暁はそのドアを開けた。動くと共にカランカランと、懐かしい音が鳴った。
「待ってたぞ。久しぶりだな」
この喫茶店、『ルブラン』のマスターである佐倉惣治郎は腰に手を当て、頬を上げている。
お久しぶりです、そう伝えると「おう」と返事が帰ってきた。すると、俺の後ろから双葉がひょいと顔を出した。
「惣治郎、スッゲー寂しがってたぞ!晩飯のカレー作るのを忘れるようになったし」
「余計なこと言うんじゃねぇよ」
カレーは俺が作っているのが多かった。それで、忘れるようになったのだろうか?だとしたら、嬉しいと思わず笑ってしまった。
取り合えず皆が席に着き、竜司はコーラでそれ以外はコーヒーが出た。しかも、それは春が淹れたコーヒーだ。懐かしい香り、家にはインスタントコーヒーぐらいしかなく、なかなかちゃんとしたコーヒーを飲める機会は少なくなった。
一口、懐かしみながらコーヒーを啜る。おいしい、その一言がつい口から出た。
「本当?ありがとう」
「あぁ、確かにおいしいな」
祐介の同意の言葉に続き、他の皆もそれを称賛していた。竜司は少し困ったような顔をしている。
「ハルは勉強中なのか?」
「そうなの、ここルブランでね」
「アルバイトとして雇ってんだよ。暁と同じ成長スピードで驚いたぜ」
ちゃんと、前に進んでいってるようで良かった。俺はコーヒーをまた一口啜る。
「なぁ、暁は大学とか決めたのか?」
竜司の質問に、俺は静かに頷き真と春に眼をやる。真はニコニコとしながら、大学のことを話す。
「実はね、私達と同じ大学に来るのよ」
「マジで!?」
「そうなんだ!頭良いもんね」
まぁ、行く大学もなく、真と春が居るから行くという理由だが。選び方としては良くないのだろうが、俺はこれで満足している。
竜司は?と聞き返すと、竜司は「俺か?俺はな……」とコーラを片手に持って話を続ける。
「体育大、教師になるんだ」
少し驚いたが、直ぐに納得できた。理由が大体予想の付くものだったからだ。
「鴨志田みてぇなクソな教師が、また現れねぇようにする。それが志望理由だ」
「フ、相変わらずリュージだな」
「へへ、まぁな」
本当に相変わらずに居てくれて良かったと思う。前のまんまで、変わらずに居てくれたことに、俺は笑みの混じった安堵の息を漏らす。
「アン殿は?」
「お前、訊かなくてもわかるだろ?」
「そうだな、愚問だった」
「そんなに有名になってないよ」
俺は真っ先に否定した。杏は、確実に有名になった。その個性と美貌が今では話題のモデルであり、いくつか有名なバラエティー番組でもゲストとして目にすることはある。父も「この娘、最近見るけどかわいいよな」と呟き、友人だ(本当は仲間だと喉まで出かけたが)と言うと眼を見開いて驚いていた。それほど、彼女は有名になった。
その事を杏に伝える。
「えへへ、そうかな?」
と、照れた。これも変わっていない。
すると、双葉が体を前のめりにし「私はな!」と大きく口を開く。
「学校に通ってるぞ!すごいだろ!褒めても良いんだぞ?ん?」
すごいな、と微笑み返すと「そうだろそうだろ!!」と元気良く、ドヤ顔でこちらを見る。
「入学式、めっちゃ緊張してたよな。ロボットみたいな歩き方でさ」
「ぬあ!?それをゆーなと言っただろうが!!」
悪戯の顔をする竜司。俺はそれを微笑んで見ていた。
そうだ、祐介どうだ?と話を振る。
「俺は今、色々な物を描いている。暁に見せたあの絵で、少しだけ俺の名が知れたんだ。寮には数通、画廊に展示してくださいと俺宛に手紙が来た」
「へぇ、すごいじゃないか」
これは驚いた。画廊の方から展示させてくださいと来るのは異様だ。もしかしたら、祐介はこれからすごい絵描きになるのかもしれない。
「マコトは?」
「私は普通に大学に通ってるわ。卒業したら警察学校に通おうと思ってるの」
「警察かー、お父さんの意思を継ぐんだな?」
「そんな大層なものじゃないわ、お父さんみたいな警察になりたいとは思うけどね」
皆、それぞれ進歩していってる。その事を、まるで自分自身の出来事の様に嬉しく思えた。
こうやって集まるのも久しい。積もる話もあり、ルブランでの会話は夜が来ても続いた。