ウーイッグのカテジナ・ルース   作:Mariah_Bastet

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ウッソにはできないやり方で、カテジナの世話を焼くシャクティ。
前回のお話の続きです。


第8話 ひなげしの献身

「違うわよ。あなた、分かっているの? あの子、私に惚れてるのよ」

 

 

自分は今うまく笑えているだろうか――そんな不安を振り払うように、カテジナは続けた。

 

 

「昔からずっとなのよ。私の写真を隠し撮りまでして、

 ときどき花屋でバラを買ってくるの。3軒隣の花屋からよ。

 あんな小賢(こざか)しいウッソ君が、私の前ではバカみたいになるのよ」

 

 

そのときの情景が心に浮かんで、次々と言葉が飛び出した。

 

 

「赤い薔薇なんてね、いきなりもらっても困るのよ。すぐに捨てるのもなんだから、

 リビングの、白いカラーを飾った花瓶に差したんだけれど、

 みっともないったらなかったわ。まるで合わないのよ。

 1日中ずっと目障りで、次の日に捨てたわ」

 

「カテジナさん」

 

 

背中を拭う手が止まった。

 

 

「ウッソは……伯父の代わりにはなれません」

 

 

少女の言葉にさあっと血の気が引くのを、カテジナは感じた。

 

今、自分の顔は青くなっているのか、赤くなっているのか。

 

そんなことが気になった。

 

 

「誰もそんなこと、言ってやしないじゃない。

 やきもちも過ぎると可愛くないわよ、お姫様」

 

 

カテジナはそう言い放つと、背中に手を伸ばしてハンドタオルを小さな手からもぎ取った。

 

 

「亡くなった人間のことを軽々しく口にするものじゃないわ。

 死んだのがあの坊やでも、なんにもおかしいことはないのよ。

 戦争だったのよ、違う?」

 

「違いません。でも、ウッソは生きています。今もカサレリアで……」

 

 

そう言われると、カテジナは何も言えなかった。

 

黙っていると、シャクティが再び口を開いた。

 

 

「続きを、させてもらってもいいですか? まだ下の方が拭けてなくて」

 

「……お願いするわ」

 

 

カテジナは奪い取ったハンドタオルを握る、手のひらを開いた。

 

シャクティはそれをそっと手に取ると、カテジナの背中だけではなくて、全身を拭った。

 

シャクティを(おのの)かせていたものは、とうに受け入れられていたらしい。

 

そう思うとカテジナは情けなくもあったし、少し気が楽にもなった。

 

ただ、これ以上クロノクルのことは考えないようにした。

 

いくら感情が(たかぶ)っても、この少女の前で泣くことだけは許せない。

 

 

「お湯、換えてきますね」

 

 

やはり汚れていたらしい。

 

足音と水音が台所に消えて、また戻ってきた。

 

シャクティの所作に伴う控えめな物音と、

温かいハンドタオルが身体を拭う感触に意識を集中させた。

 

クロノクルの面影は、湯のにおいの中にかき消えた。

 

 

――今だけは。

 

 

身体がきれいになると、バスタオルが髪を挟んだ。

 

カテジナは、気づけば何もかもシャクティに任せていた。

 

乾いたタオルが気持ち良い。

 

 

「シャクティちゃん。あなたは、とても良い子ね」

 

 

自然と、そんな言葉が出た。

 

 

「そんなこと……」

 

「良い子よ」

 

 

背の高いカテジナにキャミソールとワンピースを着せるために、

シャクティは裸足で椅子に上らなければならなかった。

 

服を着せ終えて、タライやタオルを片づけると、シャクティは言った。

 

 

「あの、私。ご夕食を持ってきたんです。ウッソが用意するものって、

 きっとここの保存食ばかりでしょう。それだと、栄養が偏るから」

 

「ありがとう。何を持ってきてくれたのかしら」

 

「ウナギの白ワイン煮込みです」

 

「カサレリアでは、豪勢なものを食べてるのね」

 

「近くの村の子たちが捕まえてきて、私の家に白ワインがあったから……

 たまたまなんです。温めてきますね」

 

 

椅子の背に掴まってしばらく待っていると、脂の乗ったウナギと、

香草とワインの豊かな香りが漂ってきた。

 

危うく感動しそうになっている自分に気づく。

 

 

――どうしたって、生きたくて生きたくて、たまらなくなっている!

 

 

ウッソが少しずつ整えている生活の器が、

自分をこんな気持ちにしているのだとカテジナは思った。

 

その器の中で、シャクティが流れるように立ち働いている。

 

固く掴んでいた椅子に腰掛けると、カテジナは見えない目をつぶった。

 

ざわついた心が、赤い世界に少し安らいだ。

 

 

――台所で料理を温めている、あの小さな背中に抱きついたら、

  少女はどんな反応をするだろう。

  振り返って、私の頭を抱くのだろうか。

 

 

カテジナが、かつて永久に失ったものが、あの小さな身体に息づいている。

 

シャクティの足音。その振りまく雰囲気が、カテジナの胸に密かなノスタルジーを生んだ。

 

カテジナはたまらない神経の(たかぶ)りを抑えるために、

その感情に素直に浸ることを自分に許した。

 

 

「……お待たせしました。できましたよ」

 

 

足音が近づいてくる。

 

この少女の前で泣くことだけは、カテジナのプライドが許さない。

 

ウッソが用意した、ランチョンミートを挟んだ乾パンとザワークラウト。

 

そして、シャクティのウナギの白ワイン煮込み。

 

温かい食事は様々な感情を喚起する。

 

 

――宮廷では決まってフランス料理なんだが、

 

 

クロノクルの声が甦った。

 

 

――アメリアで本当に美味いのは下町の屋台のスペイン料理だ。

  カテジナ、私はかつてそんなものばかり食べていたんだよ。

  いつか連れて行ってやろう。

 

 

その言葉は、結局叶わなかった。

 

 

「ありがとう……」

 

 

カテジナは、肩が震えそうになるのをぐっとこらえた。

 

肩の震えをこらえると、手がこわばる。

 

フォークが皿の端に触れて、耳障りな音を立てた。

 

 

「……ありがとうね、シャクティちゃん。

 何か欲しいものがあったら持って行ってちょうだい」

 

 

「もう行って欲しい」ということを言っているのだと、敏感な少女は察した。

 

 

「また来ます。お気をつけて……」

 

 

シャクティは壁に寄せた陳列棚から缶を手に取ると、

 

 

「粉ミルクをひと缶、頂いていきます。ありがとうございます」

 

 

そう言って、歪んだドアを閉めた。

 

ワッパの音が遠のいたのを確認すると、

カテジナは食べかけの皿を脇へどけて、震えながらテーブルに顔を伏せた。

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

「遅かったわね、シャクティ」

 

「ええ、いろいろとお手伝いすることがあって」

 

 

マーベットはベッドに座って、ウッソがプリントアウトした

リガ・ミリティアの広報を読んでいた。

 

オリフィアは、ウッソの作った小さなベッドで眠っている。

 

シャクティは粉ミルクを棚にしまうと、ウナギ料理が入っていたココットを、

台所でできるだけ音を立てないように洗った。

 

 

「カテジナさんの様子はどうだった?」

 

「やっぱり、目が見えないことで色々と不自由をしているようです。

 ただでもウーイッグはあんなになっているし。ウッソもいろいろとやっているけれど、

 どうしても男の子では目の届かない部分がありますから」

 

「それは、そうよね。当然だわ……」

 

 

マーベットは我が子の顔を見ながらそう答えると、再び広報に目を落とした。

 

『伝書鳩症候群』というタイトルの記事があった。

 

あの最後の戦闘に参加した数少ない生き残りは、そのほとんどが

リガ・ミリティアを離れて、戦争前の故郷に帰ってしまったのだそうだ。

 

それだけなら当たり前の話だが、どんな理由があろうとも、

故郷から決して離れたがらないのだという。

 

戦友会にも顔を出さないし、遠出もしたがらない。

 

故郷が廃墟と化していても、近くに新しい街が出来ていても、

そこから決して出ようとしない。

 

ただのPTSDとしては説明のつかないことが多いので、

その帰巣本能から連想したのだろう、伝書鳩症候群という名がつけられていた。

 

紙面ではあのときエンジェル・ハイロゥから発せられたウォーム・バイオリレーションが、

帰巣本能を司る脳神経に強く作用したのだというような説明がなされていた。

 

憶測に過ぎないが、という弁明つきで。

 

ただ、病名がついたということは、

それによって生活に支障をきたしている人間がいるということだ。

 

カテジナのように。

 

 

――なら私は、どうして平気でカサレリアにいるのかしら。

 

 

マーベットはまるで初めから決まっていたことであるかのように、

子供を産み育てる土地にこのカサレリアを選んだ。

 

その選択は間違っていなかったと今も確信しているのだが、

そもそも“選択”などが本当に自分の中でなされたのか、マーベットは疑問に思う。

 

自分の故郷は――と考えて、岩場で水平線をぼうっと眺めていた少女時代とか、

港湾の建築に関わる仕事をしていた両親を手伝う生活とかが心に浮かぶのだけれど、

それは原風景のようなもので、故郷を想うこととは少し違う気がする。

 

両親と共に港湾を転々とする、家らしい家のない生活だった。

 

ある日いつも通りロボットでコンテナを積んでいると、

新人の作業員が隣のクレーンからうっかり鉄骨を取り落とした。

 

マーベットは反射的にマニピュレーターを操作して、その鉄骨を空中でキャッチした。

 

その真下にいたのが当時、地球連邦軍に所属していたオリファーだった。

 

 

「……いい腕だ」

 

 

自分を殺しかけた作業員を怒鳴るよりも、先にそっちが気にかかったらしい。

 

リガ・ミリティアが結成されて、すぐにテストパイロットとして勧誘されたのは、

そういう経緯があってのことだった。

 

その前年に事故で両親を亡くしていたマーベットは、

オリファーの誘いにあっさりと乗った。

 

ヤケになっていたわけでもなく、ちょっとした冒険心の発露のようなものだった。

 

もちろんそのときは、まさか戦闘員になるとは思ってもみなかった。

 

ベスパの本当の脅威を知ったのは、リガ・ミリティアへの所属が決まった後だ。

 

オイ・ニュング伯爵の話を聞いたり、

ギロチンのビデオを見せられたりしてからのことだった。

 

要するに、なるようになったということだ。

 

 

――もしあのとき、あそこにいたのがオリファーでなかったら……。

 

 

オリファーに出会う前に、オイ・ニュング伯爵をさらったあの男が、

自分の前に現れていたらどうだっていただろう。

 

鉄骨に潰されそうになったのが、あの男だったなら。

 

ザンスカールにも、マリア主義という多くの人を惹きつけた理想がある。

 

あの男が何も知らない自分にそれを語ったとしたら、

どうなっていたのか分かったものではない。

 

ウッソのV2と戦う自分を想像して、マーベットは背筋がぞっとした。

 

カテジナは戦場で狂った。

 

マーベット自身は、兵士としての域を越えることはなかったと思う。

 

 

「カテジナさんと私、何が違っていたのだと思う?」

 

 

ふと、そんなことを尋ねてしまっていた。

 

シャクティと一緒にいると、

相手が12歳の少女であるということをつい忘れてしまうことがあった。

 

 

「カテジナさんは少し人嫌いなところはあったけれど、普通の人でした。

 たぶん、出会った人が違うのだと思います」

 

 

そして、それに答えられるのがシャクティという少女だ。

 

 

「……オリファーさんは、人を導くことができる人に見えました」

 

 

よく見ている、とマーベットは思った。

 

確かに、オリファーは希有な才能を持った男だったのだ。

 

あの人の他に誰が、あれほど訓練された“民間人の”モビルスーツ部隊なんてものを

作ることができただろう。

 

シュラク隊が女ばかりの部隊になったのは、おそらく選ぶ側の目ではなく、

選ばれる側の目によるものではなかったかと、今になってマーベットは思う。

 

この人なら――と女に思わせる何かが、オリファーにはあったのだ。

 

要するに天性の女ったらしだったということだけれど、そうして引っかけた女を、

戦士として鍛え上げるだけのマメさと度量があった。

 

だから狂気の戦場で、シュラク隊は誰ひとり狂うことなく戦い抜いた。

 

 

「カテジナさんは、そういう人には出会えなかったのね」

 

「あれは……伯爵とカテジナさんを連れていったのは、私の伯父だったんです」

 

 

マーベットは目を見開いた。

 

シャクティの伯父ということは、女王マリアの弟だということだ。

 

新興国家とはいえ、まさか王族がスパイをやっていたとは夢にも思わなかった。

 

 

「伯父は優しい人でした」

 

「……亡くなったのね」

 

 

シャクティは台所で背中を向けたまま、小さく頷いた。

 

マーベットは、オリファーがただの優しい男で無かったことを、

心からありがたいことだと思った。

 

我が子の寝顔を眺めながら、その幸運には、きっと義務が伴うのだとも感じていた。




シャクティは恐ろしく良くできた子でありながらも、年相応の無茶を何度もやらかすので、
カテジナさん並にアンチが多いヒロインですね。

11歳の子供だということを忘れさせてしまうだけの存在感と能力があります。

私見ですが、やらかしたり、嫌われたりするヒロインは、良いヒロインだと思うのです。
私はカテジナさんもシャクティも好きです。

次回は、カサレリアでたったひとりの大人であるマーベットさんが、ウーイッグへ赴きます。
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