ウーイッグのカテジナ・ルース 作:Mariah_Bastet
カサレリアの住居では狭すぎるし、
生産物の幅を広げるためにも開拓が行なわれるであろうと予想しました。
農村生活の先生はシャクティです。
「今日もカテジナさんのところへ行くのね」
「そうだよ。キャベツ持って行ってもいいよね」
「それは構わないけれど……」
ここ連日、ウッソはカテジナの家に通い続けていた。
シャクティは当然、それを良いことだとは思えない。
「カテジナさんは、自分のお家で静かな生活を送っていらっしゃるんでしょう?」
「目が見えないんだから、サポートしてあげないと」
ウッソはあっさりそう答えるのだが、その屈託のなさにシャクティは不安になるのだ。
「責任を感じているというのなら、それは違うわよ。
むしろ、ウッソだからこそ、かき乱される心というものがあるはずよ。
私たちでは縁が深すぎるわ。たとえば、ハイランドの人たちにお願いするとか……」
「僕じゃないと分からないことがあるんだよシャクティ」
そう言われると、何も言えない。
シャクティはウッソの生来のお姉さん好きに、
何か不吉なものが重なっているという気がしていた。
ハイランド組の村にいるときにも、そのことで頭がいっぱいだった。
「異性間の友情が存在するかどうか、っていうくだらない命題ね。
そりゃ存在するわよ。当たり前じゃない。
ただそれが破綻したときの、行き先が違うってだけの話よ」
ひとことひとことの合間に鍬を振り下ろしながら、マルチナが言った。
畑作りは冬のうちから始めないといけない。
土に眠った害虫や細菌を霜で殺すためだ。
シャクティとウォレンは、その手伝いと指導のために来ていた。
なにせハイランドの家族は、去年までずっと宇宙で暮らしてきたのだ。
地球での生き方は、これから学んで行かなくてはならない。
「いや僕はね、その行き先の話がしたくって……」
もっともウォレンはラゲーンの都会育ちだから、単純に男手として来たのだった。
スージィは畑の端で、フランダースと一緒にカルルを遊ばせている。
ハイランドの大人たちは、発電機の部品を買うために遠出していた。
彼らはあくまで技師としての能力を振るって、生活の場を作ろうとしている。
「それなら、あまり回りくどい言い方はしないことね。
議題は単刀直入にしてちょうだい。それとウォレン、手が止まっていてよ」
「おっと、ごめんごめん。えいやっ」
ときどき話に熱中して手が止まるウォレンだったが、
マルチナに良いところを見せたいのもあって、なかなかよく働いた。
「そうやって体を動かしていればいいのよ」
「でも、出来たらお話もしたいな。口はフリーなんだからさ」
「なら小石でもしゃぶってなさい」
「そんなぁ……」
こんなふうにマルチナがウォレンを冷たくあしらうのは、
もうお決まりのことになっていた。
これはいくら手酷く扱っても、ウォレンが挫けずにしつこく絡んでくるという、
ため息混じりの安心感もあるにはあったが、
どちらかというと姉のエリシャを気遣ってのことだった。
エリシャとオデロ、マルチナとウォレン。
その関係は、どうしても重なって見えてしまう。
そんなマルチナの気遣いをエリシャも分かっているから、
「そんなにツンケンしないで、たまには優しくしてあげたら?」
マルチナの隣で鋤を振るいながら、こんなふうにフォローを入れたりもする。
「だってウォレン、しつこいんだもの」
「そう? 僕はけっこう控えめな方だって言われるよ」
「誰がそんなこと言うの」
「それは……いろんな人がさ」
この村でも、オデロという名前はやはり出しづらい。
「そう。あなたの周りには強引な人が多かったのね」
「そうなんだよ、だから今はおしとやかな人を求めてるんだ」
「じゃあシャクティさんじゃない? 何せ元お姫様だもの」
「冗談! シャクティにはウッソがいるじゃないか」
つい話に出したものだから、ふたりしてチラリとシャクティの様子を伺った。
シャクティは心ここにあらずといった様子で、もくもくと乾いた土を耕している。
「……ふーん。じゃあ、その代わりに私ってことなのね」
「そんな、そうじゃないってのは君がいちばん分かってるだろう?」
そんなふうにして、ウォレンとマルチナの関係は少しずつ、
発展しているようにも見えなくはない。
「あ、帰ってきたわ」
2台のワッパに、最初に気付いたのはエリシャだった。
1台はオリフィアをおぶったマーベットで、2台目はマサリク兄弟。
川釣りから帰ってきたのだ。
「ずいぶん進んだじゃない」
マーベットは、黒々と拡がった畑を眺めた。
「マーベットさん。おかえりなさい。そっちは?」
マルチナが尋ねると、代わりにトマーシュが答えた。
「コイが3匹にマス5匹、ウナギが3匹だ」
隣でクーラーボックスを開いたカレルが、ニッと笑った。
スージィが、小さな体でカルルを抱えて覗きに来た。
「わあ、お魚!」
「おちゃかな!」
においを嗅ぎつけて、フランダースも走り寄ってくる。
「ダメよフランダース、シャクティが美味しく料理してくれるから、それまで待つの」
スージィは抱えていたカルルを下ろすと、
クーラーボックスの前で涎を垂らしているフランダースの前足を持ち上げた。
「ワウゥ」
「この子たち、筋が良いわ」
「マーベットさんの指導が良いからですよ」
カレルが答えるその横で、クーラーボックスを覗いたウォレンが歓声を上げた。
「今日はご馳走だね。シャクティ、白ワインって家にあったっけ?」
「あなた、子供のくせに飲む気なの? 許さないわよ」
「違いますよマーベットさん、ウナギの白ワイン煮は僕の好物なんです……
……シャクティ?」
シャクティはひとり、もくもくと鋤を振るい続けていた。
「シャクティ、どうかしたの?」
「……え?」
もう一度声をかけられて、ようやく気づいたようだった。
「シャクティ、魂が抜けちゃってるみたいだよ」
「そうかしら……」
そう答えながらも、心ここにあらずだったのは、シャクティ自身もよく分かっている。
「あのさ、白ワインあったかな。トマーシュたちがウナギ穫ってきたんだ。
白ワイン煮、作れる?」
「ええ、あまりやったことはないけれど。
ウッソのライブラリーからレシピを出してもらえば、美味しいものができるはずよ。
白ワインは確か、お母さんのが残してあったわ。あれを使いましょう」
「じゃあ僕がプリントアウトしてくるよ。ワインも取ってくる。ワッパ貸してくれる?
ついでにウッソも呼んでこよう」
「ウッソはたぶん……まだ帰ってないわ」
鋤の先を見下ろしながらそう答えるシャクティ。
その様子を見て、何かをじっと考えていたマーベットが尋ねた。
「ウッソ、またカテジナさんの所に行ってるの?」
「ええ……」
シャクティがますます暗い顔になったので、なんとか元気づけようとウォレンが言った。
「大丈夫だよ。ウッソのお姉さん好きはビョーキみたいなもんだからさ、
長い目で見てやりなよ。ウッソの心の港はシャクティさ」
「そんなんじゃないわ」
シャクティはまた鋤で土を掘り返し始める。
その傍らで、マルチナがウォレンの額を指で弾いた。
「いてっ。何、なんで?」
「いいから早く、レシピ取ってくるんでしょう」
「そうだった、じゃあ行ってくるよ」
マーベットが降りたワッパに乗って、ウォレンはカサレリアへの道を下っていった。
ここからは1キロも離れていない。
その後ろ姿を見届けながら、マルチナはため息をついた。
「あんなのよ」
「いいじゃない。オデロもヘンだったわ」
エリシャもマルチナも、小さく笑った。
クランスキー姉妹は、こうやってお互いを気遣ってきたのだ。
………………。
…………。
……。
『 戦後処理NGOリガ・ミリティア
ディープヨーロッパ支局長殿
はじめまして。元ホワイトアーク隊のパイロット、
ウッソ・エヴィンと申します。
イエロージャケットの空襲に遭った最も大きな街のひとつであるウーイッグの復興に、
ご助力を頂けないかと思い電子メールを送りました。
元住民の皆さんがウーイッグの復興を必要としていないことは理解しています。
しかしながら、ばらまかれた地雷を撤去して、遺体を埋葬することは、
この地に残された人間の義務であると僕は考えています。
またそういった人道上の問題を別にしても、これはとても切迫した要請なのです。
その理由のひとつは、まず遺体を餌とする害獣の存在です。
今ウーイッグ周辺の野犬は、去年の3倍に増えています。
近くの村では、子供が襲われたという話も聞きました。
医療機関の発達していない村では、野犬の咬害は命に関わる脅威です。
そしてもうひとつは疫病の予防のためです。
今の時期ではそれほど問題にならないことですが、暖かくなってくれば、
遺体に繁殖した危険な菌やウィルスが、ネズミや野犬をキャリアとして、
他の大都市をも巻き込む広域の伝染病を引き起こす可能性があります。
これらを防ぐことは、戦後処理NGOとしてのリガ・ミリティアの
責務でもあると僕は考えます。
ベスパの対人近接地雷の解除方法と実験の詳細なデータは、
添付ファイルにある通りです。
もっと大きな装置が使えれば、街の復興はすみやかに進むでしょう。
ウーイッグには、リガ・ミリティアのクルーのご遺体も数多く残されています。
そのかつての一員として、良い返事をお待ちしています。
カサレリアのウッソ・エヴィン 』
「こんなものかな……」
電子メールを送信すると、ウッソはラップトップを閉じた。
そのままゴロンとベッドに寝ころんだ。
「………………」
ウッソやシャクティ、それにハイランドの家族らが地球の永住権を得たのも、
戦後処理NGOとなったリガ・ミリティアの助けによるものだ。
支局長のアドレスは、IDをもらったときに一緒に渡された。
「これで動いてくれればいいんだけど……」
ウッソも、子供ひとりの思いつきで大人が動いてくれないのはよく分かっている。
先の戦争でも思い知らされたことだ。
大人が子供の意見を聞くのは、よっぽど暇なときか、
また逆に藁をも掴みたいほど切迫した状況だけなのだ。
ウーイッグの復興は、そのどちらにも当てはまらない。
野犬に咬まれることなんて、田舎ならよくあることだと一蹴されるだろうし、
伝染病の予防にまで気を回すほど、地球の市民が受けた戦争の傷は癒えていなかった。
今も続くコロニー間戦争の火の粉が、
地球に降りかからないようにするだけでも精一杯というところだろう。
本当は真っ先に取り組むべきことでも、目に見えない問題は、
ただ目に見えないというだけの理由で後回しにされてしまうものだ。
だからこの宇宙世紀でも、戦乱の度にどこかで伝染病が流行った。
「その点、スペースノイドは気楽だよなあ。
やったことは、なんでもやりっ放しなんだ……」
瓦礫、屍体、疫病――。
地球という平面では、人のやってしまったことは色濃く、
鮮明に、いつまでも残ってしまう。
地球での生活は、狭い2次元の世界に張りついて生きることなのだ。
そういうことを鑑みれば、宇宙に進出した人々が、ニュータイプという概念を
生み出したというのは理解できる話だ。
「エドヴァルドという人が、もし生粋のアースノイドなら、
こういうことにもピンとくるのかな。
いや、どこに生まれようと、人の意識なんてものはみんな違うんだ」
リガ・ミリティアの、ディープヨーロッパ支局長。
IDをもらうときに、一度見かけたことがある。
肩幅の広い堅実な実業家といった感じの人で、
宇宙引越公社のマンデラ・スーンにどこか雰囲気が似ていた。
「まあいいや、メールは送っちゃったんだから。あとは僕ができることをするだけだ」
ピピピ、ピピピ
何度目かの、無線機の音だ。
「ウッソ、ムセン、ムセン、ハヤクデロ」
「うるさいなあ……」
ウッソはハロを軽く蹴飛ばすと、寝ころんだまま腕を伸ばした。
「はい」
「やっと出たわ。まさか今までウーイッグにいたんじゃないでしょうね」
マーベットだ。
「まさか、ちょっとメールを書かないといけなくて……」
「じゃあ無線には出なさい、3度もかけたのに。もうすぐ夕飯よ。
今日はこっちで食べるから、来なさい。すぐによ、わかった?」
はい、と返事する前に無線が切れた。
「メールを書いてる間、ずっと無視してたから怒ってるのかな……そりゃ怒るか」
「ウッソ、フセイジツ」
「文章を書いてるときは邪魔されたくないんだよ」
ウッソは寝床から飛び降りると、外に出た。
いつの間にか夜になっている。
地球は狭い平面だけれど、大気汚染というのは案外早く治まるものだ。
工場のほとんどが月やコロニーに移った今、
ヨーロッパでは満天の星空を見ることができた。
「あの光の中のいくつかはコロニーなんだよな。ハイランドは見えるかな。
サイド2は月の近く……」
ウッソも去年の今頃は、あの光のひとつだったのだ。
そう思って、しばらく夜空を眺めていた。
「行くぞハロ」
「ハロハロ~」
ハロが手摺りにかじりつくと、ウッソはスロットルを回した。
ワッパがふわりと浮き上がる。
――向こうで夕飯ってことは、魚料理かな。
ウッソは静かなローター音を夜の森に響かせながら、暗い坂道を上っていった。
ウッソの超人的な前向きさは、本編でも際立っていましたね。
暗い顔をするシーンは多いんですが、状況を良くしようとする姿勢は、一度も崩さなかったのではないかと思います。
次回、ウーイッグに新たな訪問者が現われます。