エルフの国ネフテスの首都、アディールを脱出してから、トゥ達は、ルクシャナの小舟で航海を続けていた。
トゥは、何度かデルフリンガーに、ブリミルとエルフの関係のこと、そしてそれとなくトゥの姉であるゼロのことを聞こうとしたが、デルフリンガーは、頑として答えてはくれなかった。
それほどの悲しみを…、無理矢理に聞くのは酷なことだと納得したトゥは、これ以上は聞かないことにした。
ルクシャナは、やがて小舟に横になってスヤスヤと眠りだした。
「まるで光が、畑になったみたい。」
夜の海に月明かりが当たり、それがさざ波に反射して銀色に光る。それを見てティファニアがそう呟いた。
「そうだね。」
「……私達、これからどうなるんだろう?」
「うーん…。」
不安そうにそう言うティファニアに、トゥは、腕を組んで悩む仕草をした。
「聖地に行こう。」
「えっ?」
「そこに何があるか、分かればルイズ達の助けになる。ルクシャナには悪いけど…。」
トゥは、眠っているルクシャナに済まなさそうな目線を送った。
「トゥさんは、すごいね。」
「えっ?」
膝を抱えたティファニアの言葉にトゥは、キョトンとした。
「こんな状況なのにちゃんと目標を持ってる。私なんて…怖くって、何にも考えられなくって…。」
「しょうがないよ。こんな状況じゃ無理ない。」
「でも、トゥさんは、ちゃんと考えてるわ。」
「…私が変なだけだよ。」
「昨日だって、怖くって何もできなかった…。」
昨日のこととは、アリィーとの戦いのことだ。確かにティファニアは何もしていない。
「だからって、ティファちゃんのことを足手纏いだなんて思わないよ?」
「ううん。私ってば足手纏い。どうしてトゥさんは、そんなに冷静に戦えるの? どうしてやらなくちゃいけないことが分かるの?」
「冷静って言うか…、うーん。慣れだね。」
「慣れ?」
「色々とあったし…。私、普通じゃないし。」
「トゥさん!」
「いいの。本当のことだから。庇ってくれるのは嬉しいけど、本当のことなんだよ?」
トゥは、そう言って苦笑する。
ティファニアは、納得がいかない顔をしてトゥを見つめた。
「じゃあ、どうして戦うの? この世界は…トゥさんの世界じゃないんでしょ?」
「うーん…。ルイズがいるからかな。」
「ルイズが?」
「私にとって大切な人。もちろんティファちゃん達も大切。だから戦えるの。」
「大切な…人…。」
「ティファちゃんには、大切な人がいないの?」
「えっと…、子供達も大切だし、お友達も大切だし…。」
頭を抱えてウーンウーンと一生懸命悩んでいるティファニアの様子にトゥは、クスッと笑った。
「わ、笑わないで。」
「ごめんね。でも大切なモノが多いって事は良いことだと思うよ。」
「そうなのかしら?」
「うん。そうそう。」
「でも…、私、トゥさんとルイズが羨ましいな。」
「そう?」
「だって…、その…、えっと…。」
ティファニアは、頬を少し赤らめ、モジモジとした。
「だって…、ルイズってば、あんなにトゥさんのこと、好き好きって言ってるし、ちょっと羨ましいなって思って…。」
「ティファちゃんも誰かに好きって言いたいの?」
「えっ!? えっと…その…。」
「言いたい人いないの?」
「えーと…。」
モジモジモジモジ。ティファニアは、落ち着かない様子で、小舟の床とトゥを交互に何度も見た。そして、カーッと顔どころか耳まで赤くした。
トゥは、首を傾げ。
「もしかして…、私に言いたいの?」
「違うの、違うの。トゥさんには、ルイズがいるのにそんなこと言えないわ。あ! トゥさんに魅力が無いからじゃないから!」
「分かってるよ。」
トゥは、微笑んだ。
「で、でもね…。最近ちょっと変なの…。なんて言ったらいいのか…。」
「ドキドキする?」
「う、うん。」
「抱きしめたくなっちゃう?」
「……。」
「抱きしめて欲しい?」
「あ…。」
トゥは、膝立ちでソッと優しくティファニアを横から抱きしめた。横からなので、ティファニアの凶悪な大きさの胸が当たらず、ポスリッとトゥの胸にティファニアの頭が乗った。
「トゥ…トゥさんって…。」
「うん。」
「柔らかくって、良い匂いがして…。強くって…。どうして、こんなに素敵なんですか?」
「う~ん、そんなこと言われると困るなぁ。」
「そういう控えめなところも…。声も…、好きです。あっ。」
「えっ?」
「違うの違うの! あっ、あの…、嫌いじゃなくって…、その、えっと…。」
「うん。分かってるよ。」
トゥは、慌てているティファニアの頭をよしよしと撫でた。
「ありがとう。ティファちゃん。」
「トゥさん…。」
「誰かを好きになるって素敵なことだよ。」
「でも、友達の恋人を好きなっちゃうのは…。」
「例えそうでも、心がそうしたいって思うんでしょ? どうしてそれが悪いことなの?」
「でも、でも…。」
「ティファちゃんは、とっても優しくって他の人を思いやれことができる子だね。本当に、良い子。でも、時にはわがまま言ってもいいと思うよ?」
「わがまま?」
「そう。自分の心に正直なるの。」
「……。」
「イヤなら、いいんだよ。無理することはな…。」
「好き。」
「んっ?」
「大好き。大好きよ。トゥさん。」
「ティファちゃん…。」
ティファニアは、顔を上げ、トゥをまっすぐ見つめる。
そして両手を伸ばしてきて、トゥの顔を両手で挟むと、自分の顔を近づけてキスをしてきた。
余韻を残して名残惜しそうに離れていったティファニアは、顔を俯かせた。その耳は赤く、顔も真っ赤になっているだろう。
「はあ…、胸がはち切れそうなほどドキドキしちゃってる。なんだろう、このドキドキ。普通じゃない感じ。」
それは、なんというか…浮気をするアレだ。そんな暗い喜び。なんとなく分かってるトゥは、苦笑いを浮かべた。
「ルイズに知られちゃったら、私…爆発で殺されちゃう?」
「だいじょうぶ。私が間に入るから。」
「…お願いするわ。」
一転して顔を青くするティファニアに、トゥはそう言ったのだった。
***
やがて夜が明けた。
眩しい朝日で目を覚ましたトゥの隣には、ティファニアがくっついて寝ている。
ティファニアを起こさないように起き上がったトゥは、すでに起きているルクシャナの姿を見つけた。
「あら、おはよう。」
「おはよう。」
「昨日はお盛んだったわね。」
「えっ。」
「あなたってば、罪な子ね…。恋人がいるのに、別の子をね~。」
「違うってば、ティファちゃんとはそういう関係じゃ…。」
「またまた~。じゃあどうしてキスなんて許してんのよ。」
「だから…。」
「もう言い訳はいいわ。」
「良くない。」
「……トゥさん…。」
するとティファニアが起きた。
「おはよう。トゥさん。」
ティファニアは、ふにゃりっとした寝ぼけ眼と、ほんのりと色づいた頬をしてトゥを見つめて挨拶をしてきた。
「あ~らあら…、なんだかヤバい雰囲気ねぇ。」
ルクシャナが笑いを堪えている様子で言った。
「ティファちゃん、ティファちゃん、ちょっと…。」
「えっ、なぁに? ……あっ。」
甘えたような声で言っていたティファニアだったが、ルクシャナの存在に気づいて顔色を無くした。
「ほんっと、可愛いわね~!」
「わ、笑わないでー!」
可愛い可愛いと笑うルクシャナに、ティファニアは、顔を赤くしてワタワタと手を振った。
トゥがオロオロしていると、ふと気づいた。
「あれ…、なに?」
トゥが指さした先には、島のようなものがあった。
「ああ、あれ? 竜の巣って呼ばれてる群島よ。」
「ぐんとう?」
言われてもそうは見えなかった。
うねうねと動く触手のような岩が水面から伸びており、その長さはかなり長く、一本一本が数十メートルはあった。それが四方八方に伸びている。
「あそこに、ルクシャナの友達がいるの?」
「そうよ。」
「誰が住んでるの? エルフが住んでるようには見えないけど。」
「そりゃあんなところ、エルフは住めないわ。」
「えっ? じゃあ誰がいるの?」
「ついてからのお楽しみよ。」
『とか言いつつ、とんでもない怪物がいたりしてな。』
「えっ…。」
「ちょっと、デルフ。」
茶々を入れてくるデルフリンガー。
『タコの十倍ぐらい触手がついてて、そいつでハーフの嬢ちゃんをがっしりと捕まえてだな…。』
「ひう…。」
「もうやめて。」
怯えるティファニアの頭を撫でながら、トゥは、デルフリンガーをペシッと叩いた。するとデルフリンガーは、アデッ!と悲鳴を上げた。
『イテーな。まあ、そんなのが出ても相棒が守ってやるだろ?』
「当たり前だよ。」
「そ、そうだよね。」
デルフリンガーの言葉とトゥの言葉にティファニアは、ホッとした顔をした。
『相棒は、とんでもなく強いから安心しな、じょーちゃん。』
「そうですよね! トゥさん、とーっても強いもん!」
キャーキャーとはしゃぐティファニア。
トゥは、額を押さえて、はあっと息を吐いた。
自分でそう導いたとはいえ、わがままを覚えたティファニアがこうなるとは思わなかった。なんだかはしゃぎ方がシエスタと被るな~っと思ったのだった。
やがて彼女らを乗せた小舟は、触手のような岩をくぐり抜け、いくつものその岩を抜けた先にある高くそびえる岩のところで、ルクシャナは小舟を止めた。
「? 上陸しないの?」
「ここでいいの。」
「ここ、海だよ。」
「海からじゃないと入れないの。」
「えっ?」
ルクシャナの言葉に、トゥとティファニアは顔を見合わせた。
ルクシャナは、海水をすくい上げ、呪文唱えた。すると手のひらにある海水が光り始めた。
「これを飲んで。」
言われるままその光る海水を飲む。
「これで水中でも息ができるわ。効果が限られているけど。」
『おい! 俺にもなにか魔法をかけてくれ! この身体、錆びやすくって…。』
「もう、世話がやける…。」
そう文句を言いつつ、ルクシャナは、デルフリンガーに魔法をかけた。
「これで海水に触れても大丈夫よ。」
そう言うと、ルクシャナは、下着姿になって海に飛び込んだ。
「水中呼吸の効果は限られてるわ、あなた達も早く。」
「う、うん。行こう、ティファちゃん。」
「ええ…。」
トゥはマントを脱ぎ、ティファニアは、ゆったりしたエルフの服を脱いだ。
トゥが飛び込もうとすると、待て、っとデルフリンガーが止めた。
『嬢ちゃんがビビッてる。』
「ティファちゃん、大丈夫だよ。一緒に行こう。」
トゥは、ティファニアの手を握った。
ティファニアは、その握られた手を見てからトゥの顔を見て、コクリッと頷いた。
そして二人は、海に飛び込んだ。
牢屋での告白劇がなかったので、ここで告白させました。
でもルクシャナに聞かれて見られてた…。
次回は、海母との会話。