あとジュリオとの再会。
酒場の机や椅子などでバリケードを張り、水精霊騎士隊の少年達が杖を構えて窓や扉の向こうにいる聖堂騎士達と睨みあい、水精霊騎士隊の少年達の後ろで、キュルケとタバサが細かく指示を出していた。
本来止めるべき立場にいるコルベールも、状況がまずいと判断したのか冷静に外の様子をうかがっている。
ギーシュは、なんでこんなことになったんだと、頭を抱えていた。
ルイズは、ブルブルと震えていた。ティファニアと違い、恐怖ではなく、屈辱で。
プライドが高い彼女にしてみれば、誤解で不敬と侮辱され、犯罪者の扱いをされているのが許せないのだ。
「キュルケちゃん、このままじゃ負けるよ?」
「とにかく時間を稼ぐのよ。」
「えっ?」
「そうすれば、教皇聖下のところに知らせが入って、アンリエッタ様の耳にも届くはずよ。それまで耐えればいいの。」
「随分と気の長い話だな。」
ギーシュが言った。
「あら? あのまま聖堂騎士団に捕まってあの場で宗教裁判にかけられたかったの? そんなことになったら、神官を侮辱した罪で全員有罪よ。魔法で打ち首なんてわたし、やぁよ。」
「でも原因は私とデルフにあるんだよ? みんなが有罪なんておかしいよ。」
「まあ、これがロマリアの騎士のやり方なのよ。」
「だいたいロマリアの神官どもは嫌いなんだよ。」
「聖堂騎士の横暴っぷりたらないぜ!」
水精霊騎士隊の少年達が口々に言いだした。ロマリアの聖堂騎士には、不平不満があるらしかった。
『いつだって戦争ってのは、神様まじりが原因だぜ。』
「そうだね…。」
デルフリンガーとトゥの呟きは、仲間達には聞こえていなかった。
その代り、店にいた唯一の客が聞いていたのか、プッとふいた。
「面白いことを言うね。」
「あの、本当に危ないから外に逃げた方が…。」
「いや、ここで見物させてくれ。」
『変な客だな。』
デルフリンガーがそう言った。
一方、外の聖堂騎士達は、最初に窓を魔法で吹き飛ばしてから動きがなかった。
様子をうかがっていると、やがて聖堂騎士達の中から一人、随分とキザったらしい仕草をしながら出て来た。
「ギーシュみたいなヤツだな。」
「一緒にしないでくれたまえ。」
その人物は、美男子という言葉が似あう、優しげな男だった。長くて黒い髪の毛の人物で、丁寧な仕草で一礼すると、店内に立てこもっている自分達に柔らかい口調で話しかけて来た。
「アリエスト修道会付き聖堂騎士隊隊長、カルロ・クリスティアーノ・トロンボンティーノです。」
カルロと名乗ったその男は、自分達が店を包囲している、争いはしたくないから大人しく投降しろと言ってきた。
キュルケが店内から外に向けて、自分達の安全を保障してくれるのかと問うた。
だがカルロは、こちらはとある事件を抱えており、怪しい奴は片っ端から宗教裁判にかけるよう命令されていると応えた。
宗教裁判が、名前を変えた公開処刑も同然だということを知っている水精霊騎士隊の少年達が抗議の声を上げだした。
自分達がトリスティンの貴族だと名乗ると、カルロは、それならばなおさら宗教裁判で身の潔白を証明すべきだと言った。
「カルロさん、お願い! えーと…、教皇様って人に問い合わせてください!」
トゥが叫ぶ。
すると、カルロに副隊長らしき人物が耳打ちし、カルロは両腕をすくめた。
「それほど聖下に拘るとは……、やはりあなた方をなんとしてでも取り調べねばいけないようだ。しかたありません。流れずにすむ血が流れ、ふるう必要がのない御業(魔法)をふるわねばならぬ……、ああ、これも神の与えた試練なのでしょう…。」
カルロは、胸元に下げている聖具を神妙なに取り上げ額に当てた。すると、その綺麗で優しげな顔立ちが見る間に凶悪な匂いの漂うものへと変化した。
「神と始祖ブリミルへの敬虔な僕たる聖堂騎士諸君。可及的速やかに異端どもを叩き潰せ。」
ブワッと、聖堂騎士達の魔力のオーラが立ち上った。
それをすぐに察したトゥがウタおうとしたが、キュルケが制した。
「トゥちゃん、ウタっちゃダメ!」
「エア・シールドを張って。何重にも、すぐに。」
タバサが珍しく焦った表情で指示を飛ばした。
そうこうしている内に、聖堂騎士達の魔法…、賛美歌唱唱が完成し始めた。
一人一人の聖杖から炎の竜巻が伸び、幾重にも絡み合い、巨大な竜の形を取り始める。
「やっぱりウタを使った方が…。」
「ダメよ。」
ウタを使えばあの強大な一撃を防げるはずだが、キュルケに却下される。
「でも…でも!」
焦るトゥ。
やがて巨大な炎の竜が店に向かってきた。
エア・シールドを何重にも重ねていたおかげで勢いは殺せたが、鍛え抜かれた魔法であるため焼け石に水である。
炎の竜を防いだのは、タバサのアイス・ストームだった。
炎の竜は消えたが、タバサは、これで精神力が切れたと言った。
カルロ達、聖堂騎士達は、さすがに驚いたのか表情を変えた。
次に彼らが唱えだしたのは、水の系統の魔法だった。
コルベールが先ほどの炎の竜に負けない勢いのある炎の蛇を発生させ、氷の矢の雨を焼き尽くしていった。何発かが机や椅子に刺さったがそれで終わった。
そしてコルベールも、精神力が切れてしまったと言った。
次々に手が尽きていく状況に、トゥの焦りも最高潮に達しだした。
「トゥ。安心なさい。」
「ルイズ…。」
「私を誰だと思ってるの?」
「あっ!」
ルイズは、虚無の担い手だ。アルビオンが攻めて来た時もその強大な威力の魔法を発揮したのだ。もしかしたらという期待が向けられる。水精霊騎士隊の少年達は、ルイズが虚無の担い手だとは知らないが、最近爆発の威力がべらぼうに上がっているのを知っているので熱い視線を向けだした。
次に聖堂騎士達が放ってきた魔法は、風の系統だった。
竜巻が迫って来る。トゥは、前に飛び出しデルフリンガーを構えた。
「ルイズ! お願い!」
「任せて!」
トゥから期待されているっと感じたルイズは、顔がついにやつきそうになるのを堪え、エクスプロージョンの呪文を唱えだした。
ゴウゴウと嵐のような竜巻の風が吹き荒れる中、ルイズのエクスプロージョンがついに完成し放たれた。
が…。
カルロの前あたりの地面を抉っただけで終わった。
「な、なんで?」
「あー、ルイズ…あんた、また精神力切れ?」
「うっ…。」
キュルケに言われてルイズは、グッとなった。
「あんたの系統って、確か精神力が溜まるのに時間がかかるんだっけ? 怒りとか…嫉妬とか…、それともあれ? トゥちゃんに良いところ見せようって張り切ったのがいけなかったのかしら?」
「そ、そんなことないもん!」
「そんなことより、もう…、ダメーー!」
顔を赤くして焦るルイズに、竜巻を止めきれなくなったトゥが飛んできてぶつかった。
そしてバリケードがすべて吹き飛ばされた。
バリケードが無くなると、聖堂騎士達が杖にブレイドという魔法を付けて突進してきた。
水精霊騎士隊の少年達も杖にブレイドを付け、窓際での大乱闘が始まった。
起き上がったトゥは、大剣も抜いて加勢した。
凄まじい速さで振り回される大きな剣に、聖堂騎士達は驚き避けるために店から離れだした。トゥの外見に似合わない大きな剣に、彼らは圧倒されているようだ。
「トゥちゃん、ウタは、ダメよ!」
キュルケが念を押した。
トゥは、頷きながら店の外へ出た。
トゥを警戒する聖堂騎士達の中からカルロが前に出て来た。
ブレイドの光を纏い、長く見える杖を握り、カルロは、トゥを見る。
「名乗りたまえ。」
「トゥ。トゥ・シュヴァリエ。」
「変わった名だな。」
『かかってきやがれ、オカマ野郎!』
「デルフ…。」
デルフリンガーがカルロを挑発した。
「口の悪いインテリジェンスソードだ。彼女を倒したら釜で溶かしてやろう。」
『やってみやがれってんだ!』
「もう、やめてよ。」
トゥがデルフリンガーを窘めるよりも早く、カルロが動いた。
トゥは、大剣で彼の杖を防いだ。
「その細身でよくもまあ…、そんな大ぶりな剣を…。」
「私、力持ちなの。」
「しかも相当な手練れと見た。」
カルロは、表情を引き締め、鋭い突きを繰り出してきた。
隊長だけあり、その実力は確かだ。だが、トゥには敵わなかった。カルロの杖は、大剣で叩き折られ、カルロの目と鼻の先に、大剣の刃が突きつけられた。
ガクンッと仰け反り、そのまま尻餅をついたカルロの鎧の肩に、コンッと、トゥは大剣の刃を当てた。
カルロは、真横にある大きな剣とトゥを交互に目を向けて、表情を青くさせていた。
「お願い。私達は、戦いに来たんじゃないの。その…聖下って人に問い合わせてください。」
「さ、先ほどからわざとらしいことをぬけぬけと! 忌々しい異端どもめ! 己の胸に聞け! お前達の仲間が、なんらかの理由で聖下をかどわかしたのだろう! あの怪しい船で運ぶつもりだろうが!」
「? なんのこと?」
何やら話がおかしい方向に行っているので、トゥは、首を傾げた。
カルロの罵りは白熱し、それに続けと言わんばかりに他の聖堂騎士達もトゥ達を罵りだした。
トゥも、水精霊騎士隊の少年達も、コルベールも、キュルケもタバサもルイズもキョトンッとしていると、彼らの背後から笑い声と手を叩く音が聞こえた。
そちらを見ると、酒場に唯一いた客がいた。彼が笑い声と手を叩いたのだ。
「カルロ殿。ご苦労です。」
そう言ってフードを取る。
現れたその顔には見覚えがあった。トゥとルイズには。
「あれ? あなたは…。」
「チェザーレ殿!」
カルロ達が一斉に神官の礼を取った。
「やあ、僕のことを覚えていてくれたんだね? 光栄だよ、お美しい剣士、トゥさん。」
「ジュリオくん…。あ、そういえば、ロマリアがどうのって言ってたっけ?」
「ああ! 覚えていてくれたんだ! とてもうれしいよ!」
「どういうことよーーーー!」
ルイズが爆発した。
***
結論から言うと、全部ジュリオが打った余興だったのだ。
トゥ達が来ることを知っていたジュリオは、ロマリアのトップである聖下が攫われたと言う噂を流し、真っ先疑われたトゥ達をこっそり追跡し、先回りして声を変え、酒場の客に成りすましていたというわけだ。
ジュリオ曰く。
そのまま何事もなくロマリアの聖下のもとへ来ても面白くないからということらしかった。
これには、水精霊騎士隊の少年達は激怒。聖堂騎士達も呆然。
「これから君達がすることになる任務は、そんなのままごとに思えるような過酷な任務だぞ。ただ魔法をぶっ放したり、剣を振り回すことが得意なだけじゃ務まらない。これくらいの危機は、力じゃなく頭で乗り切ってほしいものだね。」
っということでこんな大騒ぎを起こしたのだ。
教皇付き神官であるジュリオには、日頃、聖堂騎士達も手を焼いているらしく、プルプルと怒りというかそう言う感情に震えているようであった。だが彼らの上司であるため何も言えない。その点だけは同情したのか、ギーシュ達から少しだけ憐れむ目を向けられたのだった。
そしてジュリオは、トゥ達を客人として大聖堂に案内した。
ジュリオ…、死人が出たらどうする気だったんだろう?
次回は、教皇ヴィットーリオと出会う。