二番目の使い魔   作:蜜柑ブタ

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前半は、施療院。
後半は、ファーティマとのやりとり。


第百五話  トゥとファーティマ

 

 アリィーが入り口にある鐘を鳴らした。

 すると、すぐに裾の長いローブを身につけた妙齢の女エルフが奥から出てきた。

 彼女は、アリィーに抱えられているルクシャナを見て驚きの声を上げた。

「おや、ルクシャナじゃないか! どうしたんだい?」

「ひさしぶりね、…サーラ。」

 ルクシャナは、力の無い声で言った。

「二人を治療してやってほしい。金ならある。」

「怪我をしているのかい?」

 そして、ルクシャナとティファニアをベットに寝かせた。

 サーラというエルフは、すぐに診察に移った。

「おや? こっちの娘はハーフなのかい? こりゃ珍しい。」

 自由都市とは言え、ハーフエルフは珍しいらしい。

 そしてサーラは、ティファニアの胸をまじまじと見た。

「なんだい、このおかしな胸は?」

「ひゃ…、何するの?」

 サーラに胸をチョンチョンとつつかれ、目を覚ましたティファニアが小さく悲鳴をあげた。

「あの…、そこは怪我してません。」

「おや? このおかしな胸を治療するんじゃないのかい?」

「ち、違うわ。」

 ティファニアは、涙目でトゥを見た。

「トゥさん…、私の胸…、そんなに変?」

「そんなことないよ。」

「ほんとう?」

「ほんとうだよ。むしろ羨ましいくらいだよ。」

「そうなの?」

「うん。」

「トゥさんの胸の方が素敵だと思うわ…。」

「そう?」

「大きさも形もちょうどいいし、何より、綺麗…。」

「そんなことないよぉ。」

「ちょっと…二人とも何してんのよ…。」

 話がおかしな方向に行っているので、ルクシャナがついにツッコミを入れた。

「この傷…、銃弾を受けたね…。」

 ルクシャナの腹の傷を見て、サーラの目が鋭くなった。

「そっちの娘も…。」

「……。」

 言われて、ルクシャナもティファニアも黙った。

「聞かないでくれると嬉しいわ…。」

「まったくあんたって子は…。」

 サーラは、呆れた声を漏らした。

「あの…何か手伝えることありますか?」

「あんたは、医者? それともメイジかい?」

「いいえ。」

「ならできることはなにもないよ。」

「精霊の力を借りる儀式をするんだ。僕達は邪魔なだけだ。」

「分かりました。」

 アリィーに言われ、トゥは大人しく引き下がった。

 施療院の入り口で、アリィーが今日泊まる宿を探しに行くから、トゥにはファーティマを見張るよう言いつけアリィーは行ってしまった。

 ファーティマは、まだ眠っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、施療院の入り口に寝かされていたファーティマを抱えて、広場にあるベンチにまで来た。

 ファーティマを座らせるように寝かせて、トゥは、その隣に座った。

「……ふう…。」

『さすがに疲れたか?』

「ううん。だいじょうぶ。」

『無理もねーよ。灼熱の砂漠を何時間も歩いたんだ。さすがのお前さんでも参るって。』

「本当にだいじょうぶだって。」

 そう言いながらトゥは、デルフリンガーをファーティマの方に置いて、街並みを見回した。

 雑多で猥雑な雰囲気漂う広場では、ハルケギニアから来た商人達とエルフ達が盛んに売り買いをしている。そこに差別や偏見は見受けられない。

 こんな風にエルフと仲良くできる環境ができるのなら、この先、すべてのエルフと仲良くすることは可能じゃないかという考えが浮かんだ。

 トゥは、空を見上げた。

 ルイズは、今何をしているだろう?

 このまま無事に帰ることができるだろうか?

 はたして…、まだ…自分は間に合うだろうか?

 悪い考えが浮かんできたので、トゥは、ハッとして慌てて頭を振った。

 その時。

「悪魔め! 死ぬがいい!」

「えっ?」

 いつの間にか目を覚ましていたファーティマがデルフリンガーを掴んで斬りかかってきた。

 トゥは、間一髪で避け、ベンチから立ち上がった。

『相棒。避けてくれよ。』

「分かってるよ。」

「死ね!」

 ファーティマが突きを狙ってきた。

 トゥはそれをヒョイッと避けると、ファーティマの腕を掴み軽くねじり上げた。

 見た目に反したトゥの怪力に目を剥いたファーティマは、痛みに呻いてデルフリンガーを落とした。

 トゥは、ファーティマを地面に倒した。

「くっ…、は、放せ…!」

「ダメ。」

「おのれ…、千載一遇の機会を…。」

「デルフじゃ私を殺せないよ?」

「…なに?」

「ごめんなさーい。だいじょうぶですから。」

 騒ぎを見ていた周りの人間やエルフ達に、トゥは笑顔で言った。

 トゥは、ファーティマを押さえつけながらデルフリンガーを拾い、それからファーティマを解放した。

 さすがに武器を持ったトゥと先ほどのトゥの怪力に、ファーティマはトゥに勝てないと判断したのか起き上がっても、観念したように膝をついていた。

 そして我に返ったのか、周りを見回しだした。

「ここは、どこだ?」

「自由都市エウメネスだよ。」

「エウメネスだと!?」

 なぜか驚いていた。

「まさか……、二度と戻るまいと思っていたのに…。」

「えっ?」

 ブツブツと下を向いて言っているファーティマだったが、その時、間抜けなほど大きな腹の虫が鳴った。

「お腹すいたの?」

「ち、違う! 今のは、違う!」

「そうなの?」

 だがまた鳴った。

 ファーティマは、腹を押さえて耳まで真っ赤になっていた。

「私もお腹すいたし、何か買おうかな?」

『待て相棒。俺たち金ないぞ?』

「あ…。そっか…。」

『まあ、待てよ。このエルフの嬢ちゃんの力を借りようぜ。』

 シュンと項垂れるトゥに、デルフリンガーが名案があると言ってきた。

『おい、耳長の嬢ちゃん。』

「私はそんな名前ではない!」

『お前さんも手伝いな。腹が減って仕方がないだろ?』

「だ、誰が貴様らになど…。」

 だが、再び腹の虫が鳴った。

 そしてデルフリンガーは、見てみなと、広場の方を見ろとトゥに促した。

 そこには、旅の楽芸者がナイフ投げを披露していた。評判もよいのか、野次馬達が集まっている。

「もしかして…、あれ?」

『そうだぜ。あれ、だぜ。』

「うまくできるかな?」

『やってみないとわかんねぇぜ。とにかく金を稼がねぇとこの先体力が持たねぇぞ?』

「うん。分かった。」

「…くそ。」

 悪態をつくファーティマだったが、道ばたに落ちている石を見て名案が思いついたのか、ニヤリと笑って石を拾い出した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『さあさあ、皆さん! これより異国の剣舞をご覧いれますよ!』

 トゥが掲げたデルフリンガーが客引きをした。

 通りがかるエルフや人間達が立ち止まり、なんだなんだと見てきた。

『ここにおわする青いお嬢さんは、それは名だたる異国の剣士! 百戦錬磨のその剣舞をご覧あれ!』

「お願い。」

 トゥが石を持っているファーティマの方を見た。

 途端、ファーティマの美しい碧眼が鋭く光った。

「死ね! 悪魔!」

「おっとと。」

 全力で投げつけられる石をヒョイヒョイと避けたり、デルフリンガーでたたき切った。

 途端、見物客達から拍手がきた。

『こんなのまだまだ小手調べ! オラオラ、もっと投げて来いよ!』

 デルフリンガーがファーティマを挑発する。

 ファーティマは、う~っと猫のように唸る。しかしティファニアによく似た美しくて愛らしい容姿のおかげでまったく怖くない。むしろ可愛い。

「おう、次はこれを斬ってみてくれよ!」

 そう言って果物を売っていた商人が、大きなヤシの実を投げてきた。

 それを両手で受け止めたファーティマは、小さく笑った。

 そしてブツブツと何か呟きだした。

『おー、相棒。嬢ちゃんが先住魔法を使う気だぜ。』

「さあ! 来て!」

 デルフリンガーを構えたトゥがファーティマに言った。

「あまねく風の精霊よ! わが仇敵を打ち砕きたまえ!」

 瞬間、猛烈な風をまとったヤシの実が、弾丸のようなスピードで飛んできた。

 トゥは、目にもとまらぬ早さでデルフリンガーを、刀で抜刀するように振った。

 トゥの眼前でヤシの実が、真っ二つに分かれ、ヤシの実は果汁を飛ばしながらあさっての方向へ飛んでいった。

 ファーティマは、なんて奴だ!っと地団駄を踏み、トゥは、ふうっと一息ついてデルフリンガーを降ろした。

 周りから、すげーすげーという声がちらほら聞こえ、やがて盛大な拍手が起こった。

 さすがに先住魔法をたたき切ったのは、効いたらしい。

 お金やら果物やらが投げ込まれる。

『ありがとーありがとー!』

「ありがとうございました。」

 トゥは、デルフリンガーを手にして優雅にお辞儀をした。その美しさにピーピーと口笛を吹く男達がいた。

 ファーティマは、見世物にされたことと、トゥの抹殺に失敗したいことに、ギリギリと歯を食いしばっていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 投げ込まれたおひねりと果物集め、トゥはファーティマと一緒に広場にベンチに戻った。

「これどうやって食べるんだろう?」

 もらった果物の中にはトゥが見たこともないものもあり、潰れたアンモナイトみたいな形の果物を両手で持ってジロジロと見回した。

 そして試しに歯を立ててみるが、固くてとても食べられなかった。

「そこは皮だ。馬鹿か。」

「そうなの? あなたも食べたら? お腹減ってるでしょ?」

「誰が蛮人の施しなどうけるか。」

「そう。じゃあ私だけで食べるね。」

 トゥはデルフリンガーの刃で皮を剥き、中身を食べてみた。

 シャリシャリしたスポンジのような食感で、水分も少なく、あまり甘くなくて、美味しいとは言えなかった。

 料理次第では美味しくなりそうだが、今は料理できないので、我慢して食べた。

 トゥは、食べながらチラリッとファーティマの方を見た。

 ファーティマは、そっぷを向いて腕組むして立っていた。だがその顔は冷静さを無理をして取り繕っているように見えてならない。

 しかも腹の虫が聞こえてくる…。

「ねえ…。食べたら? このままじゃ帰る前に力尽きちゃうよ?」

「ぐ……。くそ! 悪魔! 私にそれを寄越せ!」

「はい、どうぞ。」

 とうとう我慢の限界を超えたファーティマが手を差し出してきたので、トゥは微笑んでその手の上に果物を置いてあげた。

 ファーティマは、トゥの隣にドカッとわざとらしく派手に座ると、果物をむさぼりだした。その食欲たるや、すごい。軍服が汚れようとお構いなしだ。

 二人はしばらく無心で果物を食べた。

 そしてお腹がいっぱいになった。

 その頃には、日も落ちかけており、夕暮れの時を迎えていた。なのだが、広場はますます活気づいていた。

「この街…、好きかも。」

 トゥが笑いながら言うと、隣にいたファーティマがフンッと鼻を鳴らした。

「エルフの誇りを忘れた者達が集う、不愉快な街だ。」

「あなた…、もしかして、この街に住んでたの?」

 ファーティマは、少し黙った。

 しかしやがて、独り言のように語り出した。

 ティファニアの母・シャジャルの罪を背負い、追放された彼女の一族は、長く砂漠をさまよい、古来より流刑地とされるこの街にたどり着いた。

 そして一族のほとんどは、この街にとどまった。流刑民の街と蔑まされ、蛮人共におもねりながら生きるこの街に…。

 だが自分は違うと言った。

 なぜならエスマーイル様に見いだされ、この街を捨てたのだからだと。

「でも…、あなたごと私達を沈めようとしたよ? あなたの仲間。」

「なに? 嘘をつくな。そんなはずはない。」

「本当だよ。私達、船を捨てて逃げたんだよ。ねえ、本当にその…エスマーイル様って人…、その…なんていうか、あなたのこと都合良く利用しているとかってことはないよね?」

「違う! 例え事実だとしても、エスマーイル様は、私がお前達と一緒にいることを知らなかったからだ!」

 そう叫ぶファーティマの目はどこまでもまっすぐだ。

 トゥは、思った。

 この子は、小さいときから迫害され続けて、憎しみだけが積もりに積もって、それをつけ込まれたのだろうと。

「可哀想…。」

「はっ?」

「ううん。なんでもない。ごめんね。」

「なぜ謝る?

「…これ。」

「? どういうつもりだ?」

 ファーティマと協力して稼いだお金を、トゥはファーティマに押しつけた。

「あげる。」

「なんのつもりだ?」

「行っていいよ。」

「…悪魔…、まさかこの私に情けをかけるつもりか!」

「うーん。なんていうか…、めんどくさいから。」

「はあ?」

「見張ってろって言われても、もう疲れた。あなたといたらずっと私の命を狙うでしょ? もう付き合ってられないよ。」

「っ…! …後悔するぞ。」

「でも、ティファちゃんに危害を加えたら…、分かってるよね?」

 コテッと首を傾げてニッコリと笑ったトゥの笑顔に、ファーティマは、背筋をゾッとさせて顔が青ざめた。

 トゥは、それだけ言うと、ベンチから立ち上がって歩いて行った。

 

『甘いな。相棒。』

「うん。そうだね。」

 トゥは、肩をすくめた。

 

 その後、トゥは、また大道芸をして、小銭を稼いだのだった。

 




トゥは、わざとファーティマを挑発するようなことを言いました。(めんどくさいと)

それにして、スカスカでシャリシャリの果物って…スイカとは違うのでしょうけど、何なんでしょうね?
サボテンの実か?

いよいよ聖地の件で物語が終わりへと近づいてきます。

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