二番目の使い魔   作:蜜柑ブタ

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トゥとアルビオンの最後の一夜。


第十話  トゥと、亡国

 

 

 ニューカッスル城の、ウェールズの寝室は、皇子の部屋とは思えないほど質素だった。

 ウェールズは、机の引き出しをあけ、そこから宝石の散りばめられた小箱を取り出し、鍵を開けた。

 箱の内側には、アンリエッタの肖像画が描かれていた。

 その小箱を、ルイズ達が見ているのに気づいたウェールズは、はにかみ。

「宝箱でね。」

 と、言った。

 小箱の中には、一通の手紙が入っており、ボロボロだった。

 その手紙を取りだしたウェールズは、封筒から中身を取り出し、手紙に愛おしそうに口付けると、内容を読み返した。

 そして、再び封筒に納めると、それをルイズに差し出した。

「この通り、手紙は確かに返却したぞ。」

「ありがとうございます。」

 ルイズは、深々と頭を下げて手紙を受け取った。

 そしてウェールズは、明日の朝、非戦闘員をイーグル号(空賊に扮装していた船)に乗せて、出航するからそれに乗ってトリスティンに帰るよう言った。

 ルイズは聞いた。勝ち目はないのかと。

 ウェールズは首を振り、敵が5万。こちらは、三百だと語った。万に一つも勝ち目はないのだと語った。

 さらにルイズは、聞いた、手紙の内容について。

 この手紙の内容は、もしかして恋文ではないのかと。

 ウェールズは、それを肯定する言葉を語った。

「殿下! 亡命なさいませ!」

 ルイズは、叫んだ。

 しかしウェールズは、首を横に振った。

 そんなことは手紙に書かれていないと。

「殿下!」

「私は王族だ。嘘はつかぬ。」

 ウェールズは、悲痛な面持ちのルイズの肩に手を置いた。

「君は正直な子だ。ラ・ヴァリエール嬢。正直で真っ直ぐで、良い目をしている。忠告しよう、そのような正直では大使は務まらない。しっかりしたまえ。」

 ウェールズは、そう言った。

 

 そしてルイズ達は、亡国の最後の客人として、最後のパーティーへの参加を言われた。

 その後、ルイズとトゥが部屋から出た後、ワルドがウェールズに耳打ちした。

「それはめでたい。喜んでそのお役目を引き受けよう。」

 そう言ってウェールズは笑った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 明日で終わりだというのに、パーティーはとても華やかだった。

 皆が語らい、踊り、食べ、飲み、そこに暗い話題はなかった。

 最後に、『アルビオン万歳』っという言葉が飛び交う以外には…。

 最後の客人であるルイズ達を取り囲み、みなが競ってワインを勧めたり、美味しい料理を勧めたりした。そしてやはり、最後には『アルビオン万歳』と叫ぶのだ。

 場の空気に耐えられなくなったのか、ルイズが会場から駆け出して行ってしまった。

「……あの…。」

「なんだい?」

 ウェールズに、トゥが話しかけた。

「一曲…、ウタってもいいですか?」

「おや、そういえば、君は随分と歌が上手いと聞いていたよ。ぜひ一曲頼もうか。」

「皆さんが…、立派に戦えますように…。」

 お立ち台に立った、トゥに、騒がしかった会場が鎮まり、歌を待った。

 そしてトゥは、ウタい出した。

 美しい旋律に、誰もが心奪われ、聞き入っていた。

 けれど哀しい歌詞だというのに、メイジや兵士達の体に力がみなぎる感じがした。

「おお、これは…。」

「これはなんという歌なんだ? 力が漲ってくるようだ。」

「いや、漲って来る…。力が…これは奇跡か!」

 戦える者達は、自分達の体に漲って来る力に驚き、トゥを神聖な物を見る目で見た。

 ウタい終えたトゥを、皆が拍手した。

 トゥは、深くお辞儀をした。

「素晴らしい歌だったよ。」

 お立ち台から降りたトゥを、拍手しながらウェールズが迎えた。

「それにしてもこれは一体…、力が体の底から漲ってくるようだ…。君は一体…。」

「私は…。ウタウタイなの。」

「うたうたい?」

「ウタを…ウタうの。」

「そうか…。ともかく、ありがとう。素敵な歌を。」

 ウェールズは、トゥの手を取り、固く握った。

 

 『ウタの力をお借りして、兵士達を強化したからかもしれません。』

 

「っ!」

「どうしたんだい?」

「あっ……、私…、私……。」

 トゥは、顔を青くし、周りを見た。

 歌い、語らい、踊り、食べている兵士やメイジ達を見た。

「ごめんなさい……!」

「なぜ謝る必要があるんだい?」

「私…私…、あっ……。」

 トゥの表情が一瞬無になった。

「どうした? しっかりしなさい。」

「あ……、なんでもない。」

 トゥは、先ほどのことが嘘だったかのように、明るい表情をした。

 ウェールズは、その様子を怪訝に思った。

 しかし確認するよりも早く、トゥが聞いた。

「皇子様は…、このまま戦って死ぬんですか?」

「あ、ああ、私は真っ先に先陣を切って散るつもりさ。」

「怖くないんですか? 愛している人がいるのに…。」

「怖くないわけがない。その気持ちは、誰しもが同じだ。そして、愛しているからこそ、知らぬふりをせねばならない時もある。君にも愛する人がいるのではないのかい?」

「私は…。」

「失礼なことを聞いてしまったね。気にしないでくれ。」

「レコン・キスタは、なんで、皇子様達を?」

「彼らは、ハルゲニアの統治を目的としている。聖地を奪還するという理想を掲げているが、その過程で流れる民草の血を考えはしていない。いずれ荒廃するであろう、国土のことを考えていない。我々はこの命を持って、彼らに示さなければならない。ハルゲニアの王家が決して弱敵ではないことを、勇気と名誉を。それで彼らが統一と、聖地を求めるのを止めるとは思えないが。それでも勇気を示さなければならないのだ。」

 ウェールズは、そう語った。そして。

「アンリエッタ姫に伝えてくれ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ。」

「分かりました。」

「ありがとう。美しい歌姫。」

 ウェールズは、そう言って笑った。

 

 

 ウェールズと会話した後、トゥは、会場から出て、ルイズを探した。

「ルイズ。」

「トゥ…。」

 ルイズは、廊下にいた。

「泣いてるの?」

「別に…、それより、会場で歌ってたわね。……綺麗な歌だったわ。」

「うん。」

「哀しい歌詞だったのに。不思議と勇気が湧いてきた。ねえ、あれもあなたの力なの?」

「……。」

「トゥ?」

「なんでもない…。」

 トゥは、棒読みでそう言った。

「トゥ、こっちきて。」

「?」

 言われるまま、トゥが近づくと、ふらりとルイズが、トゥに抱き付いてきた。

「ルイズ?」

「……この国嫌い。」

「……。」

「早くトリスティンに帰りたい…。誰も彼も…、残される人たちのことなんて考えてないんだわ。あの皇子様もよ。」

 ルイズは、トゥにごしごしと顔を押し付けた。

「帰ろうね。ルイズ。」

「トゥ?」

「皇子様から言われたの。お姫様にね、ウェールズは、勇敢に戦って死んだって伝えてって言われたの。ルイズも手紙を届けなきゃいけないでしょ? 絶対生きて帰らなきゃ。」

「…うん。」

「私がいるよ。ルイズ。ルイズは一人じゃない。」

「うん…!」

 ルイズを、トゥは抱きしめた。

 

 

 ルイズを客室に送った後、別室の客室に行こうとしたトゥは、その途中でワルドに会った。

「トゥ君。返事を聞かせてもらえるかな?」

「…私、ルイズの傍にいる。」

「それはつまり…断るということかい?」

「うん。」

「そうか…。残念だ。」

「私のこと、殺すの?」

「いや、そんなことはしないさ。ただふられてしまったね。それが残念だ。」

「あなたこれからどうするの?」

「明日、ルイズと結婚式をするよ。」

「えっ?」

「ぜひ君も参加してくれるかい?」

「……私、外にいていい?」

「好きにするといい。」

「でもどうやって帰るの? イーグル号は明日出ちゃうよ?」

「グリフォンに乗って帰る。滑空なら何とかなるからね。」

「そう…。」

「ルイズと結婚すれば、必然的に君もついていくる。それでも断るのかい?」

「…どっちでもよかったんじゃん。」

「そんなことはないさ。君だけでも来てくれたらとてつもない戦力になっていただろうからね。」

「ルイズは、知らないよね? ワルドさんが…。」

「シッ。そのことは、君と僕だけの間の話だ。ここでしてはいけない。」

 そう言ってワルドは、トゥの唇に人差し指を当てた。

 トゥは反射的にワルドの手をはたいた。

「おっと、すまない。嫌だったかね?」

「私に触らないで。」

 トゥは、後退った。

 ワルドは、やれやれと腕をすくめた。

「じゃあ、明日。」

 そう言ってワルドは、去っていった。

 残されたトゥは、窓から夜空を見上げた。

 一つになった月が浮かんでいる。

「…セント……。」

 トゥは、窓に触れながらその名を口にした。

 

 




トゥがウタを使いました。

あとでえらいことになります…。(大したことないかもしれないけど)

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