ついに聖地へ。
序盤は、ルイズとの会話。キスシーンあり。
トゥは、暗闇の中で、周りに浮かんでいる薄紅色の花を見ていた。
「……また…。」
この花は、いずれ…いやもうすぐ世界を滅ぼすだろう。そこまで成長させてしまった。
花が揺れ動く。
やがて花の向こう側に誰かがいるのを見つけた。
「ゼロ…姉さん…。」
ゼロ。自分の姉…、いや大本。自分は彼女のコピーでしかない。
『まだなのか、ブリミル…。』
「ごめんね、姉さん…。待たせ過ぎちゃったね…。」
ゼロの呟きに、トゥは謝った。
すると声が聞こえた気がした。
遠い。けれど、ずっと聞いてきた声。大切な…。
「…姉さん。私、戻るね。」
トゥは、手を振ってから背中を向け、暗闇の中を駆け出した。
***
「……ん…?」
トゥは、目を覚ました。
見慣れた天井。起き上がろうとしたとき、腕に重みを感じた。
「ルイズ?」
「ん…にゅ…。」
トゥが声をかけると、寝ていたルイズはグズッた。
「ルイズ。ルイズ。」
「ん…? あ…、トゥ!!」
「わっ!」
目を覚ましたルイズは、ハッとして飛び起きてトゥに抱きついてきた。
「馬鹿! もう目を覚まさないかと思ったじゃないの!」
「…ごめんね。」
ぎゅーっと抱きついてくるルイズの頭をトゥは撫でた。
「でも、私、どうしてオストラント号に乗ってるの?」
そうここはオストラント号の一室だった。
「あんたが目を覚まさないからこのフネに運んだのよ。二日も目を覚まさないから…。」
「そんなに寝てた?」
「そうよ。」
「…ねえ、あれからどうなったの? エウメネスは無事?」
「ええ…。街を吹き飛ばそうとした連中も、あの街の自警団に捕まったわ。評議会で罰せられるそうよ。」
「そっか…、よかった…。」
「もう馬鹿なんだから…。あんな無茶して…。」
「うん…。ごめんね。でも失敗しちゃった。」
「いいのよ。」
私は責めないからと、ルイズは、再び抱きついてきた。
「…もしかして……。」
「言わないで。トゥ。」
「私のこと、どうするか決めかねてるんでしょ?」
トゥは、ずばり言った。
ティファニアから事情を聞いた他の仲間達やルクシャナ達から話を聞いたヴィットーリオ達が、花が間もなく咲ききろうしているトゥの処分について決めかねている状態なのだ。
ここでトゥを失えば、世界は救われるだろう。だが虚無は揃わない。だが生かしていれば世界は滅びてしまう。
結構な時間を共に過ごしてきた仲間達は、トゥを殺すことに躊躇していた。あんなちっぽけな花がという信じられないという気持ちと、竜を使えばトゥを殺せることが分かっていても…。
シルフィードか、ジュリオのアズーロに食べさせたとしても、今度は最強の竜と化したどちらかが牙を剥く可能性がある。最強の竜がハルケギニアの救済に協力してくれるとは限らないのだ。そしてジュリオが持つヴィンダールヴでも制御できないときたものだ。
ヴィットーリオのことだ、おそらく聖地を回復することを優先するだろう。そうすれば、ひとまずハルケギニアは救われる。
「……なんだ、言わなくても分かってんじゃん。」
「だいたいそうなんだね?」
「うん。そうよ。だいたい合ってるわ。
「そっかぁ…。」
それから二人は黙り込んでしまった。
二人は、しばらく並んでベットの上に座っていたが、やがてどちらともなくお互いの顔を見た。
そして顔を近づけ、唇を重ねた。
「…ん。…もっと。」
「甘えん坊だね。」
「なによ…、だってどれだけ離れたと思ってんのよ?」
「そうだね。」
トゥは、クスッと笑った。ルイズは、プウッと頬を膨らませてそっぷを向いた。
「ねえ、トゥ。」
「なぁに?」
「その…使い魔の印だけど…。」
「あ…。」
ルイズの手が、トゥの左胸の上にあるリーヴスラシルのルーンに触れた。
「…エルフの首都でね、精神力が切れたの。だけど、急に力が湧き上がってきて…、あなたが傍にいるような気がして力が出た。もしかして、コレのせい?」
「デルフが言うにはわね。神の心臓…リーヴスラシルっていうんだって。元々は使い魔の命を削るらしいんだけど、私の場合、…というかウタウタイの場合は、花の魔力を代わりに供給するから命は削らないって。」
「なにそれ! 危険すぎるじゃない!」
あのとき、自分は、危うくトゥの命を奪って魔法を使っていたのだと知ってルイズは青ざめた。
「でもね、ルイズ…。これってもしかしたら、それ以上に危ないかも知れないんだよ。」
「どうして?」
「花の力が…、ルイズに流れちゃう。」
「…あ……。」
花の力がやばいことは前々から聞いていた。
それが自分の中に直接流れてくるということは…、その影響を自分も受ける可能性があるということだ。
「デルフは、たぶんだいじょうぶって言ってたけど…。」
「なにその曖昧な答え。」
「だって、そう言ってたんだもん。」
「ちょっとぉ、どうなのよ?」
ルイズは、部屋の隅に立て掛けられているデルフリンガーのところへ行って、デルフリンガーを持ってきて抜いて聞いた。
『……あー…、俺も確証は持ててねーんだよ。』
「…その場合、私、どうなるの?」
『さあな…。もしかしたら、化け物になっちまうかもしれねぇな。』
「ブリミルさんは…、怪物にならずにすんだんだよね?」
『ああ…。けど……。』
「? どうしたの?」
『いや、…思い出せねぇ。』
「なによそれ。」
「デルフには、サーシャさんの…先代のガンダールヴの補正がかかってて思い出そうとしても思い出せないところがあるの。」
「どういうことよ。」
「サーシャさんが思い出したくないことを思い出せない…、そんな感じ。」
「…なにそれ。肝心なことしゃべれないんじゃ邪魔なだけじゃない。」
その時、ふと、ルイズは思い立った。
「ねえ、…トゥ。さっきウタウタイの場合はって言ってたわね?」
「うん。」
「それって先代のリーヴスラシルも、あんたと同じウタウタイだったってこと?」
「…姉さん。ゼロ姉さんがそうだったみたい。」
「それって…。」
「でもね、姉さんであって、姉さんじゃないの。」
「はあ? どういうことよ?」
それからトゥは、海母との会話で出されたゼロがトゥの知っているゼロではなく、別世界のゼロであるという、実に複雑怪奇な関係であることを語った。
「同じような…、別世界ねぇ…。ややこしいわね。」
「うん。そうだね。」
二人は同時にため息を吐いた。
「でも、その海母ってのの、話が本当なら、聖地には魔法装置なんてなくって、ゼロってのがいるってことよね? 解放されちゃったら…、世界が滅ぶって事なんでしょ? じゃあ、教皇聖下に言わないと!」
「でも私の話には確証がないから…。」
「あのね! 今私達は、聖地に向かってるのよ!」
「えっ?」
それを聞いた途端、トゥの顔から血の気が引いた。
フラッと倒れそうになったのをルイズが慌てて支えた。
「どうしよう…、し、シルフィードちゃん!」
「待って、トゥ! 早まらないで!」
「でも、でも!」
「さっきの話が本当なら、最強の竜を生んじゃっても制御できないんでしょ!? そうなったらどうすんのよ!」
「それは…。」
「それに、私言ったわよね! 世界が滅んでも、あんたと一緒がイイって!」
ルイズは、トゥに抱きついた。
「……それで、いいの?」
「いいわよ!」
「……ルイズの、馬鹿…。」
「あんたに馬鹿って言われたかないわよ。馬鹿…。」
ポロポロと涙をこぼすトゥ。ルイズは、顔をトゥの胸元に埋めたままジッとしていた。
***
やがて、トゥは、部屋の外に人の気配があるのを感じた。
「誰?」
すると外にいる人間達が慌てだした気配があった。
「入ってイイよ。」
「誰よ?」
やがて扉が開き、控え気味に、ギーシュ達が入ってきた。
彼らが一様に浮かない顔をしていた。
「その…、なんて言ったら良いのか…。」
「いいよ、別に。」
「ともかく、その…無事に再会できて心から嬉しい。」
「うん…。」
「でだ…。君の花のことは聞いたよ。」
「うん…。」
「僕らも正直、死にたくはないんだ。」
「当たり前だよ。進んで死にたがる人なんていないと思う。よっぽどの理由が無い限り。」
「部屋の前で君達の話を聞いてたよ。」
「何よ! 立ち聞きしてたわけ!?」
「そんなつもりはなかったんだ。本当だぞ?」
「そうだそうだ。」
「で? あんた達は、トゥをどうしたいわけ?」
すると、ギーシュ達は黙った。
「……黙ってちゃ分からないわ。」
「正直言うと…、どうしたらいいのか分からないんだ。」
「僕らも色々と話し合ったよ。コルベール先生は、竜に食べさせて殺すべきだろうって言ってけど…。」
「先生…。」
「でも、その後どうするんだってことになったんだ。最強の竜が僕らに協力する確率ってどれくらいだ? シルフィードや、アズーロだって人格が変わって僕らに牙を向けてくる可能性が高いんだろ?」
「それは…。」
「だったら、まずは、ハルケギニアを救済してから考えようってことになったんだ。それまでもつだろう?」
「………分からない。」
「トゥ君。そこまで君は……。」
青ざめるギーシュ達に向けて、トゥは頷いた。
そして、また静寂がおとずれた。
静寂を破ったのは他ならぬトゥだった。
「海母も…、私を殺してもそれで物事が解決するとは限らないって言ってた。」
「……つまり?」
「私、それまで頑張る。頑張ってみる。」
「それって、トゥ……。ゼロと戦うってこと?」
ルイズが聞くと、トゥは頷いた。
「勝てる見込みはあるの?」
「分からない…。ゼロ姉さんは、ウタウタイの姉妹で一番強かったから…。」
「おいおいおいおい、本当に大丈夫なのかね?」
「勝つ。」
トゥは、はっきりと言った。
「必ず、勝つから!」
そう言って拳を握るトゥ。
***
そして、オストラント号は、他のフネと共に聖地…、竜の巣へたどり着いた。
魔法装置を取りに行くという名目で、ヴィットーリオとジュリオ、ガリア女王ジョゼット、アンリエッタ、虚無担い手であるルイズとティファニア、二人の使い魔であるトゥ、そしてエルフの側の代表として、評議会のトップであるテュリュークとビダーシャルが同行する。
「いやはや、シャイターンの門をおとずれるのは、数十年ぶりじゃのう。」
テュリュークは、そう言いながら、全員が入れる泡の球体を生み出す。
それはルクシャナがかけてくれた水中呼吸と違って、服を濡らすことなく海には入れる魔法だ。しかも、球体は淡く光っており、水中を照らしてくれるというおまけ付きだ。
「娘達の水着姿が見れないのは残念じゃがのう。」
「テュリューク殿、お控えくだされ。」
ふぉふぉふぉと笑うテュリュークに、ビダーシャルが苦々しい顔でたしなめた。
エルフの長老ではあるが、ビダーシャル達のように生真面目ばかりではないらしい。なんだかオスマンを彷彿とさせるところがあり、親しみがあった。
フネを降りてからのトゥは、ずっと俯いていた。
「どう? 何か感じる?」
「……分からない。」
そして一同は、テュリュークの魔法で聖地へと向かった。
海の中は美しく、初めて見るルイズは興味津々だったが、隣にいるトゥの様子に気づくとそれどころじゃないと気を張った。
そして一同は、海母が住む触手のような岩の中へ入っていき、空気のある場所に出た。
すると、ズシンズシンと足音を地響きがした。
「な、なに?」
「来た…。」
「なんだね? 近頃は騒々しい。」
「海母さん。」
「おや、ウタウタイ。今度は、エルフと蛮人を大勢連れて、何をしに戻ってきたんだい?」
「見せて欲しい…場所があるの…。」
「……決心がついたのかい?」
「はい。」
トゥは、背筋をただして、はっきりと返事をした。
「分かった…。ついておいで。」
そして、武器の山がある場所に案内された。
「まるで、ロマリアの地下墓地のような場所のようですね。」
「おお! この場所こそ、まさに始祖の降臨された聖地に他なりません!」
ヴィットーリオが恭しく、武器の山の前に跪いた。
「ヴィットーリオさん…、魔法装置は?」
「ああ…、そのことですが…。」
「やっぱり…嘘なんでしょ?」
「どういうことですか?」
アンリエッタが二人を見比べて言った。
「ああ…、やはり嘘をついていたのですね?」
アンリエッッタは、すぐに事情を察した。
ただ一人、ティファニアだけは困惑していた。
「教皇聖下は、わたくし達を謀っていた。そういうことですわ。」
アンリエッタが厳しいまなざしで、ヴィットーリオを睨んだ。
「あんた達に真実を伝えなかったことは、謝罪します。ですが、本当のことを伝えていれば、わたくし達は足並みを揃えることはなかったでしょう。」
「風石が暴走することを隠していたことを同じ事? それとも…。」
「君の言おうとしていることに確証が持てたらね。」
ジュリオがトゥを制した。
「そうです。そして、これより、我々が聖地を求めた、真の目的をお見せします。」
ヴィットーリオは、積み上がった武器の向こう側をジッと見据えた。
「本来、この呪文は、大きな精神力を必要とします。しかし、始祖ブリミルの降臨されたこの土地には、まだ大きなゲートが残っている、それを開けばいいのです。」
そしてヴィットーリオは、呪文を唱えだした。
ワールドドア(世界扉)を。
ヴィットーリオは、壁の一点を狙い、杖を振り下ろした。
虚空に、きらきら光る豆粒のような、小さな点が産まれた。その点はだんだんと大きく広がっていく……。
そして……、積み上げられていた武器を押しのけるようにして、大きな“扉”が現れた。
その扉を見たトゥは、自分の左胸を押さえた。
「これこそ、始祖の悲願、マギ族が帰還すべき約束の地へと通じる扉なのです。」
違う…。これは、…違う!!
トゥは、そう叫びかけたが、うまく声が出せなかった。
そんなトゥの背中を、ルイズが摩った。
ついに、扉を出してしました。
イメージは、ウタヒメファイヴのメリクリウスの扉のようなものです。
三つの扉があり、ひとつは腐食している。ひとつは魔法で壊せる。三つ目は……。
三つ目は、ウタヒメファイヴのメリクリウスの扉とは異なることにします。
次回は完全なるオリジナル展開。