ゲルマニア軍が突如として反旗を翻した。
そこへアルビオンが追撃してきて、それにより、連合軍は、混乱の極みに達し、名誉だの誇りだのなんて関係なく逃げ出した。
そんな状況の中、ルイズとトゥは、トボトボと歩いていた。
「名誉とか…、誇りのためって言ってたのに…。」
トゥは、そう呟く。隣にいるルイズは、何も言わない。
撤退命令を受けて、トゥは、シエスタやスカロン達がいる魅惑の妖精亭の天幕に行ったが、民間である彼らには撤退のことが知らされておらず、オロオロとしていた。今二人の後ろには、シエスタやスカロン達が続いている。
「みんなを励ますために来た人達を置いていくんだね…。」
トゥが後ろを見ながらそう呟く。だがルイズは、黙ったままだった。
それから撤退の船を待つ天幕にいると、焦った伝令がやってきて、ルイズを呼んだ。
トゥもついていき、司令部の外で待っていると、顔面蒼白にしたルイズが出て来た。
「ルイズ?」
しかしトゥが話しかけてもルイズは答えず、トボトボと、船を待つ天幕とは違う方向へ歩きだして行った。
トゥは、ルイズを追いかけた。
「ルイズ!」
やがてルイズが馬に跨ろうとしたので、トゥがその手を掴んで止めた。
「どこに行くの? そっち違うよ?」
「離して。」
「早く船に乗らないと……。ルイ…ズ…、もしかして…。」
トゥは何か察した。
ルイズは、何も言わず、一枚の紙を差し出した。
「なにこれ…。これって……、ルイズに死ねってこと?」
「そうよ。」
ルイズは、認めた。
紙には、ルイズに、殿軍(しんがり)を命じることが書かれており、降伏も撤退も許さない、ようは死ぬまで魔法を使えということが書かれていた。
トゥが呆然としていると、ルイズは、再び馬に乗ろうとした。
ハッとしたトゥがルイズを再び止めた。
「ダメだよ。ルイズ! 死んじゃったら、家族になんていうの! 死ぬために従軍したんじゃないんでしょ!」
「私だって犬死はイヤ。だけどここで私が殿軍(しんがり)を努めなかったら、味方は全滅よ。魅惑の妖精亭のみんなも、あのメイドも、ギーシュ達も…。これは名誉なのよトゥ。名誉のための死なのよ。」
「そんなの…イヤ。」
「イヤだって言っても、これは命令なのよ。みんなを守るためのね。」
「じゃあ、私も…。」
「あなたは…、撤退しなさい。」
「えっ?」
「知ってるのよ。あのメイドと一晩過ごしたんでしょ? そんな相手を残して逝くなんてダメよ。」
「ち、違うよ! シエスタとは一緒に寝ただけで何もしてないよ!」
「もー、いいから残りなさい。いいわね? 命令よ。ご主人様からの最後のね。」
「……ルイズの馬鹿。」
「ええ。馬鹿ね。今なら何でも許してあげられるわ。」
「じゃあ……。」
トゥの手が目にも留まらぬ速さで動いた。
ルイズがギョッとして対応しようとした時には、地面に押し倒されており、ついで口の中に小瓶が押し込まれた。
中の液体が喉に入ってきて、ルイズは吐きだそうとして、そしてトゥから逃れようと暴れたがトゥの腕力に敵うはずがなく、ついには鼻を摘ままれて、息を塞がれ、喉の前でせき止めていた液体を飲み込んでしまった。
ルイズが液体を飲んだのを確認したトゥは、ルイズの上からどいた。
「っ、あんた! なにすんの…、っ…、ま、さか……?」
「ごめんね。ルイズ。」
ルイズが最後に見たのは、トゥの哀し気に微笑む顔だった。
倒れるルイズを支えたトゥは、後ろの方にジュリオがいたことに気付いた。
「ずいぶんと荒っぽいやり方だね。」
「うん。そうだね。ねえ、お願いしてもいい?」
「もちろん。無事に船に送り届けるよ。君は、どうするんだい?」
「私は……。」
トゥは、剣を抜いた。ついでデルフリンガーも。
『相棒…。おまえさん…。』
そしてルイズが乗ろうとしていた馬に跨った。
「ルイズに伝えて。ありがとう。バイバイって。」
「…分かった。」
ジュリオは、そう言い、馬に乗って走っていくトゥを見送った。
***
約七万の兵達が最初に見つけたのは、たった一人で進軍路に立つ、青い髪の女性だった。
その右目に奇妙な薄紅色の花を咲かせた美しい女性だった。
彼女は、…トゥは、こちらを見つけると、微笑んだ。
美しく、そして哀しそうに…。
そのしなやかな足が地を蹴り、七万の大軍に向けて突撃して来た。
その両手には、大きな剣と、細身の長剣。どちらも普通の女性が持つには似つかわしくないものだ。
その速さのあまり、前を歩いていた歩兵達や幻獣に跨った兵士達が気付いた時には、首や胴体が真っ二つになっていた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
大軍の中で、女性のウタ声が響き渡った。その瞬間、天使文字と共に凄まじい光が発生し、周囲にいた兵士達が吹き飛ばされ、上空へ放たれた光が竜騎士達を消し飛ばした。
七万の軍の司令塔に様々な報告がなされた。
いわく、敵は単騎だと。
いわく、敵は剣を持ったメイジだと。
いわく、得体のしれない魔法を使うと。
いわく、美しい女性だと…。
まとめみると、たった一人で七万の大軍に挑んでくる相手とは思えなかったが、現実に外を見れば軍の先頭の方ですさまじい光が発生したりして、空を飛んでいた竜騎士達が光に飲まれるのが見えたりした。
あんな魔法見たことない。
七万の軍の後方である指揮官達の耳に、女性の叫び声のようなウタが微かに聞こえた。
何かが七万の軍をかき分けながら…、というか剣を振り回しながら風のように走りながら、後方にいる指揮官達のところへ向けてやってくるのが見えた。
さすがにマズイと感じた彼らは、すぐに守りを固めたが、青い光を纏ったトゥが高く跳躍してきて、指揮官の一人を一刀両断した。
青い光を纏ったその身には、天使文字が紐のように絡みつき、その目は……。
「しょ、正気じゃないのか!?」
光のないその目に、軍人の一人がそう叫んだ。
「あアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
耳を裂くようなウタ声が響き渡り、周りにいた兵達は思わず耳を塞いだ。
耳を塞いだ隙をついて、剣の刃が舞い、血が飛び散る。
「エグリゴリ!!」
敵軍の中心に二体の青い巨人が落ちて来た。
突然の巨人の出現に敵軍は混乱した。
縦横無尽に走り回り暴れる巨人によって、5メートルもあるオグル鬼すら蹴散らされ、被害を受けていない固まっていた大軍が逃げ惑って散り散りになり始めた。
やがて撤退を叫ぶ声が聞こえだした。
すると突然巨人が消えた。
そのことに驚いていると、剣を振るい、ウタい続けていたトゥが倒れた。
周りにいた者達は、呆然としてしまった。
そして我に返った指揮官がすぐに、攻撃を指示した。
倒れているトゥに向かって、剣と槍が殺到した。
しかしその攻撃は、彼女の背中に浮かび上がった天使文字と魔方陣によって弾かれた。
攻撃を弾かれたことに敵軍が驚いている隙に、立ち上がったトゥは、風のように走り抜けていき、あっという間に姿を消した。
トゥがいなくなり、敵軍はしばらく放心していた。
そしてトゥが与えたダメージは深刻で、とてもじゃないが連合軍を追いかけることはできそうにないと判断された。
その後、援軍に来たかと思われたガリアからの砲撃を受けて、新皇帝クロムウェルが死亡した。
***
『ふ~…。使い手を動かすなんざ、何千年ぶりだ…。』
うつ伏せで倒れているトゥの片手に握られたデルフリンガーが独り言を言っていた。
『“花”の力を逆利用するってのが、こんなに疲れるとは思わなかったぜ。もうチビっと加減間違えたらこっちがぶっ壊れてた…。』
しかしトゥは、動かない。
トゥの手の握力がだんだんと弱まっていく。
『なあ、相棒…。限界までウタを使ったんだ。頑張りすぎたんだよ。ったく、ガンダールヴの抑止力でギリギリのラインをとどめたんだ。大丈夫だ。相棒。お前さんは、まだ大丈夫だ。』
デルフリンガーは、意識のないトゥに話しかけ続ける。
『ああ…。使い手の印が、擦り切れちまってるな…。今にも消えそうだ。もう一回再契約しないと…。そん時…、お前さんは、どうなっちまってるんだろうな?』
っと、その時。
茂みの向こうから、子供が顔を出した。
子供は、トゥを見ると悲鳴を上げて走り去っていった。
それからしばらくして、美しい金髪の少女が子供と一緒にやってきた。
金髪の少女の耳は、ツンと尖っていた。
ウタの使い過ぎで、ガンダールヴのルーンが擦り切れて消えました。
次回、ティファニアと出会う。