ガリアの国境を越え、ゲルマニアのツェルプストー領に入り、キュルケの実家に滞在することになった。
ガリアの軍は直轄の軍以外は、士気が低く、規律が乱れていた。それが脱出するのを容易くさせた。
何より幸いだったのは、ゲルマニアとの国境に配備された隊だった。東薔薇騎士団と名乗る、精鋭騎士隊がいたのだ。
一行は緊張したが、彼らは厳重に馬車の中を改めると変装したタバサを見つけ出し眠るタバサの顔から化粧を拭い、この少女は…っと呟いた。それは、カステルモールと名乗る騎士団長の若い騎士であった。その瞬間、キュルケを始めとした面々は杖を握り、トゥも剣を構えた。
だがカステルモールは、馬車から出るなり、大声で。
「問題なし! 通って良し!」
っと、許可したのである。彼は、馬車が国境を超える時、見事な騎士の礼を送ってよこした。
彼はきっとタバサの味方だったのだろう。タバサに事の次第を伝えたら、短く「そう…」っと言った。
「しっかし、趣味の悪いお屋敷ね。」
ルイズが言った。
ルイズ曰く、廊下の作りはトリスティン調なのに、東方の神像が飾ってあるのが信じられないとのことらしい。トリスティンの真似をしているのだけで腹が立つのに、そこに東方の神像を置くなんて馬鹿にしているにも程があるとのこと。
トゥには、建物の良し悪しが分からないので、特に気にならなかった。
タバサは、キュルケの実家に着いた昨晩からずっと寝ていた。同じく眠っている母親の傍らに寄り添って寝ていた。
「そういえば、お姫様にお手紙出したんだよね?」
「ええ。」
「きっと怒られちゃうよね。」
「そうね。」
「ルイズ。」
「なによ?」
「それ着替えたら?」
トゥに指さされた先には、いまだ踊り子の衣装のルイズがいる。
「だってこれ以外に着る服がないんだもん。」
「制服があるじゃん。」
「汚れてるわ。」
「汚れてないよ?」
「いいの! あんたがあのメイドに着せてた服よりはいいじゃない!」
「アレの方が露出少ないと思うんだけど…。恥かしくないの?」
その時、キュルケの屋敷の使用人が通りがかったため、ルイズは慌てて羽織っていたマントで身を隠した。
「……で? あんたは、これ見てなんとも思わないわけ?」
「なにが?」
「……もういい!」
顔を赤くし、ブルブルと震えた後、ブウッと頬を膨らませてそっぷを向いたルイズは、ズカズカと歩き出した。
「???」
トゥは、よく分からず首を傾げ、ルイズの後を追った。
***
その後、トリスティンから返ってきた手紙をキュルケの部屋で読むことになった。
キュルケから手紙を受け取ったルイズが、ゆっくりと手紙の封を開けて手紙を広げた。
ギーシュ達は、緊張した様子でルイズの挙動を見守った。
手紙は一枚だけである。
すると、ルイズの顔がみるみる青ざめていった。
「な、ななななな、何が書かれてたんだい!?」
ルイズの様子にギーシュ達は焦った。
キュルケが横からルイズが持っている手紙を盗み見た。
「なになに? “ラ・ヴァリエールで待つ アンリエッタ”。あら、よかったじゃない、あんたのご実家、すぐ隣じゃない。面倒がなくっていいわね。」
キュルケは、とぼけた声で言った。
ルイズの体の震えは極限までいった。
「じ、実家は…まずいわ。」
「どうして?」
「…殺される。」
「えっ!」
トゥが驚いていると、ルイズは、大きく項垂れた。
その後、ラ・ヴァリエール領のルイズの実家に向かう道中、ルイズは、ずっと震えていた。
エルフを相手にした時より震えていた。
そんなに実家が怖いのかとみんな不思議がったが、ルイズの話を聞いて理解したようだ。トゥ以外は。
超有名人で、伝説のように語られる烈風のカリンと呼ばれる人物。
その人が、ルイズの母親だったのだ。
***
ラ・ヴァリエールの城は、王都よりゲルマニアの国境に近く、三時間もすれば城の尖塔が見えてきた。
ルイズは、震えるのを通り越して、ポカンッと口を開け、天井を見つめていた。
「ルイズー。大丈夫?」
「大丈夫じゃないだろ、これは。」
呑気に話しかけるトゥに、ギーシュが言った。
「まあまあ、人は変わるものよ。若い頃の激しさを維持できる人間なんてそうはいないわ。」
モンモランシーが分かったように呟く。
「……あんた達、分かってないわ。」
ルイズが臨終の床の重病患者のように、ルイズが言った。
「あっはっはっは! そんなに心配するなって!」
「そうそう! いくら伝説の烈風殿だって、いまじゃ公爵夫人じゃないか! 雅な社交界で、戦場の垢や埃も抜け落ちてしまったに違いないよ!」
空元気な声でルイズを励ます。
その時だった。
「マンティコアに跨った騎士がいる。」
っと、タバサがポツリと呟いた時、ルイズが跳ね起き、パニックに陥ったのか馬車の窓を突き破って外に逃げ出した。
そして凄まじい風の音と共に、巨大な竜巻が現れ、ルイズを絡めとった。
「ルイズ!」
トゥが慌てて外に出ようとした時、竜巻に変化が起こった。
竜巻は大きく膨れ上がり、馬車全体を包み込むと、馬を繋ぐハーネスを引きちぎって、馬を残して馬車は跳ね上げられた。
「うぇええええ! なに!?」
「ぎゃあああああああああ!」
「うわぁあああああああああ!」
「いやぁあああああああああ!」
「…参ったわねぇ。」
最後はキュルケだ。
タバサは無言だった。
馬車はまるで巨人の手に掴まれ、カクテルのシェーカーのように振り回された。
壁に、座席に、天井に、お互いにぶつかり合い、六人は悲鳴を上げ続けた。
そして、竜巻は、突然消えた。
「落ちるーーーーーーーーー!」
空中から落ちていく感覚のあと、ふわりと馬車が浮いた。
どうやら騎士がレビテーションを使ったらしく、馬車はゆっくりと地面に降ろされた。
「る…、ルイズ…。」
ヘロヘロになったトゥが馬車から這い出てきた。
見ると、ちょうどルイズもレビテーションでゆっくりと地面に降ろされるところだった。
「起きなさい、ルイズ。」
黒いマントを纏った騎士。いや、ルイズの母親カリーヌ。いや、もう厳しいとかいう次元じゃない恐怖の塊がそこにいた。
「か、母様…。」
ルイズは、再び震えだした。
「あんた。何をどう破ったのか、母様に報告しなさい。」
「その……、む、無断で国境を…、その。」
「聞こえませんよ。」
「む、…無断で国境を。」
次の瞬間、再び竜巻が現れ、ルイズを200メートル近く放り投げ、ちっぽけな落ち葉のようにクルクルと回転しながら落とした。
「母は、あなたに、どのような教育を施しましたか?」
ルイズのピンクの髪はボサボサ、スカートがどこかへ吹っ飛んで下着が丸出しになっているが、恥じらう余裕は、もはやルイズにはなかった。
「こ、国法を破ったことは深くお詫びします! でも事情があったのです!」
「多少の手柄を立てたからといって、調子に乗っていけません。」
それがさらに多数の人間を不幸にしてしまう可能性を秘めているのだと言って、カリーヌは再び暴風を起こし、ルイズはもみくちゃになった。
「やめて!」
トゥがルイズの前に躍り出た。
「あなたは?」
「ルイズの使い魔です! もうルイズはボロボロです。もうやめてください!」
「ああ…、あなたは、この前、ルイズと供をしていた女性ですね。そう、あなたが使い魔だったの。」
「ルイズ、だいじょうぶ!?」
「ふにゃ…、もう…ダメ…、ふにゃ…。」
トゥに抱き起されたルイズは、ヘロヘロで呂律が回っていなかった。
カリーヌは、更に杖を構えた。
トゥは、それを見て、デルフリンガーと大剣を構えた。
「やめるんだ、トゥ君! 家族間の問題だぞ。というか、君は命が惜しくないのか!」
馬車から這い出て来たギーシュが叫んだ。
「使い魔ということは、主人の盾も同然。盾を吹き飛ばすのは、これも道理。恨んではなりませんよ?」
すると巨大な竜巻がカリーヌの背後に現れた。
先ほど馬車を吹き飛ばし、もみくちゃにした規模と同じぐらいだ。
トゥは、剣を握りしめ、地面をしっかりと踏みしめた。
『相棒…、やばいって…、ありゃスクウェアスペル…。ただの竜巻じゃねぇ、間に真空の層が挟まってて、触れると切れる、カッタートルネード!』
デルフリンガーが叫んだ。
しかしその叫びが届くよりも早く、竜巻がトゥに迫り、トゥの体が無数のカミソリによって傷つけられたかのように傷つけられていった。
「い、痛い!」
『俺が吸う前に、おまえさんの体が持たねぇぜ! いやもつか?』
ウタウタイの生命力ならば持ちこたえるだろうとデルフリンガーは、そう思った。
トゥは、体を傷つけられながら、大きく息を吸おうとした時、背後にいたルイズが杖を取り、呪文を唱えた。
ディスペルにより、竜巻が光と共に消え去り、カリーヌは、ポカンッとしたが、すぐに竜巻を作り出そうと動いた。
「おやめください!」
そこへアンリエッタが馬で駆けつけた。その後ろに馬に乗ったアニエスもいる。
アンリエッタが必死にカリーヌにやめるよう言い、ようやくカリーヌは、杖を収めた。
トゥは、膝をつき、トゥの後ろにいたルイズも倒れた。
アンリエッタが駆け寄ってきて、血だらけのトゥに治療魔法を唱えた。
「私はいいです。それより、ルイズを…。」
「酷い怪我ではありませんか!」
「傷はすぐ塞がるから…。ほら。」
トゥは、自らの腕を見せ、血を拭うとそこには傷はなかった。
アンリエッタは、それを見て目を見開いて驚いた。
「ルイズ…。」
トゥは、ルイズの方を見ると、モンモランシーがルイズに治療魔法を唱えていた。
それを見てトゥは、ホッとした。
この場は、アンリエッタが収め、ルイズの実家の屋敷に行くことになった。
***
その夜。
アンリエッタと、ラ・ヴァリエール家による秘密の対談が行われた。その対談には、ルイズとトゥも参加している。ギーシュ達は、別室で休んでいる。
「今、虚無と言いましたか?」
話題は、ルイズが目覚めた系統のことだ。
伝説にしか語られていない系統に娘が目覚めたのだと聞いて、ルイズの父である公爵は、信じられない様子であった。
だがカリーヌは信じると言った。自らの竜巻の魔法を打ち消した魔法など見たことがない。なのでルイズに確認した。ルイズは頷いた。
エレオノールは、床に倒れ、カトレアがそれを介抱した。
アンリエッタは、ルイズが虚無の担い手であること、そして担い手はルイズだけではないのだと言った。
そして彼女がわざわざラ・ヴァリエールの屋敷に訪問したのは、ルイズを自分に預けてくれないかという申し出だった。
カリーヌが、ルイズが心身ともにアンリエッタに捧げていると言うと、そんな建前ではないのだと言った。
そしてアニエスに、一枚のマントを出させた。
それは、表は黒く、裏地は紫で、百合の紋があった。それを見て、公爵は目を見開いた。
「それは、王家の紋! マリアンヌ様が御若い頃に着用に及ばれていたマントではありませんか!」
「ルイズ、あなたに無断に国境を越えてガリアに侵入した罰を与えます。」
「は、はい!」
「これを着用しなさい。」
それは、ルイズの強大な力に対する責任の重さと、義務を忘れさせないための処置だった。
このマントを着用するということは、いうなればアンリエッタと姉妹になること。つまり王位継承権を得るということになるのだ。
アンリエッタの厳しい目線に、ヘビに睨まれたカエルのようにフラフラになったルイズは、マントを受け取った。
その後は、公爵とアンリエッタの会話となり、そして公爵はルイズに、父としての言葉をかけ、そしてアンリエッタに娘をよろしくお願いすると言葉を述べた。
それから、アンリエッタは、トゥが返却したシュヴァリエのマントを出し、トゥに返した。
「これは、あなたを縛る鎖ではないのです。その羽ばたきを助ける翼です。羽織って損はないはずです。」
アンリエッタにそう言われ、トゥは、やや渋々ではあるがマントを受け取った。
アンリエッタがアニエスと共に退出した後、トゥも退出しようと動いた。
「待ちたまえ。」
「はい?」
「君の名を聞いていなかったな。」
「トゥ、です。」
「トゥ・シュヴァリエ。でしょ。」
ルイズが慌てて訂正した。
「初対面だな。」
「はあ…。」
本当は初対面じゃないのだが、公爵は忘れたのだろうかと首を傾げた。横にいるルイズは、冷や冷やしていた。
「ああ。シュヴァリエになってからは、初対面だ。」
「父様!」
「ルイズ。安心しなさい。陛下の近衛騎士の彼女をアカデミーに引き渡すなどするわけにはいかん。」
それを聞いてルイズは、ヘナヘナとへたり込むほど安堵した。
「しかし、君は何者だね?」
「それは…。」
「エルフ…というわけではあるまい。だがあの力は?」
「ウタの力です。」
「うた?」
「私、ウタウタイだから。」
「うたうたい…。」
公爵は、腕組して唸った。
ルイズは、気が気じゃなく、また冷や冷やした。
「……夕食前に少し付き合ってもらえるかね?」
「はい?」
「なぁに、娘の使い魔である以上、娘を守るだけの力が君にあるのかどうか、そして君の力を見極めさせてもらいたい。」
「と、トゥ! 絶対に、絶対に怪我させちゃダメよ!」
ルイズは、立ち上がり、トゥの腕を掴んで揺すった。
公爵は、そんな娘の様子に、少しだけ汗をかいた。
その後、公爵とトゥをルイズが見送った後、夕食中にトゥと、頭ボサボサ、全身土埃まみれの公爵が帰ってきた。
「怪我させちゃダメって言ったでしょー!」
「怪我させてないよ。」
「だ、大丈夫だルイズ…。しかし久しぶりだ、ここまでやられたのは…。」
そして公爵は、ドサッと倒れた。
医者の診断によると精神力の使い過ぎによる体力の消耗が原因だった。ちなみに、傷はなかった。
最後で公爵とちょっと一戦しましたが、ちょっと省きました。
ルイズの約束を守って傷をつけないよう圧倒しました。
カリーヌに関しては、格が違うというか…。うん…。
次回は、新学期。