナの状況を考えれば、
彼女の親戚に連絡を取ることは当然であると考えたので、登場させました。

カテジナの叔父がリガ・ミリティアの一員であるというのは都合が良過ぎる気もしますが、
地球の大商人の協力者は多く居たと思われるので、そこはご容赦下さい。

次回は最終回です。
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