二番目の使い魔   作:蜜柑ブタ

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アルビオンへ出航。

トゥが怪我します。あと少々狂乱。

ウェールズ登場。


第九話  トゥ、アルビオンへ行く

 

 桟橋に向けて走っているが、山道だった。

「桟橋って…、これって山道だよね?」

 長い長い階段を登っていくと、やがて丘の上に出た。

「わあ…。」

 そこには、とてつもなく大きな木があった。

 その枝に何かがぶらさがっている。かなり大きい。

「さあ、急ごう。」

「これが桟橋? 船は?」

「ねえ、いい加減降ろして。もう大丈夫だから…。」

「あ…、うん。」

 トゥは言われるままルイズを降ろした。

 木の根元にいくと、そこに大きな穴があり、木の中が階段になっていた。

 そこを駆け上がっていると、後ろから追いすがる足音がした。

「ルイズ!」

 トゥが叫び、ルイズの後ろに回ると大剣をその人物に振るった。

 その白い仮面の男は、魔法で強化された杖でトゥの剣を受け止めた。

 トゥがそのことに驚いていると、男が詠唱を終え、魔法を唱えた。

「ライトニング・クラウド。」

 凄まじい稲妻がトゥを襲った。

「きゃああああ!」

 稲妻がトゥの体を通電し、トゥは悲鳴を上げた。

 トゥの体から煙が出る。焼け焦げたことによる悪臭が出た。

「うう…、この!」

 一瞬だけふらついたものの、すぐに剣を構えて振るった。

 後ろからワルドも魔法を唱えて援護し、白い仮面の男は、闇へ姿をくらました。

「トゥ!」

「痛い…。」

「大丈夫!? やだ、全身やけどして…。」

「だいじょうぶ…、私…これじゃ…、死ねないの…。」

「えっ?」

「風の系統の最強の魔法を受けて命があるとは、驚いたよ。」

「…行こう。ルイズ。」

「でも…。」

「私は、だいじょうぶ。」

 トゥはそう言って微笑んだ。しかしその顔には、脂汗が滲んでいた。

「行こう。」

「でも…。」

「彼女が大丈夫だって言っているんだ。行こう。」

「分かった…。」

 ルイズは、トゥを心配しながら走り出した。

 トゥも後を追った。

 階段を登っていくと、枝の一本に出た。

 そこに一隻の船があった。

 空を飛ぶためだろうか、羽のようなものがある。

 ワルドが船の甲板に降り、寝ていた船員達を叩き起こした。

 そして交渉し、高い代金を払って、船は出航した。

「トゥ、大丈夫?」

「…だいじょうぶ。」

 トゥは、甲板の端に座り込んでいた。

 せっかくの美しい青い髪が無残にも焦げ、あちこちがチリチリになっており、白い肌も火傷であちこちミミズ腫れができていた。

 トゥは、右目を擦った。

「…うん。…まだ、大丈夫。」

「トゥ?」

「ねえ、ルイズ。約束覚えてる?」

「はあ、何よ急に?」

「覚えてる?」

「約束って……、あれ? 冗談じゃないわよ! なんでその話が今出てくるわけ?」

「覚えててくれてるんだね。ならいい。」

 トゥは笑った。儚そうなその笑みに、ルイズは眉を寄せた。

「ねえ、どうしてなの?」

「なに?」

「どうしてあんな約束をしてなんて言ったの? 死にたいなら勝手に死ねばいいじゃない。」

「ダメなの…。それじゃあ…。」

「はあ?」

「誰かに殺してもらわなきゃ…。もしくはドラゴンに…。」

「ドラゴン?」

「そういえば、この世界のドラゴンは、私を食べてくれるかな?」

「な、なに言ってんのよ!?」

「シルフィードちゃんは、どうなんだろう?」

「トゥ! いい加減にして!」

「お願い! 約束は守って!」

 トゥは、そう言ってゼロの剣をルイズに差し出した。

「あんた…これ持ってきてたの?」

「お願い! 約束通り、もしもの時は…、私を…これで、殺して!」

 トゥからの狂的な願いに、ルイズはたじろき、後退りかけた。

「物騒な話はそこまでにしたまえ。」

 ワルドが、トゥから守るようにルイズの肩を抱いた。

 トゥの表情が消え、トゥは力を無くしたようにゼロの剣を持った手を下ろした。

 そしてそのまま、こてんっと横に倒れ、眠りだした。

「いったいどうしたんだい? あんな話をするなんて…。」

「分からない…。」

 ルイズは首を振った。

 トゥがなぜそこまで死を求めるのか。他人から与えられる死に拘るのか。

 ルイズには分からなかった。分かりたいとも思わなかった。

 トゥの怪我を見て、ルイズは、ハッと我に返って、船員達に、火傷に効く薬はないかと聞いた。

 そしてもらってきた軟膏を、寝ているトゥの体に塗った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝、アサヒの眩しさで目を覚ましたトゥは、目をこすりながら起き上がった。

「アルビオンが見えて来たぞーーー!」

 っという船員の声で、隣で寝ていたルイズも目を覚ました。

「ねえ、ルイズ。」

 昨日のことなど嘘だったかのように穏やかにトゥが言った。

「アルビオン、どこ?」

「上よ。」

「上?」

 トゥは、空を見上げた。

 そして目を見開いた。

 その圧倒的な景観に。

「すごい…。」

「ね? すごいでしょ。」

 空の浮く大陸を見上げて口を開けているトゥに、ルイズは、クスッと笑って言った。

 そしてふとトゥの体を見た。

 昨日まであった火傷の跡が無くなっていた。

「あら? トゥ…、あなた…傷…。」

「あ、もう治ったよ。」

「…えっ?」

 昨日の今日で治る傷ではなかった。軟膏を塗るために触ったのだから分かる。あんな火傷、下手したら残る。なのにトゥの肌は元通り白くて綺麗だった。チリチリになっていた髪の毛も元通りだった。

「傷の治りが速いのね…。」

「うん。」

 トゥはこともなげに頷いた。

「ねえ、トゥ…昨日のことだけど…。」

「なんのこと?」

「えっ…、あんた…。」

 まさか昨日のことを忘れているのだろうか。

 なんとなく怖くて聞けなかった。

 トゥは、そんなルイズに気付かず、アルビオンを珍しそうに眺めていた。

 その時、船員達が騒がしくなった。

 聞いていると、どうやら船が近づいてきているらしい。

 旗がないことから、空賊だと判断され、船内が緊迫した。

 やがてワルドが現れたが、アルビオンまでの力を貸すために魔法を使ったため精神力を使い切ってしまったらしい。

 武力ではまったく相手にならないことから、空賊に従って船を停泊させるしかなかった。

「私がやろうか?」

「やめたまえ。君の剣よりも早く、こちらをハチの巣にするのは早いだろう。抑えてくれ。」

「…分かった。」

 ワルドの言葉にトゥは従った。

 やがて停泊した船に、空賊の船が横付けして来た。

 船の乗っていたワルドのグリフォンがぎゃんぎゃん鳴くと、雲のようなものがグリフォンにかかり、グリフォンは眠ってしまった。

「眠りの雲か…。メイジがいることは間違いないね。」

 ワルドが判断した。

 そして空賊達が船に乗り込んできた。

 その中にいる派手な格好の空賊が、ジロジロとルイズ達を見た。

「貴族の客まで乗せてんのか。おお…、こりゃ別嬪だ。」

 そう言って、トゥの上から下まで見た。

 ルイズは、トゥのやや後ろで、不安そうに状況をうかがっていた。

「ルイズ。大丈夫だよ。」

「トゥ…。」

 トゥは、そう言ってルイズの手を握った。

 

 そしてルイズ達は、空賊の船の船倉に移動させられた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 武器も杖もとられ、船倉に閉じ込められた。

 しかし怪力のトゥにしてみれば、鍵のかかった扉を蹴破るなど容易いことなのだが、ルイズの安全を考えろとワルドに嗜められ、トゥは大人しくしていた。

 ちょこんっと座り、暇を持て余したトゥは、そわそわしていた。

「大人しくしなさい。」

「だって、暇なんだもん。」

「呑気ね…。」

 緊張感ゼロのトゥに、ルイズは呆れた。

「それにしてもあの傷がもう治ったのかい?」

「うん。」

 ワルドの言葉にトゥは頷いた。

 しかし大人しくしてろと言われても、暇なものは暇なので、やがてトゥは、歌を歌いだした。

 綺麗な歌声に、ルイズは止めることなく、ワルドも聞き入っていた。

「歌を歌うなんざ呑気なこったなぁ。」

 そこへ空賊が来た。

 彼は食事を持って来たらしい。

「その前に質問だ。お前らは何をしにアルビオンに来た?」

「旅行よ。」

「もっとマシな嘘をつきな。今時のアルビオンに何を見学に来たってんだ?」

「あなたに教える必要なんてないわ。」

「へっ、強気だねぇ。」

 そう言って食事を置いていった。

 スープの皿は一つしかなく、三人で一つの皿からスープを飲んだ。

「暇だね。」

「歌ってなさい。」

「うん。」

 トゥは、また歌いだした。

 しばらくしたあと、また空賊が来た。別の人だった。

「おまえら貴族派かい?」

「王党派よ。」

 ルイズは、きっぱり言った。

「私達は、王室からの代表として来てるんだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあなた達に要求するわ。」

「ね、ねえ、ルイズ。それまずいんじゃないの?」

 さすがに不味いと感じたトゥが言った。

「正直なのは美徳だが、お前達、ただじゃすまないぜ?」

「あんた達に嘘ついて頭を下げるくらいなら、死んだほうがマシだわ。」

「私も?」

「あんたは私の使い魔んだから、覚悟を決めなさい。」

「頭に報告してくる。」

 そう言って空賊は去っていった。

「ねえ、ルイズ本当によかったの?」

「なにがよ?」

「あんまり強気に出ても…。」

「あんた誇りもないの? 信念もないの? 私は諦めないわ。地面に叩きつけられるその瞬間まで、一本のロープが伸ばされるのを信じるわ。」

 ルイズの毅然とした態度に、トゥは、ポカンッとした。

「…ルイズは、すごいね。」

「なによ急に?」

「ううん…。私も、もっと強かったら……。」

 そう俯いて呟くトゥ。

 何か思うところがあるのだろうか。だが怖くて聞けなかった。

 少しして、同じ空賊が来て、頭が呼んでいると言って来た。

 そのまま船倉か出され、狭い通路を通り、階段を登り、三人が連れていかれた場所は立派な部屋だった。

 空賊達が左右に並び、その奥に、あの時現れた派手な格好の空賊が座っていた。

 大きな水晶のついた杖を弄っており、彼がメイジであることを知らしめていた。

「おい、おまえら、頭の前だ、挨拶しろ。」

 しかしルイズは、キッと睨むだけで挨拶はしなかった。

「空賊のお頭さん、初めまして。」

「ちょっと、トゥ!」

 途端、空賊達が笑った。

 ルイズは、カーッと赤くなって、トゥの後頭部を殴った。

「た、大使としての扱いを要求するわ!」

 ルイズは、場の空気を換えようと叫んだ。

「王党派といったな? 何しに来たんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ。」

「あんたらに言うことじゃないわ。」

 ルイズは、毅然とした態度で言った。

「貴族派につく気はないか?」

「死んでもイヤ。」

「ルイズ…。あ…。」

 トゥは、気付いた。ルイズが強気な態度を取っているが、体が震えていたことに。

「もう一度聞く。貴族派につく気はないかね?」

「つかないもん。」

 トゥが言った。

「おめぇはなんだ?」

「使い魔よ。」

「つかいま?」

「そうだよ。」

 すると空賊の頭は、大声で笑った。

「トリスティンの貴族は、気ばかり強くてどうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずよりは何百倍もマシだがね。」

 いまだ大笑いしながらそういうお頭に、ルイズ達は顔を見合わせた。

「いやいや、失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな。」

 すると、さっきまでニヤニヤしていた周りにいた空賊達がニヤニヤをやめ、直立した。

 空賊のお頭が、カツラを取り、眼帯を外し、無精ひげを剥がすと、凛々しい金髪の青年になった。

「私は、アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。」

 ルイズ達は、空いた口が塞がらなかった。

 目の前に突然、空賊だと思っていた人物が、探していたウェールズその人だなんて。

 ウェールズは、にっこりと魅力的に笑い。

「大使殿、御用の向きをうかがおう。」

 しかしルイズは、すぐに対応できなかった。

 それからウェールズは、なぜ自分達が、空賊の真似をしていたのか語った。

 早い話が、敵の補給を絶つためのゲリラ活動だった。

 ルイズ達が王党派と聞いても中々信じれなかったことについて、謝罪された。

「あ、アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かっております…。」

 やっと動けたルイズがそう言った。

「そちらの君は?」

「トリスティン魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。そしてこちらが、姫殿下より大使の退任を仰せつかった、ラ・ヴァリエール嬢と、使い魔の少女でございます。」

 ワルドがルイズ達を紹介した。

 ウェールズは、ワルドのような立派なメイジがあと十人ばかりいれば、こんな状況にはならなかったと語った。

「して、密書とは?」

 ルイズは、恭しくポケットから手紙を取り出した。

 ルイズは、躊躇うように聞いた。本当にウェールズなのかと。

 そこでウェールズは、証拠として、自らが持つ風のルビーを、ルイズが持っている水のルビーと共鳴させて見せた。

 水のルビーがトリスティン王家に代々伝わるものなら、風のルビーは、アルビオン王家に代々伝わるものらしい。

 ルイズは、失礼しましたと頭を下げた。

 そして、手紙をウェールズに渡した。

 そして内容を見て。

「姫は結婚するのか。あの、愛らしいアンリエッタが、私の可愛い…。従妹が…。」

 ワルドは、無言で頭を下げ、それを肯定した。

 ウェールズは、アンリエッタからもらった手紙の返却をすると返答し、しかしここにはないから、手紙があるニューカッスル城へ向かうと言った。

 まさに空賊のように、船を操り、アルビオンの空を警戒するレキシントン号に見つからぬよう進み、ニューカッスル城に通じる秘密の港に辿り着いた。

 そして、ウェールズ達を待っていた、ウェールズの臣下達に歓迎され、ルイズ達はニューカッスル城へ向かった。

 その時、彼らが『王家の名誉と誇りを示しつつ、敗北できる』と言っていたのを聞いた。

 




ウタウタイなら、ライトニング・クラウド受けても死なないと思って…。
彼女達は、たぶん竜の因子か、花が開花して食いつぶされない限り死なないのではと思って。
それでいて傷の治りが速いと思ったので。

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